第72話 もの言えぬ恋人

「……君が一番知りたいであろう、人間以外で転生してきてしまった人間が、人間に戻れるかどうかについてだが、それは結論から言うと、──不可能に近い。

 というか、試したこともなければ、戻ったのを見たこともない。

 おそらく君の友達は、……生涯そのままだと思う。」

 やっぱりそうなのか。一度転生して肉体を得たのだから、死ぬまで別の姿に生まれ変わることは出来ない。

 恭司は死と再生を繰り返しながら、ずっとこの世界を不死鳥として生きるのだ。──独りぼっちで。

「人間以外で転生してくる場合、動物なこともあったし、魔物なこともあった。

 君の友達が魔物として転生した理由は分からない。

 ──ただ、この世界には、特別な決まりごとがあってね。」

 ドメール王子は何もない虚空を見ているから、俺と目が合うようで合わない。


「名前が特別な意味を持つとされている。

 王家が代々、国王に同じ名前を受け継がせるのも、名前の持つ力の為だ。

 その代の王に特別な力を授ける。その為に王の名前はみな同じなんだ。

 俺は人間以外の姿の転生者のステータスを見た時に、いくつか意味のある名前を持つ者がいることに気が付いた。

 それは人間の姿をしている者にもまれに存在した。

 人間の姿の場合は、勇者召喚での転生時に授けられる、スキルに近しい意味を持つ者が多かった。

 人間以外の場合、それがその姿かたちや存在を表す言葉となっていた。

 例えば白い犬、という意味の名前のついた子どもは、実際に白い犬の姿で転生してきてしまったことがあった。」

 なら、恭司はこの世界では、不死鳥という意味を持つ名前だったということか?


「この世界の言葉のいしずえとなったのは、世界のどこかにある、妖精の国の言葉だと言う。

 妖精の国の女王は、与えられた名前に意味を持たせる力を持つとされる。

 その力を使い、無から有を生み出すことが出来ると。

 この世界で名前の持つ意味に力があるとされるのは、この世界の言葉が、妖精が生み出したものであるとされるからなのさ。

 だから元々名前の付いている異世界の子どもたちは、転生時に名前にこちらの世界での意味を持つ場合、与えられたスキルやその姿かたちに影響を及ぼすのだと思う。

 ……もし君の友人が人間に戻れる可能性があるとするならば、妖精女王に会いに行って新たな名前を付けて貰い、そこに意味を与えて貰うしかないだろう。

 それでも人間に戻れる保証は出来ないし、そもそも伝説の存在だ。その国がどこにあるのか、それすら分からないがね。」

 ……それ、行ったことある奴知ってます。

 たかが自分の恋人に好きな食べ物を食わせてやりたいってだけで、そんなとこまで乗り込んで、女王に直談判した怖いもの知らずを約1名。


「──だがここで不思議なのは、それを表わす意味の名を持つ者でも、必ずしも人間以外で転生してくるわけじゃあ、なかったという点だ。

 燃える鷲、という意味を持つ名前の子どもにも関わらず、しっかり人間で転生して来て、その子どもには、火魔法と加速がスキルとして与えられていた。

 つまり、人間か、人間以外になるのかについては、何かしらの、名前以外の理由が先に働いていることになる。

 大量召喚が可能になった弊害で、同一箇所にいないにも関わらずに、勇者召喚魔法に呼ばれた子どもに一律ハズレスキルが付与されるように、そこには明確な理由付けがあると、俺は考えている。」

 名前以外の何かが、明確な理由としてあるのなら、それが解決された場合、どんな結果を産むのだろう。


「人が人以外で転生する場合。

 俺は実験を繰り返した結果から、そこに2つの原因があると思っている。

 1つはその者の持つ名前が、この世界においてそれを指し示す意味があること。

 そしてもう1つは、その者の存在自体が、この世界の禁忌に触れるものであるということ、だ。」

 ──暗闇の中で白いレースのカーテンがはためく。冷たい風が裸の肩を撫でるのに気付いたマーカスは、ふとベッドの上で目を覚まし、全開に開いた窓の前に立つ、月明かりに照らされた人の姿に気付いて声を上げた。

