第48話 新国王誕生パレード

エンリツィオは豪華な椅子に肘を付き、不機嫌さを隠そうともせず、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

日頃の外交でも着たことのないような、金がかかった衣装らしい。王冠だけは本人が断固拒否して途中で投げ捨てた。

「ほらほら、もっとちゃんと笑顔笑顔。

手を振り返してあげなくちゃ。」

ニナンガ国を上げての新国王誕生パレードの最中、エンリツィオの隣で、にこやかに左右の沿道を埋め尽くす国民に手を振るアシルさんが言う。

俺はそれを後ろで眺めながら、某有名テーマパークのヴィランみてーだな、と思っていた。


──話は数日前に遡る。

エンリツィオは、さすがにビビったりはしなかったが、俺の連れて来た意外過ぎる客人にあ然としていた。

「こちら、魔族のアンガーさん。

んで、こっちが元クラスメートで、俺と同じくニナンガ王国と元クラスメートに恨みを抱いている、今は魔族の篠原英祐ね。」

「紹介の仕方。」

篠原がくすりと笑う。

「新ニナンガ国王に相応しい人物がいると、タダヒロから聞いて来た。

貴殿がそうか?」

「──ハア!?」

話の見えないエンリツィオが大きな声を上げる。


「──なるほど?

つまり、王宮の奴らを合法的に消す理由と、他国への牽制の為に、新政権を樹立させちまおうって話か。」

「話が早くて助かる。

──あ、どうも。」

アンガーがアシルさんの出したお茶に礼を言う。

「国王が倒れたら、この国は荒れる。

他の国もこの国を狙ってくんだろ?

けど、新しい国王がいれば話は別だ。

それに、アンタが国王になってくれれば、表から裏から動きやすくなる。

例え裏社会のボスであっても、仮にも一国の王に簡単には手出し出来なくなる。

旧ニナンガ王宮を奪った理由も、今回の事がきっかけで、国民からは勝手にいい風に解釈されんだろう。

アンタはこの国を救った英雄になるのさ。

事実はどうであれ、ね。」

俺はエンリツィオの目の奥を探る。


「──僕も悪い話じゃないと思うな。」

全員にお茶を配り終えたアシルさんが、お盆を抱えたまま言う。

「王族を倒す理由が正当化される。

魔族と裏で手が組める。

うちの組織に対する他国への牽制にもなる。

デメリットが見当たらないよ。」

「……確かにな。

俺たちの本当の目的の為には、プラスにしかならねえのは事実だ。

魔族は人間側に勝手に攻め込んで来られた被害者だ。

国王たちを直接やっちまおうってのにも、納得は出来る。

だが、お前たちが本当に信用出来るのか?

俺は組織を預かる身として、ハイそうですかと、何の保証もねえのに、引き受ける訳にはいかねえ。」


篠原が心配そうにアンガーを見る。

「そちらの言い分は最もだ。

ならばこうするのはどうか。」

そう言うと、アンガーは自分の胸に突然腕を突き刺した。

「何を……!!」

驚くエンリツィオの前に、アンガーは手のひらに乗せた心臓らしきものを見せる。

「──これを貴殿に預けよう。

もし俺たちが裏切ったら、これをどうしてくれても構わない。」

「アンガーさん……!!」

それを見た篠原も、自分の胸に腕を突き刺し、心臓を取り出した。

「……僕の心臓も預けます。

僕たちは決して裏切らない。

──この世界の、人の王をすべて滅ぼすまで。」

「篠原……。」

こんな強い目をする奴だったんだな、お前。

虐められてる時も、誰にも助けてくれって言わねえから、俺も特に助けなかったけど、こんな強い意志でだったのかも知れない。


──そして現在に至る。

エンリツィオに、ニナンガの新国王になることは納得させたが、実はパレードのことは、エンリツィオにだけ内緒にしてあったのだ。

発案は当然というか、アシルさんだ。

「──だって絶対嫌がるでしょ?

でも、奴らの見せしめの為にも、国民に承認させる為にも、僕もパレードは必要だと思う。

国民が新しい国王を歓迎してる事実。

これは国内外に見せつける必要があるよ。」

そして、恭司がエンリツィオにパラライザーをかけて痺れさせ──アニキまじ、すんません!とか何度も謝っていた──アシルさんがその隙に着替えをさせ。

無理やりパレードの先頭に座らされたエンリツィオは、痺れが取れた瞬間、ブスくれていると言う訳なのだった。


エンリツィオの後ろの乗り物には、本来の姿とは別の魔族の姿に変身したアンガー、宰相に変身させて貰った篠原、鑑定師に変身させて貰った俺が縛られ、檻に入れられている。

アンガーさんはそのままでもいいと言ったのだが、今後関わるに当たって、本当の姿を知られていると困る場面が出て来る可能性があるとの、アシルさんの発案からだ。

更にその後ろの乗り物には、魔法師団、剣騎士団、竜騎士団、元クラスメートたちが、口枷もプラスされて縛られ、こちらはむき出しだ。

最後尾には、檻に入れられた国王の生首。これは鑑定師の死体を流用してアンガーが変身させた。


皆口々に、新国王バンザイとか、裏切り者め!とか、思い思いに叫んでいる。

特にエンリツィオに対する、若い女性の黄色い声援が凄い。

まあ、男の俺から見ても色気のある、176の俺がデカいと感じる身長、かつ服の上からでも分かる筋肉ムキムキの、切れ長の目をした若い男が新国王なのだ。

メタボリック、アブラギッシュ、ハゲデッシュの前国王と比べたら、それだけでも大歓迎だろう。

エンリツィオたちが乗っている乗り物と、俺たちの乗り物は魔法でガードされているが、それより後ろは何もしていないので、石や生卵などを投げつけられていた。


「ああ〜、振り返って直接見てえ〜。」

そう言う俺に、篠原が嘲笑う。

俺たちも口枷が付けられているように偽装させられているが、実際には自由に会話出来るので、喋りながら時間を潰していた。

恭司も檻の枠の影に隠れてついて来てくれている。

「あの……さ、国峰君と、松岡君て、どんな風に友達になったの?」

改めて聞かれると、きっかけが思い出せず、俺たちは首をひねる。

「えー?何だっけな?

