第44話 王の森の魔法陣
俺は次の日から、魔法スキル持ちの元クラスメートに、一人ずつ近付く事にした。
今まで何ヶ月も、魔物以外現れない、かつ王宮の管轄の森なのだ。まったく警戒しておらず、周囲を気にせず、無防備に魔物だけに集中している。
俺はまず水魔法使いの新井明音を狙った。
「──あなたは知らないだろうけど、訓練て、ほんとにきついの!」
と叫んでた女の子だ。
ああ、悪かったな、知らなくてよ。
俺だってお前らに養って貰わなきゃ、生活出来ないことになるなんて思ってもみなかったんだ。
それでも俺は人一倍頑張ったし、お前らが豪華なモン飲み食いしてる中、それも知らずに1日2回の薄いパン粥みたいなもんで我慢して働いてたんだ。
誰とも会話出来ず、寝てる以外の時間は仕事して。それでも最終的に、生きるあてもないのに、着のみ着のまま放り出された。
なあ、俺とお前、どっちが辛かったと思う?
俺は隠密で体を隠し、念の為消音行動で動く際の足音や、草を踏む音すら消しながら、新井に近付く。
「えっ?何?」
突然自分の周囲だけ暗くなったことに新井が驚く。闇操作で新井の周りを暗くしたのだ。次の瞬間、闇の中からアンデッドが3体現れ、新井を押さえ付けて口を塞ぐ。
「むっ!?もがっ!?」
声を漏らしたのは一瞬で、すぐに何の声も出せないくらいに完全に口を塞がれてしまう。
俺は後ろから新井に近付き、首筋に触れた。
奪う、奪う、奪う。
手の光が2回点滅する。
俺が新井から離れた後で、アンデッドは姿を消し、新井はその場にへたり込んだ。
俺はメモリーオーブを本にして開くと、新井と同じ水魔法を付与されていないアンデッドを選んで召喚する。
俺が現在持つ、レベルの高い魔法スキルは簡単には合成されないが、元クラスメートたちは一律レベル5なので、奪うごとにアンデッドに移していかなければ、合成されてレベルアップし数が減ってしまう。
いずれエンリツィオの部下に譲る際には、合成してレベルアップした物を渡すつもりだが、今は何より最低レベル5の魔法スキルを持つアンデッドの軍団を作りたい。
刑務所では時間がなかった為に、まとめて魔法スキルを奪ってしまった為、やはり合成されて数自体は集まっていない。
アンデッドがすべて魔法を使えなければ意味がない。30体ものアンデッドがレベル5以上の魔法を使って襲ってくれば、近距離職では相手にならない。
必ず魔法師団が前に出てくる。
まだ魔法スキルの数が揃っていないのに、現ニナンガ城襲撃を決めたのは、目標のレベル5に到達したあいつらが、魔王のところに向かって、この城からいなくなる前に、少しでも早く行動する必要があると言うのも、もちろんある。
別に他の奴らから奪って、予め30体分を揃えても良かったし、養護施設や他の刑務所を回れば、それは簡単なことで、まだそれくらいの時間的余裕はあるだろう。
だが俺は初めから、あいつらを叩きのめす為に最後に集める魔法スキルは、あいつらから奪った物にすると決めていた。
──自分の物の筈だったスキルに攻撃されて、自身は為す術もなくやられる。この上ない屈辱に違いなかった。
その為にわざわざ、スキルを付与していないアンデッドを残しておいたのだ。
俺は次に雷魔法使いの岡崎を狙った。
「俺たちは一刻も早く寝たいのに、お前一人の為に遅くまで仕事しなくちゃいけないんだぞ?」
と言ってきた、篠原をいじめて修学旅行に来ないように言ってた奴だ。
クラスメートがそのまま死ぬかどうかって時に、心配なのはテメーの睡眠時間かよ。
ああ、そうだよな。お前は篠原が爆発飛散した時ですら、
「いんじゃね?元々いなくて困らないし。」
とか言ってたもんな。
良かったな、これからは、毎日強制労働させられた挙げ句、俺と同じマットも敷かれてない木のベッドで、体の痛みなんて気にならないくらい疲れ果てて、倒れるように寝れるぜ。
奪う、奪う、奪う。光が3回点滅する。
続いて狙ったのは風魔法使いの川合だ。
「全員の為ならしょうがないけど、何にも出来ない奴一人の為に、何で俺たちがこんな辛い思いしなくちゃならないんだよ!」
とか言ってたっけな。
なんだそりゃ、意趣返しのつもりか?