「うわっ!?」

「きゃっ!?」

 その声で、隣で寝ていた裸の女が飛び起きた。そして同じように人影に気付いて、起き上がった体を隠すように寝具をその身に引き寄せる。

 マーカスは慌てて服を引っ掴むと、中途半端に服を着ながら、慌てて部屋を飛び出して行った。

 ベッドの上で裸でこちらを睨んでいる女が江野沢で、人影は俺だった。


 俺の中の江野沢とマリィさんのイメージは、記憶をなくしても、生まれ変わっても、変わらず1人の人間を追いかけていそうな女性。

 テレビで紛争地域にバラバラ死体が積み上がっていて、個人の特定が難しいというニュースを聞いて、ふやけたりして原型が分からないとかじゃなければ、絶対に分かるけどなあ。と言い出した女の子。

 けど、匡宏のしか分かんないよ?と言われて、何でか聞いたら、体のパーツが、いちいち全部好きだから?という、なんともおっかないような、にやついて顔を隠したくなるような返事を寄越した女の子。

 事実、学園祭の準備で、クラスの男子全員で、中央に向けて放射状に突き出した拳のみの写真を上から撮った時。

 それを見せたら一瞬で俺の腕を見抜いてみせて、だってこれが1番好きだもん、そりゃあ分かるよ、と言ってきた女の子。

 いつだって、江野沢が先に俺を追いかけて来てくれた。傷付きたくなくてどんなに俺が逃げても、歩みよってくれた女の子。

 だから、その江野沢と、目の前の江野沢のイメージが合わない。まだマリィさんが江野沢だと言われた方が納得する。それくらい、違う。


「最初に会った時に、見たんだな?

 ──俺のステータスを。」

 江野沢が俺を呼んだ時、知っている奴を呼んでるトーンや言い方じゃないことは、恭司に漏らした通りの、俺が感じた最初の違和感だった。

 そして目の前の江野沢──ヤクリディア王女は、鑑定の上位互換の心眼のスキル持ち。相手に触れずとも遠隔でステータスを覗き見ることが可能だ。

「……どうりで俺が夜に部屋にいるのを、毎回嫌がるワケだ。こうやっていつも、国王選定の儀にかこつけて、毎晩男を引っ張り込んでたんだな。

 ただの騎士団員の癖して、王女相手にやけに馴れ馴れしい奴だと思ってたけど、何度も抱いてりゃ、そりゃそうなるわな。

 何にも知らねえでお前との関係を取り戻そうとして、いい面の皮だ。

 俺と江野沢の関係を、但馬有季からでも事前に聞いてたか?

 俺が江野沢を好きなことを、江野沢が俺を好きなことを、お前は知ってて、俺を好きなフリをして、俺を抱き込もうとしたな?

 狙いは俺のスキル……だな?」


「は……?

 あんたなんか好きなわけないじゃない。 

 なんなのよ、みんなして、エノサワ、エノサワって。

 私はアプリティオ王女、ヤクリディア。

 エノサワアヤナなんかじゃないわ!!」

 ヤクリディア王女は、ゆっくりと近付きながら話す俺に、ベッドサイドに置かれたサイドチェストの上の花瓶から、真っ白いスピリアの花束を掴み、俺の顔に投げ付けた。

 花は真っ黒へと変わり、思わず片目を閉じた俺の顔面に当たって、床へとバラバラと散らばる。

 スピリアの花が黒くなる時。それは相手が嫌いって時と、──相手に悪意を持って接している場合。

 ヤクリディア王女は、初めから何も知らない俺を利用するつもりで、悪意を持って俺との距離を縮めようとしていたのだ。


「お父様は龍化のスキルを持ってて、魔力の基礎ステータス値が高かったのよ。

 ……スキルは遺伝しなくても、ステータスは遺伝する。

 だからお母様は、大量勇者召喚の為に、あの男を2度目の夫に選んだの。

 あんたも同じ。

 見たことのない高い魔力ステータスに、異常なまでのスキル保持数。……そして、スキル強奪という、隠しスキル。

 ──子どもの父親にするには、こいつしかいないと思ったわ。

 別にあんたが下手でも、そっちは別の男で愉しめばいい。

 ……この顔と体が好きなんでしょ?

