第62話 合成魔法の専門家

 次の日の朝。

 俺はと言うと、結局王宮の近くまで行っておきながら、中に入ることが出来ずに、周辺をウロウロした挙げ句、ちょっと気分変えようぜ、と言ってくれた恭司と共に、ヌーディストビーチへと向かっていた。

 恭司は、何かあったのか?なんて聞いては来ない。俺が話したいのに話せないとかでもない限り、言いたくないのを察してくれる。

 俺の中でも何と説明してよいか分からないから、そこに他人の意思や意見が乗っかると混乱してしまい、最後には、意見を押し付けんなとブチ切れてしまう。

 だから俺と恭司の間では、お互いが話すまでは、基本何も聞かない。けど、必ずお互いの側にいる。それでじゅうぶんなのだった。


「──なんだアレ?」

 俺たちがヌーディストビーチに向かう途中の、ちょっと林というか森みたくなっているところの、少し開けた場所で、大勢の人たちが1人の人物を取り囲もうとしている。

 杖を持っているから、多分魔法使いだ。いいなあ、杖。お金がない時は手に入らなくて、魔法スキルのレベルが上がったら、力に耐えられる杖が殆どないことを知った。

 祭司は杖を持っていたのに、エンリツィオもニナンガの魔法師団長も他の魔法使いたちも、素手で魔法攻撃してたのは、祭司が聖職者という職業だからかと思っていた。


 聖職者のスキル持ちで全員レベル5の聖魔法使いの為、教会から支給されるらしく、その点についてはある意味職業柄と言える。

 だが、杖は魔物からのドロップ品か、レアな魔物からのドロップまたは剥ぎ取りで手に入る、魔石というものがないと加工出来ず、魔石を出す魔物がニナンガには殆どいなかったのである。

 ニナンガの開拓が遅れて貧乏なのはその為で、勇者召喚に最も熱心な国の1つであった理由もそこからだ。

 ないならよそから奪ってしまえと言うわけだ。


 魔石というのはとにかく色んなことに使われていて金になるらしく、アプリティオのホテルのエレベーターや、街灯の灯りの元にもなっているらしい。

 けど、この国にも、ニナンガ程じゃないけど、レアな魔物が頻繁に湧くわけじゃない。

 なのに少し前までニナンガと発展程度が同じだった国が、こんなに魔石を普通に使っている理由が、勇者大量召喚の秘密にあるのなら。

 例えば他の王家から、魔石を含む謝礼があったとしたなら、王宮内で囁かれる噂にも、信憑性が出てくるというものだ。


 そして、レベルの高い魔法スキルを持つ者ほど、レアな魔石を使った杖でないと使う事が出来ない。

 レベル6以上の魔法スキルに対応出来る杖は、一般的に流通していないらしく、持ってる人は全員魔石を手に入れて、加工して貰って使っている。

 市販品なんて、オマエの魔力通した瞬間イカれちまうぜ?とエンリツィオに言われ、せっかく魔法が使えるのに、杖なしという悲しい日々をおくっている。

 ちなみにエンリツィオは一応持ってはいるが、面倒なのでほぼ使わず、アシルさんは常に携帯していて、以前まではエンリツィオのも一緒に持ち歩いていたらしい。

 まあ、レベル7に勝てる魔法スキル持ちが、滅多にいないもんな。


 けど、俺のやった火の女神の加護のスキルのせいで、エンリツィオの杖が使用に耐えなくなってしまったというので、譲って欲しいと頼んだが、まあ考えとく、と言われたまま、未だに譲って貰えていない。

 だから杖ありの魔法使いは、少なくともレベル5以下のスキル持ちだと判断出来る基準となる。

 それでも杖ありだと威力が増すから、最低でも1.1倍、知力の高い人だと1.2倍まで上がる。

 レベル5なら最高でレベル6まで威力が上がる訳だから、結構デカい。

 別に知能上昇があれば、火力はそれ以上に上がるんだけど、やっぱ魔法使うからには欲しいじゃん?杖。


 男たちと、俺と恭司の間にいるのは、背の高い女の人だった。とても奇抜なファッションをしていて、この世界では初めて見るレベル。

 ベリーショートに刈り上げた髪の頭頂部にだけ、長く房のように髪が垂れて、そこを何色かに染め分けている。

 ベリーショートの部分も緑色で、何だかグラデーションカラーの薔薇みたいだ。

 男たちがそれぞれ、水、火、風、火、雷、闇と、目の前の女の人に魔法を放つ。

「おい、」

「ああ。」

 俺と恭司は駆け出しながら、俺は闇魔法を、恭司がパラライザーを口元にためる。

「ダークウォール!」

 放たれた魔法と女の人との間に、闇魔法の壁を作る。相殺した隙に、恭司のパラライザーが左端の男に当たり身動き出来なくなる。


「何だ!?」

「味方がいるのか!?」

「聞いてないぞ!」

「──ブレイズ!」

 俺は火魔法を続けて放つ。

「──合成魔法、ブレイズリヴァイアサン。」

 ブレイズは攻撃対象の足元に、火柱を発生させる、炎属性の単体魔法だ。

 それが召喚されたリヴァイアサンと合成されて、足元からの炎の津波の全体魔法へと変わり、男たちを飲み込んだ。

 俺の魔法を利用して合成!?

