第52話 アプリティオ観光

「──ハア!?

 城に行かねえだあ!?

 お前王女に会いてえんじゃなかったのか?

 ここまで来ておいて何言ってやがんだ。」

 エンリツィオが呆れたように俺に怒鳴る。当然だ。わざわざ挨拶回りの順番を、アプリティオを優先させ、船にまで乗せてくれたのだ。──全部、全部、俺の為。それは分かってる。けど。

「まあまあ、何か理由があるんでしょ?

 頭ごなしに怒鳴ったところで、解決しないよ?」

 アシルさんが優しく間に入ろうとしてくれる。


 アプリティオは豪華なホテルのある国だった。ホテルの俺と恭司の部屋まで、エンリツィオとアシルさんが、昼飯に行こうぜと呼びに来た途端、俺がこの後の王宮訪問同行を拒絶した為、全員部屋を出れずに俺たちの部屋の中にいた。

「──行かねえったって、会える機会は一度だけだぞ?

 やっぱ行きてえってなったって、ハイそうですかと会える相手じゃねえんだ。

 それは分かってんだろ?」

 エンリツィオが前髪をかきあげながら頭を押さえる。

 それは分かる。分かってる。けど、怖い。男として性的敗北を喰らいそうな予感が、俺の足をすくませた。


「……王女の夫選びの話か……。」

 エンリツィオは大きくため息をつくと、

「お前、ちょっと来い。

 後にしようと思ってたが、先に観光に連れてってやる。

 まだ城に行くまで時間があるんだ。

 外に出りゃ、気分も変わるだろ。」

 アシルさんがクスリと笑い、

「そうだね。

 せっかくだし、先に観光しようか。

 僕も久々だし、普段は仕事以外で街中を回るなんて、あんまりないからね。」

 2人して気を使ってくれる。恭司も、行こうぜ、と、ベッドにしゃがんでいる俺の腰に羽を当てた。


 外でヤってる奴らを気にしなければ、アプリティオはとてもきれいな国だった。というか、それだけが景観を損ねている。

 アシルさんに馬車を使う?と聞かれたが、俺たちは馬車を使わずに、その辺をぶらぶら歩く事にした。

 屋台で買い食いをしたり、ヌーディストビーチで、後ろで見守るエンリツィオとアシルさんを残し、恭司と2人で間近で女の子たちの裸を眺めたりもした。

 当然というか、2人とも、隠密と消音行動つき。


 男とは、2つのタイプに分かれるものだ。

 ──おっパブで、知り合いの前でオッパイを舐められる男と、舐められない男だ。

 俺は恭司の前で以外は絶対に無理なので、どちらかというと後者に属する。

 オッパイは見たいし舐めたいが、それをしているところを人に見られたくはない。そんな複雑なオトコゴコロ。

 思春期だからというのもあると思うが、多分これは一生変わらない気もする。


 皆川の時はオシオキだという意識と、相手に対する怒りがあったからこそ出来た事で、普段の俺なら絶対にあんな場所で、スカートの中を直接覗いたりなんてしない。

 恭司は人に何を見られても、まったく気にしないタイプだが、初めて隠密を使って、2人で覗きをするように裸を見ることに、むしろテンションが上がっているようだった。


「──マンゾクしたのか?」

 隠密をといて2人の前に現れた俺の鼻息の荒さに、エンリツィオがニヤニヤと笑いながら聞いてくる。

 裸なんて見慣れたもんのお前と違って、こっちは初めて間近で、女の子の裸というものを明るいところで見たのだ。

 テンションだっておかしくなるわ。

 お前だって初めての時は、緊張したりテンション上がったろうがよ。

 ──と思ったが、なんかコイツは、最初っから落ち着き払っていたんじゃないかという気もする。


 死んだ恋人の話をされる時以外で、女関連でコイツが動揺しているのを見たことがない。

 歓迎式典で誘いをかけられた時の、あしらい方も堂に入ったもんで、明らかに普段から誘いを受け慣れてるって感じだったしな。

 初めての相手も、教師とか、人妻とか、ヤバめの関係の、慣れた年上のオネーサマの方から、誘われてヤってそうだ。

 決して同級生との爽やかな初恋の果てに、なんて青春をおくってきた奴の雰囲気じゃない。


「──そういや、これ、なんの花だ?

 よく見かけるな。」

 俺は沿道に生えた木に咲いた、白い花を指さして言う。

「ああ、これはね、スピリアって言って、この国の国花だよ。ホテルの部屋の中にも飾ってあったでしょ?

 エンリツィオの部屋なんて、山盛りで飾ってあったからね。

 別に珍しい花じゃないから、ニナンガでもナルガラでも、普通に見かけると思うよ?」

 と、アシルさんが教えてくれる。

「──この花はちょっと特殊な性質を持っててな。それでこの国じゃ、国花にまでなってんだ。」

 花を軽く見つめて撫でながら、エンリツィオが言う。


「へえ〜。

 どんな性質なんだ?」

「この花を持ちながら、相手のことを思い浮かべると、気持ちに応じて色が変わるんだよ。

 取っても大丈夫だから、2人とも花を持ってごらん?」

 そう言われて、俺と恭司は花を手折る。

「お互いを見つめて、相手のことを考えてごらん?

 別に見つめなくても出来るけど、見たほうが早いかな。」

 アシルさんが小首を傾げながら言った。

 俺と恭司は、花を持ったまま、お互いを見つめる。するとお互いの持つ花の色が、次の瞬間、真っ青へと変わる。恭司の方が気持ち濃いかも知れない。


「うん、ちゃんと変わったね。

 ちなみに、青は親友。相手を大切な友達だと思ってる証拠だよ?

