第69話 犯行の詳細

「「──ズレ子!!」」

「……ズレコ?」

 俺と恭司はドアを開けた瞬間、目の前に立っていたリスリーを、思わず俺たちの間だけで呼んでいた、彼女のあだ名で思わずそう呼んでしまい、リスリーに不思議そうに首を傾げられてしまった。

「──突然お伺いして申し訳ありません。先日のお礼とお詫びに参った次第です。」

 リスリーの傍らには、頭と眉を下げたエステバンが、とても申し訳なさそうな表情で付き添っていた。

 エステバンとリスリーは、俺たちに改めて自己紹介をしたが、まあ、こちらとしては知ってますとも言えないので、はじめましてと挨拶をしておいた。

 俺たちは2人を部屋に通すと、俺が2人にお茶を入れて出した。この国特産のパティスリーの花から作られた紅茶で、ほんのり甘酸っぱくてとても美味しい。部屋に備え付けられていて、毎日減った分だけ足されているものだ。


「……本当は、ニナンガ国王に直接お詫びに伺いたいところなんですが、わたくしどもの立場で、直接お会いするようなことは叶いません。

 先日彼女を助けて下さったあなたが、ニナンガ国王の直属の部下だとおっしゃってらしたので、改めてお礼に伺わせていただいたのと、アプリティオからの正式な謝罪ではありませんが、お詫びをお伝えいただきたくお願いにあがりました。

 ……追って国からも、正式に謝罪があると思います。」

 ……ほんっと真面目だなあ、エステバン。

 てか、別にあいつ、正式な謝罪だどうだとか、宮廷勤めの人間と王様が直接面会出来ないだとか、そーゆーの気にしないと思うんだけど、外部の人間から見たら、やっぱそういう感じなんだろうな。

 一応よその国の王様だしな。


 俺から見たらエンリツィオはエンリツィオで、王様になろうが別に変わらないし、何ならニナンガ王宮に勤める人らは全員エンリツィオの部下だ。

 部屋にも軽い気持ちで遊びに行けるし、特にそれをエンリツィオやアシルさんから咎められたこともない。

 俺は本来、エンリツィオの部下でもなんでもない外部の人間で、エンリツィオは俺を対等な取引相手だと言ったけど、それだって仲間ってわけじゃない。

 本当ならこんな風に、気軽に接しちゃ駄目な相手なのかも知れないけど、軽口叩こうが雑に扱おうが、エンリツィオは別に気にしない。

 だからエンリツィオの部下の人たちも、俺と恭司のことは、何か特別な存在って扱いで、俺らにまで敬語を使ってくる。


 急に現れた俺らがこんな風に扱われるのを面白くなく感じる人も、ひょっとしたらいるのかも知れないけど、全員俺らより年上で大人ばかりだからか、それを直接言われることもなかった。

 そんなにひとりひとりとしっかり話したことはないし、裏ではどう思ってるか分からないけど、ほぼ全員が優しいお兄さんって感じで、俺と恭司にとってはいい人たちばかりだった。

 闇組織の人間にいい人ってのもおかしいけど、実際そうなのだから仕方がない。

 エンリツィオからしたら、自分と同じように無理やりこの世界に連れて来られて、ニナンガの奴らに苦しめられてた俺を、どこか身近な存在みたく思ってくれているのかも知れないと思う。


 けど、俺はエンリツィオほど、この世界のすべてや、他の国の王たちに具体的な恨みを感じてはいない。

 たまたまニナンガ王国に召喚されたってだけで、タイミングからしたら、それはナルガラだったかも知れないし、このアプリティオだったかも知れない。

 そのことを考えると、その国の王を恨んでもおかしくないだろうし、それは他の4つの国も、同じことをしているという点においては、俺に対する加害者であることに違いはない。

 けど、具体的に何かをされたという感覚はニナンガの奴らに対してしか感じない。

 強いて言うなら、アプリティオの奴らが勇者召喚を行ったせいで、江野沢が記憶をなくしたとともに、どこか変わってしまったという点だけど、会ったこともない奴らを恨むには、それが勇者として召喚されたせいだと感じるには弱かった。


