第56話 ズレてるズレ子ちゃん

 俺と恭司は、江野沢のところに行く前に、3組の様子を確認しに王宮に来ていた。

 どんな扱いを受けているのか、無事なのかを確かめる為だ。

 正直このパラダイスのような国で、男がまともに訓練にいそしむとは思えない。

 ひょっとしたら女子だけになっているかも知れない……。

 無事なのか気になるヤツも、江野沢の他に一人いた。

 そんな思いからだった。


 ──俺と恭司は、王宮の廊下の反対側からそれぞれやって来た。互いに真剣な表情をしている。

 オレ、オンナ、イク。

 オトコ、セメル。

 隠密で姿を隠し、消音行動を使ってはいるのだが、俺たちはハンドサインでやり取りをすると、俺は恭司のいた女子の部屋、恭司は俺がいた男子部屋へと移動した。

 俺と恭司は、2人の間だけで通じる特別な符丁を持っている。単語のみのカタコトなものだが、これで結構会話が成立する。


 中学時代はずっと同じクラスだったので、よく授業中、これで会話をしたものだ。

 特に2人でイタズラを仕掛ける前は絶対にこれだ。

 腕と指の動きを使うのだが、どうせなら手話を覚えりゃ、将来役にたったんじゃねえかと気付いたのは、これをやり始めて1年近く経った頃だった。

 どっちにしろ、この世界に連れて来られたので、将来なんて関係なくなったが。


 3組はというと、これがなんと全員無事だった。それどころか全員生き生きとしていて、女子は何だか全員妙に色っぽくなっていた。

 それと不思議なことに、ラブラブで有名だった、藤木聡太ふじきそうた小松英莉こまつえりカップルが妙によそよそしい。

 すれ違っても、じゃ……とか言って離れていく。険悪でも、仲がいいわけでもなく、別れたにしては様子がおかしい。


 その理由は、訓練の後のご褒美タイムにあった。

 観察初日で分かったのだが、その日優秀と判断された、男女それぞれ、上位3名と、選抜2名の合計10名が、ご褒美部屋と呼ばれる特別室に呼ばれていく。

 そこで、言葉に出来ないような、するだけで興奮するような、非常にエッチなご褒美を、騎士団所属の美男美女からしていただけるのだ。

 さすがフリーセックスのお国柄。


 特に選抜2名というのがポイントで、優秀者に選ばれないようなヤツでも、必ずそれで呼んで貰える。

 もっと色んなことがしたかったら、頑張ってね?という訳だ。

 一度餌を貰って癖づいた動物かのように、初めて呼ばれたヤツは急に頑張りだし、呼ばれたことのあるヤツは、また呼ばれる為に、これまで以上に頑張る、というシステムだ。

 ちなみに1位のヤツは、ご褒美担当の騎士団員の指名も可能だ。


 こんなご褒美あったら俺、絶対逃げなかったぜ、と恭司が憤る。

 ナルガラもニナンガ同様、普通にスパルタ訓練だったらしい。

 まったくだよな。アメとムチの大切さが分かっているアプリティオの方が、みんないい表情をしている。

 俺はどっちにしろ、スキルがねえって追い出されてたかも知れねえけど。

 そんなわけで、日々、3組の奴らの努力と成長を色んな意味で見守る為、恭司と共にご褒美部屋を見回っているという訳なのだ。


 そんな中、俺と恭司が最も驚いた出来事があった。

 俺は王宮に潜入するにあたり、マリィさんと遭遇した時の為に、事前にどんな人なのかを、エンリツィオに聞いておこうとした。

「なあ、マリィさんて、どんな見た目の人なんだ?

 エンリツィオの愛人なら、全員美人でスタイルはいいとしてさ。」

 そういう俺に、エンリツィオはニヤリと笑いながら、

「ああん?

 お前、お子ちゃまだな。

 オンナは抱いてみるまで分からねえよ。

 ──見た目でどうこう言ってる内は、まだまだソイツはガキってことだ。」

 と言われてムッとしたのだが、今ならその気持ちが分かる気がする。


 仲田敦子なかだあつこなんて、ほんとただの地味子だと思ってた。なのに。

「じゃあ、今日のご褒美は、胸だけで気持ちよくなってみようか?」

「は、はい……。あっ……。」

 そう言われて服を着たまま、男の開いた膝に膝を乗せられ、無理矢理足を開かされた状態で、後ろから胸だけをイジられる仲田の表情は、まあエロかった。

 蕩けきって、メスとしてオスを本能のまま求める表情。女のよがり顔は最低3割増しなのだと知った。


 こんな表情が自分に向けられでもしたら、ウッカリ好きになりかねない、とすら思った。

 というか、知ってるヤツの裸って、妙にリアルで、凄い興奮する。

 このところ、3日連続で女子の1位を取っている仲田は、毎回このマーカスという男を指名している。何でも一番人気らしい。

 仲田なんて絶対こんなご褒美を拒絶するタイプだと思っていたのに、何ヶ月も経つ間に、少しずつ開発されちゃったんだろうなあ。どうせみんなやってるし。


 藤木と小松は、大好きな彼氏彼女とのエッチよりも、ご褒美業務慣れしている大人の手練手管にすっかりはまってしまったらしく、お互いに割り切っているらしい。

 ちなみに今日の男子1位は藤木で、オネーサマに、お互いの頭の位置が逆になる体勢で跨いでいただき、藤木自身のみを取り出した状態で、ギリギリのところまで、唇を寄せて息を吹きかけて貰いながら、リップ音をくり返し出していただいておりましたことを、ここにご報告申し上げさせていただきますと共に、感想の代わりとさせていただきたいと存じます。


「いや〜、いい国ですなあ。」

「ほんと、素晴らしいですなあ。」

 俺と恭司はご褒美部屋を堪能した後、男女のご褒美部屋の中間の廊下の壁にしゃがみ込み、隠密と消音行動を使ったまま、互いに感想を言い合っていた。

 そこにマーカスと、別の騎士団が通りかかる。

「よう、エステバン。」

「や、やあ……。ご褒美帰りかい?マーカス。」

「そうさ。お前もやればいいのに。」

「いや、俺は、そういうのは、ちょっと……。」

「この国の為だぜ?

