第65話 ドメール王子の辛酸
「……その人は、──今どこに?」
「アプリティオ王国第一王子ドメール様。彼の本職は、元アプリティオ王国の鑑定師だった。
──彼は今、いわれなき罪で、この国の刑務所に投獄されているわ。
会いに行くのは……、難しいんじゃないかしら。」
俺とエンリツィオが目を見開く。エンリツィオの情報にあった、投獄されているという元鑑定師。
それが江野沢の兄で、この国の第一王子だなんて。
「あの……、いわれなき罪、ってなに?」
「──国家反逆罪よ。
ヤクリディア様の命を狙ったとして逮捕されたの。
けど……。最もこの国の未来を憂いで、この国の為に尽力していたのは彼なのよ?
確かに自分の地位を確立しようともがいてはいたけれど、自分が王位につこうだなんて、考えたこともない人よ?
私はそれを、誰よりも知っている。
彼が妹の命を狙うだなんてこと、──絶対にありえないわ。」
だったら何故彼はそんな目にあったのだろうか。
江野沢は何を知ってるんだ?
俺の頭はぐるぐると混乱した。
「──私が話せるのは、こんなところね。
それにしても、まさか、エンリツィオ一家のボスが、ニナンガの国王になるとはね。
それがわかっていたら、兄も簡単には手を出さなかったでしょうけど。
ニナンガの新国王が、かなり若い色男で、元ニナンガ王国の魔法師団長だったことまでは、マガにも情報が届いていたけれど。
私もあなたと連絡を取る為に、彼女に連絡を頼んだら、ニナンガ国王名義で泊まっている、ホテルの部屋を指定されて驚いたもの。
どの国も国王は代々名前を受け継ぐから、本名なんて子どもの頃から交流がないと、知らないことも多いものね。
私もルクマとチムチの国王の本名を知らないし。
まだ、兄も、アプリティオ国王も、そのことを知らないと思うわ。その方がいいだろうから、私も黙っておくけれど。」
そうなんだ。
じゃあ、エンリツィオは、そのままエンリツィオを名乗って国王をしてるわけじゃないのか。
それなら顔を知らない相手からすると、元魔法師団長って情報しかないことになる。
でも……。公的な立場の場合は、あのハゲのオッサンと同じ名前を使わなくちゃならないのか。
代々受け継いでるんだから、あのハゲのオッサンだけの名前なわけではないけど、俺たちをこんな目に合わせた、加害者の名前を名乗るって、なんか嫌だな。
「──そう言えば、アプリティオ国王には既に会ったんでしょう?あなた、大丈夫だった?」
そう言って、心配そうにジルベスタがエンリツィオを見る。エンリツィオはその意味をはかりかねるのか、じっとジルベスタを見つめる。
「何か、ご存知なことでも?」
アシルさんが尋ねる。
俺もアシルさんも先日の事があるので、ジルベスタが果たして、国王とエンリツィオの間の何を知っているのかと気になった。
「……それがねえ。以前表敬訪問でニナンガに行かれた際に、魔法師団長として働くあなたを見初めたと言ってらしたのよね。
隊服姿がそりゃあ色っぽかったって……。
その後あなたが魔法師団長を辞めてしまって、行方が分からなくなったと、暫くガッカリしてらしたんだけど。」
エンリツィオが猫のように、目だけを見開いて驚いた顔をする。俺とアシルさんは目が点になる。
「……私も亡命後に一度お会いしたんだけど、その時のアイツが来る、って、そりゃあ、まあ嬉しそうにしてらして。
ちょっと心配だったのよね。あの方、かなり強引だから……。」
俺とアシルさんがエンリツィオを見る。
エンリツィオが、闇組織のボスだと分かってて、男の恋人と死に別れたのを知ってのことじゃなかったのか!
「まあ……、別に、問題はなかった。」
「その様子だと、何かしらあったのね?
