第53話 江野沢との再会

 俺は出来るだけキョロキョロしないように室内を見回した。

 だが、どこにも江野沢の姿は見当たらない。

 中央に王様らしき人と、その後ろに2人の従者。それだけだ。

 エンリツィオは王様と握手を交わす。

「──どうぞ、おかけ下さい。」

 王様に促され、エンリツィオが王様と向かい合った豪華なソファに腰掛ける。

「今日は娘も同席させていただく予定だったのだが、体調を崩しましてな。

 しばらくの間、ふせっていた期間が長かったからなのか、気候の変化ですぐに、こうして倒れてしまうのです。

 大事な席だと言うのに大変申し訳ない。」


 俺はホッとしたような、ガッカリしたような、複雑な気持ちだった。

 ここまで来たのに江野沢に会うことが出来ない。今日を逃すと会うことが出来ないというのに。

 それはアシルさんも気にしてくれているようで、チラリと目線だけで俺の方を見る。

 多分エンリツィオも同じ気持ちなのだろう。どこか王様との会話も上の空だ。

 ──いや、あれは単に、王様の話がつまらないというだけか。

 俺を心配して、こっそり隠密と消音行動でついて来てくれている恭司も、多分どこかで俺のことをチラ見しているのだろう。


「いかがです?

 我が国の最高の酒を用意致しました。

 ぜひあなたに召し上がっていただきたいのですが。」

「それは有り難い。

 頂戴します。」

 しかし相手が王族なのだから、当たり前のことではあるが、敬語使ってるエンリツィオは、俺からするとなんか慣れねえな。

「ここから先は無礼講といきましょう。

 うちのにも下がらせます。

 あなたとは、色々と話してみたいことがあるのです。

 ──いかがですか?」


 何かしらの政治的な話だろうか。俺とアシルさんは無言で小さく頷きあい、エンリツィオの言葉を待った。

「いいでしょう。

 では、──無礼講ということで。」

 アプリティオの従者が、酒の瓶とグラスを運んで来る。

 エンリツィオと王様の間のテーブルにそれが置かれ、運んで来た従者と共に、先にアプリティオ側の従者2人が外に出る。

 肘を曲げた状態で右手を上げたエンリツィオの合図で、俺とアシルさんが外に出て、閉められた扉の前に、後ろ手に手を組んで立ちながら待った。


 すると、しばらくして、中からドッスン、バッタンと大きな音がしだし、俺とアシルさんは顔を見合わせる。

 ──なんだ?

 すると、中から急にエンリツィオが扉を開け、怒ったような表情で、

「──オイ、帰んぞ。」

 と言った。

 閉まりかけた扉から、ちらりと中を覗くと、ソファの上にのびている様子の国王の姿が見えた。

 エンリツィオの様子は明らかに尋常ではなく、頬が紅潮しているのは酒のせいだとしても、服は乱れ、あとなんか、……いつもより、妙に色っぽい。というか、エロい。


 帰りの馬車の中で浅く息を繰り返しながら、目を閉じている。こんな姿を見るのは初めてだ。

 先程まで普通に会談していたというのに、何があったというのか?

 ホテルの自分の部屋につくなり、ジャケットを脱ぎ捨ててベッドの上に放り投げ、ドサッと乱暴にベッドに座る。

「クッソ。──あのジジイ、この俺に媚薬盛りやがった。

 バカみてえに量ぶち込みやがって。

 俺じゃなきゃ一口で飛んでんぞ。

 あー、服がうっとうしい。」

 カフスを外し、ネクタイを外して、苦しそうにシャツのボタンを外していく。

 隠密をとくと、恭司が心配そうにエンリツィオの周囲をぐるぐると羽ばたきながら回っていた。


「ええ!?

 あのオッサン、男にも興味あったのか?

 愛人50人もいんのに、どんだけだよ。」

 いくら同性愛も認められている、フリーセックスの国だからって。

 しかしモテる男は大変だな。あんなオッサンにまで、媚薬盛られてまで狙われるとか。

「──やられたね。

 国賓として招かれた他国の王族に、まさか、合意なしの行為は即死刑の国の王が、媚薬を盛るなんて。」

「……俺がその気になりゃあ、結果として合意ってことになるからな。

 魔法の使用痕跡は辿れても、体内やグラスから、薬の痕跡を調べられるような、科学捜査が逆に出来ねえ世界だ。

 黒寄りのグレーゾーンだが、証拠が出せなきゃ、言い逃れ出来なくはねえよ。

 相手が、この俺でなけりゃ、だがな。

 ──オイ、水くれ。」


 エンリツィオの部下が部屋に備え付けの水差しから、コップに水を注いでエンリツィオに手渡す。

 エンリツィオはそれを一気に飲み干すと、コップを目の前のテーブルに、ダン!と叩き付け、そのまま手で持ったまま、頭を下に下げ、再び浅い呼吸を繰り返す。

「同性の恋人を失ったばかりって情報が、思ったより一般人にも広まってるみたいだね?

 弱ってるところに媚薬を盛れば、イケると思われたんだろうね。

 ──エンリツィオ一家が、なめられたもんだよ。」

 アシルさん、その目つき、ちょっと怖いです。

「ガジルと、この国の薬師のスキル持ちを、早急に護衛と共に王宮に送り込んで。

 証拠を隠される前に、押さえるよ。

 あと、エンリツィオの状態を確認させる、この国の鑑定師。役人も連れて来て。

 僕は媚薬の入手ルートを追う。」

 はい、とエンリツィオの部下たちの内の何人かが返事をして、エンリツィオの護衛を残し、部屋から出て行った。


「ていうか、あの中で魔法でもぶっ放したのか?

