第47話 魔族の真意

「──お前はコイツらに、まだ用事はあるのか?」

 宰相にアンガーと呼ばれていた青い魔族が俺に聞いて来る。

「いや?欲しいスキルは全部奪えたし、これから先、放っておいても、生きたまま苦しむだろうから、何もしない方が面白えと思ってたけど。

 あ、──いや、まだ1人いたわ。

 竜騎士団長。」

 竜騎士団長が俺に指名されてギクリとする。

「あんた、バフスキル持ちだったよな。

 それ、貰うぜ。」

 竜騎士団長が青ざめる。


「──ソイツか。」

 アンガーが何かを握るような仕草をすると、突然竜騎士団長の体が、苦しみながら宙に浮き、俺の目の前へと差し出される。

「やれ。

 俺たちはスキルとやらはいらん。」

「サンキュー。」

 俺は竜騎士団長に振れる。

 奪う、奪う、奪う。光が3回点滅する。

「終わったよ。」

 竜騎士団長が元いた場所に戻され、アンガーが手を緩めると、竜騎士団長がドサッと地面に落とされた。


 何故コイツらは普通に会話をしているのか?仲間なのか?

 得体の知れない恐怖が騎士団や元クラスメートたちを包み、誰も身動き1つしない。

「俺たちの望みは、コイツらを引き渡して欲しいということだが、問題なさそうだな?」

「ぜーんぜん?

 寧ろ魔族に捕まって何されんのかなって、期待しかねえわ。」

 ニヤニヤする俺と反比例するかのように、彼らの顔色は青ざめてゆく。


「──お前は話が通じそうだ。

 コイツらをいったん地下牢に閉じ込めたら、少しお前と話がしたい。

 構わんか。」

「いーよ?」

「了解した。しばし待て。」

 そう言うと、アンガーは何やら呪文を唱え始める。

 元クラスメートたちの頭上に、光が線を描き、それが形を成した時、瞬間城の床に、彼らの体を素通りしてビタッと張り付く。

 ──強制転送魔法陣……!!

 元クラスメートと騎士団の面々は、テイマーがテイムしていた魔物を残し、悲鳴を上げながら、床に吸い込まれて消えていった。


「これってそうやって作るんだ。」

 関心する俺に、

「見たことがあるのか?」

 とアンガーが聞く。

「1回ダンジョンでちょっとね。」

「ダンジョンということは罠に引っかかったな?」

「皆まで言わないでよ。」

 俺は笑いながら答える。

「茶でも用意させよう。

 好き嫌いはあるか?」

「んー、特には。」

「オイ。」

「はい。」

 アンガーに声をかけられた宰相が、

「準備するんで先に食堂に行ってて下さい。」

 と出て行った。


「うわ、俺、食堂の場所わっかんねえー。

 ここにいた時、食堂で飯なんか食ったことねえもん。」

「そうなのか。

 俺たちがここに来た時には、既にお前はいなかったが、随分な扱いを受けてたんだな。

 食堂というより、晩餐会用の広間だ。

 ついて来るがいい。」

「あーい。」

 あ、そうだ。


「ちょっと待っててくんない?」

「なんだ?」

 俺は王の謁見の間で倒れている鑑定師に気付くと、駆け寄って状態を見る。

 すでに事切れているようだ。

 手を合わせてから、鑑定師の体に触れる。テイマーのスキルを奪った相手のように、まだ体に温もりはあったが、あの時と違うのは、ほんの小さくですら心臓の鼓動も呼吸すらも感じないということだ。

 試しに奪ってみるが、光は反応しない。

 死体からは奪えないのか。

 もったいなかったな。


「ソイツのスキルも欲しかったのか?」

「うん。でも死体からじゃ無理みてえ。」

「それは済まないことをした。」

「いーよ、他にもいるし。

 また探すから。」

 申し訳無さそうにしているアンガーに、俺は笑いながら手を小さく横に振った。

 俺はアンガーに続いて晩餐会用の広間に向かう。どこかに隠れていたらしい恭司が姿を現し、

「お前、あれ魔族ってヤツだろ!?

 大丈夫なのかよ?」

 と焦るように小声で聞いて来た。

「ヘーキヘーキ、お前も来いよ。」

「……いざとなったら隠れるからな。」

 恭司はまだブルッているようだった。


 俺と恭司、アンガーと宰相は、晩餐会用の細長いテーブルに向かい合って腰掛けながら、宰相の出した茶を一口飲んだ。

「あ、うっめえ、いーやつ使ってんな、さすが王宮。」

「それは良かった。

 ……それにしても、お前は俺を恐れないんだな。」

「──なんで?意思の疎通は図れるし、見た目がちょっと違うだけだろ?

 こっちから魔族の領地に攻め込んでおいて、聖戦だのなんだのさあ。

 魔族ってどっちかっつーと被害者なんじゃねえの?って、俺思ってっし。

 挙げ句無関係な俺らを、召喚の為に殺してまで呼び出して、幾らでも補充のきく便利な兵士にする為に巻き込んだ。

 俺にとっちゃアイツらの考え方の方が、よっぽどおっかねえし気持ち悪りいわ。」

 アンガーは、フッ、と笑ったように見えた。

「……俺は人間の嘘が分かる。

 お前の言葉はすべて本当だ。

 お前を信用して相談したいことがある。」


「つかさ、その前に、そっちの宰相も変身解いたら?

 俺が追い出された時にいたのと別人だろ?」

「わかるのか。」

「あん時の奴は気持ち悪くて胸糞悪かったけど、この人、ぜってー優しいじゃん。

 生理的に無理、って感じた人間、人生で初だぜ?