 だったら、どこにいるかも分からないその女より、王女の私と楽しくおかしく暮らした方がいいじゃない。──違う?」

 ヤクリディア王女は薄いブランケットで体を包んだまま、ベッドから降りて立ち上がると、俺の前でゆっくりと、それを開いて見せた。


 きっと体もこの顔と同じく、江野沢と同じなのだろう。俺はそっとヤクリディア王女を抱き寄せて、抱えるようにしてベッドに押し倒した。

 ヤクリディア王女に顔を寄せる。ヤクリディア王女がその瞳をそっと閉じた瞬間、俺の右手がヤクリディア王女の顔面をガッシリと掴んだ。

「──てめえにピッタリなもんをくれてやらァ!!!」

 奪う、奪う、奪う──与える。

「もう自分でステータスが見れねえだろ?

 ……鑑定師にでも見て貰いな。

 てめえは今日から王女なんかじゃねえ。

 この世界は職業スキルが何より優先されんだってな。──たとえ王族でも。

 てめえは今日から売春婦だ!!!」

「いやあああぁあ!!!!!」

 ヤクリディア王女が悲鳴を上げた。


 俺は王宮を飛び出すと、ホテルに戻りながら、ドメール王子の言葉を思い出していた。

「──この世界の禁忌。

 それは双子が許されないということだ。

 生まれた瞬間、双子以上だった場合、なぜか1人を残して他の兄弟たちが死ぬという呪いが存在する。

 勇者召喚で強制的に連れて来られた子どもは、こちらの世界に来た時に、片方に人間の姿が与えられない事があった。

 名前の一部が同じ、姓を同じくする子どもは、一緒に連れて来られた片割れが双子だった場合、かならずそのどちらかが、3つ子以上であった場合、1人を残して、そのすべてが獣か魔物になった。

 おそらく君の友人は、この世界に既に同じ姿を持つ者がいて、元の姿かたちのままで、この世界に転生することを許されなかったのだと思う。

 どの程度までを同じと、勇者召喚魔法が認識しているのかは分からないが、君の友人が双子以上でない場合は、おそらく同じ姿の人物が、既にこの世界にいるのだろう。」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 周囲はとてもざわついていた。

