第31話 汚れた英雄

 俺は早速漁港や近隣の村で情報収集を開始した。

 と言っても、直接聞いて回ったわけじゃない。エンリツィオ一家がウロウロしている中で、そんな目立つ真似をしたら、必ず奴らに詰められてしまう。

 悪いことには噂話がつきもの。

 俺はユニフェイと恭司を宿に残し、隠密のスキルを使い、人が複数集まっているところに出没した。


 案の定、漁港も村も、エンリツィオ一家の話しで持ち切りだった。

 部下が既にこの国に来ているらしい。

 脱獄の準備を整えているらしい。

 エンリツィオ一家のボスが単身乗り込んで来ていることを、王宮に報告した敵対組織に対し、報復をするらしい。

 この辺りも戦争に巻き込まれるかも知れない。

 らしい、知れない、ばかりだったが、たくさんの人の話をまとめる中に、真実が混じっていることもある。


 警備の交代は1日3回。

 人数は常に18〜20人程度。

 警備の人間のうち、魔法使いは全員レベル5以上で、ひとつの時間帯に5人以上。

 ボスの脱獄を警戒し、王宮から魔法師団が派遣される。

 魔法使いはボスのいる牢獄のある、建物の右手側に集中して集められている。

 ──ボスは一番奥の突き当りの部屋に閉じ込められている。


 俺が噂話に聞き耳を立てていると、アンドレに連れられて行った、ヤキソヴァアアアアを食べさせる店で見かけた、地味で柔和な顔付きの男が、部下らしき男を数人引き連れて突然現れた。

 思わずドキッとしたが、隠密のスキルはどんな探知スキルにも引っかからない。

 それでも俺は息を詰めて、男たちとすれ違うまでその場に立ち止まった。


 突然、地味で温和な顔付きの男が俺を振り返る。見えてない。見えていない筈だが、男は俺から目線をそらさない。

「アシルさん、どうかなさったんですか?」

 部下の男がアシルと呼ばれた男を訝しげに振り返る。

「いや、気の所為だ。」

 そう言って歩き出した。

 俺は思わずほっと息を吐く。

 次の瞬間、アシルに手首を掴まれた。


「何だコイツ!?」

「俺たちの話を聞いてたのか!?」

 しまった……!!

