第68話 祭司の目的

「……わりぃ、見失った。」

 恭司は戻るなり、ガッカリした表情で俺に言った。最初の頃は殆ど分からなかった表情の変化が、最近は分かるようになった気がする。

 恭司は中身が人間だからと言って、表情筋が特別動くということはない。普通に見た目のままフクロウだ。

 だが一緒に暮らすうち、猫や犬の表情の違いが分かるようになっていくように、鳥類にも表情があるのだと知った。

 あれはだいぶ落ち込んでいる。それはそうだ。ことは殺人未遂。その犯人を誰より早く追いかけたのに、見失ったのだから。

 恭司の後を追いかけていた兵士たちも、続いて息をきらせながら戻って来ると、自分たちは報告に向かいます、と俺に声をかけ、そのまま城に戻って行った。

 恭司の飛ぶスピードは、人間の走る速度よりも当然早い。それで見失ったということは、どこかに姿を隠したのだろう。


「仕方ねえよ。

 リスリーが意識を取り戻すのを待つか、ナイフから手がかりが出るのを待とうぜ。

 ……ナイフからは、出るのか分かんねえけど。」

 科学捜査が出来ない世界で、どうやってナイフから手がかりを探すものか分からなかった。

 エンリツィオの時は、アシルさんが媚薬の痕跡を特定したけど、その時だって魔法の使用痕跡はたどれても、それ以外は難しいと言っていたし。

 特別なものであれば入手ルートはたどれるだろうけど、こんな白昼堂々、俺たち以外人が通らない道とはいえ、殺人をおかそうという人間が、そんなすぐに特定されるようなものを使うとも思えなかった。


「けど、なんでズレ子なんだ?王宮が近いってのに……、通り魔でも出んのか?このあたりは。

 ちょっと鈍くて鈍臭くてダセえ格好してるけど、めちゃくちゃいい子じゃねえか。

 人を恨むことも、恨まれることもねえだろズレ子はよ。」

 恭司が納得がいかない、といった表情で言う。そうか、恭司はリスリーの言葉を聞いていないのだ。

 俺はリスリーが話したことを、恭司に伝えた。

「──マジかよ。ズレ子がアニキを陥れた犯人だったのか……。」

 恭司はにわかには信じがたいといった様子で言った。


「ああ。あの子は絶対にそんなことする筈がないって言う思い込みをしてたけど、エステバンの為だって言われたってんなら納得がいったよ。

 騎士団の中で、ご褒美担当をしたことがないのは、確かにエステバンだけだ。

 もちろん、他のことで功績をあげてはいるんだろうけど、それを1人特別扱いで、免除されてるわけだしな。

 ご褒美担当だって、みんながみんな、マーカスみたいに、やりたくてやってるわけじゃないと思う。

 騎士団の中での立場が危ういっていう、マーカスの言葉も、……あながち嘘じゃないと思う。」


「ズレ子にしたら、好きになって貰えないまでも、他の女とそんなことして欲しくないだろうしな……。

 ましてや、好きでもねえ相手と、それが出来るような奴じゃなさそうだしな、……エステバンは。

 エステバンがご褒美担当に無理やり回されるよりかは、自分の手を汚す方を選んじまったんだろうな……。」

「ああ……。

 ……多分、動機はそうだと思う。

 けど、よく分かんねえのは、リスリーにそれをやらせたのが、教会の祭司ってことと、リスリーが、よくて発狂寸前、悪けりゃ中毒死レベルの量の媚薬を塗り付けたって事だ。

 職業スキルをつかってグラスを偽装した状態に出来るリスリーが、媚薬の効果や量をそもそも間違えるわけがねえんだ。」

 俺の言葉に、恭司が、確かにな、とうなずく。


「リスリーの言う通り、単純にアプリティオの王様が、エンリツィオを手に入れようとして媚薬を盛らせたなら、なんだってほぼ原液をぶち込んだんだ?

