第61話 不思議な出会い
俺は朝から江野沢の部屋に向かっていた。
昨日部屋に行かれなかったことを謝る為だ。
恭司は俺が行かないならいいやと、ご褒美部屋行きを取りやめて、かわいい子を探しに街に繰り出すらしい。
窓から部屋を覗くと、江野沢の他に、マーカスと、あともう一人、ご褒美部屋で見たことのある騎士団の男が先に部屋にいた。
声は聞こえないが、やけに親しげだ。
マーカスは3組の女たちにも、王宮勤めの女たちにも、妙に馴れ馴れしい奴ではあるが、この国では王女にまで、その態度が許されるのか?
マーカスたちが出て行った後で、俺が部屋に入って隠密と消音行動をとくと、江野沢がハッと振り返り、見たことのない、とても怖い顔をした。
何か王女として、俺に聞かれてはマズい話でも、騎士団としていたのだろうか。
俺は何だか気まずくなってしまい、なかなか昨日の事を謝ることが出来ずにモジモジしてしまった。
そんな俺の様子を見た江野沢が、表情を緩めて笑顔を作る。俺はホッとして、昨日は何も言わずに来れなくてごめん、と謝った。
江野沢は笑って許してくれたが、俺は近付いた筈の距離が、また遠くなってしまったように感じて、それを解消出来ないまま、どうにかしたくて、ずるずると江野沢の部屋に居座ってしまった。
いつも暗くなる前に帰るようにしていたのに、気付けばいつの間にか日が落ちていた。
それを江野沢に指摘されて気付いた俺は、慌てて帰ることにしたが、明日また王宮に行くのが、何となく気が重かった。
笑ってくれてはいたけど、無理して俺に合わせてくれている。そんな気がして。
俺は隠密と消音行動を使っているから、襲われる心配はしていないけど、明かりが殆どない中を歩くのは普通に怖い。
いい加減道は覚えているとはいえ、月と星の明かりしかない中では、どうしてもソロソロと歩くことになる。
目が慣れれば多少は分かるようになるが、足元にちょっとした段差がないかとか、曲がり角がここで合っているのかとか、どうしても不安になるのだ。
ステータス画面で、千里眼でユニフェイを検索した状態で進んでいるから、方向を見失うことこそないけれど、道が全部どこかにつながっている訳じゃない。
江野沢に再会した日の夜、初めて真っ暗な道を歩いて帰った時には、袋小路に捕まって暫くパニックになってしまった。
襲ってくる魔物や盗賊よりも、見えないことへの恐怖の方が、遥かにデカいことを知った。
闇魔法にはブラックビジョンなんていう、視界を見えなくする暗黒の状態異常魔法があるけど、解除してくれる聖魔法使いもいない状態で、ダンジョンでそれを、自分に対して使われているのと、たいして状況が変わらない。
ちなみに俺は聖魔法が使えるが、聖魔法使いでも、状態異常解除の魔法が、自分で自分にかけられない場合がある。
自分自身には魔法が、かからないとかではなく、自身のステータス異常により、魔法が一時的に使えなくなる為だ。
混乱や痺れにかかった状態であれば、魔法どころかまともに動けないから分かるのだが、誘惑という状態異常魔法と、媚薬でそれが発生する。
相当に自分に制限のかかる危険な状態に、一瞬でさせられてしまう、割と恐ろしいものだとアシルさんに聞かされた。
だから他の状態異常魔法を使う魔物以上に、誘惑を使う魔物を相手にする時は、必ず自身や仲間が、それを解除する薬を持ち歩いたり、聖魔法使いを2人以上パーティーに入れるなど対策する。
ちなみに誘惑や媚薬を使われている時にステータスを開くと、ちゃんと魔法が灰色の薄い文字に変化していて、機能しないことが分かるのだそうだ。
と同時に、自身の状態を示す文字が表示される。
鑑定師がステータスを見て分かるのだから、おそらくエンリツィオの時は、状態異常(媚薬)とか、そんな表示になっていたのだろう。
だからエンリツィオが、王宮で魔法を使うことを控えたとか、そういう言うことではなく、単純に力技でしか、戦えない状態にさせられていた、ということなのだ。