 どちらかと言うと、俺は江野沢の薄情さに悲しんでいたから。

 あんな、死ぬまで俺を追いかけてきそうな執着を見せてた女の子が、俺を忘れて冷たく接してくるということに。

 アプリティオの勇者召喚のせいだと頭では分かっていても、江野沢を責めずにはいられないのだ。

 多分、マリィさんが記憶喪失になることがあって、急にエンリツィオに対する態度を変えたら、エンリツィオもきっと同じ気持ちになると思う。

 そんなことぐらいで、俺を忘れてそんな態度を取るなんて、お前は本当に俺を好きなわけじゃなかったんだな、って。

 それくらい、あの2人の執着と愛情表現が人と違い過ぎたから。


「──まあ、伝えておきますけど、それをどういう扱いにするかまでは分かりませんし、俺からはなんとも言えないです。」

「もちろんです。こちらに全面的に非のあることですし、彼女も罪を受け入れるつもりでいます。」

 俺を見つめていたリスリーは、コックリとうなずいてからうなだれた。

「少し、お聞きしたいんですけど。」

「はい。」

 エステバンが返事をする。

「あ、えと、そうではなくて、彼女に。

 ──リスリーさん。」

「……はい。」

「あの時あなたは、教会の祭司様から、媚薬を盛るのを指示されたとおっしゃってましたよね?」

「はい。」

「どうして祭司様が、あなたにそんなことを頼むのか、そもそも疑問に思わなかったんですか?

 実際、アプリティオの王様が、ニナンガ国王を狙っていたのは事実ですが、なぜその方は、そんなことをご存知だったのでしょうか?

 そもそも、彼の役に立ちたいという、あなたの個人的な事情を、どうしてその方はご存知だったのですか?」


 俺の疑問はそこなのだ。

 エンリツィオを殺そうとしていたのが、以前も一度殺しに来たことのある管轄祭司だったとして、どうやってそのことを知れたのか?

 アプリティオの国王がエンリツィオを狙っていたことしかり、エステバンの立場が騎士団の中で危ういことしかり。

 リスリーがエステバンを好きなことだけであれば、ワンチャン外部の人間が知る可能性がないとは言えない。

 だがアプリティオの国王の片想いと、エステバンの問題は、それを知る立場の人間からすると、完全に宮廷外に漏らしてはいけない事情だ。

 なぜそんなことを知る機会を得たのか。

「……私、懺悔室で、いつも、祭司様に告白してたんです。

 とても辛くて……。毎日毎日……。

 そうしたら、ある日、祭司様が私におっしゃったんです。

 あなたの悩みを、すべて解決する方法がございますよ、と。」


 ──懺悔室!!

 そうだ、教会には懺悔室なんてものがあるのだ。前世でもあったが、この世界にもそれはあった。

 人々が己の罪を悔いたり、悩みを神に打ち明けるとの名のもと、祭司に相談して気持ちをスッキリさせる場所。

「そこで教えて貰ったんです。

 彼の危うい立場を解決する為に、私に出来ることを。

 ……とても親身になってくださって、いつしか、それが悪いことだと思わなくなりました。それよりも何よりも、彼を……エステバンを助けられるのは、私だけだと思い込んでしまうようになって……。

