第74話 嫉妬の原因
数日後、俺たちは再びアプリティオ王宮からの正式な呼び出しを受けていた。今日は恭司は用事がないので留守番だ。
エンリツィオも俺もアシルさんも正装している。今更何の用なのだろう。アプリティオの国王がエンリツィオにしたことについて、謝罪でもするつもりなのだろうか?
エンリツィオもアシルさんも、俺には何も話してくれないけど、呼び出された理由が分かっているようだった。
アプリティオの従者に従い、あの日行った王の部屋の前に続く廊下を曲がった時、マリィさんが見たことのない、背の高い色男に壁ドンされて、困っているのが見えた。
「──相変わらず、……辛い恋をしてるんだな?マリィ。
顔に出てるぜ?以前口説いた時よりも、ますますキレイになった。」
「……おやめ下さい、国王代理。
そろそろニナンガ王国のみな様がいらっしゃいます。」
「見られたって構うもんか。
俺はお前が欲しいのさ。
……なあ、俺じゃ駄目か?」
相手を振り払うことくらい、マリィさんなら簡単に出来るだろうけど、それをしないのは、男を国王代理と呼んだ事に関係してるのだろう。なにせ雇い主だもんな。
俺たちをここまで案内してくれた従者の人も、目の前の光景にオロオロしている。
「──誰だ。」
エンリツィオの冷たい声が響く。ヤキモチというか嫉妬というか、それを滲ませた目を向けて詰問している相手は、国王代理ではなくマリィさんだ。
コイツ、愛人にすら戻さずに、セフレみたいな関係続けてる相手に対して、よくそんな目が出来るな。ていうか、そもそもこんな嫉妬深いヤツだっけ??
「──こ、国王代理、ニナンガ王国の方たちがいらっしゃいました。」
マリィさんが国王代理と呼ばれた男を両手で押し戻す。
「やあ、すまんね。
ちょっと取り込み中だったもので。
君、中にお通しして。」
「──は、はい。」
アプリティオの従者の人が、俺たちを王の部屋に案内してくれた。後から国王代理と呼ばれた男と、マリィさんも続いて部屋の中に入ってくる。
「改めまして。
俺が国王代理のドメールだ。」
──ドメール王子!?
ドメール王子は髪を切って整え、ヒゲもキレイになくって、サッパリしていた。確かに言われてよく見れば、あの女好きそうなタレ目はドメール王子のものだ。
「俺は元々王位なんて継ぐ予定がなかった立場の人間なんでね。それらしい話し方がよく分からんのだ。
失礼があると思うが、そこは目をつむっていて欲しい。
──紹介しよう、俺の秘書のマリィだ。
以前は王女付きの、管轄補佐官をやって貰っていたんだが、まだ俺はこの王宮に戻ったばかりで日が浅くてね。
信用出来る部下が少ない。だからマリィを引き抜いたのさ。実際仕事をして貰うのは今日からなんだが、彼女の仕事ぶりは以前から見ていて、よく知っているしな。」
それで久々の再会に興奮して、大事な国賓を迎える直前だってのに、いきなり廊下で口説いてたってわけですか?
さっきの口ぶりだと、前にもマリィさんを口説いてたみたいだし、やっぱり女好きなんだなこの王子。
マリィさんは、ヤキモチを焼いているエンリツィオの目線に、ちっともそれを喜んでいる風じゃなかった。
どちらかと言うと、エンリツィオに自分ごときのことで、嫌な思いをさせてしまったことを申し訳なく思っている表情だ。
もうちょっと、自分を大切にして下さいマリィさん。自分を都合よく扱ってくる男相手に、あんたがそこまで恐縮する必要ないと思う。
何ならドメール王子がマリィさんを大事にするなら、これ以上の相手はいないと思う。王位継承権は王女にしかなくても、仮にも王族で、これだけの男前なんだし。
エンリツィオは、ではこちらもそうさせて貰おうと言って、背筋を伸ばして座っていたアプリティオの王様との面会時とは、明らかに雰囲気も違う態度で、深くソファに腰掛けると、背もたれに背中を付けて股を開いた。
普段程砕けた話し方ではないけれど、ドメール王子を見据える様子は、ニナンガ国王というより、普段のエンリツィオに近かった。
「……まあ、そのうち国内外に知られることだから、客人のあんたらにも、先に話しておくんだが……。
この世界では、人に与えられるスキルは基本3つまでだが、勇者召喚の力を持つ王族だけは、その限りじゃあない。
だがどういう訳だか、王女が急に殆どのスキルを失って、代わりに唯一の職業スキルとして、売春婦の職業スキルを得ててな。
王女はそれを隠していたんだが、それがいつの間にか、王宮中に知れ渡ったんだ。
そこで大臣たちによって鑑定師が呼ばれて鑑定されることになり、王女も逃げられなくなった。
そして確かに売春婦の職業スキルがあることが分かって、妹は王位継承権を剥奪されちまったのさ。
王族であっても、何より職業スキルが優先されるのが、この世界の経典だ。俺の鑑定師のように、王族をやりながら出来る職業スキルであれば問題なかったんだが……。
……いくらなんでも、売春婦の職業スキルを持つ人間を、次期女王陛下に据えるわけにはいかねえからな。
さすがに元王族だからな、娼館に送られるような真似はされなかったが、今はあいつ専用の場所で、高級娼婦をやってるよ。」
多分、アシルさんがやったのだ。王様と王女を蹴落とし、代わりに大量勇者召喚を後悔している、ドメール王子を王宮に戻す為に。
アプリティオの王様が、既にこの部屋にいなくて、ドメール王子が代理で座ってるってことは、おそらく王様も何かしらの目にあっている筈だった。
──そのスキルは俺が与えたものではあるけれど、江野沢の顔と体で実際に売春婦をやっていると言われると、少しだけ複雑な気持ちだった。
「王女は一年前の病が原因で、体が弱って常にふせっていたと聞いていたが、そんな体で売春婦なんて仕事についているのか?」
エンリツィオがドメール王子に尋ねる。
「──病気?