 ていうか、今の何!?召喚魔法!?

「覚えておくといいわ。

 ──魔法は他人とも、合成可能なのよ。」

 女の人は静かにそう言った。


「オネーサン、召喚魔法使いなんだ!」

 俺たちは女の人に駆け寄った。

「本職は化粧師だけどね。」

「けしょうし……?」

「化粧で女性を綺麗にする職業スキルよ。

 髪をいじることもあるわね。」

 ああ、メイクアップアーティストね。

 それでこんな、ちょっと奇抜な格好してるんだな。日本のメイクアップアーティストも、大体独特なファッションしてるし。

「──また、助けてくれたのね。」

「あ。」

 ちょっと男性的な印象のあるキレイな女性のその声は、確かに昨日の夜の、フードを被っていたオネーサンだった。


 俺はオネーサンに先に森を出て貰い、その間に男たちのスキルを奪った。

「──お待たせ。」

 腕組みしながら、しゃんと背筋を伸ばして立っていたオネーサンは、俺の声に振り返ると、別に構わないわ、用事は終わったの?と微笑んだ。

 何をしていたかは言えないので、俺は、へへ、と笑って誤魔化した。

「何で襲われててたのか、聞いてもいいかな?

 2日連続って、ちょっと、変だと思うんだけど。」

 俺はオネーサンが用事があるというので、恭司と2人、護衛がてら、坂道の上のレストランに向かうところだった。

「その理由は、あなたが一番知っているんじゃなくて?」

 オネーサンは意味ありげに俺を見つめて微笑んだ。

 どゆこと?


「……私のことも恨んでいるでしょうね。

 私の兄は、直接指示を出した王族の1人だったもの。

 どうやって置いたのか、兄の枕元にアレが送りつけられていて、あなたの恨みの深さを知ったわ。

 あなたの恋人のことは、本当に申し訳ないと思ってる。

 でも、私を探していたというのは、そういう理由じゃないんでしょう?」

 ?????

「えと……なんの話?」

 まったく話しが見えない。そもそも俺はこの人を探してなんかないし。

 昨日に引き続き会ったから、何かを勘違いされているのだろうか。

 というか、江野沢はまだ俺の恋人ではない、というか、王女になった彼女との関係を知ってる人なんていない筈。

 誰の話をしてるんだ?


「私を探していたんでしょう?エンリツィオ。」

 ──ん?

「火魔法と闇魔法の合成魔法を操る、背の高い黒髪の男。

 あなたがそうなんでしょう?」

 確かにエンリツィオも黒髪に近い──というか、ブルネットか──けど、何となく本人のイメージで、漆黒に思われることが多いらしい。

 そして俺はこの人の前で、火魔法と闇魔法の合成魔法を使った。

 ダブル属性持ちが少ないのに加えて、魔法が合成出来る事を、知らない人が多いのは、ニナンガの旅で気付いてた。

 そういう意味では、合成魔法を使うってキーワードは、割と個人が特定されるから、そう勘違いしても不思議ではないのかも知れない。


 俺は前世でもこの世界でも、背が高い方に入るわけだしな。

 ニナンガでも、元魔法師団長がダブル属性持ちなのは知られていたけど、合成魔法が使えることは、俺の関わった人たちは誰も知らなかった。

 というか、魔法が合成出来ることをそもそも知らなかった。

 知られてたら今頃、元魔法師団長=現ニナンガ国王=エンリツィオ一家のボス、ってことなんて、すぐに特定されてしまうのだろうか?

 それくらい合成魔法はこの世界で普及していないのか?

