第64話 大量勇者召喚の方法

 マリィさんの愛情に俺たちがムズムズしているのを、話の早く続きが聞きたいと思って落ち着かないと思ったのか、ジルベスタがちょっと申し訳なさそうに微笑む。

「……ああ、大量勇者召喚の話だったわね、ごめんなさい。

 ──勇者召喚の話に戻るけれど、ある日、まだ当時幼かったこの私に、この国の王子が接近して来たの。今の王女、ヤクリディア様の兄よ。

 アプリティオは、女性しか王位継承権を持たない国。男性は王家とはいえ、役に立ちそうにないと判断されれば迫害される。

 だから功績を残そうとして必死だってんでしょうね。彼もまだ幼かったから。彼は私にこう言ったわ。

 ──勇者召喚を大量に行う研究に、興味はありませんか?と。」

 エンリツィオとアシルさんは、向かい合って座る、ジルベスタの瞳の奥を覗き込もうとするかのように、瞬きもせずに見つめていた。


「私はその当時も、幼いとはいえ、この世界で唯一の、合成魔法の専門家。その可能性について彼は知りたがった。

 そもそも、魔法が合成出来ること自体、あまり知られていなくて、出来るということを事実として知ってはいても、属性を2つ以上持っている人間が少ないせいで、その効果について、認識、把握している人間は、今よりももっと少なかった。

 だから頭になかったんでしょうね。今となってはとても単純な発想だったと思うけど、その当時は、私ですら、そんなことを思い付きもしなかった。

 ヤクリディア様の兄──ドメール様は、風魔法と土魔法の二重属性持ちだったの。

 だからそんなことを思い付いたんでしょうね。彼も、魔法が合成出来ることを、身を持って知っていたから。」


 俺は今の話に何だか違和感を覚えた。今の江野沢の兄にあたる人。けど、俺はその人を見たことも聞いたこともなかった。

 そもそも、男性に権力がないからって、まったく王宮の仕事に携わらないなんてことがあるのだろうか?

 3組の勇者召喚の際だって、立ち会った王族は、王様と江野沢だけ。他に誰かいたなんていう話はない。

 他に何人兄弟がいるのか聞いたことはないけど、まったく見かけない、話題にすら上がらない、なんてこと、あるか?

 ましてや魔法レベルは分からないけど、貴重なダブル属性持ち。王族扱いじゃなくても、戦力として、この国の魔法師団にいるのが普通だと思う。

 役に立ちそうにないなんて、決して思われるような人間じゃない。それなのに。

 勇者召喚の謁見の間にだって、いても不思議じゃないのに、ドメール王子の存在する痕跡が、王宮内にまったくといっていい程なかったのだ。

 ──なぜだ?


「勇者召喚の力を持つ王家の人間の魔法を合成して、その力を高めることが出来れば、確かにそれは、不可能じゃないんじゃないかと思えた。

 発想としては悪くなかったわ。

 私は彼とともに、勇者召喚魔法の合成研究を始めたの。

 協力者は、今は亡くなられた女王陛下。彼女が当時のアプリティオの、勇者召喚の力を持つ王族だった。

 色んな実験をしたわ。

 勇者召喚の力と言っても魔法の1つ。他の魔法と合成出来ない筈はないけど、特殊な魔法だからか、なかなか合成反応は見られなかった。

 私の勇者召喚の力と、女王陛下の勇者召喚の力単体では、なぜか合成不可能だったの。」

 ジルベスタは眉を下げる。


「そこで、まったく別の種類の魔法と合成する実験が始まったわ。

 属性魔法とではまったく何の反応も見られなかったけど、ある時、ドメール王子がそれに成功したの。

 ──勇者召喚魔法と、通常の召喚魔法と、転送スキル。

 この3つを合成することで、大量の勇者召喚は可能になった。

 私もまさか、魔法スキル以外の効果が合成出来るだなんて、思ってもみなかったわ。

 召喚に関係がないと思われる、思い付く限りの魔法スキルすらも、すべてを試した後だったから、他に、近い効果を持つものが、もう魔法以外にしか残ってなかったの。

 半ばヤケクソみたいなものだったけど、それでも実験は成功したわ。」

 ジルベスタは肩をすくめた。


「──これは後で分かったことだけれど、ドメール王子いわく、勇者召喚は、鑑定で見ると、魔法の欄ではなく、職業スキルや他のスキルが表示される、項目の中に分類されているらしくて。