ああ、いやあ、ありゃあ病気っつーか、まあ……。
いくら男女関係が自由なこの国とは言え、王族の婚外子は、王位を継承する権利がないもんでな。
相手の男と結婚する気のなかった妹が、妊娠しちまったんで墮胎したら、ちょっとその後なかなか体力が回復しなかったってだけの話しさ。
聞くところによると、既に体力が回復していて、また毎晩男を連れ込むようになったってのに、王族の仕事を面倒くさがって、体調が悪いフリを続けてたみたいなんでな。
まったく問題はないさ。」
とんでもクソビッチだなあのアマ。
て言うか、そんなことまでよその国からの客人である俺たちに話していいのか?
さすがに国内外に、それを発信するつもりじゃあるまい?と俺はちょっと思った。
「──そんなことを聞くってことは、興味があるってことか?
一応あれでも妹だからな。あんまり俺から手配はしたくないんだが、迷惑をかけたことだし、必要なら整えるが、どうする?」
エンリツィオが、顔と体だけとは言え、江野沢にソックリな女を抱く!?思わず具体的な妄想をしてしまい、俺は
いや、あんなクソビッチ江野沢じゃねーけど、ねーけどさ!なんか寝取られた気分になるから、すげー嫌だ!!
「いや、結構だ。」
エンリツィオがそう言ってくれて、俺は露骨にホッとした。
そういや前に3組の女どもが、エンリツィオとアシルさん見て騒いでましたよ?って話しをした時に、アシルさんは、うーん、と首を傾げながら俺にこう言った。
エンリツィオは子どもにまったく興味がないから、相手にしないんじゃない?せめて体だけでも大人じゃないと……。
日本人て背の低い幼児体型で童顔だから、全然タイプじゃないと思うよ?とか言ってたっけ。
ヤクリディア王女は、ちょうど江野沢と同い年だと聞いていたし、年齢的に興味がないってことか。
江野沢は年齢の割にオッパイ大っきな方ではあるけど、確かにマリィさんとかと比べると、全然子どもだもんな、と、思わずあの夜見た裸を思い出してしまい赤面した。
「──それと。
うちの国王が、ニナンガ国王、あんたを陥れたらしいな。
これはまだ一部の人間しか知らないが、あんたの命を狙ったことも、その証拠を押さえられていることも分かっている。
その節は本当に申し訳なかった。
国王代理として正式に謝罪させて欲しくてわざわざ来て貰ったんだ。」
ドメール王子がエンリツィオに頭を下げた。
体じゃなくて、命を狙われたことになってるのか?
確かに体目的なら異常な程の、普通の人なら発狂レベルの、中毒死しかねない量を盛られていたのだ。
そうとらえることも出来るのか。確かに、オッサンに体を狙われたと知られるよりか、対外的に聞こえはいいもんな。
「……それが原因で、国王も幽閉されることが決まってな。それで急遽この俺が呼び戻されることになったのさ。
あんたの飲むグラスに薬を盛った薬師は、薬の濃度を知らなかったようだから、死罪になるかは裁判次第だが……。
それを直接あんたに手渡した国王には、あんたに害をなそうという、確実な悪意があった。
……多分、刑務所行きは、免れないだろうな。」
濃度を知らなかったという点においては、アプリティオの王様も同じだ。
それなのに、害をなそうという確実な悪意があった、と言うからには、口では殺人未遂と言いながらも、アプリティオの王様が、本当はエンリツィオに何をしようとしていたのかを、ドメール王子は知っているのだろう。
リスリーは、死罪にならない可能性もあるのか。やったことは結果として殺人未遂だったけれど、日本でも故意が否かで量刑は大きく違う。
なんとか死罪はまぬがれて欲しいと、俺は心から願った。
「俺はちょっと前まで、刑務所に投獄されてたんだが、それが妹に陥れられたもので、無実の罪であるという証拠が、なぜかここに来てゴロゴロ出て来やがってな。
──その証拠を見付けてくれたのが、このマリィなのさ。俺が信用して秘書に抜擢するのも、分かるってもんだろう?」
マリィさんが王宮内を調べ回っていたのはこれか!!
