第63話 魔女ジルベスタの告白

「何から話せばいいかしらね……。」

 ジルベスタは、テーブルの上の紅茶を、スプーンでかき混ぜながら見つめた。

「王家には、代々1人の、勇者を召喚出来る力を持つ人間が産まれるの。

 今の代の、マガでのそれが、──私。」

 俺は思わずピクッとする。

「誰がそうなるのかは、特に決まっていなくて、ただ直系の中に確実にその力を持った人間が産まれてくることだけは、過去の歴史から分かっていてね。

 当然人は死ぬから、勇者を召喚する力を持つ人間がいない時期というのも、あったりするわ。

 その時代の王は、勇者が召喚出来る子どもが産まれてくるまで、子づくりを頑張らなくてはいけないという使命があるの。

 マガでは私が産まれてくるまで、その力を持つ子どもが産まれてこなくてね。

 だから私と兄は、親子ほども年が違うのよ。」

 ジルベスタがふふっと笑う。


「だから私を連れて帰るか、私が死ぬまで、マガでは今後勇者召喚を行う事が出来なくなる。

 私がこの国に亡命するだろうことは、想像がついていたでしょうからね。

 だからあんなに必死になって、連日刺客を送ってくるのよ。

 ──生死問わず。

 私を拉致するか、最悪殺してしまえと指示されていると、刺客の1人から言われたわ。」

 そこまでして、勇者って召喚したいものなのか?

 それほど魔族の国の領土が魅力だってのか?

 実の弟を手にかけてまで?

 俺はあまりに身勝手な、この世界の人間の王たちに、フツフツと怒りがわいてくる。


「魔物は魔王の力の影響を受けるもの。

 魔族の国に近い国ほど、レアな魔石が取れる魔物がわくわ。

 人の国の宗教を理由に掲げて、魔王討伐の聖戦だなんて大義名分を持ち出しているけれど、──実態は魔王をとらえて飼い殺しにするのが目的。

 魔王をとらえたら、順繰りに人間の国に魔王を移動させて、レアな魔石の取れる魔物を、わかせるつもりなのよ。

 魔王は代替りしない限り、何千年と生きる者。一度とらえてさえしまえば、半永久的に、人の国は魔石で潤うことになる。

 だけど、魔王の力は強大で、倒せる力を持つレベルになれるまで、人は長生き出来ない。

 普通の人がレベル1からレベル5の魔法スキルを使えるようになるまでに、人生の半分以上を使うと言うわ。

 レベル7以上なんて、それこそ人生の終焉に習得出来るかどうかというところ。

 もとから高いレベルの魔法スキルか、それを使うことの出来る職業スキルを付与されて産まれて来ない限りは、高い攻撃力を持つ人間は育たない。

 けれど勇者はいきなりレベル3を付与されて召喚される。

 人によってはレベル5だったり、賢者とか魔導師のような、いきなりレベル7の魔法が使える人間も、珍しくはなかったの。

 ……だからあんなにも勇者召喚に必死なのよ。

 何も知らない異世界人に、勇者として魔王を倒して欲しいと言えば、なぜだか全員協力的だったしね。」


 いつから勇者召喚が始まったのかは分からないけど、海外の古い文献なんかに、既に魔物の姿を印した物があったり、地球でも魔物とは、恐ろしく、人を襲うもので、退治出来るのであればしなくてはならないものというイメージが強い。

 まして剣と魔法の世界に憧れる人の多い現代社会では、ゲーム気分でノリノリの人も多く存在する事だろう。勇者召喚の実態も、戦場の恐ろしさも知らずに。

「──だけど一度に召喚出来る勇者の数は、最大でも4人がいいところ。

 莫大な魔力を必要とするから、どれだけ魔力の高い王族でも、1人じゃそれが限界だったの。

 1つの国にたった4人の勇者しか呼べないんじゃ、いくら育てても、魔族と魔物ばかりの魔族の国じゃ、魔王の前に到達出来る人間すらいなかったわ。

 せいぜい、大きな魔石をいくつか、手に入れて戻って来たくらいかしらね。──それも、1人が戻ってくるのがやっとの状態で。

 それでも人間の世界にとっては、莫大な利益をもたらした。だから先祖の王族は、それに味をしめたの。

 魔石は魔物からも魔族からも得ることが出来る。魔の力を持つ存在の、心臓とも、魂とも、言われているわ。

 昔は数が少なかったから、魔法スキルをレベル7まで育てて送り込んでいたのよ?タップリと時間をかけてね。

 ……それでも魔王にたどり着くのは無理だったのよ。

 ──どれだけ魔王の力が強大かが、分かるかしら。」

 エンリツィオがピクッとする。大抵の人間には負けない自負を持つエンリツィオのことだ。自分より遥かに強いと聞かされて、興味を持ってしまったのだろう。


「──もともと人が魔力を持ったのだって、長い歳月の間に、魔王の魔力の影響を受け続けたからだと言われているのにね。

 大昔の文献によると、魔法を使える人間は稀有な存在で、それこそ魔族や魔物扱いをされた異端者だったわ。

 今でこそ使える人も多いけれど、そこまでの影響を与える祖たる魔王を、人ごときが倒せるものだとは、私には到底思えないのだけど。」

 ……確かに。

 人間の国から魔族の国はかなり離れてる。

 それなのに、人の体を作り変え、人の土地に魔物をわかせる力を持つ魔王が、レベル5だ7だと育てたところで、倒せるとは到底思えない。

 てゆーか、篠原は、その次世代の魔王候補に押されてるんだよな?

