第55話 異世界の実況見分

「……間違いありません。

 媚薬によるステータス異常が起きています。」

「では、その結果を書類にしていただけますか?」

 アシルさんが、部下が連れて来た鑑定師に、エンリツィオの状態を鑑定させ、それを書類にするよう指示を出す。

「──酒とグラスの薬の反応はいかがでしたか?」

 今度は薬師に尋ねる。

「酒からは反応がありませんでした。グラスからはタップリと。」

「……だろうね。目の前で初めて開けたわけじゃない酒に、エンリツィオは手を出さない。」

 目の据わったアシルさんは、今も目を閉じたままのエンリツィオを見ながら言う。


「──グラスの内側の表面に、均等に媚薬を塗りつけるなんて作業、薬師のスキル持ちでないと出来ません。

 普通はどんな薬でも、そのまま塗ったら垂れてきて底にたまります。

 そうすれば気付かれてしまうから、グラスの厚みが少し増しただけのように偽装したのでしょう。

 いくら塗りつけて乾かしても、媚薬は水溶性ですから、酒が入った瞬間崩れて混ざったのだと思いますが、酒が表面張力しているすぐ真下で、グラスが薄くなっているかどうかだなんて、分かる人は殆どいないでしょう。

 初めてそのグラスを見た人なら、おそらく余計に気付きません。

 オマケに原液並の濃縮度だ。これはこの国の市販品にはありえない濃さです。

 こんなものを直接飲ませたら、気持ちよくなるどころか、下手すりゃ発狂しますよ。殺人未遂に等しい行為だ。

 手に入れるのにも塗りつけるにも、明らかに、薬師が関わっているかと思いますが、マトモな薬師のすることではありません。」

 薬師が言う。

「……入手ルートも塗りつけたのも、同じ人間かも知れないね。

 薬師が誰に使うつもりだと指示されてやったのかは知らないけど、──可哀想に。」

 アシルさんが笑う。薬師と鑑定師がゾッとした表情になる。


「現場にもお立ち会いいただいたんだ、この事は、こちらが要求した場合、正式な被害として受理していただけますね?」

 アシルさんは、別の部下が連れて来た役人2人に確認する。

「はい、ステータス異常の鑑定結果と、媚薬の含有状況を提出いただければ。」

「では、追っていずれ。

 本日は結構です。

 ありがとうございました。

 鑑定師の方と薬師の方には、あちらで部下から代金をお支払いさせていただきます。」

 エンリツィオの部下が、別の部屋に鑑定師と薬師を案内しに行った。

「取り敢えず、現時点で揃えられる証拠は揃ったね。

 あとは実行犯の薬師だけだ。」

「……こっちで薬師を探すのか?

 すぐに訴えねーのか?」

 恭司が不思議そうにアシルさんに尋ねる。


「元々は裏社会のボスなんてやってる人間相手に、こんなことをしでかそうってんだ。

 薬に慣れてると思って、国王は考えもせず、一番濃いヤツをぶち込めとでも指示したのかも知れないけど。

 ──ことは殺人未遂に等しい行為でも、国王の目的は、あくまでエンリツィオの体だったからね。

 普通に訴えたらどうなると思う?

 未遂でも、事に及ばれた後でも、そういう被害にあった人を、世間はどう見るかな?」

「エンリツィオ一家のボスが、ケツ非処女にされた──って思われて終わりだろうな。」

 俺が言う。


「──そ。

 されたか、されてないかは問題じゃない。

 そういう目的を持った人間に、媚薬を盛られて襲われたっていう事実がそこにあるだけ。

 実際こんなこと、別に初めてじゃないしね。

 だからこういう事を、僕たちの世界じゃ、いちいち公にはしないんだ。

 ひっそりと、やった人間を処理するだけ。

 ただ、相手は一般人で、なにせこの国の国王だからね。

 取れる証拠は取っておいたほうがいい。

 生かすも殺すも僕たち次第だってことを、相手に分からせる為のカードは、多いに越したことはないからね。」

 アシルさんはいつものように微笑んだ。


「薬師は王宮のヤツなのかな?」

 俺の疑問に、

「さあねえ。

 マトモな薬師の仕事じゃないっていうし、脅されたのか命令されたのか、単に仕事で引き受けただけのヤツなのかは分からないけど、普段お抱えの薬師以外が出入りしてたら、まあ、すぐに分かるだろうね。」

 アシルさんは余裕の雰囲気だった。

「あとは僕がやっておくから、2人はご飯でも食べておいで。

 もうこんな時間だし、お腹すいたでしょ?

 ホテルの中のレストランなら、僕の名前を出せば、お金は後で請求されるようになってるから。」

 確かに腹が減っていた。

 王宮に行って、エンリツィオが媚薬を飲まされて、江野沢に会いに行ってと、あまりに色んな事が一気に起こり過ぎて、すっかり忘れていた。


 この世界は殆ど街灯なんて物がないから、日が落ちると歓楽街以外の場所は、すぐに真っ暗になるけど、本来まだ全然寝るような時間じゃない。

 かと言って、2人でほぼ真っ暗な中を、店を探してうろつく気もしない。俺たちは言われた通りに、ホテルのレストランへとやって来た。

 あと30分でラストオーダーだという時間に、俺たちは滑り込みでユニフェイを連れて店に入った。

 テイムしていれば魔物でも高級レストランに入れるというのが、この世界での唯一いいところかも知れなかった。

 何でもどんな業種体であっても、入店を拒否してはいけないと、すべての国の法で定められているらしい。

 日本じゃ盲導犬ですら、断る店があるくらいなのにな。いい加減、法律で拒否禁止にしたらいいのに。


「……アニキ、結局目を覚まさなかったな。」

 恭司が心配そうに言う。

「アシルさんがついてるから、大丈夫だと思うけど……。心配だよな……。

 医者とか、こんな時間に呼べんのかな、この世界って。」

「だよな……。」

 いくらエンリツィオがその手の薬に慣れてると言ったって、普通の人なら発狂レベルの原液を飲まされたのだ。辛くない訳がない。

「……こんな時、俺が医者のスキルとか持ってりゃ良かったのによ。」

 こんなに馬鹿みてえにスキルを集めといて、肝心な時に役に立つスキルがないなんて。

 ……待てよ?