 手首を掴まれた瞬間隠密が解ける。アシルは俺が見えなかった筈の時と変わらず、じっと俺を見つめていた。

「君、さっきもいたよね?」

「な、なんのことですか?」

 俺はコイツらを見かけたのはヤキソヴァアアアアの店以来だ。その時店内でコイツが俺を気に留めた風はなかった。

 だがその事を言っているのではなく、まるで俺が嗅ぎ回っていたのを知っているかのような口ぶりだった。


「僕たちに何か用?」

「話が見えないんですけど……。」

 俺はしらばっくれ続けた。

「わざわざ姿を消しておいてそれは、無理があると思うよ?」

 俺もその通りだと思う。だがコイツらの前で肯定も出来ない。

 認めた瞬間、多分俺は死ぬ。

 あくまで優しげな表情が逆に恐ろしい。背中に嫌な汗が流れる。

「取り敢えず証拠がないからね。

 今は解放してあげるよ。

 でも次も見かけたら……ね?」

 そう言ってアシルたちは俺を解放して去って行く。俺を威圧するように、部下の一人が振り返って俺を睨む。

 俺はイエスもノーも言えなかった。


 夜になり、俺は再び隠密を使ってバチス刑務所に潜入していた。

 警備の交代の時間を狙って開いたドアから中に侵入する。

 刑務所の中は基本静かだったが、房の中が仲の良い奴らで固まってたりなんかすると、ちらほら話し声も聞こえてくる。

 彼らの興味も、やはりエンリツィオ一家のボスの脱獄の話題だった。

 刑務所にいるような奴らだ。脱獄というテーマが何より魅力的なのだろう。

 看守の見回りの時間でないのをいい事に、エンリツィオ一家のボスの脱獄に合わせて、何とか自分たちも脱獄出来ないか話していた。


 エンリツィオ一家のボス以外の房は、広いスペースの左右に並んでいて、俺はそのど真ん中を突っ切ってボスの部屋へと向かった。

 房を突っ切った先の突き当りの右手を、更に右に曲がったところにその房はあった。特に檻の前にドアなどはなく、俺の立つ位置からボスの姿が丸見えだった。

 ボスを閉じ込めている牢屋に絶対の自信があるのか、牢屋の前に警備の姿も見えない。


 俺たちの世界の牢屋も、見回り以外だと、牢屋の外にしか警備の人間が立っていないが、こういう特殊な大物の犯罪者は、さすがに特別扱いするものと思っていたので拍子抜けした。

 俺はゆっくりとボスに近付く。囚人服と言っても、黒と白のシマシマなんかじゃなく、かといって作業服のようなものでもなく、この刑務所の犯罪者たちは一律パジャマのようなデザインの服を身に着けている。


 ボスもそれは同じで、開襟部分からたくましい胸元を覗かせている。恐らく俺よりも大分背が高く、ガッシリとした力強い体付き。思ったよりも若い。

 ボスと言うから大分年上を想像していたが、20代後半?いや、もっと若いかも知れない。

 雲が切れて月明かりに顔が浮かび上がる。冷たそうな切れ長の目をした男。男前というのは少し違うかも知れないが、男の俺から見ても、妙な色気を感じる、多分モテるんだろうなあ、と思わせる雰囲気をしていた。


「──オイ。」

 突然ボスが低い声で話しかけてくる。

 まさか。何故だ。侵入してここに辿り着くまでの間、誰にも見咎められることはなかった。

 なのに、先程のアシルと同様、まるで俺が見えているかのように、目線を逸らさずこちらを見ている。

 隠密を見破るスキル?まさか。そんなの聞いたことない。

「──スキルじゃねえよ。」

 俺の考えていることを読んだかのように、ボスが薄く笑いながら言う。


「テメエの後ろを見てみな。小さい、格子窓があるだろう。

 塞がれてないそっから、年がら年中冷たい潮風が流れて来るんだ。

 それが急に途切れて、しかもずっとそのままだったら、そこに風を遮る何かがあるって事だ。

 姿や気配を消しただけじゃ、消せないもんもあるんだぜ?」

 ボスが嘲るように笑いながら舌を出した。


 そうか。さっきアシルと遭遇した時、俺は海側に立っていて、強い海風が吹いていた。

 俺とすれ違う瞬間、俺の体が壁になって、そこだけ急に風が途切れたから、アシルは違和感を持ったのだ。

 バレてるならどうせ同じ事だ。俺は隠密を解いた。

「アンタがエンリツィオ一家のボス?」

 ボスはそれを聞いて面白そうに笑った。

「──部下から、俺のところにネズミが訪ねてくるかも知れないと聞いてたが、随分とかわいい子ネズミちゃんだ。

 お前の目的は俺だろう?

 いずれ部下の手で脱獄の予定だが、どうだ?お前の手で俺を救い出してみるか?

 そうすれば、一回だけ、お前の願いを叶えてやるぜ。」


 ボスは面白そうに、どちらでもいいと言うように、俺を試す言葉を投げかける。

 部下が既に潜入してるのか……?

 とっくに俺のこともボスに知られていた。俺はこの場から逃げ出すべきか考えるも、体が動かない。

 火魔法レベル7と闇魔法レベル7を操る、神獣クラスの魔法使い。

 稀代の天才魔術師。

 数年で世界をその手に収めた男。

 だが、ある一定の年齢以上の、この国の人たちは彼をこう呼ぶ。

 元ニナンガ国魔法師団長エンリツィオ。

 ──汚れた英雄、と。

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