エンリツィオだから肉弾戦でどうにかなったが、狙われたのが俺やアシルさんだったら、今頃国王に美味しくいただかれているところだ。怖い怖い。
「わぶっ!?」
俺は暗闇の中を、ほぼ手探りに近い形で、慎重に歩いていたのに、いきなり目の前を何かに塞がれてぶつかった。
その拍子に隠密と消音行動がとける。
MPの消費はないが、使うことを意識していないと、とけてしまうのが面倒なのだ、このスキル。
万が一気絶とか死んだりした際に、姿が消えたままで誰にも気付かれないよりは、仲間と行動する時安全だから、そこはいい点だと思うけど。
ちなみに闇魔法の中に、姿を隠す魔法が別に存在するのだけれど、こちらは勝手に時間がくるまでかかっている。
だけど、王宮の中には、それ対策の魔法感知スキル持ちが絶対に存在する。隠密の方が確実なので、ついつい使い慣れたそちらを使ってしまっていた。
「なんだ!?」
「こいつどっから急に現れやがった!」
野太い叫び声に目を凝らして前を見ると、俺とぶつかったのは人で、その前を塞ぐように、2人の男が手に武器を持って立っているのが、武器が月明かりに光って見える。
俺の前の人は手に何も持っていない。
──この人、襲われてんのか?
「めんどくせえ、こいつも連れていこうぜ!」
男が隣の男にわめいた。
「──ねえ、あんた、襲われてんの?」
俺は目の前の、俺よりも背の高い人に聞く。
「ええ、そうよ。
あなたも早くお逃げなさいな。
巻き込まれて死にたくはないでしょう?」
低い女の人の声のような、高い男の声のような、性別が判断つかない声が言う。フードか何かを被っているので、顔がよく分からない。
背が高いのはヒールっぽいものを履いているからだろうか。
「そっか、ちょっと下がっててよ。」
俺はその人をかばう形で前に出た。
「なんだてめえ!」
「死にてえのか!」
うーん、お決まりのヤツ。ひねりがないな、20点。
「──ファイヤーボール!!」
俺は両手にためたファイヤーボールを一気に男2人の顔にぶつける。
「うわっ!?」
思わず両腕で顔を抑えた隙に、
「──走って!!」
その人の腕を掴んで走り出す。
「待て!この野郎!」
俺が腕を掴んだ人が、男に服を掴まれて、俺は一瞬ガクッとなる。
「……しっつけえなあ。
──合成魔法、フォックスファング!!」
揺らめく真っ黒い触手が、月を背にして広がってゆき、男たちを飲み込んでゆく。
その姿に、男たちは、まるで俺が化け物にでも見えたのか、
「うわあ〜〜!!!出た……!!」
という言葉を最後に、闇に飲み込まれてバタリと倒れた。
「あ、そうだ。ついで、ついで。」
俺はそいつらのスキルを奪った。
「もう、大丈夫だと思うよ?
けど、こんなとこから、早く逃げよう?オネーサン。」
男か女か分からないが、背は高いけど、ヒールを履いてるみたいだし、シルエットが何となく女性に見えたので、俺はそう言って手を差し出した。
もう誰かに見られても構わないやと、ファイヤーボールを手にためて、足元を照らしながら進む。
その人は俺の手を取って出来るだけ早足で歩きながら、
「あなた……さっきの魔法……。」
「──ん?なに?」
「……いえ……何でもないわ。」
そう言って、黙り込んでしまった。
「どこまで?送るよ?
1人だと危ないし。」
少しだけ街灯のある、大通りまで出たところで、俺がそう言う。
「……いいえ、もう大丈夫よ。
すぐそこだから。
けど、思ったよりも、若いのね。
それに思ったよりも、ずっと素敵。」
それでも俺の姿はあまり見えていない筈だが、そんなことを言ってくれた。
あ、そうか、ファイヤーボールを使って歩いてた時に見たのかな?俺は一人で納得する。
「そうかな?
じゃあ、ほんとに大丈夫?」
俺は少しだけ照れて頭をかきながら言った。
「──ええ。」
「じゃあ、気を付けて帰ってね?
バイバイ!」
「……ええ、さようなら。
また会いましょう?