 俺も他人とも合成出来るだなんて、今回初めて知ったしな。試そうと思ったことすらなかったし。


 俺がそう考えていると、その人はふっと笑って、

「心配しなくても、あなたが合成魔法を使うことは、王族と一部の王宮職員しか知らないわ。」

 オネーサンは俺に優しく微笑む。この人、アプリティオの王宮関係者か?てことは、やっぱり国王は、エンリツィオがエンリツィオだと分かった上で媚薬を使ったのか。

 他の国の国王かつ、現役の闇社会のボス相手に大胆だな。

 確かに媚薬飲まされたら魔法は使えなくなるし、護衛もいなくてふたりきりではあったけど。

 それとも、よっぽど何としてでも、どうにかしたいくらい、魅力的だったんですかねえ。


「──あれ?」

 俺たちがレストランに入ると、中にエンリツィオとアシルさんがいた。そういえばこのレストラン、エンリツィオの恋人との思い出のレストランだ。

 いても不思議じゃないかと思っていたら、オネーサンと一緒にいる俺たちを見て、エンリツィオとアシルさんが慌てて椅子から立ち上がる。

「オマエ……なんで一緒なんだ。」

「──ボス自ら出迎えに来たって言うのに、部下が座っているだなんて、のんきなものね。」

 腕組みしながら言うオネーサンに、エンリツィオが中折れ帽を脱いで頭を下げる。

「はじめまして。何度かお見かけはしてはいたが、──直接話すのは、これが初めてだったかな?

 俺がアンタを探してた男だ。」

 エンリツィオの言葉に、オネーサンが、ん?と首を傾げた後で俺を見る。


「あ、いや、俺は……。」

「これが、うちのボスのエンリツィオです。

 身を隠していると伺っていたのに、まさかこちらが探していることを知って、直接連絡を下さるとは思いませんでした。」

 アシルさんもお辞儀をする。

「……あなたが……?

 じゃあ、あなたの知り合いらしい、この子は誰なの?」

「まあ、ちょっとした腐れ縁でね。

 ──コイツが何か?」

 俺たちの関係をエンリツィオがはっきりと説明しないので、俺もどう自己紹介したものかと悩んでしまう。


「昨日と今日、襲われていたところを偶然助けてくれてね。

 ここまで連れて来て貰ったの。」

「ほう?そいつは奇妙な縁だ。

 コイツもあながち、アンタを探してた理由に、無関係じゃあないんでね。」

 エンリツィオが含みのある薄い笑みを浮かべる。

「えと……この人誰?

 俺とどんな関係が?」

 説明も紹介もされないまま話が進んでいくことに、俺は困惑する。

「この方はね。

 合成魔法研究の第一人者、──マガの王弟殿下こと、魔女ジルベスタだよ。」

 アシルさんが説明してくれる、

 今、王弟殿下っつったか?

 王弟って、王様の弟だよな?

 てことは、この人男の人?

 男の人なのに魔女?

 俺の目線の意味に気付いたのか、ジルベスタが俺の目を見つめて、ふっと微笑む。

「どちらにとってくれてもいいわ。

 私は私を、女だと思っているけどね。」

「あ、じゃあ、オネーサンのままでいいんだね、分かった。」

「──なんでだよ。」

 呆れた表情でエンリツィオが言う。


 俺は見た目が女性に見えて本人が女性だと言うなら女性と認識するし、男性の場合もまたしかりだ。

 これは多分、大好きな年の離れたイトコが、ある日突然、仲のいいお兄ちゃんから、お姉ちゃんに変わった事に起因する。

 ずっと悩んでいたらしく、お金を貯めて女性に変わり、戸籍も変えたというイトコから、話に聞いてはいたものの、その変わったという姿の写真も見せて貰えないでいた頃。

 ある日突然俺に会いに来てくれたイトコを見て、俺は素直に、可愛くなったね!と言った。オッパイもでっかくなってた。

 俺に嬉しそうに微笑んだイトコの顔は、大好きなイトコのままで、そこに抵抗を感じなかった。


 本当の自分に戻るのに、お金払わないといけないって、何か理不尽だな、と言う俺に、ホント、そうだね……。と泣き出した時は動揺したけど、それ以外は、俺といる時はいつも笑ってくれる。

 半年に1回くらいデートしに来てくれて、オッパイが肘に当たるのを楽しんでいる俺からすると、この人はそういう人、と言う感じだ。

 自分のを利用して作ったから、アソコもちゃんと感じるんだよ?なんて上目遣いで言われた時には、ドキッとしてしまったし。

 産まれてくる性別が選べないのは、別に本人のせいじゃないしな。

 ただ普通の男の見た目の奴に迫って来られるのは無理だ。触るのも触られるのも、必要以上にされるとキモい。

 ジルベスタは女性に見えて、本人が女性だと言うのだから、俺にとってはキレイな女性なのである。


「……私の知ってることに関係があって、この見た目で、なおかつレベルの高い合成魔法が使えるということは、おそらくこの子もそうなんでしょう?

 いいわ、話してあげる。

 大量勇者召喚の秘密。

 ──この子のこと、気に入っちゃったもの。

 ……私の分かる範囲だけどね。」

 俺はエンリツィオが、少し興奮した表情を抑えるように、歯噛みした笑みを小さく浮かべるのを見逃さなかった。

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