 俺はふと、とあることを思い付いた。


 そのタイミングで、給仕人が料理を運んで来てくれる。

 俺は、とあることを給仕人に聞いてみた。この世界の常識は、この世界の人間に聞いた方が早い。

「……はい、出来ると思いますよ?

 そういうものをすべて体内から取り除いてくれると伺ってます。」

 俺はガタッと椅子から立ち上がる。

「──すみません、この料理、部屋に届けて貰うって出来ますか?」

「はい、問題ありません。」

「じゃあ、追加であと2人分、最上階の同じ部屋にお願いします!

 代金は先程お伝えした人間まで請求して下さい!」

「──ど、どうしたんだよ、急に。」

 店から飛び出した俺を、恭司とユニフェイが慌てて追って来る。

「エンリツィオのところに戻るぞ。」


 俺は上の階に通じる魔法の板に乗る。この世界のエレベーターみたいな物だ。名前はあるかもしれないが知らない。

 押しボタン式とかじゃなく、ゆっくり決まった時間で1階ずつ止まって上がるので、途中の階に行きたい人たちからすると、いちいち止まるのがもどかしいが、エンリツィオの部屋は最上階の為、一気に上まで上がれる専用の板がある。

 ちなみに扉なんてものはなく、板は廊下から直接乗り降りする為、1つのフロアにとどまる時間がとても長い。

 飛び乗って怪我をする人が出ないように、時間をはかって客を入れる、エレベーター専用の従業員が、必ずフロアに1人ずつ配置されている。

 板が最上階につき、飛び降りるように板から廊下に出ると、エレベーター専用従業員がギョッとしたように俺たちを見てきた。


 俺は扉の前の護衛の部下の人を無視して、エンリツィオの部屋の扉をドンドンと叩く。

「──アシルさん!俺です!開けてください!」

「アシルさん、大丈夫です。

 匡宏さんです。」

 護衛の部下の人も、中に声をかけてくれる。

 驚いたように扉を開けてくれたアシルさんの横をすり抜け、エンリツィオの前に息を切らして立つ。

「どうしたの?そんなに慌てて。」

 アシルさんと恭司とユニフェイが、俺を追いかけるように部屋の中に入ってくる。

「……忘れてました。

 俺、聖職者と賢者のスキル、持ってます……。」

 アシルさんが目を丸くする。

 聖魔法はすべてのステータス異常を1つの魔法で治す事が出来る。

 毒でも混乱でも痺れでもないから、今まで俺の頭になかったのだが、さっき鑑定師が言ってたじゃないか。

「媚薬によるステータス異常が起きています。」

 と。


 俺の聖魔法でエンリツィオは回復し、ようやく目をさました。

「……世話をかけたらしいな。

 すまなかった。」

 証拠保全を優先するあまり、エンリツィオのステータス異常を治す人間を探すことを、すっかり失念していたというアシルさんは、エンリツィオに詫び、俺に礼を言った。

「──今までだって、媚薬程度でいちいち聖魔法使いなんてモンを探したことなんざ、一度だってねえだろ。

 俺だって頭になかったんだ。

 お前のミスじゃねえよ。」

 エンリツィオはそう言って、特にアシルさんを責めなかった。

「取り敢えず、国王をどうするかは相手の出方次第だ。

 薬師を見つけたらつつく。それまで泳がせろ。

 連絡して来たら適当に返事しとけ。報告だけ寄こせ。」

「──分かった。」


「俺たちはこの国でまだやることがあるから、これからしばらくは潜ることになるが、お前らはどうする?

 やりたいことがあるんなら、手を回しておくが。」

「……召喚されて来た、3組の奴らが気になるんだ。

 どんなことになってるのか、俺なりに調べたい。

 ──あと、やっぱり江野沢は俺のこと忘れてた。

 けど、昼間に隠密を使って会いに来ていいって言われてるんだ。

 だから、江野沢のとこに行く。」

「……そうか。

 必要なことがあれば部下に言え。

 俺に伝わるようにしておく。」


 その時、部屋の扉が叩かれる。

「──何?」

 アシルさんとエンリツィオが警戒した顔をする。

「あ、俺だ。

 さっき、下のレストランで、ルームサービスを頼んだんだ。

 目を覚ましたら、腹が減ってるかなって思って……。」

 エンリツィオとアシルさんが、顔を見合わせる。

「そう言えば、僕らもお昼食べたきりだったね。」

「そうだな。ここで食うか。」

 エンリツィオとアシルさんが穏やかな顔になる。

 エンリツィオの部下の人が通した、レストランの従業員が運んで来てくれた料理を、俺と恭司とユニフェイとエンリツィオとアシルさんで、奪い合うようにワイワイと食べたのだった。

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