第73話 殺しの優先順位

 残酷な真実に、その場にいた全員が、誰1人として言葉が出なかった。

 俺は、ヤクリディア王女から心眼を奪った経緯と、王女が俺の前で江野沢のフリをしていた本当の目的、人間以外の姿で召喚された勇者も大勢いたこと、ユニフェイこそが真の江野沢であったことを告げた。

 俺はユニフェイだけを俺の部屋に残し、エンリツィオの部屋に来ていて、エンリツィオと、アシルさん、恭司にも集まって貰っていた。

 この場にいる全員が大量勇者召喚の被害者で、なおかつ、ずっと俺と江野沢のことを心配してくれていた人たちばかりだ。

 ニナンガ新国王就任の挨拶の、最初の訪問先がアプリティオだったことは、決して俺の為だけではなかったけれど。

 エンリツィオとアシルさんが、この国に俺を連れて来てくれて、アプリティオ王宮にまで同行させてくれたことは、明らかに江野沢を探していた俺の為だ。

 そんな彼らが何も言えず、アシルさんは驚愕の表情を浮かべて、エンリツィオは怒りを抑えているような顔で、恭司は今にも泣きそうになるのを耐えていた。


 俺を含む全員が、昨日までヤクリディア王女が江野沢で、おそらくは病気で死んだと思われる王女の体に入ってしまい、ただ転生時にその記憶をなくしてしまっているのだと思っていた。

 けど、心眼は嘘をつかない。ドメール王子の実験結果の話からみても、大量勇者召喚が原因で、江野沢と恭司が人間でなくなってしまったことは間違いなかった。

「……前に恭司が、神獣は全部人の言葉を話せるって言ってたけど、江野沢のステータスは魔獣ってなってた。

 だからユニフェイは元人間だけど喋れなかったんだ。……あと多分だけど、江野沢は記憶をなくしてる。

 俺がユニフェイが江野沢かも知れねえなんてまったく疑わなかったのは、ユニフェイが犬そのものの行動をとってたからだ。

 人間かも、知り合いかも、なんて思わせるような場面がどこにもなかった。それでもあいつは俺を探して見付けてくれた。

 人間だった時だって、いつも俺の心配ばっかして、先に江野沢が俺を追いかけてくれてた。記憶をなくしてなお、変わらねんだ、あいつが俺を慕う気持ちが。

 ……魂にでも刻まれてんのかな。江野沢にとって俺の名前と存在が。

 覚えてすらねー癖に、──俺を見つけ出すとか。

 アイツやっぱ、……ほんとスゲーよ。」


 以前、転生前の江野沢とヤクリディア王女の態度の違いに悩んでいた俺は、前はどんな子だったの?とアシルさんに聞かれたことがあった。

 それに対し、マリィさんを完璧じゃなくした感じと、俺は答えていた。それに恭司が確かにな、ソックリだわと同意した。

 マリィかあ、確かに、生まれ変わろうが記憶を失くそうが、あの子は変わらずにエンリツィオを追いかけてそうだもんねえ、何か魂にエンリツィオの名前とか書いてありそうだもん、とアシルさんは苦笑した。

 それを聞いたエンリツィオが、むず痒そうな表情を浮かべてそっぽを向いた。

 2人にとって、マリィさんに似た性格の子というキーワードは、江野沢という女の子をイメージするのに、じゅうぶん過ぎるパワーワードだった。


「ドメール王子が言ってたんだ。人以外の姿で転生した子どもが、……人間に戻った例はないって。

 同じ姿の人間が先にこの世界にいると、双子以上が生まれることが許されないこの世界では、人の姿を取ることが出来ないって。

 もし可能性があるとするならば、言葉に意味を与える力を持つ、妖精女王に会いに行って、新しい名前をつけて貰って、その名前に、意味を与えて貰うしかないって。

 お前は一度会いに行ってんだろ?

 俺も妖精女王に会いに行きたい。

 それで、恭司と江野沢を人間に戻せるか試したい。」

 俺の言葉を黙って聞いていたエンリツィオが、鋭い目つきで俺を見た。

「……それ、大事なものが抜けてんじゃねえのか。」

 と言った。


「──同じ姿の人間が先にこの世界にいることで、この世界では人の姿を取ることが出来ねえなら、妖精女王に会いに行く前にやるべきことがある筈だ。」

 エンリツィオは握った拳の親指だけを立てて恭司を指した。

「──コイツに似た人間を探し出して、王女と共に、そいつを殺さなくちゃならねえんじゃねえのか?

 王女はともかく、コイツに似た奴がただの一般人だったとして、──オマエにそれが殺せんのか?」

 その場がシン……とした。

 確かに、同じ姿の人間が先にこの世界にいたら駄目なのなら、名前を変えて意味を与えて貰ったところで、同じ姿の人間が生きたままだと駄目ってことになる。

 王女を殺すことに、俺は何のためらいもないだろう。けど、恭司に似た奴に対してはどうなのか?

 この世界のすべての王たちに対して復讐を決めたものの、国民は勇者召喚の真実も何も知らされていない。

 相手がそんなただの一般人だった場合、果たして恭司の為とはいえ、そんなことが俺に出来るのか。答えはすぐに出なかった。


「そもそもよ、王女がいなくなったからって、別に人間になれるかが確定ってわけじゃねえんだろ?だったらそっちをはっきりさせてからでも、別に遅くねえんじゃねえか?

 俺は一万年以上生きるって言われてんだぜ?だったら俺に似た奴が寿命で死ぬのを待ったっていいわけだ。違うか?」

 恭司がそう言ってくる。

「けど……、そうしたら、結局お前は独りぼっちだ。」

 俺は目線を落とした。

「たかが人ひとりの一生分の違いだろ?