 同じな筈ねえよ。」

 それを聞いた宰相が、ふっと優しく微笑む。

「そうだね、アンガーさん、解いてください。」

「わかった。」

 そう言うと、宰相の体がグネグネと歪む白いモヤへと変わり、それが再び形を取った時、そこに座っていたのは、王宮に呼び出されたあの日、爆発飛散した筈の篠原英祐しのはらえいすけだった。


「──篠原……!

 お前よく無事だったな!」

「自爆と転送を同時に使ったら、気付いたら魔族の国にいてね。

 この人たちに救って貰ったんだ。

 転送って、体と魂を別々じゃないと運べないスキルだったみたいで。

 バラバラだったから移動出来たんだよ。

 魂と体が離れちゃうと、普通死ぬから、それで生き物には使えないみたい。

 ──今の僕は、魔族なんだ。」


「うっへえ〜、お前、物凄い目にあってたんだな……。

ラッキーだったな、行き先が魔族の国で。」

そう言う恭司に、篠原が素直に、うん、と微笑む。

「──あ、コイツ、こんなんなってるけど、隣のクラスの松岡恭司な。」

「松岡君!?いつも国峰君と一緒にいた?

……随分可愛くなったね。」

「まあな。よく言われるぜ。」

恭司がドヤる。

「エイスケを助けるには、魔族にするしかなかったんだ。

魔族は魂や心臓の位置を自由に動かせるし、体から離れたところにあっても問題ないからな。」

 そう言うアンガーの言葉に、俺は篠原の体を眺める。

「へー、どっか前と違うのか?」

「うん、体にタトゥーみたいな模様はたくさん出来たけど、あとは一緒だよ。」

「篠原がタトゥーって!似合わねー!」

「言わないでよ〜、僕もそう思ってるんだから。」

 笑う俺に照れる篠原。


「それで、相談って何?」

「──この国の国王の事だ。

 お前も知ってるようだが、人間の国は、俺たちの世界に攻め込んで来ている。

 はじめはあちらから攻めて来ていたものに対し応戦していただけの筈が、長い年月の間に、まるで俺たちが人間の国を侵略しようとしているかのように、話がすり替わっていた。

 侵略を決めているのは各国の王たちだ。だから俺たちは、内側から国を滅ぼそうとここに潜入したんだ。」

「最初をこの国に決めたのは、僕がこの中を知ってたからと、僕は僕で、あいつらに復讐したかったからなんだ。

 この世界の勇者召喚システムの事もみんなに聞いた。

 僕は修学旅行に行かなかったのに、何で巻き込まれたのかは分からないけど、あいつらがいなきゃ、そもそもこの世界に来てないし、僕をまるで戦時中の特攻隊みたいに、最前線に送り込もうなんてことも、されなかった訳だしね。」


「あの発想はヤバかったな。

 俺もあれで、とんでもねえとこに来たなと思って、大人しく従ってた訳だし。」

「魔法スキルがレベル5になったら、魔王の城に出発するって言うから、逆に成長の手助けをしてやったんだ。

 勝てる気満々の彼らを、アンガーさん一人でやっつけたら、絶望するだろ?

 それを、復讐にするつもりだったんだけど、先を越されちゃった。」

 篠原が、へへ、と笑う。

「俺はいつまでもこの国の王のフリをしている訳にもいかないし、そもそも地下牢に閉じ込めてある奴らが一気にいなくなったら、さすがに人の子らがおかしいと騒ぎ出すだろう。

 この国は勇者も兵士も外に出さないから、簡単には気付かれることはないが、1年経っても魔王討伐に出掛けない勇者など、おかしいからな。

 それを理由に一斉に攻めてこられても面倒だ。」


「確かにな。」

「そこでだ。

 新しい王をたてたいと思っている。

 国王を始めとした、この国の勇者たちが、我らに寝返った事にするのだ。

人間たちは皆利己的で、自分たちの国の利益の為に魔族の国を攻めて来ている。

 それが裏で我らと手を組み、ニナンガのみが利権を独占しようとしていたらどうだ?

 他の国の王たちは、当然ニナンガを滅ぼそうとするだろう。

 そこで先手を打って、ニナンガ国王と我らを、ニナンガ国民の手で滅ぼした事にするのだ。

 我らを討伐した者が、新しい国王となる。国民も、他の国の奴らも納得するだろう。

 地下牢の奴らがその後消えても、誰も不思議に思わなくなる。

 真の目的を達成するまで、我らに協力してくれる人間の国が、1つでも欲しいのだ。」

「──パレードがしたいと思ってるんだよね、僕。」

「パレード?」

「あいつらを、国民全員から見える乗り物に乗せてさ、勇者としてじゃなく、裏切り者として、見世物にして国中を回るんだ。」

「何だソレ!?お前サイコー過ぎかよ!」

 俺は手を叩いて笑った。


 勇者として魔王を倒し、国中からチヤホヤされる筈が、裏切り者として国中のさらし者になる。

 こんな面白い見世物はない。

 俺にスキルを奪われ、国中のさらし者になり、更には魔族に連れて行かれて、あちらで何かされるのだろう。

 二重三重に奴らを苦しめる事が出来る。

 そうだ、一度では勿体ない。

 俺はスキルを奪われた奴らを、他の奴らがどう扱うのかを楽しみにするつもりだったが、これならスキルを持っている奴らも全員苦しめられる。


「いいぜ、協力するよ。

 俺は何をすればいい?」

「俺としては、お前にこの国の王になって欲しいと思っている。」

「王様?

 無理無理、柄じゃねーし。

 それにまだ、俺やることがあんだよ。

 ──そういうことなら、ピッタリの奴を紹介すんぜ?」

 アンガーと篠原は、どうする?という表情で互いに顔を見合わせ、それから俺に向き直った。

「分かった、ソイツに一度会わせてくれないか?」

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