第67話 意外な犯人
「だからオカシイだろ?っつってんだ。
なんで毎回、急に来てんのに、ガッツリ俺好みの飯が出てくんだって話だよ。」
ホテルで朝食を取りながら、アシルさんを前にエンリツィオが愚痴っている。
エンリツィオはここ何日か、夜はマリィさんの家に行っているのだが、その都度完璧に自分好みの料理が出て来ることを訝しがっているらしかった。
「──俺はアイツと飯食ったのなんか、この間の1回だけだぞ?
それを再現するなら分かるが、アイツの前で食ったことのねえモンを、俺好みに出来るってのはどういう訳だ?
知らねえ間に、どっかに潜んでんじゃねえだろな。」
そう言いながら、ちらりとあたりを警戒する。
「──食べてたでしょ。毎回。」
「ああ?」
「他の女と一緒に。マリィが警護に立ち会ってる前で。
──それじゃない?多分だけど。」
アシルさんは、多分と言いながら、絶対にそうだろうな、という表情で言った。
俺には何となく心あたりがあった。江野沢の行動パターンと照らし合わせて、なのだけど。
江野沢は、俺が知らない間に、俺好みの料理を完璧に作れるようになっていた。うちの母と料理の練習をしていたのだ。
おそらくマリィさんは、目の前で他の女と食事をするエンリツィオの反応を見て、これは絶対好きなんだろうな、と思った料理のレシピを、毎回その店の料理人に聞くかなんかして、練習しておいたのだ。
披露するかも分からない、いざというその時の為に。
何年前からやっていたのかは知らないけれど、多分、別れる前から作れたのだろう。エンリツィオが手料理を食べたがることがないから作らなかっただけの話で、一言食べたいと言えば、多分いつでも完璧にエンリツィオ好みの料理が出て来たのだ。
けど、エンリツィオがそれを訝しがったり、何となく恐怖を感じる気持ちも分かる。
恋人とか、結婚してるとかなら、自分の為に心を砕いてくれる行為は嬉しい。
けど、付き合ってもないのにそれをされると、正直男からすると重いのだ。
自分の為なのは分かるけど、嬉しいよりも先に、なんで?という気持ちが先立つ。
これがレストランで、出したのが料理人、とかなら、単純にスゲエってなって、その店を気に入って終わりなんだけど。
実際俺も、江野沢に一度弁当作りを頼んだ時に、うちの母親に詰めて貰ったのかと思うほど、完璧な味付けの物を渡されて、嬉しい気持ちよりも恐怖が勝った。
あまりに完璧過ぎて、怖かったのである。
よく母親と比べて味付けが気に入らないとか、文句を言う男の人のエピソードを聞くけど、実際最初から同じ味付けのものを出された場合、それが偶然じゃないと知ったら引くと思う。
身勝手な話かも知れないけど、こういうのは、段々がいいのだ。
少しずつ自分に寄せていって貰った方が、努力の過程も分かるし、安心して素直に喜べる。
マリィさんは何でも出来る上に努力の人で、特にエンリツィオ絡みの事には努力を事欠かない。
結果たまにこうしてやり過ぎてしまうのだろう。
この2人が付き合わない理由も、何となくそういうとこなんだろうな、と思う。
男って追いかけたら駄目なのだ。
自分から欲しいと思わないと動かないし、手に入れた喜びもなければ、手に入れた後で大事にもしない。
好意は示してくれてもいいけど、程度が過ぎると重たい。不器用なマリィさんには、それが凄く難しいんだと思う。
俺も見た目が好みだったから、江野沢を好きになったけど、最初の頃は、そういう俺を好き過ぎる江野沢の行動が、ちょっと怖かったりもした。
それでも好きでいられたのは、江野沢が完璧じゃなかったからだ。
正直どんくさい彼女は、料理以外も完璧に俺に合わせようとするものの、それをすることは出来なかった。
怖がりのくせに前に出ようとする彼女を、俺が最終的に守ってやらなきゃと思えたから。
俺を好き過ぎるあまりの行動が、可哀想でいじらしかったから。
その点マリィさんは、ほっといても大丈夫そうに見えてしまうのだ。
あまりに自立して、完璧で。エンリツィオ以外が相手なら、多分余裕で男の上に立ててしまう人だ。
マリィさんみたく、仕事が完璧な人とかなら、自分の前では駄目駄目くらいが、多分ちょうどいいのだ。
男って、どこか可哀想で、ほっとけなくて、俺がいなきゃって思わせる部分がないと、守ってやりたい気にならない。
何でも出来るのは凄いことだけど、完璧過ぎても駄目という、男とは非常にワガママな生き物だと思う。
──隙がないと、好きになれない。
多分、そんな感じだ。
「──それで?