 そう考えると、他の、魔法スキル以外のスキルとの方が、合成出来る可能性が高かった、というわけなのよね。

 けれど、膨大な魔力を一度に、合成魔法に吸われた女王陛下は体調を崩し、当時妊娠中だった為に、すぐさま出産が始まって、王女を産んでそのまま亡くなられてしまった。

 幸い生まれた王女が勇者召喚の力を持つ者だったけど、もし違っていたら、女王陛下を巻き込んだ罪で、彼は投獄されていたかも知れないわね。

 大量勇者召喚成功の結果と、新しい勇者召喚の力を持つ姫が産まれたことで、彼は結果の方を評価され、更に実験は続けられた。」


「──ごめん、話の途中なんだけど。」

 俺が右手を揚げて、発言したいと意思表示する。

「その、……女王陛下の命と引き換えに、産まれた王女って、誰なの……?」

 ジルベスタが、俺の質問に、不思議そうに小首を傾げながら、

「──ヤクリディア王女よ。

 彼女は幼い頃から、もう何度も、大量勇者召喚に携わっているわ。

 この10年の勇者召喚には、すべて彼女が立ち会っていたわね。」

 江野沢が……、俺たちをここに、呼んだってのか……?

 エンリツィオが、動揺する俺の目を覗き込んだ。

「……話を続けても構わないかしら?」

 心配そうにジルベスタが言う。

「あ、うん、ごめん。大丈夫だよ。」

 俺は必死に笑顔を作った。


「実験を何度も繰り返して分かったこと。

 大量に呼ぶには、特定の条件が必要だった。

 本来の勇者召喚は、元の場所からこちらに生きたまま連れて来るものだったけれど、合成勇者召喚魔法では、それが出来なかった。

 勇者同士に人間関係があること。

 一度にその場に集まっていること。

 一度その世界の肉体を捨てる為に、──事故を起こして殺せること。

 召喚された勇者たちの話を総合すると、共通しているのはこの3つだったわ。」

 転送スキルは、魂と肉体を別々にしか運べない。転送スキルと合成したのなら、別々になった体が死んで、元の世界から持って来られなかったんだろう。

 持って来れても、大量の死体が届くだけ。

 それか、学生の大量事故死の記録がないことをふまえると、魂の一部か半分か分からないけど、それだけが連れて来られたのかも知れない。

 この世界の召喚魔法は、召喚した魔物の力を操るだけじゃなく、一時的に召喚した魔物に、その場での仮の肉体が与えられると聞いた。

 勇者召喚魔法と合成される事で、仮の肉体が本物になったんだろうか。効果と合わせた結果で考えるとそういうことだ。


「だから魔法の力がどれだけ強くても、集まってくれていないと、召喚出来た人数が、数人から十数人ということもあったわ。

 勇者たちが召喚される元の場所の座標軸が分からないから、どの場所から連れて来るかを特定することは出来なかったけれど、元から勇者召喚魔法は、対象とする人物の年齢の範囲特定が出来る。