 ──あいつ戦ったらどんだけなんだ?


「あんたが祖国から逃げて来たのって、それに反対する為だったのか?」

 俺はジルベスタに問いかける。ジルベスタは俺にニッコリと微笑んだ。

「──いいえ。

 賛成もしていないけれど、反対もしていなかった。

 それが王族としてのつとめだと思っていたから。

 ……私の国は性別に厳しくてね。

 女が男になりたがるのも、男が女になりたがるのも、ましてや同性を愛することは、決して許されないの。

 私が女として生きようとすることが、国王のみならず、国民すべての反発にあったわ。

 あの国の人たちは、すべてが私の敵。

 それまで慕ってくれていた国民たちが、私が女性だと発言した途端、みんな手のひらを返して石を投げるようになった。

 だから、自由なこの国に亡命して来たのよ。」

 少しだけ寂しそうにジルベスタが言う。


「──そうかな?」

 俺は首を傾げた。

「ほんとに国民全員が敵だったのかな?」

「あん?」

「どういう意味?」

 エンリツィオとアシルさんが俺の言葉を不思議がる。

「もうジルベスタも分かってると思うんだけど、俺はこの世界に勇者召喚で連れて来られた勇者なんだ。

 ──俺の元の世界ではさ、SNSって言って、たくさんの人が、他のたくさんの人に自分の発言を届けたり、テレビとか動画配信って言って、映像で自分の姿を発信する仕組みがあるんだ。

 それをやったりしてる、有名な人たちって、連日のように炎上すんだよね。

 ──炎上って、その人たちの発言や、やった事が、大勢の人たちに叩かれてる状態って意味なんだけどさ。

 単にもう、大したことじゃなくても、炎上って言葉を使いたいだけじゃね?とすら思うんだけど。

 その人たちを叩いてる人たちってさ、全員がその人を嫌ってるかって言うと、そればっかりじゃないことも、あると思うんだよね。」

 ジルベスタは真っ直ぐに俺を見つめて、一言一句聞き漏らさないようにするかのように、俺の言葉を聞いている。


「もちろん炎上に乗っかって楽しみたいだけの人も多いけど、それを言ってきてるのが、その人を元々好きな人たちの場合はさ、内緒にされてたり、嘘をつかれてたり、その人が人として間違ったことをしてしまった事に対する、悲しみや怒りをぶつけてるように、俺には見えるんだ。

 好きだからこそ、悲しくて腹立たしいっていうかさ。

 俺の父親が昔言ってた事なんだけど。

 世界の4割はお前のことがどうでもよくて。

 世界の2割はお前のことが絶対に嫌いだ。

 だけど、残りの4割、──残りと、嫌いな人の数の割合逆だったかな?忘れちゃったけど。

 ──残りは絶対に、お前の味方だ、って。」

 恭司が腕組みするように翼を交差させながら、話の邪魔をしないように、ウンウンとボディーランゲージで俺に同意する。


「怒りの声をぶつけたり、攻撃してくる人が目立つから気付けないけど、自分の味方も絶対にいる筈なんだ。

 あんたを攻撃して来た人たちの中にも、そうやって、本当の姿を隠されてたことを、悲しんでた人がいたかも知れない。

 本当のあんたを嫌いな人もたくさんいるかも知れないけど。

 本当のあんたを最初から見せてたら、好きになる人も大勢いると思うよ。

 攻撃されると心が痛いし、言葉が強いと、その人の意図を柔らかく噛み砕いて受け止めるのって難しいと思うけどさ。

 悪意なのか、好意から来てるのかは、受け止め方を間違えると、どっちにも不幸だと思う。

 そのままで生きてみたらいいじゃん?

