第36話 ボスの慧眼

「商売仲間って、どういうことだよ。

 俺はお前と違って、別に何の商売もしてねえぜ?」

 まずそこが引っかかった。

 部下にしたいとかなら分かるが、対等な商売相手というのはどういうことか。

「──4つ。」

 エンリツィオが俺に向けて指を4本立てて見せる。

「お前が俺に見せたスキルの数だ。

 最初に出会った時の隠密。

 次に警備員に襲われた時の水魔法。

 そして刑務所の壁を壊すのに、爆弾に向けて放った火魔法。

 ここまでは、俺と同じダブル属性持ちかと思った。」

 俺の背中に嫌な汗が流れる。


「だが、テメエは魔物をテイムしてやがった。

 魔物にお前の隠密がかけられる時点で、間違いなく、その魔物はテイマーがテイムしているもんだと分かる。

 喋るフクロウはテイムしてんのか判断がつかなかったが、あの犬は間違いなくお前んだ。

 人に与えられるスキルは3つまで。

 これは転生者でも変わらねえ。

 なのにテメエは4つのスキルを持っていた。

 ──これはどういう訳だ?」

 迂闊だった。今まで誰にも3つ以上のスキルを同時に見せたりしなかったのに。一番ヤバい奴に見せちまうなんて。


「そしてここ最近俺のシマで起こった出来事。

 まずニナンガだ。

 ガザンという街に、鍛冶職人志望の夢見る若者がいた。若者は自分に与えられたスキルに苦しめられていた。

 だがある日神に祈ったらスキルが突然変わり、鍛冶職人のスキルが与えられた。

 ──そいつが唯一持っていたスキルが隠密だった。」

 俺は何も言うことが出来ない。


「ついでナルガラだ。

 とある上級役人の娘がさらわれた。

 そいつを助けたのは、無属性魔法を使う喋るフクロウと、水魔法を使う犬連れの若い男だったらしい。

 だがその後不思議なことに、娘をさらった男たちには神罰が下り、全員キレイにスキルがなくなっていた。」

 エンリツィオはからかうように、肩をすくめて肘を折り、両手のひらを天井に向けてみせる。


「そしてある時、刑務所に入れられた俺の前に、隠密と、水魔法と、火魔法と、テイマーのスキルを持つ犬連れの若い男が、無属性魔法を操る、喋るフクロウを連れて現れた。

 ──そいつが今、俺の目の前にいる。」

 エンリツィオが瞬きもせずに俺を見ている。俺は言葉を探したが、完全に虚を衝かれて何も出て来ない。

「お前は、スキルを奪うことも、与えることも出来るんだろ?

 ──違うか?」

 ニヤリと笑う。


「お前はあの時、俺のスキルを奪いに来た。あれはその下見だったんだろ?

 隠密を使えば囚人たちに気付かれずに俺のとこまで来れるのに、わざわざ囚人たちを眠らせたのは、奴らに騒がれないよう、スキルを奪う為だ。

 やり方は──そうだな。相手に直接触れる、ってとこか?」

 完璧だった。

 俺と思わしき人物の噂と、自分の目の前で起こった出来事。それらを組み合わせ、簡単に俺の秘密に辿り着いてしまった。

 今なら知っているのは恐らく、コイツと側近だけだ。

 ──どうする。

 俺は頭をフル回転させる。


「あんまり怖い顔すんじゃねえよ。

 別にとって食おうってんじゃねえ。

 対等でいこうっつったろ?

 俺はお前の持つスキルに興味があるんだ。」

「──興味?」

「俺はお前も知っての通り、元々はこの城で働く魔法師団の団長だった。

 お前と同じく、異世界から勇者として転生させられて来たんだ。」

「……クラス単位で、か?」

 自分の時の事や恭司のクラスのことを思い出す。


「まあ、全員じゃねえんだが。

 俺たちは当時フランスで後期中等教育を受ける学生だった。

 フランスには夏休みと、年間で4回の2週間のバカンスがあるんだが、仲のいいヤツが別のヤツを誘う形で、誰かの別荘に行ったりして、バカンスを一緒に過ごすグループだったんだ。

 全員飛び級してたんで年齢はバラバラだったし、全員が全員とウマがあった訳じゃねえがな。

 そしていつものようにバカンスに向かう途中、──飛行機が落ちた。」

 エンリツィオが当時を思い出しながらゆっくりと話し出す。


「気が付くとこの国にいて、お前たちは勇者だと言われた。

 俺たちの代は特殊でな。最初からレベル5がゴロゴロいた。

 大半はレベル3のスタートだと言うから、飛び級してる奴らの集まりだったのも、関係してるのかも知れねえ。

 実際レベル5を得た奴らは、俺らの間の認識でも、優秀な奴らばかりだった。

 お前の知ってるジュリアンもその一人だ。

 あとは、今この国にいるヤツだと、マッサンで祭司やってるマルタンなんかもそうだ。

 あと、──コイツもな。」

 そう言ってアシルに立てた親指を向ける。


「……マッサンの祭司って、オロス祭司のことか?」

「知ってんのか。

 ありゃ洗礼名だ。この国の宗教のな。

 本名はマルタンってのさ。

 あとこないだ来てたアレクサンドルも、俺らと一緒にここに連れて来られたメンバーだ。

 あいつも普段は洗礼名のラグナスを名乗ってるがな。

 あいつら二人は、聖職者のスキルなんてもんを授かったせいで、すぐに教会に取られちまったがね。」

 そういや、オロス祭司が、ラグナス祭司のことを同期だと言ってたっけ。


「オロス祭司はもう、教会にいないと思うよ。」

「──どういうことだ?」

「神様が願いを叶えてくれて、聖職者のスキルがなくなって、別のスキルが与えられたから、好きな人と結婚するんだって言ってたよ。」

 エンリツィオが、顎を肘を付いた手に乗せながら、ふっ、と目を伏せて笑う。

「……そいつは良かった。

 あいつはずっとこの世界を嫌ってた。

 自分を縛り付ける教会のことも。

 ようやくあいつの良さが分かる女に巡り会えたんだな。」

「うん、幸せになってると思うよ。」

 少し穏やかな空気が流れる。


「ちなみに、アシルさんは何のスキルなんです?

 レベル5スタートだったってことは、今レベル7の、何かの魔法スキルですよね?」

「ああ、僕は土魔法だよ。」

「──土魔法!?」

 俺のテンションに、エンリツィオが驚いた顔をする。

「あ、あの、メ、メテオストライクとか、撃ったことあります……?」

 アシルがクスッと微笑む。

「あるよ?」

「うわあ〜〜、俺、メテオストライクが、この世で一番カッコいい魔法だと思っててえ。」

「──オイ、何でそっちに食い付いてんだ。」

 キャッキャしている俺とアシルを見て、エンリツィオが面白くなさそうな顔で言う。


「俺が話してるのは、お前もいずれ知りたくなる、この世界の真実だ。

 黙って聞いとけよ。」

 再び空気がピリッとする。

「何で俺たちが選ばれたのか?

 どうして召喚じゃなく、転生者なのか。

 俺が何の目的でお前をここに呼んだのか。

 ──お前は必ず知りたい筈だ。」

 俺はツバを飲み込んで、エンリツィオの言葉を待った。

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