 薬もその方が用意して下さったものです。

 ……本当に愚かでした。」

「──アプリティオの王様も、その教会にいらしていたということですか?」

「いえ、王族は直接教会にはいらっしゃいません。

 王宮内に、王族専門の懺悔室が作られていて、そこに祭司様がやってくるのです。

 王族専門の懺悔室は、必ず偉い立場の祭司様がいらして、毎回担当して下さることになっています。」


 エンリツィオを狙っている男の立場は管轄祭司。偉いなんてもんじゃない。数人しかいないらしく、教会の頂点のすぐ真下くらいの役職だ。

 エンリツィオが裏の世界のトップなら、その男は表の世界のほぼトップと言える。

 多分、アシルさんくらいの位置。

 そもそも王族の悩み相談なんて、行かないで済むなら行きたくない祭司も多い筈。

 自分が行きたいと言えば、立場的にも、やりたくない仕事的にも、優先してその仕事に行くことが出来ただろう。

 エンリツィオに片想いをしていたアプリティオの王様は、懺悔室でその男に話してしまったのだろう、エンリツィオへの気持ちを。

 男同士が結ばれることも、既婚者が浮気したり愛人を作ることにも、なんの問題のない国であっても、それがよその国の国王相手にまで通じるわけじゃない。

 どうにかしてエンリツィオを手に入れたがっていたアプリティオの王様に、リスリーを使って媚薬を盛る方法を提案したのだとしたら。


 リスリーが媚薬を盛る担当だと知らなくとも、アプリティオの王様は、用意されたグラスをエンリツィオの前に置くだけでいい。

 けれどその媚薬は、確かに媚薬ではあったけれど、エンリツィオの中毒死を目的としたものだった。

 薬師に出来ることは、調合と加工と薬の成分鑑定。けどそれは、成分を調べようとしなければ見れないもの。

 その男を妄信していたリスリーは、わざわざ薬の濃度を調べようなんてことはしなかったのだろう。

 実際には必ず中毒死に至る濃度じゃなかったみたいけど、そこはなにかその男側で手違いがあったのかも知れない。

 何人もの思惑が重なり、エンリツィオはハメられた。

 人を罪を犯す方に誘導する力も、殺人鬼のスキルによるものなのか、それともその男の元々の力なのか。

 もしスキルの力なのだとしたら。そうでないとしても。その男が諦めない限り、この先何度だって、──こういうことがあるかも知れない。


 よその国の国王を襲う手助けなんて、バレたら死罪確定だ。そしてその事はもう、大勢の前でバレてしまった。

 自分の欲望で動いた国王はともかく、エステバンの為に動いたリスリーは、せっかく助かった命を、──散らすことになる。

「それで、あなたは何故、今日ここにいらしたのですか?」

 俺はエステバンに問いかけた。

「……彼女のしたことは、間違っていましたが、俺がうまく立ち回れなかったがばっかりに、彼女をこんなにも思い詰めさせてしまいました。

 ……俺にも責任の一端があると感じています。だから来ました。俺からも、お詫びをしたくて。」

「そんな……!あなたのせいじゃ……!

 私が……!私が全部、」

「──黙って、リスリー。

 ここは俺たちが押し問答をする場所じゃない。俺たちはここに、被害を受けられたニナンガ国王への謝罪の為に来てるんだ。

 ……言いたいことがあれば、あとでゆっくり聞くから。」


 エステバンに厳しくも優しく促されて、ソファから立ち上がりかけたリスリーが、悲しげに申し訳なさげに再び座り直す。

 いい男だな、エステバン。

 今ここは自分の感情や言い訳を披露する場面じゃない。自分が殺しかけた相手に誠心誠意謝ることだけ考えなくちゃ駄目なとこだ。

 今エステバンに対する気持ちや自分の気持ちを優先するのは、その謝罪の気持ちを疑われてしまう。エステバンが自分の為に頭を下げることがどんなに辛く恥ずかしくても。

 けど、そんなリスリーの気持ちもくんだ上で、厳しい言葉と優しい言葉を投げかける。なかなか出来ることではないと思う。

 俺はひとつやりたい事を思いついた。

「──あなたからもお詫びの意志があるのであれば、ひとつ、こちらのお願いを聞いていただけないでしょうか?」

「お願い……ですか?」

 エステバンは不思議そうな顔をしたが、分かりました、とうなずいた。


「……あの、えと、これはどういう……。」

「もう。急に呼び出すから、デートのお誘いかと思ったのに、他の女をきれいにしろですって?