 正直な姿のままで生きてたら、そんなあんたを好きだって言う人は、あんたの国にも絶対にいる。

 ──俺は俺を好きになってくれる人たちを、かき集めて生きてんだ。

 あんたもそうしなよ、ジルベスタ。」


 ジルベスタは、ふっと、目を閉じて笑った。

「言うじゃない、ぼうや。

 ──そうね。今すぐ国に戻ろうとは思わないけれど、この国でも化粧師として名をはせたら、いつかマガにもそれが届くかも知れないわね。

 そんな私の姿を見て、愛してくれる国民もいるかも知れない。

 私のありのままを隠さずに、生きてみるわ。

 私は私でいたい。

 そのままの私を、受けとめて愛してくれる人たちだって、きっと私の国にもいる筈よね。」

 ジルベスタは俺と顔を見合わせて、微笑みあった。


「──そういえば、この子に助けて貰った時、あなたの部下に、隠れ家がバレているから逃げるよう言われて、新しい隠れ家まで用意して貰ったのは、本当に助かったわ。」

 エンリツィオがジルベスタにそう言われ、アシルさんの方をちらりと見るが、アシルさんは小さく首を振る。

「起きてる時なら簡単に負けるつもりはないけれど、隠れ家を見張られて、寝込みを襲われたら、さすがの私も抵抗しきれるか分からないもの。

 私を別の隠れ家に案内するのは、自分の勝手な判断だから、上司に報告しないでおくと言われたけれど。

 実際、痕跡を消して逃げるのに手間取って、逃げるのが遅れてしまった間に追手がすぐに来たし、教えて貰った新しい隠れ家も安全で、それがすべて本当だと分かったの。

 おかげで助かったわ。」

 まったく心当たりがないらしく、エンリツィオは少し警戒しながら話を聞いていた。


「あなたにこちらから連絡を取ったのは、私を助けてくれたこの子を、あなただと思っていたというのもあるけれど。

 凄く悩んだ顔をして、私に別の隠れ家を用意してくれたその子が、あなたの部下だと知って、あなたを信用出来ると思ったからなのよ。

 確かに指示を仰がず1人で先走ってしまったことは、組織の中では褒められたことではないかも知れないけど、結果として私はさらわれも殺されもせずに、こうしてあなたに会いに来たわ。

 彼女は正しい判断をしたのだから、あんまり責めないでやってちょうだいね。

 それにしても、あんなにキレイで頭のキレる、ボスに心酔してる子を、よく見つけたものね。

 さすがとしか言えないわ。」

 そう言って、穏やかな笑顔で紅茶を口にするジルベスタに、恭司はキョトンとしていたが、俺とエンリツィオとアシルさんは、目線だけでお互いをちらっと見あって、やっぱりか、と思った。

 ──マリィさんだ。


 どうりでジルベスタの居場所がすぐに分かると、あんなに自信タップリだったワケだ。だって既に潜伏先を見つけて監視してあったのだから。

 エンリツィオが協力を求めれば、すぐに種明かしをするつもりだったのだろうけど、エンリツィオはそれを拒絶した。

 けど監視は続けてて、エンリツィオの部下たちがジルベスタを見つけられない間に、ジルベスタが追手に見つかってしまった。

 勝手に動いていたことをエンリツィオに報告出来なかったマリィさんが、直接本人に突撃したってとこだろう。

 カッコつけてお前の力なんか必要ないと宣言しておきながら、完全に出し抜かれた格好だ。


 上司に報告しないというのは、ジルベスタからもエンリツィオに話さないで欲しいという、おそらく暗喩だ。

 勝手な行動をしてエンリツィオを怒らせたり、嫌われたくないって気持ちも、もちろんあるだろうけど。

 マリィさんの場合、必要ないと言われた自分に、部下を出し抜かれたことにより、エンリツィオのプライドが傷付く事を一番恐れた気がする。

 ボスとして割り切って、手駒の中で最も諜報活動や調査に使える、マリィさんを戻すべきだったのでは、判断が悪かったのでは、と周囲に思われかねないし、事実今、俺がそう思っている。

 そんなことを思われたら、エンリツィオの立場やイメージからすると、大分恥ずかしいことだ。

 ジルベスタがエンリツィオに話すという事は、最低限横にいるであろう、アシルさんにも知られてしまうことになる。


 だからマリィさんは誰にも知られたくなかったのだろう。

 凄く悩んだ顔というのが多分それだ。だって追手が迫っているのに、焦った顔をすることはあっても、悩んだ顔なんてするか?

 極端な話、それでジルベスタが、さらわれようが殺されようが、放っておけばいいだけの話なのだ。

 マリィさんが既にジルベスタを見つけていたことなど、誰も知らない。

 勝手に調べてしまったことを、エンリツィオに咎められることだってない。

 ──けど、マリィさんの中にその選択肢はない。

 ……だってジルベスタがいなくなったら、エンリツィオが困るから。マリィさんの頭には多分その発想しかない。

 エンリツィオの為に、絶対にジルベスタは生きてこの国にいて、エンリツィオに会って貰わないと駄目なのだ。


 エンリツィオの為に、ジルベスタを見つけ出して。

 エンリツィオの為に、ジルベスタを敵から逃がして。

 エンリツィオの為に、それを知られないようにする。

 身勝手に捨てられた相手だって言うのに、どんだけ相手の為のことしか考えてないんだ、あの人。

 エンリツィオの考えを先読みして動けるというのも伊達じゃない。

 結果がエンリツィオの為になるのであれば、自分の評価も功績すらも、彼女にはどうだっていいのだ。

 エンリツィオが嫌な思いをすることがなくて、ボスとして尊敬を集めること。

 おそらくは、それがマリィさんにとっての幸せなのだろう。

 ああ、もう、こっちがムズムズする。

 多分、2人もそう思ってるんだろう。むず痒そうな顔で歯噛みするエンリツィオに、アシルさんが笑いを堪えていた。

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