 大人は召喚しても、大したスキルがつかないから、欲しいのは兵士として戦える年齢の、13歳から18歳の子どもたち。

 10代の子どもたちが集まっている機会と重なれば、100人だって連れて来れるようになったの。

 ──初めて成功させたのはニナンガだったわ。あそこは勇者召喚にとても熱心な国だから、定期的に勇者召喚を試していたの。

 その世代はとても優秀なスキルを持つ子が多くて、魔王のところに送り込む以外にも、王宮で召し抱えたり、教会に行った子たちもいたわね。」


 それがエンリツィオの恋人の学校だろうか?エンリツィオは瞬きもせずにジルベスタを見据えている。

 ひとつの学校の修学旅行なら、それくらいの人数がいる。確かにそこに召喚のタイミングが合えばそうなるだろう。

「──実験が成功する喜びとともに、私はその事実を、今更ながらに恐れたわ。

 生きたままだろうと、死なせてだろうと、他の世界の子どもたちを、自分たちの利益の為に、大量にさらって来てるという事実にね。

 人数が少ないからいいというものではないけれど、勇者召喚に関わりだした当初は、そういうものだと思って、あまり気にしていなかった。

 ……子どもだったのよ。

 それでも王家に属するものの義務として、合成勇者召喚魔法の開発者の1人として、そこから抜け出すことは、──もう出来なかった。」

 ジルベスタは目線を落とす。


「けれど、一度100人を呼んだ実績があるのに、なかなか同じ数以上の勇者が召喚出来ないまま、10年以上の歳月が流れてしまった。

 そんな時に、ニナンガの魔法師団長が、自分たちが連れて来られた世界には、10代の子どもが一度に集まって行動する、シュウガクリョコウという旅を、必ず行う国があると進言したの。

 おまけに、その時期は決まってる、とも。その時に合わせれば、その国の子どもを大量に連れて来られる。

 そうして、その時期に合わせて、勇者召喚が行われることが決まったわ。

 それで連れて来られたのが、多分あなたね。年齢的に言うと。

 それと、大量に連れて来られるようになった事で、一部特殊な事象が発生するようになったわ。

 子どもたちが集まる筈の日にその場に来なかった子どもも、勇者召喚に巻き込まれるようになったの。

 その時無理やり勇者召喚魔法に巻き込まれて、連れて来られた子どもは、一様にハズレスキルと呼ばれるスキルばかりを付与されていたわ。

 同じ場所にいないと、関係があることで連れて来れても、本来勇者なら必ず貰える筈のいいスキルが、付与されないみたい。」

 篠原のスキルが、自爆と、再生と、転送だったのには、一応理由があったわけだ。


「あの……さ、もうひとつ、聞きたいんだけど。」

 俺は再び手を上げる。

「俺らのクラスで、その修学旅行を休んでたのに、連れて来られた奴がいてさ。

 そいつは確かに、ハズレスキルって呼ばれてるものを付与されてて。

 修学旅行にいないのに連れて来られたのが原因で、多分間違いないんだと思うんだけどさ。

 今の話しで、ひとつ腑に落ちないことがある。」

 俺は恭司を指さした。

「──コイツ。松岡恭司って言って、俺のダチなんだけど、コイツも同じ日に修学旅行に参加して、勇者召喚で連れて来られたんだけど、何でか人の姿じゃなくて、不死鳥っていう、神獣の体で転生して来たんだ。

 それも、大量召喚と、何かしら関係があんのかな?」

「……恭司君が不死鳥?」

「このフクロウが……?」

「オイ、冗談は休み休み言え。」

 アシルさん、ジルベスタ、エンリツィオが、それぞれ納得のいかなそうな表情を浮かべる。ウン、気持ちはわかる。

「事実なんだからしょーがねーだろ!!」

 恭司が抗議の声を上げる。


「……このフクロウが不死鳥かどうかはさておき、人が人以外の魔物の姿で転生してくるだなんて、私は初めての経験よ。

 ちょっと理由は分からないわね。」

 俺と恭司はガッカリする。

「──ただ……。」

 ジルベスタは、何か心当たりがあるかのように、目線を斜め上に上げる。

「私とドメール様は、一緒に実験もしていたけれど、国が遠かったから、それぞれの実験結果を持ち寄ることも多かったの。

 ドメール様は私よりも熱心だったから、実験の回数も多かったわ。

 ひょっとしたら、彼なら、何か私の知らない実験結果を持っているかも知れないわね。」

 俺と恭司は顔を見合わせた。

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