 意地悪な男ね。」

 そんな風に言いながら、ジルベスタはふふっとイタズラっぽく笑ってみせる。突然俺に連れ出されたリスリーは、戸惑ってオロオロしていた。

「それはまた改めてしようよ。

 必ず俺から誘うからさ。」

「──ホント?約束よ?」

「ああ。

 楽しみにしててよ。」

「──オイ、俺にも状況を説明しろ。」

 俺はリスリーと、恭司と、ジルベスタと、エンリツィオを伴い、とあるブティックに来ていた。


「どう?サイズ問題ない?」

「……大丈夫そうです。」

 試着室の中からリスリーが答えるのを聞いて、俺は横についててくれた店員に対し、エンリツィオを指さして言った。

「あ、じゃあすみません、──お代はこの男が払うんで。」

「オイ、だから説明しろ。

 ──なんで俺が知らない女の服の金を払うことになってんだ。」

「だって俺、この国の通貨もってねーんだもん。」

 そうなのだ、俺にはニナンガ王国で稼いだ金があるのだが、なんとこの国ではそれが使えなかったのである。しかも両替出来る場所もないときた。

 仕方なしにリスリーが試着室で着替えている間に、状況がまったく分かっていないエンリツィオを、ブティックまで無理やり引っ張って来たのである。

 ほんとはアシルさんの方が話が早いんだけど、ホテルの部屋にいなかったので仕方がなかった。


「……この子が例の、お前に薬を盛った薬師だよ。」

「──なんだと?」

 俺はエンリツィオにだけ聞こえる声で言った。そんな相手に俺が服を買ってやろうとする理由が分からない、と言った顔で、エンリツィオは眉間に小さくシワを寄せる。無理もない。

「……でもそのことは、みんなもう知ってるんだ。……だから、これが最後になるかも知れないなって。

 ──悪い子じゃ、ないんだ。」

 何かをしてやりたかった。独りよがりだとしても、俺と恭司は毎日、空回りなズレた努力を続けるリスリーを見てきていたから。

「……。

 ──わかった。」

 俺の表情から何かを察してくれたのか、エンリツィオは少し目を細めてうなずいた。

 エンリツィオがお店の人に、ホテルに代金を請求するよう告げ、ニナンガ王家の紋章を見せた。

 お店の人がそれで了承し、リスリーが着替えている間に会計を済ませると、俺たちはブティックを出て、一度ホテルの俺の部屋へと戻った。


「ほんとに好きにしちゃっていいのね?」

「うん、おまかせで。」

 俺と会話をしながら、ジルベスタはリスリーの体に、美容室で髪を切る時に使うようなケープをかけた。

「……私は美を司るつかさど魔女、ジルベスタ。

 ──あなたの人生、5分で変える。」

 突如として見たことのない顔付きに変わったジルベスタは、リスリーに物理的に、メイクという名の魔法をかけだした。

 あれからむしろマガでは王族としてより、化粧師として有名なのだと聞いていたから頼んだわけだけど、実際ジルベスタの技術は素人目にも凄いものだと分かった。

 元々の素材がいいとはいえ、リスリーの見た目がみるみる変わっていく様は、本当に魔法のようだった。

「──ほう?

 いいじゃねえか。

 抱きたくなったぜ。」

 完成した姿を見て、エンリツィオが感心したように、そんなことを言い出す。コイツにとっては多分、これが女性に対する最上級の褒め言葉なんだろうけど。

 エンリツィオがカッコいいからって、リスリーも、ちょっと嬉しそうに頬を染めんな。お前にはエステバンがいるだろーが!

 ていうか、更衣室の中にいて、王家の紋章を出しているところも見ていないから、気付いてないんだろうけど、それ、知らぬこととはいえ、お前が殺しかけた相手だからね?

 と、内心1人釈然としない俺がいた。


「ここで、待っていればいいんですか?」

 リスリーの準備が終わり、俺と恭司とジルベスタは、エステバンを連れて街へとやって来た。エンリツィオは面倒くさがって、1人ホテルに残っていた。

「本当に、なにがなんだか……。」

 俺から何も説明されていないエステバンは、終始困惑した表情で戸惑っていた。

「──エステバン……。」

「──リスリー?

 ……リスリー?」

 呼びかけるリスリーの声に振り向いたエステバンは、リスリーを見た瞬間、目を見開いて言葉を失った。

 パフスリーブの袖と、同じように絞られて胸元のみが白い布で強調された、柔らか素材で出来た体のラインが浮き出る、小花模様の明るい優しい淡い黄色のワンピース。

 髪は編み込んで前髪を上げてオデコを出したことで、リスリーの素朴で可愛らしい顔がはっきりと見える。

 スッピンに見える薄付きメイクながら、赤を人差し指幅分だけ唇に乗せてオレンジのリップを重ね、目元を強調したことで、リスリーの白い肌のきれいさが際立っていた。

 ちなみにワンピースは俺と恭司チョイスである。抱き締めたくなるような体全体の柔らかさを感じさせつつ、上品で女の子らしくもありながら、オッパイの大きさにも目が行くという、男ならぜひとも巨乳の彼女に一度は着ていただきたい服である。