定期テストの際、学年でも20位より下になることのない俺と違って、下から数えた方が早かったやつ。
運動も駄目、グループや、クラス全体で何かする際には、いつも足を引っ張ってた駄目なやつ。
他人への悪口は、自分のコンプレックス部分を表していると言うが、コイツでまさにそれを実感した。
ムケてなきゃカッコ悪いと思ってんのか、いつもポケットに手を入れて毎日皮をむいてんのを、みんな気付いてて気持ち悪がられてた。
いつもオドオドして人の顔色伺って。
気が弱くて優しくて、すぐに泣きそうになる篠原がいなきゃ、多分いじめられてたのはコイツだったよな。
お前なんかに言われる筋合いねんだよ。
奪う、奪う、奪う。光が2回点滅する。
俺は毎日少しずつ、元クラスメートたちから、スキルを奪っていった。
最後は火魔法使いの影森だった。
「……ごめん。クラスの総意なんだ。」
か。楽な言葉だよな、クラスの総意。
お前自身もそう思ってんのに、責任を全部他の奴らになすりつけて、まるでその総意の中に、自分は含まれてねえって言いたげな言葉。
クラス委員なんて面倒なこと、自分から立候補して引き受けてくれたから、それは有り難かったけど、お前はいつも、教師ウケがいい、みんなにとって感じのいいポジションでいたかっただけ。
何かトラブルが起きると、それとなく言葉を誘導して、自分に責任がない方に持って行く。
お前の発案なんだろ?俺を追い出したのも。
まるでみんなが自主的に言い出したように流れを作ってさ。
分かってんだよ、お前のいつものやり口。
大人になって就職したら、中間管理職としてさぞ重宝されただろうぜ。
果たして何のスキルもない状態で、同じ扱いされんのか、分かんねーけどな。
自分だけは加害者の立場に立とうとしない、自分はいいヤツのつもりでいる卑怯者。
──俺はお前みてえのが、一番嫌いだ。
奪う、奪う、奪う。光が3回点滅した。
俺はメモリーオーブの本に書かれた内容を確認する。これでクラスの魔法スキル持ちのスキルは全員分奪えた。
魔法師団は一人ずつ襲うことも出来るが、さすがに報告を上げるだろう。奪うのは、現ニナンガ城襲撃のタイミング。
アンデッド軍団と対峙する為に前線に出て来たところを根こそぎ奪う。
元クラスメートも入れて挑んでくるんだろうが、残念だったな、そいつらはもう全員カカシだ。
──突如、ブブブブ、と妙な音がして、俺は振り返った。足元の草むらの少し大きな石の影に、よく見ないと分からない位置に、魔法陣のようなものがあった。
俺はメモリーオーブの本を消して魔法陣に近付いた。するとブブブブ、という奇妙な音が消えた。
俺はぐるぐると魔法陣の周りを歩き、この形をメモリーオーブに書きとめて、誰か知ってそうな奴に見せることにした。
メモリーオーブを本の形で出現させる。うるとまた、ブブブブ、という奇妙な音がして、魔法陣が少し光るように反応する。
『メモリーオーブの魔力に反応してるのか……?』
しばらく様子を見ていたが、何か出てくるわけでも、攻撃してくるわけでもない。
俺はメモリーオーブに魔法陣の図を書き記すと、メモリーオーブを消した。するとまた、ブブブブ、という音も光も消える。
この世界で魔法を使う奴らが、魔法陣を使っているのなんて見た事がない。あるのはネクロマンサーのダンジョンで見た、強制転送魔法陣くらいだ。
だが、その時の物とは、書かれている文字のようなものが、何となく違う気がする。
人は魔法陣を使わない。そして、魔物のいるダンジョンには存在していた魔法陣。
つまりこれは、魔物が使うものなのか?
「──なんでこんなものが人里に、それも王宮のこんなすぐ近くの森に存在してんだ……?」
俺は思わず独り言を言う。
訓練とはいえ、毎日魔法師団が森に入っているのだ。
俺もすぐには気付かなかったが、以前からあったのであれば、俺より長い期間森に入っていた魔法師団が気付かないというのもおかしな気がする。
──バチバチバチッ!!!
突如魔法陣が強い光を放ち、そこから大量の魔物が飛び出して来た。日頃元クラスメートたちが倒していたのと同じ奴らだ。
俺は思わず隠密と消音行動で隠れた。
こいつらと戦って勝つのは雑作もない。だが騒ぎを聞きつけ王宮の奴らに集まって来られても困る。
王宮襲撃まで、俺が生きていることは、知られてはならないのだ。
魔物をすべて吐き出し終わると、魔法陣は霧散するように跡形もなく消えた。
これは転送魔法陣なのだ。俺がネクロマンサーのダンジョンで強制転送魔法陣に乗せられた時、転送先ですぐに魔法陣が消えてしまい、混乱の中、その形までを確認することは出来なかったが、恐らく俺が見た物が入り口側に当たる魔法陣で、この形が出口にあたる魔法陣なのだ。
転送したものを吐き出すと消えるのは、ネクロマンサーのダンジョンで見たものと同じだ。
毎回消えてしまうのだから、魔法師団が気付かないのも無理はないということか。
そもそも、誰がこんなものを森に設置したというのか。
「──宰相……か?」
もし宰相が魔物で、人の姿になって、毎晩転送魔法陣を森に描きに入っていたと言うのであれば、辻褄は合う気がする。
だが、転送されてきたレベルの魔物が、魔法師団や、今の元クラスメートのレベルで倒せない筈がないことくらい、連日の訓練で分かっている筈。
まるで勇者の訓練に協力しているかのようだ。
「なんの為に……?
そもそも、宰相が魔物かも知れないってとこから、間違ってんのか……?」
何度も自問自答するも、答えは出なかった。
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