 黄色は家族。

 黒は嫌いな相手。

 ──赤は、愛してるってこと。

 だから、気持ちを伝えるのに使われる、愛の花なんだ。

 直接触れなくても、あまりに強い感情の人が近くにいると、それだけでも色が変わることもあるんだよ?

 スピリアの木が後ろにある状態で、一斉に真っ赤に変わる瞬間を見たことがあるんだけど、あれは相手にされたら、ちょっと心が動くよね。」

 なるほど、愛と自由の国らしい国花ってことか。


「ちなみに、なんとも思ってない相手には、色は変わらないぜ?」

 そう言いながら、エンリツィオは花を手折ると、俺を見つめ、

「──ホラな?」

 と、ニヤリと笑った。

「そこまで強い思いじゃない場合は、でしょ?

 もー、意地悪だなあ。

 あ、ねえ、あそこ、3人で行った場所じゃない?懐かしいね!」

 アシルさんが、道が別れて上り坂になった先の、斜め上の場所にあるレストランを指さして言う。


「ああ、そういやそうだな?

 ……懐かしいな。」

 エンリツィオが目を細めて優しい顔になる。

 ──瞬間、エンリツィオが手に持っていたスピリアが真っ赤に染まる。

「……顔がウルセエんだよ、テメエは。」

 花を投げ捨てながら、恥ずかしいのを、無理やり表情を歪めて、誤魔化そうとするエンリツィオを、アシルさんが、何を思い浮かべたの?と言いたげに、ニヤニヤしながら、首を傾げて見ている。

 アシルさん、貴方も立派に意地悪です。


「てゆうかお前、俺の方が、ちょっと色濃くねえか?」

「──そ、そうか?」

 思っていたことを恭司に指摘され、俺はギクリとする。

「なんだよ、俺の方が好きってことじゃねーか。

 なんで一緒じゃねえんだコノヤロ。」

 恭司が器用に羽ばたきながら、ボクシングのパンチのように、羽を丸めて突き出しては、少し高度が下がり、また羽ばたいてはパンチしてくる。

 俺はスピリアの花を右手に持ったまま、ミット打ちのように、左手でそれを受け止めながら、

「気のせい!気のせいだって!」

 と嬉し過ぎて笑った。俺は気付いていなかったが、いつの間にか、花の濃さが、恭司とまったく同じになっていた。


「そういえば、王宮に行ったら、マリィに会うかも知れないよね?

 なんか、手を打っとかないと、まずくない?」

「──ああ、アイツ、そういや王宮勤めか。確かに面倒クセェっちゃ、面倒クセェが。」

「マリィさん?誰なんです?」

「エンリツィオが、彼と付き合う前に付き合ってた愛人の1人だよ。

 17人もいたから、1人ずつ会って別れるのが大変だったんだけど、特にあの子は大変だったよね。」

「17人!?」

「多っ!!!」

 俺と恭司が思わず大声を上げる。


「──7つの国全部で17人だぜ?

 別に多かねえだろ。

 この国の国王なんて50人いんだからよ。」

 不服そうにエンリツィオが言う。

 1つの国に2〜3人の計算か。そう考えると少ない気も……って、個人が1人で持つ数としたら、充分多いだろーが。

 エンリツィオの愛人ってことは、みんなすげえキレイなオネーサマたちばかりだったのだろう。

 そんな人たちと全部手を切ってまで求めるとか、ホントにどんな人だったんだろうなあ。唯一コイツに、愛人じゃなく、恋人と呼ばれた人って。


「──彼が亡くなったのは、裏の人間なら誰しもが知ってることだけど、どっから聞いたのか、いの一番にヨリを戻せって、手紙寄越して来た子なんだよね。

 全然諦めてないみたいだし、国王としてアプリティオに来るって知ってて、大人しくてるとは、到底思えないんだよなあ。」

 アシルさんが天を仰ぎながらため息をつく。

 まあ、どれだけ好きでも、未だにスピリアの花が真っ赤に染まるくらい、恋人を想ってるエンリツィオが、その人に振り向くとは、俺にも到底思えないが、そこまで執着している相手が簡単に諦めるとも、確かに思えなかった。


「俺のことより、お前だよ、お前。

 ──それで?王宮には、行くのか?行かねえのか?」

 エンリツィオが急に話を俺に振ってくる。

「……行く。江野沢に会うよ。

 覚悟決めたぜ。」

 エンリツィオがニヤリと笑う。

「よっしゃ。気が変わらねえうちに行こうぜ。」

「駄目だよ、正装してないんだから。

 一度ホテルに戻らないと。」

 アシルさんが人差し指を立てて、チッチッ、という感じに左右に振る。


 俺たちは一度ホテルに戻ると、エンリツィオは国王の正装を、俺とアシルさんは従者の正装に着替えた。

 王宮からホテルの前へと馬車が迎えに来て、それに乗って王宮へと向かう。

 その後ろから、エンリツィオが用意した馬車で、エンリツィオの部下たちがついてくる。

 ──みんなのおかげで行くと決めたが、タージマハルに似た王宮が近付いて来るにつれ、また、逃げ出したくなるくらい、心臓がバクバクして来た。

 覚悟を決めろ、俺はこの為に、この国に来たんだから。


 王宮の入口の近くに馬車がつき、降りて少し歩くと、巨大な扉を、従者が二人がかりで開けてくれる。

 赤い絨毯の上を、エンリツィオを先頭に歩いて行く。

 階段を上がり、豪華な金の扉の前に案内される。

 アプリティオ側の人に、中に入る従者の方は、2人まででお願い致します、と言われて、俺とアシルさんが顔を見合わせて頷く。

 この向こうに、──江野沢が、いる。

 そして、重たい扉は開かれた。

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