 俺たちもアシルさんも、アプリティオ国王がエンリツィオのことを、裏社会の人間だと知ってて、それをしたんだと思ってた。

 普段から命を狙われたり、当然媚薬とか色んな薬を飲まされ慣れてて、耐性が出来てるかもって想像したなら、それもワンチャンあるかも知れねえけど。

 ジルベスタの話によると、ニナンガで昔、魔法師団長をやってた時に、エンリツィオを見初めたってだけで、エンリツィオが闇組織のボスだと知らずに、その元魔法師団長が来るって喜んでたわけだろ?

 ──だったら、そんな量を使う必要はねえ筈だ。」

 目的が本当に体なら、だが。


「それに、教会の祭司がやらせたってのもよく分からねえ。

 アプリティオの王様が祭司とつながってたんだとしても、普通そんなこと人にやらせるか?最も縁遠い職業だろ?祭司って。

 その量をエンリツィオに使うよう指示したのは、そもそもアプリティオの王様なのか、祭司なのか。」

「──そもそもが祭司の単独、ってこたあねえか?」

「単独?祭司の?」

「もしもよ、もしだぜ?

 アプリティオの国王が、何にも知らなかったとしたらどうだ?

 国王はアニキを、ただの元ニナンガの魔法師団長だと思ってたわけだろ?

 自分が見初めた相手が、いきなり興奮しだしたのを見て、自分も興奮して、襲っただけってこたあねえか?」


「……もしそうだと仮定すると、王様がエンリツィオの体目的で媚薬を使うなら、どう考えてもおかしな量だったってのは、濃度を決めたのも、媚薬を混入させるのを指示したのも、王様自身じゃなかったから、ってことなら、一応の辻褄はあうな……。

 ──けどよ、そうなったら、祭司はエンリツィオをぶっ潰そうとして、媚薬を混入させたことになるぜ?

 ……なんでそんなことする必要があったんだ?」

「どっかで恨みでも買ってたんじゃねえか?

 むしろ、その方が分かりやすくねえか?

 前から個人的にアニキに恨みを持ってた祭司がよ、アニキに発狂レベルの濃度の媚薬を盛って、中毒死させようとしたって説はどうだ?

 もしそれに失敗しても、原液寸前の濃度で倒れてる上に、目の前にはアニキに惚れてるアプリティオの国王だ。

 媚薬の量に中毒死したり、発狂させられないまでも、……アニキを傷物に出来るって考えたらよ。」

 確かに一理ある。


「けど、そうなると、その祭司は、ニナンガ国王がエンリツィオだと知ってたってことになる。

 殆どの一般人がエンリツィオ一家を知らなくて、ニナンガの新国王が元魔法師団長だって情報しかない中で、たかが祭司がどうやってニナンガの新国王がエンリツィオだと知れたんだ?

 オマケにその上で、エステバンの立場が騎士団の中で危ういことも、リスリーとエステバンの関係すらも、知ってなきゃ出来ねえことだろ?

 王様が指示したってんなら、簡単にそこはクリア出来る。騎士団の内部事情も当然知ってるだろうしな。

 リスリーのことは、誰かから聞いたか、そもそもリスリー自身が態度と行動に出まくってるから、王宮で生活してれば嫌でも目に入るだろうし。

 けど、その場合、祭司がそれを知る手段はねえ……。」

 俺は頭を抱えた。


 動機の点では祭司単独説が最も納得がいくが、リスリーに指示を出してやらせるには、王様の協力が不可欠だ。

 結局答えは出ないまま、俺たちはホテルへと戻ると、そのままエンリツィオの部屋を訪ねた。

 部屋の前に立っていた警護の部下の人に尋ねると、エンリツィオは出かけていて、中にいないと言われた。

 仕方がなしに、一度自分たちの部屋へと戻った。今日はマリィさんの家に行かないと、朝ホテルのレストランで言っていたし、夜には戻ってくるだろう。

 夜になり、再び部屋を尋ねると、エンリツィオはアシルさんと共に部屋にいた。俺と恭司は話したいことがあると言って、エンリツィオの部屋へと入れて貰った。


「──その女は確かに、教会の祭司に頼まれたと言ったんだな?」

 エンリツィオは鋭い目つきで俺を見る。

「ああ……。

 けど、俺たちも考えたんだけど、祭司がお前をエンリツィオだと知る手段も、リスリーとエステバンとの関係についても、エステバンが騎士団の中で浮いてて、危うい立場だってのも、そもそも知る機会がねえし。

