第34話 断崖絶壁200メートルからの逃亡

「ファイヤーランス!」

「アイスピラー!」

「エアリアルスラッシュ!」

「ホーリークロス!」

「アクティブセイクリッド!」


 ファイヤーランスは前方から放たれる、先端から後方に向けて徐々に広がる円錐形の炎の槍で、相手の逃げ場を無くす火魔法。

 アイスピラーは足元から突き上げる氷の柱で相手を貫く水魔法。

 エアリアルスラッシュは空気の刃で範囲内の相手を切り刻む風魔法。


 ホーリークロスは足元に十字の線を延ばし、その上にいる者に継続的にダメージを与える聖魔法。

 アクティブセイクリッドは直接相手に打ち込める十字架で、空中や様々な場所に出現させ、攻撃の出来る聖魔法。

 前方、足元、左右、後方、更に継続ダメージがエンリツィオを襲う。


「やったぞ!」

 一斉に魔法が直撃した瞬間、煙でエンリツィオが一瞬見えなくなる。

 煙が晴れた時、その場には血の跡すらなかった。

「──どこ狙ってんだ?」

 エンリツィオの声がして辺りを見回すと、複数のエンリツィオがニヤニヤと笑っている。

「ドッペルゲンガーか……!」

 自分の影分身を作る闇魔法だ。

「さあーて、」

 4体のエンリツィオが魔法を放つ。

「「「「ホンモノはどーれだ?」」」」


「ぐっ!」

「うわっ!」

 エンリツィオの放つ魔法に魔法師団が次々と倒れる。

「何故だ、ドッペルゲンガーは本体以外魔法を打てない筈……!」


「くそっ!全部狙うしかない!」

 連続して魔法師団が攻撃する。

「シャドウテイル」

 だが、黒い尻尾のような影が足元から伸びて、次々と虫でも払うかのように魔法を撃ち落とす。


「レベル5の我々ではやはり歯が立ちません!」

「団長!」

「くそっ……。」

 ジュリアン魔法師団長が歯噛みする。

「来ねえんならこっちからいくぜ?

 合成魔法、フォックスファング!!」


 ファイヤーフォックスは九尾の狐の尾のように、放射状に拡散し揺らめくような炎の行方を操れる範囲火魔法。

 シャドウファングは相手を飲み込む獣の牙のような、直線的な単体闇魔法。


 魔法師団と警備員を取り囲むように広がった闇が、まるで冥界に引きずり込もうとする触手のように、揺らめきながら襲いかかる。

「うわあああ〜〜!!!」

 その姿形に潜在的に恐怖を感じた警備員が叫ぶ。


「ホーリーバニッシュ!!」

 ラグナス祭司たちが魔法を放った範囲だけ触手が消え、からくも脱出するが、何人かが闇に飲み込まれた。

 肩で息をするラグナス祭司たち。交互に回復と攻撃魔法を放っている祭司たちの疲労が最も高かった。


「限界なんじゃねーの?」

 それに引き換えエンリツィオの方は余裕すら伺えた。

 動く相手に単体魔法を当てるのは難しい。なのに相手は魔法合成も使い、範囲魔法ばかりを放ってくる。

 打開策が見えず、魔法師団の心は折れて行った。

「そろそろ行かせて貰うぜ?

 ──オイ。」

「はい。」



 部下に命じると、部下が魔法攻撃を開始する。対ジュリアン魔法師団長用なのだろうレベル6の雷魔法使い、レベル6の火魔法使い、レベル5の火魔法使い、レベル5の雷魔法使い、レベル5の風魔法使いだ。

 エンリツィオは魔法師団に背を向けると、スタスタと刑務所の奥へと歩いて行く。


「──逃げないのか?」

 流し目で俺を見ながら、薄く笑う。

「行くぞ!」

 俺は恭司に声をかけ、エンリツィオの後を追うように刑務所の奥へと向かった。

 戦闘のどさくさですっかり隠密の解けてしまったユニフェイも後をついてくる。


 エンリツィオは刑務所の壁の前に立つと、壁の足元を指差した。

「──壊せ。

 爆弾準備してんだろ?」

 お見通しかよ!