 そんなことでお前に罪もない人間を手にかけさせるようなマネ、俺が許すと思ってんのか?」

「恭司……。

 ──ごめん、一緒にいてやれなくてごめん。」

「まだ確定もしてねえうちから、そんな顔すんじゃねえよ、相棒。

 俺もお前も、再会するまでお互いのことを諦めてたろ?

 それがこうやってまた会えたんだぜ?

 それでじゅうぶんだろ。」

 恭司が俺の背中にそっと羽を添えた。


「──どちらにしろ、王女は殺す。

 積極的な大量勇者召喚を、自主的に行ってきやがったクソアマだ。

 そこに異論はねえな?」

 俺はこっくりとうなずいた。

「それと、ドメール王子と、ジルベスタをどうするかだが──」

 俺はビクッとした。そうだ。ジルベスタもマガで大量勇者召喚を行っていた。ジルベスタもエンリツィオからしたら、というか俺にとっても、本来復讐対象の王族の1人なのだ。

 頼みに行くまでもなく、エンリツィオがジルベスタを、守ってくれる筈などなかったのだ。だって復讐の対象なのだから。

 けど、俺の中で、ジルベスタを殺したい王族として、認識しているかと言われれば答えはノーだ。

 ジルベスタは可愛くて愛おしい、守ってやりたくなる存在だ。俺が先に江野沢を好きになっていなければ。

 俺のクラスだけがこの世界に召喚されたのだと思っていて、江野沢と再会するなど叶わないと思っていた頃に知り合っていたら。

 きっと今頃ジルベスタを抱いていた。

 だが、江野沢と再会し、あんな姿になってなお、江野沢が俺を想う気持ちに、俺の中での優先順位は確定した。

 江野沢を選ぶと決めた俺には、ジルベスタを抱きしめてやることは叶わない。

 俺が召喚された国がマガだった可能性はじゅうぶんあった。それでも、ジルベスタを憎む気持ちは俺には生まれなかった。

 けどもしも、江野沢とジルベスタ、どちらかを殺さなくてはならないとしたら……。答えは聞くまでもないのも事実だった。


「やっぱ殺さなきゃ……駄目……か?」

 揺れる俺の目の中を、エンリツィオが覗き込んで来る。

「──抱きてえのか。ジルベスタが。」

 俺はビクッとした。

「抱きてえモンは抱いちまえ。

 ──まだ手を出してねえから、もったいなく思うんだろ。

 オマエがどういう風にオマエのオンナを想ってるのか知らねえが、オマエのオンナは人じゃねえ。魔物だ。

 どれだけ互いの想いが通じてようが、一生抱けねえかも知れねえんだぞ?

 オマエのことが好きで、オマエもそいつが好きで、テメエが抱きてえ上に相手もそれを望む相手が、テメエのオンナと別にいるってんなら、なんの遠慮がいるってんだ?

 オマエのオンナはマリィに似てると言ったな。マリィはそもそも、俺が誰を抱こうが文句を言わねえ。

 それにもし、自分が魔物の姿になって俺に体を提供出来ないとなったら、むしろアイツの方から積極的に、他の女と俺をくっつけようとするだろうぜ。

 ──アイツはそういう女だ。オマエのオンナが何よりオマエを優先するように、アイツは何より俺のしたいことを優先する。

 だったらオマエのオンナも同じことを考えてんじゃねえのか?」

 エンリツィオの言葉に、俺はすぐに言葉が出なかった。それは俺も考えていたことだっから。けど。


「──けど、けどさ。」

 俺はエンリツィオの目の奥を覗き返す。

「……それは、そうされても何も思わない、傷付かないってこととは、別の話だろ?

 マリィさんがそれを許すのは、自分がお前にとっての一番になれないことを知ってるからだ。

 文句言える立場じゃないと思ってるってだけだ。

 お前にとっての特別が欲しくて、お前に抱かれることより、役に立つことを選んだマリィさんが、自分を選んで貰えないことも、お前が他の相手を抱くことも、なんとも思ってねえわけねえんだ。

 ……俺は江野沢を傷付けたくない。──だから一生、ジルベスタは抱かない。

 でも、それとジルベスタを殺したくないってのは、別の話だ。」

 俺たちは睨み合う。

「……俺の部下には、マガに召喚された奴らも大勢いる。そいつらが、マガで大量勇者召喚を行ったジルベスタを許すと思うか。」

 俺はエンリツィオの目を見ていられなくなった。

「それはそう……だけど……。」


 俺がエンリツィオに言っていることは、例えばサンディがナルガラの王女で、大量勇者召喚を何度もやっていた加害者の王族の1人だけど、恭司はその子が大好きで、殺さないでくれって俺に懇願してるようなものだ。

 エンリツィオがアプリティオの王族に直接の恨みがないように、俺もマガの王族に直接の恨みはない。

 けど、結局は自分たちの都合で、他の世界から、勇者という名の便利な使い捨ての兵士として、人間を大量にさらい続けているような奴らばかりだ。

 いずれ俺自身が直接の何かをされないとは限らない。そして今エンリツィオの部下についている人たちは、みんなそれを奴らにされて来ている人たちなのだから。

「部下の反応にもよるけど、もし彼らが使えるようなら、今すぐじゃなくてもいいんじゃない?」

 アシルさんが間を取り持つように言う。

「それに今の話を聞く限りでは、ドメール王子を刑務所から、救い出せるかも知れないしね。」

 アシルさんはそう言って、含みを持たせるような表情で、ニッコリと笑った。

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