今日初めてマリィさんと再会したわけじゃなくて、その前に既に会ってたんだな。
ようするに、エンリツィオが王宮に来るってんで、秘書として同席することになったマリィさんの様子がおかしいのを見て、あんなセリフを吐いたわけか。
エンリツィオ絡みだと、感情を隠すのが苦手だもんなあ……マリィさん。クールビューティーがどこへやら、だよ、ホント。
……ドメール王子はマリィさんに感謝してるみたいだけど、それ、残念ながら、いざという時のエンリツィオの手持ちのカードになるように、予め調べ回っておいて、今回必要になったから出したってだけだと思います。ハイ。
「現状、国王の罪が裁判で確定するまでは、国王代理って形にはなるんだが、現国王も、王位継承権を持っていた妹もいなくなり、俺たちの母であった女王陛下は既に鬼籍に入っている。
俺も女王陛下の直系の息子だからな。異例な事ではあるが、俺を国王にすえて、その娘を次の世代の女王陛下にすることが、この度正式に決まったよ。
だからこれは、アプリティオの新国王としての挨拶でもある。
それと、だ。
……ちょっと失礼。」
ドメール王子はそう言ってソファから立ち上がると、奥の部屋に通じる扉をあけて中に入り、部屋の中からとある人物の手を、自分の手ひらの上に乗せて連れて来た。
「──紹介しよう、マガの王族であり、通称美を
現在この国に亡命して来てるんだが、どうやらマガの連中がしつこいらしくてね。
俺が国王になることが正式に決定した後で、マリィからその事を聞いたのさ。
そこでここに匿うことにした。アプリティオ王宮内はさすがに、マガの連中も簡単には手が出せないからな。
それに、──存外知らない仲でもないわけだしな?」
そう言って、ドメール王子は片目を閉じて、ジルベスタにバチッと音がしそうなくらいのウインクを決めた。ドメール王子が言うと、なんか意味深に聞こえて、なんだか俺は面白くない。
ジルベスタを彼女と言って、女性と認識してるくらいだ。多分絶対一度はジルベスタを口説いてんだろ、この人。
「何の連絡も出来ずにここに突然連れてきちまったもんだから、側近の彼は心配してるだろうと思ってね。彼女は無事だと、伝えたかったってわけなのさ。」
そう言って、ドメール王子は、右腕にグラマラス美女マリィさんを、左腕にスレンダー美女ジルベスタを抱きかかえて、ご機嫌そうに快活に笑った。
2人は困ったように、マリィさんはエンリツィオを、ジルベスタは俺を見ている。
片や上司で、片や恩人だ。2人とも簡単に拒絶出来ないのは分かるけど。それでもそのまま抱かれていることにムカムカする。
気軽に肩なんて抱かせてんじゃねえよ!!
心の中で技を繰り出しそうになる。
後ろからで表情は見えないけど、多分俺とエンリツィオは、この時まったくおんなじ表情をしてたと思う。
俺は江野沢を選ぶと決めたから、何も言う権利はないわけだけど、ドメール王子がカッコいいだけに、余計に面白くない。
男って、一度自分に惚れた女は、どこかでいつまでも自分のことを好きだと思っているフシがある。
そうではないと頭では分かっているし、他の男と幸せになって欲しいと思ってもいるけれど、目の前で見せつけられるのは、また別の話なのだ。
後からアシルさんに、そういうの、捨てたオモチャで他人が遊ぶのに嫉妬する子どもと同じだからね?
その気もないのにみっともない、と俺とエンリツィオが叱られたのだけれど、別に捨てたオモチャだなんて思ってねーし。
どっちもなんて選べないから、最終的に江野沢を選んだけど、ジルベスタはジルベスタで大事に思ってるし?
真剣にジルベスタ1人を大切にしてくれるならともかく、こんな両手に花をやろうとしてる、チャラそうな奴に預けるくらいなら、他の男のがマシってだけだし?
さっきは内心エンリツィオを責めておきながら、自分のことを棚に上げた俺とエンリツィオは、ドメール王子の前で、終始不機嫌丸出しなままだったのだった。
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