 出来ることならそのマシュマロ巨乳に、もう一度顔をうずめたいなあ……、と感触を思い出しながら俺はリスリーを眺めた。


「こ、これは、ええと、その、なんていうか……。」

 エステバンは口元を手で隠しながら真っ赤になっている。お前がちゃんと見ようとしなかっただけで、リスリーはこんなにも可愛いんだよ。と、俺と恭司がドヤ顔をする。

 男ってのは、女の細かい変化に疎い。元々脳が狭い近い範囲の物を認識出来るように作られてないとかで、男女の脳の作りの違いだから、致し方ないんだが。

 耐えば冷蔵庫の中の物の位置を動かされたりなんかすると、俺の母親とばあちゃんはすぐにそれを見つけられるのに、俺と父親はまったく見つけられなくなってしまうのだ。

 だからよく見るとそんなに可愛くないのにも関わらず、男にとって分かりやすい格好や仕草をする子の方が、素材に手を加えていない美人よりもモテたりする。

 だから身近にこんなに可愛い女の子が一途に自分を思ってくれていたのに、エステバンはまったく気付かなかったのだ。

 よく知ってる相手の、あれ?こいつこんなに可愛かったっけ?は、恋愛における最強のギャップ萌えのひとつだと思う。

 そうして露骨に変化したリスリーを見たエステバンは、しっかりバッチリ、それにやられてしまったのである。


 分かりやすく可愛くなったリスリーに照れるエステバンは、リスリーと並ぶと、とてもお似合いの2人に見えた。

 ……もっと早くに、それに気付けていたら良かったのにな。そうしたらきっと、これからも、ずっと2人でいられた筈なのに。

「デートして来て下さい。2人で。」

「デ、デート!?」

「あなたがきちんと彼女と向き合わないでいたから、彼女のことを知ろうとしないから、今回のことが起きたと俺は思ってます。

 ちゃんと彼女と向き合って、本当の彼女を見てあげて下さい。」

「本当の……彼女……。」

 エステバンはリスリーを見つめる。

「──リスリー……。」

 エステバンが赤面しながら目線をあちこちに動かしたあと、しっかりと目を見つめ、リスリーに右手を差し出した。

「俺も今、君と手をつないでみたい。」

 リスリーは泣き笑いのような笑顔を浮かべると、

「はい………!」

 そう言ってエステバンの手を取り、しっかりと握りしめた。


 エステバンとリスリーが2人で手を繋ぎながら街へ消えて行き、ジルベスタは、私もやる事があるから帰るわ、と去って行った。

 俺は恭司とホテルに戻ると、ベッドに体を投げ出して、ユニフェイを抱き締めた。

「もっと早くに、こうしてやりゃあ良かったな……。」

 俺はどうしてもっと早くにリスリーを助けてやれなかったのだろう、という気持ちでいっぱいだった。

「仕方ねえさ。別に俺らは、ズレ子と知り合いってわけじゃねーんだからよ。

 それにズレ子を知った時点で、事件はおこった後だったんだ。

 ……お前にも誰にも、どうしようもなかったんだよ。」

「……そうだな……。」

 それでも、あの2人の行く末に対する、鉛を飲み込んだような気持ちは、とてもすぐには消えそうになかった。


 その時、ジルベスタから貰った通信具の宝石が光る。こちらが何もしていないのに、通信具から途切れ途切れに音声が聞こえる。

 ──緊急通信だ。

 本来相手が応答しないと聞こえないが、緊急の時用に、強制的に声を届かせる機能があることを、事前にジルベスタから聞いていた俺は、ユニフェイから手を離し、何事かとベッドから体を起こして通信具を見つめた。

「助けて……!

 宝石を押せば場所が……!

 ──あっ!嫌っ!!」

 声はそのまま途切れて聞こえなくなった。

「ジルベスタ?

 おい、ジルベスタ!!」

 呼びかけても反応はない。

 何があったってんだ。さっき別れたばっかだってのに!

 俺は慌ててベッドから飛び降りると、恭司とユニフェイとともにホテルを飛び出した。

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