第75話 エンリツィオの弱点
「まあ……ただなあ。
我が妹ながら、あれが簡単に大人しくなるとも思えんのでね。
まだ何かしら企む気なんじゃないかと、気が気でないんだ、俺としてはな。
──あいつのところに、足繁く通う男の情報もあることだし、何もしなけりゃいいんだが、もし何かしらするようであれば、今度こそ、国王と同じ目に合わせなくちゃならなくなるかも知れない。
なにせ、自分に心眼があったから、鑑定師の俺はいらない、デカい顔するのが気に入らなかったと、そんな理由で俺をハメたってんだ。
会いに行ってびっくりしたよ。
俺としては、年齢の離れた妹として、可愛がってたつもりでいたんだがな。
あいつにしてみたら、父親の違う俺が、面倒みようと兄貴ヅラすんのが、気に入らなかったみてえだ。
……何年経っても、血の繋がりのある妹のことですら、女の考えてることはよく分からんよ。
やれやれだぜ。
まあ、あんたらに何かすることはないとは思うが、もし俺に何か仕掛けてくるようであれば、ジルベスタに関しては、知り合いのあんたに、解決するまで頼みたいと思ってるんだが、どうだい?」
ドメール王子が俺を見ながら言う。
トラブルが発生した場合、解決するまでジルベスタを預かって欲しいということか。俺はエンリツィオに面倒を見て貰っている立場だ。ハイもイイエも言えない。
「──いいだろう。その場合はこちらで引き受ける。」
代わりにエンリツィオが答えてくれた。
「そうか、助かるよ。
用件は以上だ。
今度は公式な立場を忘れて、ゆっくり飲もうぜ。
──しばらくは俺も忙しいが、あんたがこの国にいるうちに、……どうにか時間を作るからさ。」
大量勇者召喚の方法を見付けてしまった、一番の戦犯であるドメール王子。果たしてこの人と腹を割って、酒を飲める日なんてくるのだろうか。
アプリティオの王様の時のように、今日この場で飲んだっていいのに、それをしないでわざわざ時間を作るってことは、きっとドメール王子は、エンリツィオに考える時間を持って欲しいって意味で言っているのだろう。
それが出来た時は、きっとドメール王子を許すと決めた時で、エンリツィオがアプリティオを去るまでに、それが実現出来ることなどないことを、ドメール王子は分かっているような、含みのある目をしていた。
多分ドメール王子は謝罪がしたいのだ。俺たち大量勇者召喚の被害者の1人である、元ニナンガ王国魔法師団長のエンリツィオに。
けど、ことはエンリツィオ1人の問題じゃない。俺を含む、すべての大量勇者召喚の被害者の苦しみを、エンリツィオはその身に1人で背負ってる。
多分いつか、遅かれ早かれ、ドメール王子とはさよならすることになるだろう。──きっと、ジルベスタとも。
楽しみにしている、とエンリツィオは表情を変えずに答えた。
「お見送りして参ります。」
マリィさんはドメール王子にそう言って、前に立ち歩きながら、途中まで俺たちを送る間、一言も口をきかなかった。そして、こちらで失礼致します、と俺たちにお辞儀をして、くるりと踵を返す瞬間、
「……聞いたな?」
「──はい。」
すれ違いざまに、そう告げるエンリツィオに、マリィさんが振り向きもせずに答える。
この2人はそれで通じるのだ。エンリツィオは、おそらくさっきのドメール王子の話しを聞いて、マリィさんにヤクリディア王女を調べろと命令したのだ。
生意気だとか気に入らないとか、たかがそんな理由で、実の兄を死刑囚にしてしまえるヤクリディア王女が、確かにこのまま大人しくしているとは、俺にも思えなかった。
多分、言われなくたって、マリィさんはヤクリディア王女を調べただろうけど、今回のは正式なエンリツィオからの指示だ。
多分、きっとめちゃめちゃ嬉しくて、物凄く燃えていることだろう。後ろ姿だけど、破顔しているマリィさんの表情が見えるかのようだった。
アプリティオ王宮から帰る道中の馬車の中で、俺はアシルさんに手紙を出したいんだけど、どうすればいいですか?と尋ねた。この世界の手紙の出し方なんて知らない。
街を散策した時に、郵便局らしきものは見当たらなかったけど、アシルさんはマリィさんからエンリツィオ宛の手紙を受け取ったと言っていたし、この世界にも何かしらで手紙を出す方法がある筈なのだ。
僕に渡してくれれば出しておくよ、便箋とか必要?と聞いてくれたので、お願いすることにして、書けたら部屋に持っていきます、と伝えた。
ホテルの俺の部屋に戻ると、恭司とユニフェイ──江野沢が、つまらなそうに同じタイミングであくびをしていた。
俺は普段着を引っ掴むと、王宮訪問用の正装を脱いで着替える為に、トイレに入ろうとした。恭司がそれを見て、
「別に今まで通り着替えたらいいだろ?」
と呆れるように言ってきた。
確かに今までは、魔物、というか、ただの犬だと思っていたから、普通に目の前で着替えをしていた。
なんなら着替えのたびにフルチンをさらしてもいた。
だが、今はユニフェイを江野沢だと認識しているのだ。誰に何を見られようと、何するものぞ、と思っている恭司と違って、俺は好きな女の子の前で堂々と着替えられる鋼のメンタルを持っていない。
ましてや完全体ならいざしらず、このアプリティオの暑い気候の最中、だらしなく伸び切っている我が息子なぞ、目の前にさらしたくはないのである。
だからあの日以降、毎回トイレにこもって着替えをする俺なのであった。
ところで、ひとつ残念なことがあった。
ヤクリディア王女からスキルを奪い、後から確認した際、その中に勇者召喚というスキルがなかったのだ。
一部の王族のみが特別に持つ力ということは、恭司の不死鳥という存在に付随する無属性魔法のように、スキルとして現れないのだろうか?