ごめんなさいね、もっと早く知り合えてたら、教えて差し上げられたんだけど。」
ジルベスタが申し訳なさそうに言う。
知らない間に国王を落とすとか、さすがっすわ、アニキ。
俺とアシルさんが笑いをこらえる姿を、苦虫を噛み潰したような顔で睨むエンリツィオ。ジルベスタはそれを不思議そうに見ながら首を傾げた。
「──そうだ、あなたに、これをあげるわ。腕を出して?」
ジルベスタが何やら道具を差し出してくる。
「これ……なに?」
「魔石を使った通信具よ、あなたにあげるわ。これがあれば、いつでも私に連絡が取れるものよ。」
そう言いながら、俺の腕に宝石がついたような腕輪をはめてくれる。
「ここを押せば簡単に外れるわ。」
そう言われて、何度か外したり付けたりして試してみた。
「ひとつの魔石を分けて作ったものだから、私の通信具にしか反応しないの。
何か困ったことや、他にも知りたいことがあれば、私はしばらくこの国にいるから、……いつでも連絡してきて頂戴ね。
通信が妨害でもされない限り、どこまででも声が届くのよ?
私に出来ることであれば、──何でもしてあげる。」
そう言って俺の手の上に手を重ね、俺を覗き込むように、ジルベスタが上目遣いに見つめてくる。
な、何でもって。
俺は思わずドキッとしてしまい、それを見たアシルさんがニヤニヤしてくる。
「相変わらず、年上の女に強えーな、お前。」
そう言ってくる恭司に、
「いやいや、小美玉学園ナンバーワンマダムキラーの、松岡恭司君には負けますわ。」
と返した。
俺たちは同年代からの人気こそサッパリだが、俺はイトコと接しなれているせいか、10歳前後年上の女性に受けがよく、恭司は母親くらいの年齢以上の女性限定で、妙に人気があるのだ。
学食のオバちゃんに恭司だけオマケをされるのはもちろんのこと、年配の女性教師程、イタズラしても恭司のことは、仕方ないわね、と許してしまう。
うちの母親も、果ては祖母までもが、恭司のことが大のお気に入りだ。
まあ……、俺たちがとにかく女好きで、その年齢の女性も、女性として扱うからかも知れないが……。
ジルベスタと別れた後で、俺たちはまだレストランに残っていた。
「俺……、刑務所に潜って、ドメール王子に会いに行きてえ。
恭司の神獣転生の理由を知ってる可能性もあるし、……俺の知らない江野沢のことを、色々と知ってると思うんだ。」
エンリツィオは瞬きもせずに、じっと俺を見据えた。
「……この国は、なんかオカシイ。
いわれなき罪で王子が投獄されたことも、江野沢の態度も。
江野沢が過去に何度も、勇者召喚に関わってたっていうなら、何で今回だけ、江野沢と入れ替わったんだ?
その理由を、ドメール王子が知ってるかは、正直分かんねえけど、──鍵を握ってるのは、確実にドメール王子だ。
恭司の神獣転生の理由も、そこに繋がってるかも知れない。
お前も1回接触しようと思ってるんだろうけど、──まずは俺に任せて貰えねえか?」
俺とエンリツィオは、無言で睨み合った。
「……いいだろう。
──お前には度胸がある。俺にたどり着き、ニナンガ城の奴らに一泡吹かせ、魔族との密約のキッカケにもなった。
任せてみてもいい。
だが、俺の時よりも、警備は確実に厳重な筈だ。先に俺の部下をやって、刑務所の状況を探らせる。
……潜るのはそれからでも遅くねえ。」
「わかった。むしろ助かるよ。
それまで大人しくしてるって約束する。」
俺はエンリツィオの申し出に頷いた。
「──じゃあ君は、その間に、同時進行で、マリィにお礼をしなきゃね。」
アシルさんが突然そう言い出し、
「ハア?何で俺がアイツに礼すんだ。」
エンリツィオが呆れたようにアシルさんに言う。
「君だって分かってるでしょ?