飛ばねえタイガーマスクはタイガーマスクと認めねえ、だっけか?」

「お前がマンホールの蓋で、俺が駅の階段に生まれ変わりてえ、じゃなかったっけか?」

「──まあ、よくわかんねえけど、気付いたら一緒にいたよな。」

「ああ。」

「そ、そうなんだ……。」

 ちなみに、何でマンホールの蓋と駅の階段かって?

 ──男なら、上を向いて生きろってことさ。

 まあ、可愛いと評判の女子高生ばかりが通うことで有名な女子高の、門の前にある側溝の蓋でもいいんだけどな。


「つか、何でそんなこと知りてんだ?」

恭司が不思議そうに尋ねる。

「ぼ、僕……友達が出来ないから、みんなはどうやってるのかなって……。」

「んー。

てかさ、俺も別にクラスの奴らと、あんま喋んねーじゃん?」

「……そうだね?」

俺の言葉に篠原が不思議そうな顔をする。

「恭司以外とそんな話合うとも思わねえし、無理にダチ作ろうと思ってねんだよな。

あんま初っ端からあれこれ聞かないと、仲良くなれない奴が嫌いって言うか。」


「分かるわー。こないだうちの母親がキレてたんだけどよ、共通の知り合いについてうちの親に聞いて来た相手がさ、うちの母親が、その人の仕事内容とか、どこに勤めてるとか、年収とか、年齢とか、家族構成を全く聞かずに仲良くしてたら、普通最初に聞くでしょう!?って逆ギレされたらしくてよ。

気持ち悪いから二度と関わりたくないって散々グチってたわ。

俺もキメエと思ったマジで。」


「それな。

そいつがどういう奴か分かってりゃ充分じゃん。

俺も親父がさ、同じビルに入ってるライバル会社の人間と知らねえで、よく顔合わせる人と、ビルの喫煙所で親しく喋ってたら、上司にわざわざ呼び出されて、普通は仲良くしないもんだって注意まで受けたってよ。

機密情報漏らしてるとかならともかく、喫煙所の雑談くらいよくね?

親父マジ凹んでたけど、俺は上司がキメエと思った。」


「……ホント仲いいんだね。

僕、どうやったらそんな相手見つかるんだろ……。」

「──てか、俺らとは普通に話してんじゃん?」

「だな。」

「大勢いると、俺もこんな風に喋れねえし、マンツーで話し合う奴探すとっからじゃねえの?

お前いっつも、無理に大勢の中にいて笑ってんじゃん。

ああいうとこで喋れる奴って、話題の中心になれる奴だけだろ?

興味のある話題が似てる奴とか、まずは探せよ。

なんか趣味とかねえの?」


「……僕、実はダンスやってるんだ。」

「へー、どんなんやってんだ?」

「誰にも言ったことないんだけど……、スタンスって名前で動画も上げてて、」

「スタンス!?」

篠原の言葉の途中で恭司が食いつく。

「何だよ、知ってんのか?」

「知ってるも何も、毎回灰色のパーカーにサングラス姿で、ダンスバトル大会で優勝かっさらってく、大会荒らしだよ。

俺チャンネル登録してんぜ!?」

「あ、うん、それ、僕……。」

オイオイ、意外過ぎんだろ。


「大会に出てる奴らと喋ったりしねーのか?」

「うん……。なんかいっつも女の子たちに囲まれてるし、怖いなって……。」

「……女に目もくれずクール、それが奴のスタンス、とか言われてた奴の、理由がそれか……。」

恭司が呆然としている。

「ストリートダンス系なら、町中でバトルとかダンス合わせて仲良くなったり、そういうの、すりゃいいじゃん。」

「無理だよ……。大会出るのだって結構勇気いるし……。」

まあ、コイツの性格じゃ無理か。


「学生時代に友だち作らないと、大人になってからじゃ、本物の友だちは出来ないぞって、よく父さんにも言われるし、頑張ろうとは思ってるんだけど……。」

「なんで?」

「──え?」

「うちの爺ちゃんが言ってたんだけどさ。

爺ちゃんち、すっげー貧乏で、マトモに学校も通えなくて、すげー虐められて、学生時代に友だちなんて、一人もいなかったんだってさ。

けど、大人になって、社会に出て、仕事で認められたり、──爺ちゃん将棋が強くて、会社の大会でいっつも4位から8位くらいには入ってたんだけど。

そういうので友だちが出来て、定年になってからも、同じ会社だった人と、家までお互いの近くに立てて、毎日将棋うってんぜ?

──学校なんてさ、知り合う機会が多いってだけじゃん。

俺はどこで恭司と知り合おうが、ダチんなる自信があるし、学生時代の友だちだけが本物ってのは、ちげーと思う。」

恭司がウンウンと頷く。

「そっか……。

──無理しなくても、いいのかな……。」

篠原は、ほんの少しだけ、緩んだように小さく笑顔を浮かべた。

パレードの間中、俺たちはずっと、篠原と盛り上がっていた。

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