 見知らぬ土地。

 知らない匂い。

 子どもたちが、ここはどこだと騒いでいる。自分に声をかける人間はいない。

 その中に、魔物はポツンと佇んでいた。

 やがて灰色のいかめしい格好をした大人たちが、子どもたちを迎えにやって来た。

 ふと。薄く。ほんの少しだけ。

 風に乗って、懐かしくて愛おしい、胸を締め付けられるような匂いがした。

 魔物は立ち上がり、匂いをたどって走り出した。その後ろで、子どもたちは大人たちに連れて行かれたが、誰も魔物に目を止める人間はいなかった。


 遠い、遠い道のり。

 ただ、匂いだけを頼りに、魔物は走った。

 何を探しているのか。

 どこに向かっているのか。

 それすらも分からない。

 けれど、そこにたどり着きたい。

 行かなくてはならない。

 そこにそれがあるのなら。

 自分の生きる意味のすべてが、そこにある気がして。

 やがて強い雨が降り、匂いは途中で途絶えた。周囲をウロウロするも、匂いは漂ってはこない。

 だが匂いのして来た方向は分かっている。

 魔物は再び走り出した。


 どれだけ走ったのだろう。

 星と月明かりしかない、真っ暗な道。

 近くで強い血の匂いがする。

 そしてその中に混じって、あの匂いがした。

 突如他の魔物の唸り声がした。

 自分より遥かに大きな魔物が3体。

 魔物は怯えた。尻尾が思わず股の間に入ってしまう。

 3体の魔物は匂いの元を狙っていた。

 魔物は意を決する。尻尾が股から飛び出すと同時に、口から風魔法が飛び出し、魔物の1体の喉笛を切り裂いた。

 怖い、怖い、けど、あなたを絶対に守る。

 だって、だから私、こんなところまで来たんだもの。

 勇気を出して、唸り声を上げて前に進む。他の2体が自分を恐れて逃げて行った。

「……助かったよ。お前、強いんだな。」

 懐かしい匂いが、魔物の頭を撫でてくれる。

 魔物は匂いの元に体を擦り寄せた。

 愛おしくて懐かしい、私のすべて。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺はホテルの自分の部屋からユニフェイを連れ出してホテルから離れた。恭司にも誰にも、……見られたくはなかったから。

 俺は目の前のユニフェイに、ヤクリディア王女から奪った、心眼を使った。


────────────────────

 江野沢綾那えのさわあやな

 16歳

 女

 魔獣族(フェンリルの幼体)

 レベル 13

 HP 5400

 MP 6300

 攻撃力 612

 防御力 527

 俊敏性 963

 知力 781

 称号 異世界転生者 愛を貫く者

 魔法 風魔法レベル7 聖魔法レベル8

 スキル 

 使役者:国峰匡宏

────────────────────


 はじめからそばにいた。ずっと、俺のそばにいてくれたのに。

「えのさっ……。」

俺の目から、大量の涙がこぼれる。気付かなかった。気付けなかった。お前はこんなにも、ずっと俺だけを思ってくれていたのに。

「──綾那ぁあ〜〜!!!」

 俺は子どものように目をこすりながら泣きじゃくって、何年か越しに彼女の下の名前を呼びながら近付くと、ユニフェイを──この世界に見た目が同じなヤクリディアがいたせいで、姿かたちを奪われて、魔物で転生してしまった江野沢を、ギュッと抱きしめた。

 江野沢は何も話すことが出来ず、ただ、切なげに、キュウ……と小さく鳴いて、俺の涙を優しく舐めた。

 再会した日と同じく、満天の星空と月明かりの下、道の脇に一本の木が立っていた。


 ユニフェイと出会った時、俺はスキルとともに、男が使役していたユニフェイを、一緒に奪ったものだと勝手に思っていた。

 だって見知らぬ魔物が俺を守る理由が、他に見当たらなかったから。それに襲って来た魔物が死んで、経験値が入ってレベルアップしてたから。

 けどあの時はまだ俺にテイムなんてされていなかったのだ。レベルアップしたのは、俺が男からスキルを奪ったからというだけ。

 テイムしている魔物の名前が空白なのに、テイム出来てる筈がないという、テイマーの常識を、俺は今日まで知らなかった。

 偽りの愛なんかじゃなかった。テイムなんてしてなくても、俺の心配ばかりして、何をするにも俺優先だった、生まれ変わる前の、あの日のままの江野沢がそこにいた。

 言葉をなくしても。

 魔物に生まれ変わっても。

 どんなに距離が離れても。

 ──それでもお前は、俺を見つけた。


 俺がジルベスタと少しずつ仲良くなっていく姿を、もの言えぬお前は、そばでどう思って見てたんだろう。

 江野沢は、一度だって、俺を裏切ったことなんてなかった。それは分かってた。分かってたのに。

 あんな女、お前じゃないと、すぐに気付きもせずに、俺を忘れていつもみたく俺を追って来ないお前のことを恨んでた。

 ──こんな世界に、無理やり連れて来られてしまったせいで。

 俺は大好きな女の子への、謝罪に対する答えも。

 告白の返事すらも。

 一生、言葉では貰えないことを知った。

 俺は死ぬことが分かっているのに着の身着のまま放り出され。恭司と江野沢は魔物にされ、何千年も孤独に生きることになる。

 エンリツィオも、アシルさんも、部下の人みんなも、大事なものをすべて、命とともに奪われた。

 それでもまだ、俺たちを利用しようとしてくる、テメエのことしか考えられない、クソどもしかいない世界。

 ……ああ。

 奪ってやるよ。

 この世界のすべてを。

 お前らがもう2度と、くだらねえことを考えられないようにな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る