第30話 難攻不落の天然要塞

「もったいねえなあ、せっかくお前の好きなホロホロ鳥のパリパリ葱ソース仕立てだったのによ。」

 恭司が料理の味を思い出して、ヨダレを垂らしながら自慢げに俺に言ってくる。

 俺はなんと船がニナンガに着くまでの間ガッツリと寝こけてしまい、腕自慢の船のコックの得意料理を食べ損ねてしまった。

 もう一度食べたかったので悔しいが、眠たかったんだから仕方がない。


 船はニナンガ唯一の漁港、ニルスの街に到着していた。暫く港に停泊するらしく、船員たちやアンドレたちも船から降りてきた。

 バロスは何度も人前で全裸になったのが流石に恥ずかしいのか部屋から出て来ず、このまま船がナルガラに戻るのを待つつもりのようだった。

 俺はチェンジェたちに礼と別れの挨拶をすると、アンドレとの約束を果たす為、アンドレおすすめの店に行くことになった。


 元々冒険者がよく来る店は、いかにもなイカツイ男たちで溢れているが、ここは漁港なので、船の乗組員の客も多い。

 防具を身に着けているのが冒険者だと思うのだが、身に着けていない男たちの方が、荒くれ者に見えるのは何故だろう。

「ここの名物が好きでね。

 来ると必ず食べる事にしてんるだけど、ぜひ君にも食べて貰いたいんだ。」

 そう言うと、顔見知りの店員に、いつものを2つ、と注文した。


「はい、おまちどお。ヤキソヴァアアアアよ。」

 俺と恭司が顔を見合わせる。

「──おい、これって。」

「……焼きそばだよな?」

 物凄く勢い良く焼きそばを注文したかのようなネーミングのそれは、香ばしいソースの香りを漂わせていた。

「知ってるのかい?昔この国に召喚された勇者が伝えたとされる、伝説のメニューさ。」

 この世界じゃ、日本人を召喚するのが流行ってるのか?


 俺はフォークで焼きそばをパスタのように巻いて一口食べた。恭司も俺の皿から器用につまんで食べる。

「──!」

「──!!」

 鼻に抜ける濃厚なソースの香り。紅生姜までついてるところも泣ける。間違いなく焼きそばだった。

「うめえ……。」

「こんなところで焼きそばが食えるなんて……。」

 飯を食い逃したこともあり、俺は焼きそばをおかわりした。流石に魔物にソースが大丈夫なのか心配になったが、ユニフェイも足元で美味そうに食べている。

 気に入って貰えて良かったと、アンドレは満足そうだった。


 腹ごなしに土魔法について話を聞いていると、ドアが開いて、きっちりスーツを着込んだ男たちが現れた。

 ニナンガでスーツを着ているのは珍しい。サンディの父親もそうだったが、ナルガラの上級役人と、まれに貴族はスーツを着ている人もいる。

 他にも船が停泊していたし、ナルガラから来た旅人だろうか?俺がそう思っていると、アンドレが息を潜めるように俺に小声で囁いた。

「──エンリツィオ一家の奴らだ。

 店を出よう。ここじゃ話し辛い。」

 俺たちは訳も分からないまま頷いた。


「急に済まなかったね。」

「……いえ。

 エンリツィオ一家って何なんです?」

 ただ事ではない雰囲気を漂わせたアンドレの態度は妙におかしかった。

「……エンリツィオ一家は、ニナンガ、ナルガラ、ルクマ、ヘイオス、アプリティオ、チムチ、マガの、7つの国を牛耳る地下犯罪組織さ。

 メンバーの特徴は、高級スーツに、鷹の刺繍が入ったポケットチーフを胸にさしてること。

 最近組織のボスが捕まって、ニナンガの牢獄に閉じ込められているという噂があったんだが、奴らがうろついているということは、噂は本当だったんだな。」


「噂って?」

「──ボスの脱獄だよ。」

「脱獄!?」

「そう。エンリツィオ一家は大組織だ。そこのボスが捕まったともなると、きっと組織が奪い返しに来るって話さ。」

 確かに、7つの国を股にかける犯罪組織のボスなど、本当にいたら、組織のメンツにかけても取り戻しに来るだろう。

 だが、さっきの二人組、特に先に入って来た方の男は、低学年の時の担任の先生に似ていると思ったくらい、地味で柔和な顔付きで、とても犯罪をおかすようなタイプには見えなかった。

 人は見かけによらないということなのかも知れないが。


「こんな賑やかな港に、牢獄なんてあるんですか?」

「──ほら、そこからチラッと見えるだろう?崖の上に建っている大きな建物が。」

 確かに、白い壁で出来た建物が、鬱蒼と生い茂る森の中にチラッと先端を覗かせている。

 ニナンガは大半が200メートル級の崖の上に土地のある、要塞のような国だ。船が付けられる場所も、ニルス漁港の他に一箇所しかない。船で出入りしようと思うと、場所が限られるのだ。

 崖の端に建物を作れば、建物の入口だけを守ればいい。脱出不可能な天然の牢獄。それがバチス刑務所というところらしかった。


「そんな特別な犯罪者ばかり収容してるんですか?」

「いや?普通の、というのも変だけど、大物じゃないのが殆どだよ。

 魔法を使えなくする特別室があって、そこに閉じ込められてるって話しだ。」

「──魔法使いなんですか?」

「レベル7の火属性と、レベル7の闇属性の、ダブルスキル持ちって話しだよ。」

「神獣クラスじゃないですか。」


 ダブル属性持ちはそもそもがレアだ。ましてレベル30からはレベルアップがしんどくなる。余程レベル上げを頑張ったか、それとも生まれつきか、どちらにしろ、レベル7の魔法スキルを持った人間はそういない。

 大抵の人間が適わない相手を、どうやって捕まえたのだろう。

「よく捕まりましたね?」

「何でも単身敵対組織に乗り込んだところを、王宮の魔法師団長と、教会の管轄祭司が協力して捕まえたそうだよ。」


 ニナンガ王宮の魔法師団長はレベル7の水魔法使い、教会の管轄祭司ともなると、レベル7〜9の聖魔法使いだ。ひとたまりもなかった訳か。

「単身とは随分無茶をしたんですね。

 組織を引き連れてくれば、捕まることもなかったろうに。」

「そうだね、そのあたりの事情は分からないけど、おかげで捕まったわけだし。

 ただ、本当に取り返しに来たとなると、この辺りは荒れると思う。

 着いたばかりだけれど、早々に街を離れた方がいいんじゃないかな。」


 俺は分かりましたと言い、アンドレと別れたが、当然ここを離れるつもりはなかった。

 火魔法レベル7と闇魔法レベル7を使う犯罪組織のボス。おまけに他にもたくさんの犯罪者たちが捕まっているという。

 大物がいないというから、他の奴らの魔法レベルは期待出来ないが、当然たくさんの魔法スキルを持つ犯罪者たちがいるのだ。

 こんな宝の山を前にして、みすみす逃す手はなかった。

「バチス刑務所ね……。

 まずは中の情報を集めないとな。」

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