 エンリツィオが壁から離れる。俺は背負っていたリュックから爆弾を取りだし、壁の前に置いて後ずさると、火魔法で火をつけた。


 ドゴンと鈍い音がして、パラパラと欠片が落ち、壁に頭を下げればくぐれる程度の穴があいた。

「ユニフェイはこのまま逃げろ。

 ここを抜けたら宿に戻るんだ、分かるな?」

 俺はユニフェイに隠密をかけ直して先に逃した。


 外は200メートル越えの断崖絶壁だ。強い風が吹き、崖から落ちそうにも、戻されそうにもなる。

 エンリツィオは崖の下を覗き込む。

「──どうする気だよ。

 俺たちは自分の脱出方法しか用意してねえぜ?」

 リュックをひっくり返して自家製のハーネスへと変貌させながら言う。


「アレだ。」

 見ると崖から飛び出すように枝の伸びた太い木がある。そこに細い放水ホースのような、ロープとしては太い縄が括り付けられていた。

「まさか……だよな?」

 俺は嫌な予感がして紐を腰に厳重に結びつけているエンリツィオを見る。


「先に行きな。

 すぐに追いつく。」

 そう言ってエンリツィオは大木に登り始めた。

 ハーネスを装着し終えると、ハーネスからつながる輪っかを恭司が掴み、羽ばたいて持ち上げる。俺の体が宙に浮いた。


 安定感はあるが、ここから降りるとなると改めて恐ろしかった。見るとやるとじゃ大違いだ。

 恭司が崖に飛び出す瞬間思わず目をつぶる。だが少しも落下しているという感覚がなく、目をあけると恭司は俺を掴んだまま普通に羽ばたいていた。


「お前すげえな。」

「だろ。

 けど、あれ見てみろよ。

 ──もっとすげえこと、やろうとしてる奴がいるぜ。」

 エンリツィオは太い木の幹に手を添えながら、太いとはいえ人が乗るには不安になる太さの枝の上にいた。


「……ウソだろ。」

 瞬間、水に飛び込む姿勢で、エンリツィオが枝を蹴り、枝がしなる。

「うわああぁ!」

「マジかよー!」

 俺と恭司が思わず恐怖で叫ぶ。

 崖と並行になるように、バンジーで空中に飛び出したエンリツィオは、俺たちとすれ違う瞬間、舌を出して笑い、そのまま俺たちを追い越して行った。


「今思ってることを正直に言ってもいいか。」

 恭司が震えるような声で言う。

「……アニキって呼びてえ……。」

「……上に同じく。」

 地上200メートルからの自由落下は、人間の体を下へ引っ張ろうとする重力と、上向きの空気抵抗が釣り合う終端速度は、最大時速で120キロにも相当する。


 高速を120キロで走っても、周りもそうなら恐怖を感じない。

 だがそれが落下ともなると、自分に直撃する風圧、重力、高さへの恐怖、内蔵がキュッとなって持ち上がり、体とは別のところに持っていかれるような気持ちの悪さとも戦わなくてはならない。


 ビルの3階で高さ10メートル。それでも大抵の奴が尻込みするだろう。昔度胸試しで俺がギリ飛び降りた事のある高さがそれだ。

 それを勇気を出すどころか、まるでプールに飛び込むかのように、あっさりと飛び込んでみせたのだ。


 ジュリアン魔法師団長が、エンリツィオを尊敬して憧れ、そうなりたいと願った気持ちが分かる。

 いつか自分もこんな男になれたら。きっとなれないだろうとしても。

 素直にカッコよくて凄い奴だと思わざるをえなかった。


 俺たちがゆっくりと下に降りていく中、エンリツィオは地上近くで、地面を魔法で攻撃して落ちる勢いを殺すと、空中で紐を闇魔法で切り、スタッと地面に降り立った。

「……アイツ紐すらいらなかったんじゃねーか?」

「……多分な。」

 崖から直接飛び出していたら、振り子の原理で壁面に叩きつけられていただろう。

 だからこその木の枝だった訳だが、崖よりその分更に高くなる。正気の沙汰ではなかった。


 逃げもせず、ゆっくりと降りてくる俺たちを、エンリツィオは下で待っていた。

「──なんだよ、俺にまだ何か用か?」

「助けて貰ったからな、約束通り、お前の願いを叶えてやるぜ。

 明日の朝、ソルボ岬の崖の上に来な。

 聞きたいことを話してやるよ。」


 そう言うとエンリツィオは去って行った。

 ──助けた?爆弾とか、警備員を眠らせたことを言ってんのか?

 だがそれは自分の為にやったことで、俺はそれをコイツに利用されたに過ぎない。

「行くのか?明日。」

 俺はイエスもノーも言えなかった。

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