 それを知らなきゃ、祭司が単独でリスリーを動かして、お前を狙うなんて出来るわけがねえ。

 お前を闇社会のボスだと知らなかったにしても、やっぱりアプリティオの王様が、直接指示を出さないと、リスリーを使う事が出来た理由に説明がつかねえ。

 それを唯一知ってるリスリーを、人を使ってまで殺そうとしたって点でも、こっちが何もそれについて触れてこないことを、逆に怖いと感じて焦ったからかも知んねーしな。

 俺が祭司の立場なら、実行犯を消そうと思ったら、……多分もっと早くに手を打つ気がする。

 祭司が犯人なら、なんで今なんだ?って思うけど、王様が犯人なら、逆に今かも知れないって。

 それに、グラスはお前の分と2つあったわけだし、お前の方にだけ媚薬の塗られたグラスを渡すには、やっぱり王様が関わってないと無理だしな。」


 エンリツィオはじっと俺たちの話を聞いていたが、それが途切れたところで、おもむろに口を開いた。

「──1人、……俺がニナンガの元魔法師団長で、かつ、今は組織のボスだと知っている祭司がいる。

 ソイツは教会の管轄祭司なんてのをやっていて、──俺をあの時とらえた男だ。」

 エンリツィオの恋人がさらわれ、拷問の果てに死んだ時。

 ヤケになって敵対組織に殴り込んだエンリツィオを、当時魔法師団長だった、エンリツィオの元クラスメートのジュリアンと共に、戦ってとらえたと言う管轄祭司。

 そいつが?なぜ?

 エンリツィオをとらえるのに教会が協力したというだけで、エンリツィオに恨みを持つような接点なんてない筈だ。


「……管轄祭司ってのは、あちこちの国にある教会をまわって、指導管理を行う立場の人間だ。

 普通祭司って仕事は担当区域が決まっていて、そこから動くことはねえが、ソイツはあちこちの国を渡り歩いてる。

 俺がこの国に来るのが分かってやがっててこの国に来たのか、それともたまたまなのかは分からねえが、その女と直接接点を持つ機会はあったわけだ。

 ……今もまだこの国にいるかは、分からねえがな。」

「……もしそうだとしても、なんでそいつがお前を狙うんだ?

 教会の指示でお前をつかまえる協力に来る以前に、何か恨みでも買うような接点があったってことか?」

 俺は首をかしげながら聞いた。


「……さあな。

 だが、ソイツが俺を狙った犯人なんだとしたら、──おそらく動機は恨みなんかじゃねえよ。

 ソイツは俺のオンナの同級生だった。

 俺のオンナの学校の奴らは、優秀なのばっかりが集まったとこで、俺のオンナの心眼をはじめ、レアなスキルを付与された奴が多かった。

 ソイツも復活なんていう死者蘇生が出来る特殊なスキルを手に入れて、いきなり教会本部に引き抜かれたらしい。

 俺がニナンガで魔法師団長をやっていた時に、何度か見かけたことがある。

 俺のオンナいわく、勇者召喚された当時、ソイツは復活の他にも2つのスキルを付与された。

 だがソイツに付与された聖魔法はレベル3だったにも関わらず、俺が再会した時のソイツの聖魔法はレベル9で、管轄祭司にまでなってやがった。」

 レベル9!?