今回、マリィがいなかったら、ジルベスタは、殺されるか、沈められるか、バラバラにされて見つかったかも知れないんだよ?」
──アシルさん、それ全部死んでます。
「マリィは既に僕たちの部下ではないけど、役に立ってくれたのは事実だよね?
うちは功績を上げた部下を必ず評価する組織としてやってきてる。
今は元部下で、彼女が指示もなく、勝手に判断してやったこととは言え、今回のことは、必要な判断だったと言えるよ。
それを評価しないのは、僕たちの流儀に反する。
けどもう、部下じゃないんだから、──お礼って形が正しいでしょ?
僕が組織のナンバー2として、彼女に何かしらしたことはあっても、君が直接ねぎらってやったことなんてないんだからね。
一度くらい、何かしてやったらどうなの?」
「──何かってなんだよ。」
「それくらい、自分で考えなよ。
部下をねぎらう方法を、部下に聞くボスなんてありえないでしょ。
組織に入った頃から、君からの評価が欲しくて頑張ってた子なのに、君が愛人にしちゃったもんだから、部下としては、君にひとつも評価を、言葉でも態度でもされないまま、別れてるんだからね。
彼女が君を諦めない理由のひとつだと思うけどな、僕は。」
「……チッ。分かったよ。」
気に入らなげに舌打ちしながらも、エンリツィオはマリィさんへのお礼を受け入れた。
……まあ、確かに、諦めない理由のひとつではあると思うし、エンリツィオからの、自分の仕事ぶりに対する評価は、マリィさんが最も欲かったモノのひとつでもあるとは思うけど。
「──正直……、なんにもしないのが、一番な気もするけどなあ、俺。」
「えっ?──どうして?」
アシルさんが、不思議そうに俺を見る。
「多分……、マリィさんが望むものを、望む形で、やることが出来ないから、かな。」
「……そりゃ、まあ、ヨリを戻せるわけではないけど……。」
「あー、もう、めんどくせえ。
礼はする。それでいいだろ。」
エンリツィオが短気を発動させてしまったので、話はここで終わりになった。
店を出る時、ジルベスタに言われた話で、気になっていたけど、詳しく聞けなかったことがあるのを思い出した。
「──てか、ジルベスタがさっき俺に言ってたんだけどさ。
マガの王様の枕元に置いた“アレ”ってなんなんだ?」
エンリツィオが刺すような冷たい目つきになる。
「──俺のオンナの命を直接奪った蝿どもを、ちょっと蛆虫にして枕元に直接置いてやっただけさ。」
えーと?エンリツィオの恋人の命を奪った犯人を捕まえて、蝿を蛆虫に……。羽をもいだってことか?人間の羽をもぐ──あ、コレ、想像したら駄目なやつだ。
改めて、目の前のこいつが、闇社会のボスだと言うことを思い出した。
拷問されて死んだっていう恋人の恨みを晴らすのには、きっとそんなんでも全然足りないんだろうけど。
「お前らは先に帰れ。
──俺はマリィのとこに行く。」
エンリツィオにそう言われたが、俺はコッソリ隠密と消音行動であとをつけた。
エンリツィオは1人でマリィさんの家に行き、扉の下の方を──足で蹴ったよ、コイツ。
いつもの事なのか、マリィさんは何事もなかったかのように扉を開け、
「……どうしたの?急に。」
と、困惑したように柳眉をひそめた。
「オマエに礼をしに来た。」
「お礼……?
──どれのことを言ってるの?」
まったく分からないと言った表情だ。
てか、どれのことって言った?今。
いざという時を想定して、エンリツィオの為にコッソリ動いてることが、あと、どんだけあるんですか?マリィさん。
エンリツィオも、それが分かったのだろう。むず痒そうな表情で歯噛みしながら、
「ウルセエなあ、その全部だよ!!」
と言うなり、無理やり部屋に押し込んだ。
「ちょ、ちょっと、ほんとに何!?
やめて!いや……!!」
慣性の法則で、ゆっくりと扉が閉まった。
うっわ……。
一番最悪の形でお礼しやがったよ、コイツ。
──アシルさんに報告しよーっと。
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