今日はマリィのとこに行くの?」
「……いや。
また寝る気がするから、やめておく。
さすがに3回目ともなるとオカシイだろ。
ちょっと鑑定師呼んでおいてくれ。
それで4回目の朝に見て貰えば、話が早いだろ。」
おまえ、何言ってんの?
「……ふうん。
──それで、何の結果も出なかった場合、僕が君をぶっ飛ばすけど、それでもいいなら、呼んでおくけど、どうする?」
アシルさんが笑顔で冷たく言い放つ。
そりゃそうだ。マリィさんの愛情がどれだけ重たくて怖くても、それだけは絶対にないもんな。
……てか、あいつ、今まで女の家に泊まっても、家で寝たことないっつってたのに、3回もそのまま寝ちゃったんだ。
予想外過ぎて動揺してんだろうな。思わず薬盛られたんじゃないかと疑って、鑑定師呼びたくなるくらいには。
──フーン?
何だかんだ、マリィさんの前で、くつろいでんじゃん。
ウケる。
「そういや、オマエはどうすんだ?
今日も王宮の近くまで行って、ウロウロして帰んのか?」
エンリツィオが笑いながら、恭司なら絶対に突っ込まないことを聞いてくる。こういうとこ聞いてくるのが、コイツのコイツたる所以だよな。
「……わかんねえ。
一応、行くと思うけど。」
まだドメール王子が収容されている刑務所の情報が届いてないから、俺はやる事がなくて動けないでいた。
3組の様子を見に行ってもいいけど、王宮まで行っておいて、江野沢に会わずに帰るのもおかしな話だ。
恭司は突っ込んで来ないけど、何も言われなくとも、俺が居たたまれない。
かと言って、あの日の江野沢の目つきは、俺の心を折るにはじゅうぶん過ぎた。
江野沢だけは、というか、江野沢とマリィさんだけは、記憶をなくそうが、生まれ変わろうが、1人の相手を追いかける。
そんなイメージだったから。
エンリツィオは、マリィさんが自分を拒絶するなんて、つゆほどにも思っていないだろうし、俺も江野沢が俺を拒絶する日が来るなんて、考えたこともなかった。
人間の性格は生育過程で育くまれるもので、記憶をなくした人は、まったくの別人みたくなってしまうことがあると、聞いたことはあった。
実際別人の記憶が江野沢を支配してはいるけれど、それでも、どっかで俺は、江野沢だけは違うと思っていた。
マリィさんを見れば見るほど、日増しにその思いは強くなっていって、俺の中の江野沢と、今の江野沢がどうしてもつながらない。
だから気持ちが重くなって、未練がましく王宮の近くまでは足を運ぶものの、途中で引きかえしてしまっていたのだった。
──それでも今日も、恭司とともに、王宮の近くまで足を運んだ。
俺は王宮が見える少し離れたところから王宮を見上げながらため息をついた。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。そう思いながら。
すると真横から突然人にぶつかられて、俺たちはもつれ合うようにして倒れた。
フカフカの重たいマシュマロに顔の全面を塞がれる。──な、なんだ?
俺に覆いかぶさったそれを、どかそうと手を出すと、ムニッという柔らかくも弾力のある感触が手に伝わり、俺はあまりに気持ちのいい手触りに、思わず数回それを揉んだ。
「オイ、ズレ子じゃねえか!」
恭司が叫ぶ。
え?てことはだ。
ありがとうございます神様!
人間エロく正しく生きてると、必ずラッキースケベの神が降臨してくれるんですね!
俺が揉んでいたのは、ズレ子のフカフカのマシュマロ巨乳だったのだ。
ズレ子は気絶でもしているのか、俺の上から動こうとしない。
俺が片手で揉んでいたフカフカのマシュマロ巨乳を、思わずもう一回揉んだ瞬間だった。
「オイ、何やってんだ!
犯人逃げちまうぞ!
くそっ!!
俺はこのまま追いかける!
おまえはズレ子を頼んだ!!!」
言うなり恭司は羽ばたいて行く。
──犯人?