 スゲー音がしてたけど。」

「──あん?

 俺の握力は227だぞ?

 魔法なんかなくたって、あんなジジイごときに負けっかよ。

 握り潰してぶん投げてやっただけだ。」

 わあ、ゴリラの半分近くある。

 俺だって78で、一般男性の平均からしたらある方なのに。

「金玉を?」

「──誰があんな、きたねえジジイの金玉握るか。

 肩だよ、肩。」

 ちなみに俺は握力はあるが、腕力はないので腕相撲は弱い。昔リンゴを握りつぶせたらカッコイイと思って、鍛えた結果だ。

 あと、潰せるけど、意外とコツがいることも分かった。


「誰か、呼びますか?」

 エンリツィオの部下が声をかける。

 この場合医者ではなく、エンリツィオの相手をする人間、という意味だろう。女と言わないのは、この間まで恋人が男だったから、どちらの可能性も踏まえてなのだろう。

 そうか、媚薬って、そういう事だもんな……。エッチで出し切るまで、おさまらないと聞いた事がある。

「──アニキ、俺のを使って下さい!」

 突然、恭司がテーブルに飛び乗ると、エンリツィオの顔の前に尻を向ける。あまりの出来事に、エンリツィオが目を剥いている。

「アニキの為なら、俺はこの身を捧げてでもお〜〜!」

 どうやら翼で尻の穴を広げて見せているつもりらしい。


 エンリツィオが恭司の体を、両手で丸ごとムンズと掴んで、力を入れて握りながら凄む。

「──その小せえケツの穴に何しろってんだ。

 串刺して焼き鳥にでもしろってか?」

「ア……アニキ……苦しい……。」

「オイそこ!笑ってんじゃねえよ!」

 恭司をそこまで心酔させるのも凄いが、この状況は笑うしかない。

 俺とアシルさんは笑いをこらえながら肩を震わせる。

「──テメエのことぐれえ、テメエで処理出来るわ。ほっとけ。

 今からこの部屋に、誰も入ってくんじゃねえぞ。」

 眉間にシワを寄せながら、どんどん息が荒くなり、艶っぽくなっていくエンリツィオが言う。


 こんな、愛人が17人もいたような、モテまくりの男でも、自分でしたりするんだなあ、という、極々当たり前の事に、俺は妙に関心してしまった。

 というか、女を抱く気分じゃないのかも知れない。

 エンリツィオは、未だに死んだ恋人に心を囚われている。

 俺だって、目の前に与えられるエロは享受するが、例えば江野沢と恋人同士だったとして、相手を亡くしたばかりで、他の女の子を抱けるかと言われたら、それはちょっと無理な気がする。

 俺たちは、そっとエンリツィオの部屋をあとにした。


 バタバタと証拠保全に追われるアシルさんと別れて、俺たちに出来ることはないので、ホテルの自分たちの部屋へと戻った。

「……どうすんだ?江野沢のこと。

 正規のルートじゃ、もう会えねえんだろ?」

 恭司は先程のテンションなど、すっかりなかったかのように聞いて来る。

「──城に、侵入しようかと、思ってる。

 ふせってるってことは、部屋に行きゃ会えるってことだ。

 2人きりのが、話もしやすいかも知んねえ。」

 王宮に行った時、警備が前に立っている部屋を見つけてあった。おそらくそこが、江野沢の部屋である可能性が高い。


「そうかも知んねえな。

 じゃあ、俺はここで待ってんぜ。

 ──頑張って来いよ。」

 俺と恭司は、拳を突き出して、グッと合わせた。

 ──俺は暗闇の中、隠密と消音行動を使い、外から城へと侵入していた。

 普通に扉から入るんじゃ、どうしたって扉を開けるのに気付かれてしまうし、恭司に頼んで眠らせたり痺れさせたりしても、長い間持つわけでもなければ、魔法が解けたときに異常に気付かれてしまう。

 江野沢が騒がない限りは、これが最も安全で確実だった。


 江野沢の部屋と思わしきバルコニーにのぼり、窓の前に降り立つ。薄いレースのカーテンが引かれて、外から中はうかがい知れない。

 俺は窓の鍵を確認する。留め具が引っ掛けてあるだけの、簡単な作り。俺は風魔法を細く練って、窓の隙間に差し込むように入れる。

 それをそのまま上に、留め具を持ち上げるように上げる。細いので威力がないせいで、こんな程度の重さの留め具でも、何度も途中まで持ち上がっては下に落ちる。

 一度に持ち上げようとせず、弾くように何度も上に上げるうち、反対側に重さで回って、カチャリと鍵があいた。


 カーテンが風にはためく。窓から中に入ると、天蓋つきのベッドに、江野沢が横になっていた。

 俺の心臓が素早く鼓動を打ち出し、息苦しくなる。ああ、生きている。江野沢が、──生きている。

 夜の冷たい風が頬を撫でるのに気付いた江野沢が、ふと目をあけて上半身を起こした。

 月明かりが差し込んで、その姿がはっきりと見えた。


「……誰かいるの?」

 姿の見えない俺に問いかける。

 俺は、隠密をといた。

「江野沢……。」

 呼びかける俺に、江野沢は不思議そうに、何かを思い出そうとするかのように、少し首を傾げながら、俺をじっと見つめる。

「国峰……。

 匡宏?」

 目の前の江野沢は、確かに俺の名を呼んだ。

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