近いうちに、ね。」
ここまでくれば、目をつぶっていても走れる。駆け出していた俺は、最後にその人が言った言葉が、よく聞き取れなかった。
ホテルの入り口についた瞬間、俺は仰天した。
「ギャアアアァ!」
俺は暗闇から、ホテルに向かって歩いて来たそいつらを見て、思わず悲鳴を上げる。
「マッ、マネキ、マネキ、マネキンが歩いてる!!!」
背が高く、色白で金髪の、完璧な甘い王子様フェイスのマネキンと、少し肌が浅黒い、短髪のワイルド系超絶美形マネキンが、こちらに向かって無表情に歩いて来る。
ホテルに早く逃げなくては。そう思うのに、予想の出来ない恐怖というものが、俺の足をその場に縫い止める。
人型の魔物?魔族?なんでもいい。怖い。
街自体に特殊な結界だとかが、貼られている訳じゃないので、人の住む街だろうと、夜は普通に魔物が出る。
夜中に家が魔物に壊されたなんてこともしょっちゅうだ。だから冒険者か後ろ暗い人間以外は、基本夜に外を出歩かない。
俺はその場にへたり込むと、それでも何とか、産まれたての子鹿のようにヨロヨロと、よつん這いでホテルに向かって進んで行く。
時間がとんでもなく遅く感じた。ホテルの入り口がやけに遠い。早く、早く、早く。動け、俺の体!!!
「──何やってんだ、オマエ。」
「うわっ!?」
腰を抜かして地面に座り込む俺を、後ろ暗い人間の代表格、エンリツィオが、ホテルの入り口に立って呆れたように見下ろしている。
「エンリツィオ……?
いっ、いま、マネキンが動いてて!!」
「──マネキン?」
マネキンがエンリツィオの後ろからヒョコッと姿を現す。
「うわああぁ!!後ろ!後ろ〜〜!!」
エンリツィオは後ろを振り返ってマネキンを見ると、
「マネキンって、コイツらのことか?
こりゃ、俺の部下だ。
そういや、初めて見るか。」
「ぶ、部下……?人……?」
「ああ、こいつらはな、丸出しとモロ出しだ。」
「ちょっ、ボス!その話は!」
「いい加減忘れて下さいよ!」
王子様とワイルドが頬を染める。あ、人だわ。それを聞いてアシルさんが少し離れたところで悶えるように笑っている。
エンリツィオだってカッコいいと騒がれるし、めちゃくちゃモテるけど、体格と色気が凄いからであって、顔の造形だけでいうなら、この2人の方が完全に上だ。
けど、なんてんだろうな……。
完璧に美し過ぎると、人って人に見えねんだな……。
暗いところで見ると、てっきりマネキンが動いてるのかと思うくらいの、人ならざる者レベルの美形。
つか、マジで怖かった……。
「この見た目だろ?
目立つんで、昼間にあんまり連れて歩けねえんだよ。」
確かに……。こんなの2人並んで歩いてたら、目立つなんてもんじゃないな。
「ていうか、丸出しとモロ出しって何?」
そう聞く俺に、アシルさんが再び、今度はこらえきれずに、ブフーッ!!と吹き出す。
「ああ、前にオマエに服やる時に、コイツが言ってたろ?
俺が戦ってる後ろで服が燃えて下半身露出しちまった間抜けな2人がいるってよ。
それがコレとコレだ。」
エンリツィオがアシルさんを、握った拳の親指だけ立てて指しながら言い、その後に後ろの2人を指した。
ええ〜!!?
こんな完璧な美形2人が!?
そりゃあアシルさん、思い出し笑いだけで、あそこまで笑うわ……。俺も今、想像だけでかなりヤバい。
エンリツィオの後ろで、気まずそうに頬を染めるマネキン──エンリツィオの部下2人。普通の人でもかなり間抜けなのに、この見た目じゃ、笑いの破壊度5割増だな。
「あんときゃ、あまりにカッコ悪かったんで、急いで対魔法加工を施した服を、全員分作らせたんだ。
俺もあんまり思い出したくはねえんだがよ。──戒めとして語り継いでいくつもりだ。」
それ、どこの地方の伝説にする気だよ。
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