そうではない。ジルベスタは、勇者召喚は職業スキルの項目に分類されていたとドメール王子から聞いたと言っていた。
俺はアプリティオ王宮に再度行く前に、1つの仮説を立てていた。人の身には3つのスキルしか与えられないというルールに従い、俺は王女から3回スキルを奪った。
だが、実は勇者召喚が使える王族のみ、通常与えられる3つのスキルの他に勇者召喚のスキルを与えられ、4つ以上のスキルを持っていたのに、奪いそこねたというものだ。
どちらにしろヤクリディア王女が死ねば、当分この国での勇者召喚は不可能になるわけだから、俺が持っている必要はないので、問題はなかったが。
ただ代わりに凄いスキルを手に入れた。心眼はもちろんのこと、空間転移に霊媒師という、かなり珍しいスキルだ。
空間転移は簡単に言えばテレポートだ。転移魔法を阻害する魔道具や、魔法障壁がない場所であれば、どこにでも出入り可能。
魔法障壁は魔族の使う魔法陣によってのみ発動するものなので、人間の国では魔道具がなければ阻害することが出来ない。
テレポート出来るとか、これカッコよすぎないか?さすが勇者召喚が可能な特殊な王族。凄えもん付与されてんな。
しかもスキルだから、MPを消費しない上に、隠密や消音行動との重ねがけも可能ときたコレ。
霊媒師は、霊を見たり探して呼び寄せたり出来る、霊視というスキルの上位互換、かつ職業スキルだ。
見て探すだけでなく、話すことも除霊も出来、霊にお願いごとなんてのも出来てしまうオールラウンダー。
除霊師という職業スキルも別に存在するらしい。除霊師は除霊にだけ特化していて、話したり呼び寄せたりは不可能だが、こと除霊のみにおいては霊媒師もまったく及ばない程の強力な力を持つ。
この世界にはアンデットの他に、悪霊タイプの魔物が存在するらしく、聖魔法と回復魔法と火魔法が弱点、かつ他の魔法による攻撃も一応ダメージは下がるが通るアンデットと違って、悪霊タイプの魔物は普通の一般的な魔法スキルが一切効かない。
ダメージが通るのは、唯一聖魔法の攻撃魔法か、霊媒師か除霊師の職業スキルが持つ特殊な攻撃だけ。
滅多に遭遇しない分、倒せる力を持つ人間も少ないってことなのかも知れない。パワーバランスがうまいこと出来てるよな。
俺は何度か試してみてから、アシルさんに、エンリツィオの部屋に来て貰い、その事を既に2人に説明済みである。
ラダナン刑務所から、エンリツィオの部下や魔法スキル持ちの囚人を奪うのに、役に立つと思ったからと、勇者召喚スキルが奪えていなかったことを報告する為だ。
流石にユニフェイが江野沢だと判明した翌日には、試す気がしなかった為、後日試して2人に説明した。
その後アプリティオ王宮に付き添いで行って、ドメール王子から実はヤクリディア王女は4つ以上のスキルを持っていたことを説明され、やはりか、と思ったのだった。
というか、その限りではない、ということは、勇者召喚を与えられる王族に限っては、4つどころか、5つ6つだって与えられている可能性があるということなのだ。
奪った3つだって凄いものだったのに、残るスキル次第では、ヤクリディア王女が何か仕掛けてくることはじゅうぶん可能だ。
かと言って、こちらからドメール王子に、何のスキルが残っていたのかは聞きにくい。何が残っているのか分からないまま、俺たちは対策を並行してすすめることになった。
今日はラダナン刑務所襲撃作戦の相談の為に、俺とアシルさん、恭司、そしてマリィさんが、エンリツィオの部屋に集まっていた。マリィさんの調査報告を聞く為だ。
現在この場にエンリツィオはまだ来ていないが、外部に音を漏らさない魔道具が設置してあるのがこの部屋だけなので、ここに集まっているのである。
まあ、エンリツィオはいなくて正解かも知れなかった。ホテルの部屋とはいえ、初めてエンリツィオの私室に入ったのだろう。
マリィさんの落ち着きのなさったら、見ていられないレベルだったから。
マリィさん落ち着いて?俺も低学年以来初めて江野沢の部屋に入った時、部屋中江野沢の匂いに包まれてることに、テンパリまくったけど、なんかそんな感じになってるから!