 お前を指名したいって女も多いのに、もっと協力しろよ。」


 ちなみにこのマーカスというのがオラオラセクシー系で、エステバンというのが爽やかスポーツマンタイプだ。明らかにそういうのが苦手そうに見えるエステバンは、困ったような表情を浮かべていた。

「お、俺は、他の事で頑張らせて貰うよ。」

「──ま、気が向いたらいつでも言いな。」

 マーカスがエステバンの肩をポンと叩いて去って行く。

 それと入れ替わるように、

「──また来たぜ、ズレ子ちゃん。」

 俺と恭司がズレ子とあだ名を付けた女の子が、エステバンに近寄って行く。


「エ、エステバン。」

「リスリー。」

「この間あなたが言ってたロベルバの試合見たわ、凄く面白いのね。

 なんて言ったかしら、あの決め技がとてもカッコよくて……、」

「──リスリー、ごめん、まだ仕事中だから。」

「あ、そ、そうよね、ごめんなさい、私ったら一方的に、」

「じゃ、ごめんね。」

 エステバンはリスリーの言葉に食い気味に、手を振って笑顔で去って行った。 

 それを寂しそうに見送るリスリー。


「──やあ〜っぱ、ズレてんだよな、あの子。

 男の興味あること中途半端に調べて話すより、なんにも知らなくても、楽しそうに聞いてくれるだけの方が、まだマシなんだけどな。」

「それな。詳しいなら話もしてえけどよ。」

 こんな調子で連日ズレたアプローチを繰り返しては、相手にされず、すぐに話を切り上げられてしまう。だから、ズレ子ちゃん。

 これだけ構って欲しいのがバレバレなのに、男の側から話しかけない時点で、気がないことが確定しているのだ。


「手料理作ってみたり、興味あること調べたり、遠回りなことしてないで、見た目イジれば早いのによ。」

「入口に立ってからの話だよな、それは。」

 大抵の男というものは、最初の3秒で、女を3つに分類する。

 セックスだけしたい女。

 セックスだけはしたくない女。

 付き合ってみたい女。

 その3つだ。

 最初に付き合ってみたいに分類されなかった場合、劇的に見た目を変えるとかでもしない限りは、何をしても男の態度は変わらない。


 スタートの時点でゴールに“付き合う”が存在しない入口に立たされているのに、どれだけ頑張って進んだところで、行きたい目的地に着くことはない。

 “その内好きになる”

 これは男の中に殆ど存在しない言葉だと思っておいた方がいい。

 恋はただの性欲だ。

 俺らの爺ちゃんくらいの年齢になれば、そういうこともあるらしいが、俺らの年代で、性格の良さや料理の上手さに欲情する男はいない。


 手料理上手のアピールなんて、酒が飲みたい時に、ちっちゃいツマミがオマケについてたら、そっちを手に取るようなモンだ。

 だが例えばその酒がワインだった場合、ワインが嫌いな人なら、ツマミのオマケがなくても、ハイボールやビールなど、好きな酒を手に取ることだろう。

 商品そのものに魅力を感じなれけばそもそも手に取らない。

 あっ、飲んでませんよ、未成年なんで。


「素材は悪くねえのにな。」

「ほんと、それな。」

 ズレ子ちゃんはとにかく服のセンスが無いのか、男か可愛いと思う服を着ない。

 オマケに化粧も髪型もダサい。

 だが、俺と恭司のちんピクセンサーが反応する程の、隠れ巨乳でスタイル抜群。

 ちゃんと磨けば光るのに、違う方向にばかり努力をしている。だから、ズレ子ちゃんなのだった。


「この世界に電車があったら、真っ先にオッサンに痴漢されるタイプだよな。」

 実際、彼女の擦れてなさと、実はエロい体と綺麗な肌、派手さはないが可愛い顔に、オッサンたちが吸い寄せられて、セクハラを受けまくっていた。

 だがしかし、意中の彼を含む、若い男からは、まったく相手にされていない。

「モテる男相手にあれはないよな。」

 と、日々、報われない彼女について語り、それから江野沢の部屋に行くのが最近の日課となっていた。


 ──まあ、どっちにしろ、江野沢の部屋に行けば、また彼女に会うことになるのだが。

 俺が江野沢の部屋に入ると、ズレ子ちゃんが先にいて、江野沢に問診をして薬を置いて行く。

 ズレ子ちゃんは、この城の専属薬師なのである。薬師ということで、俺は最初彼女を観察し、エステバンに袖にされる彼女を見て、ああ、この子は犯人じゃないわ、と早々に判断したのだった。


 ズレ子ちゃんがいなくなり、俺は隠密と消音行動をといた。

「──いらっしゃい。」

 再会した時よりも、ずっと笑ってくれるようになった江野沢が俺を見つめる。

「今日は何の話を聞かせてくれるの?」

「うーん、そうだなあ。

 あっ、江野沢と同じクラスの信楽の話って

 したっけ?」

「聞いたことないかも?」

「信楽ってのがさあ……。」

 江野沢はまだ何も思い出さない。

 けど、こうして笑って俺の話を聞いてくれる。

 それだけで、今はいいと思えた。

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