俺は体を起こしてズレ子を見た。
ズレ子の背中の肋骨よりも下の部分に、ぶっといナイフのような物が突き立てられていた。
おまけに刺したあとひねったのだろう、普通突き立てられたナイフが蓋になって、すぐには血が流れない筈が、斜めになったナイフから、どんどんと血があふれてくる。
俺は思わず悲鳴をあげた。それを聞き付けて、王宮から兵士たちが集まってくる。
「──リスリー!?」
その中にはリスリーの想い人、エステバンの姿もあった。
「リスリー、しっかりするんだ、リスリー!!」
エステバンは俺からリスリーの体をどけると、かかとを上げた正座のような形にしゃがみ込み、リスリーの体を膝に乗せる。
「エステ……バン。」
リスリーがたどたどしく口を開いた。まだ意識はあるようだ。
「私……。悪いことに……手を貸してしまったの。
それを……知られたくない人に、きっと狙わ……れたんだわ。」
「悪いこと!?君がいったい、どんな悪いことをしたって言うんだ!
君はそんな子じゃない筈だろう!」
「よその国から来てる王様のこと……。
アプリティオの……王が……手に入れたがってるって……。
だから……媚薬……を盛るのを手伝わ……されて……。」
リスリーが?どうりで、アシルさんがどれだけ不審な薬師の出入りを調べても、何も出て来なかった筈だ。だって犯人は元から中にいたんだから。
「──どうしてそんなことを!?
国賓にそんな真似をして、ただで済むわけがないことぐらい、分からない君じゃないだろう!!」
本当になんでだ。俺はリスリーを観察した中で、リスリーだけはないと思った。初めて見た俺が思うくらいだから、よく知ってるエステバンからしたら信じられないのだろう。
「あなたが……あまり国に……協力的で……ないと……、騎士団での立場が危ういと……マーカスが……。
だから……手伝ったら……、あなたの為に……なると……言われたの……。
なんで……こんなことになっちゃったんだろ……。
私……、あなたと、ただ……手をつないでみたかった……だけなのに……。」
「リスリー……!!」
リスリーは寂しそうに微笑んだ。間違ったやり方だけど、自分の為にそんな真似までしてしまったリスリー。エステバンはそれを見て、なんとも言えない顔をした。
「マーカスか!?
マーカスが君にやらせたんだな!?」
「違う……。
教会の……祭司さま……。」
──祭司?祭司がなんだってエンリツィオを?
「リスリー?
──おい、リスリー!!!」
「……あんまり、動かさない方がいいですよ。
感動的なとこ悪いけど、──生きてた方がいいでしょう?」
俺はゆらりと立ち上がった。
「誰か、布持ってませんか?」
俺は周囲を取り囲む兵士たちを、ぐるっと見回しながら声をかける。1人の兵士が布を手渡してくれた。
別にこの世界じゃ指紋取られるわけじゃないけど、何が手がかりになるか、分かんねえもんな。
俺は布をナイフに巻きつけると、ぐっと掴んだ。
「──君、何を、」
「しっ。黙って。
俺も抜きながらは、初めてなんで。」
俺はナイフに力を入れて抜きながら、回復魔法を使った。抜いた瞬間は血があふれてきたけど、段々と傷がふさがっていくのが、切れた服の隙間から見える。
「君は……、回復魔法の使い手なのか……!
リスリー、リスリー、もう大丈夫だ!」
傷は完全に塞がった。内蔵の損傷も治してある。けど、失われた血は戻らない。
「流れた血までは、俺にも戻せません。
ちゃんと治療を受けた方がいいです。
──ナイフは、どうしたら?」
「こちらで預かろう。
オイ、あとは頼んだ。
俺はリスリーを連れて行く。」
エステバンに指示された兵士が手を差し出したので、俺はその人にナイフを手渡した。
「──君は……確か、ニナンガ国王が王宮にいらした際に、後ろについていた……?」
リスリーをお姫様抱っこに抱きかかえたエステバンが、立ち去ろうとして、ふと俺を振り返り、そう言えば、と言う顔で俺を見る。
「はい、ニナンガの関係者です。
──今、俺のテイムしてる魔物が、あっちの方向に、犯人らしき人物を追いかけて行ってます。
フクロウの姿をしています。」
「分かった。恩に着る。
──聞いた通りだ、すぐにあとを追え!
何か連絡したいことがあれば、ニナンガを通じて連絡させていただくこともあるかも知れない。」
「……分かりました。」
俺はエステバンに抱えて行かれるリスリーを見ながら、リスリーの言っていた、祭司に頼まれた、という言葉の意味を考えていた。
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