マリィさんはいやにツヤツヤしていた。
ああ……。お仕置きセックスされたな、と俺は思った。
エンリツィオに仕方のない状況なんて通用しないのだ。目の前で他の男に肩を抱かせていたのは純然たる事実で、俺もジルベスタに対して面白くなさを感じたくらいだ。
それをエンリツィオが黙って見ているだけの男だとは到底思えなかったし、ましてや、あの日は嫉妬丸出しだったのだから。
少なくとも、愛人に戻さないまでも、マリィさんはエンリツィオと関係がある。
エンリツィオはマリィさんに口出し出来る立場にいるけど、俺はジルベスタと、特にどうという関係でもない。
一言、ジルベスタ自身から、助けてとでも言われない限り、何かアクションをおこす権利すらないのだ。
まあ、エンリツィオがマリィさんを助けなかったのは、立場や権利どうこうでなく、俺が好きならお前自身で拒絶しろ、って態度の表れだと思うけど。
「ずっちーなあ、あいつ、なんか弱点とかないのかな?」
ひとしきりマリィさんからの報告を聞いたあと、ムシャクシャした思いをエンリツィオに理不尽に向ける。
「──弱点?あるよ?」
アシルさんが、んふふ、と嫌らしい笑いを浮かべだす。
「えっ、ウソ、マジ?」
実は怖いものがあるとか、エンリツィオをイジれる何かを、アシルさんは握っているらしい。マリィさんもなんでもないフリをしながら、聞き耳を立てている。
「あいつ、音痴らしくて、人前で歌うの、すっごく嫌がるんだよね。
弱点らしい弱点っていうと、それかな。」
と笑いながら言った。
「……ああ、音痴って、人の話を聞かねえもんな。」
俺は思わずボソッとそう言った。
人の話を聞かない奴は、大体天然バカと呼ばれる人種か、短気でワガママな奴と相場が決まっている。
だから俺はそういう、歌の訓練を受けたことのない人間で、上記の性格に該当する奴は音痴と決めつけている。そしてそれは殆ど外れた事がない。
どれだけ元の声がよくても、それは変わらない。だからエンリツィオの声がよくても、歌が下手だと言われて、少しも不思議でなく感じるのだ。
逆にマリィさんみたく、常に人の顔色伺って、相手の微妙な変化や声のトーンから、考えていることを引き出そうとする人間は、すべからく歌がうまい。
実際、ディーヴァとかいうレベルまではいかないまでも、マリィさんはかなり歌が上手いのである。
風呂上がりや料理中によく歌ってるんだけど、元々キレイな声だけど、ちょっと、ずっと聞いていたくなる歌声だ。
特別な訓練を受けなくても、人の話すことに注視している人間は、よく話す時の音を聞いている。だから自然と歌が上手くなるのだと思う。
「──別に彼は、一度聞いて自分の中の引き出しには入れるけど、自分の判断の方が結果9割正しいから、人に意見された通りにしないっていうだけで、人の話を聞かないわけじゃあないと思うんだけど。
それに音痴って程でも……」
エンリツィオの一番の理解者、マリィさんが、俺の言葉を否定してくる。
なるほどね。
──ん?
てか、今聞き捨てならないことを、おっしゃいませんでした?
アシルさんもそれに気付いて、マリィさんを見ながらニヤニヤしだす。
──あいつ、マリィさんの前で歌ったな?
マリィさんは、俺とアシルさんがニヤニヤ自分を見てくることに、不思議そうに首を傾げながら、自分の発言を思い出そうとしている様子だったが、それに気付いた瞬間、それこそ全身真っ赤になってモジモジしだした。
他人の相手をそんな風に見るのは、あんまりよろしくないのは分かってるんだけど、恥じらうマリィさん、……エッロ。
というか、なんでそこまで恥ずかしがれるの?エンリツィオじゃなくても、もっとマリィさんが恥ずかしくなるようなこと、したくなるよ?それ。
そこにちょうどエンリツィオが戻って来たので、俺は、ちょっと歌ってくれない?とエンリツィオに聞いた。
当然意味が分からないエンリツィオは、ハア!?と眉間にシワを寄せて俺を睨んだが、俺とアシルさんがニヤニヤ見てくることと、マリィさんが真っ赤になって自分から目をそらしたのを見て、無意識にマリィさんの前で歌声を披露してしまったことに気付いたのだろう。
俺はエンリツィオと出会って初めて、こいつが顔を赤らめる瞬間を見ることが出来たのであった。
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