 話には聞いていたが、俺はまだ会ったことがなかった。

 レベルが2も違ううえに、闇魔法の弱点属性は聖魔法だ。レベル差による火力増しに加えて、弱点属性であることで更に攻撃に火力が乗っかる。おそらくひとたまりもなかっただろう。


「──ジルベスタが言っていた言葉を覚えているか?

 通常の人間であれば、魔法スキルがレベル1から5に上がるのに、人生の半分以上を使い、レベル7に到達するのは、人生の終焉を迎える頃だと。

 ……この世界には、レベル4の壁って言葉が存在する。スキルレベル4になるには、自身のレベルが31になる必要があるからだ。

 だが誰しもそこで苦労する。途端に自分自身のレベルが上がり辛くなってくる。それがレベル30から31の間だ。

 俺は勇者召喚の時にレベル5の魔法スキルを付与されて、それでもまだレベル7だ。31に到達すりゃあ、レベル8になれるってのにだ。

 ──それがレベル9ってなると、どれだけの時間が必要だと思う?それもスタートがレベル3の奴がだ。

 どんな手を使いやがったんだって思わねえか?」

 確かに、俺のスキル強奪でもない限り、簡単には魔法スキルのレベルは上がらない。

 まさかそいつも、俺と同じスキルを持っていて……?


「ところでオマエ、……人を殺したことはあるか?」

 エンリツィオが唐突に妙なことを聞いてくる。

「──あるよ。」

 俺がまだ火力の調節が出来なかった頃、奪ったスキルを使って焼き殺してしまった相手がいた。俺の言葉に恭司が目をむいた。

「……なら分かると思うが、本来人殺しは経験値が入らねえ。

 だが、人を殺すことで経験値が入る職業スキルがこの世に2つ存在する。

 暗殺者と殺人鬼。

 教会に入る時に、どうやって隠したのかは知らねえが、ソイツは復活と聖魔法レベル3の他に、殺人鬼のスキルを付与されてやがったのさ。

 ──レベル3の奴が、レベル9になる為には、一体何人殺せばなれるんだろうな?」

 エンリツィオはニヤリと笑った。

 管轄祭司が……殺人……?


「ソイツは人を殺しまくって、今のレベルを手に入れたのさ。

 暗殺者のスキルは人ひとり殺して吸える経験値が一律で、自分自身で手を下さなけりゃ経験値が入らねえが、殺人鬼のスキルはそうじゃねえ。

 なにせ快楽殺人に特化したスキルだ。

 他人を動かして殺したとしても経験値が入る上に、殺した奴のレベルや、スキルのレベル、職業スキルのレアさに応じて経験値が異なるシロモンだ。

 ──本当はあの時も、俺をとらえるつもりなんてこれっぽっちもなくて、ソイツは俺を自ら殺しに来てたのさ。

 あんなに殺しを楽しんでる目をした祭司なんざ、後にも先にもソイツだけだ。

 レアボスでも倒すようなノリで、殺しに来られたのは生まれて初めてだった。

 ──だから今でも、俺を殺す機会をうかがってるってとこだろうぜ。

 ソイツが犯人なら、祭司の単独犯ってことに、なんの違和感もねえよ。」


 殺人鬼と復活のスキルを持つ、レベル9の聖魔法使い。自身のレベル上げの為だけにエンリツィオの命を狙った男。

 もし俺が、レベルの高いスキルをこんなにも持っていることを、──そいつに知られてしまったとしたら。

 そいつにとって俺という存在は、一度に大量の経験値が吸える、最上級のレアボスってことにならないか……?

 それに恭司もだ。神獣なんていうレアな存在を殺せば、普通の人間でも高い経験値が入ることだろう。

 あの時恭司は追跡した犯人を見失って正解だったのだ。

 もしそいつがその祭司自身でもそうでなくとも、今頃殺されて経験値に変えられていたかも知れない。

 まだそいつがこの国にとどまっているのかは正直分からないが、俺は最大の敵が現れたことに、戦々恐々としたのだった。

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