第28話 逃げ場のない恐怖

「え?オイオイ、俺はレベル7なんて使えねえぜ?」

「は?お前こないだ使ってたじゃねえか!」

 予想外の恭司の言葉に俺は戸惑う。

「──あれはあの姿の時だけだ。

 みんなレベル5になる為に訓練してるってのに、俺1人レベル7なんて持ってたら、すぐにでも最前線に送り込まれてるだろーが!」


 ……確かに。再会した時、恭司は自分のこの姿では、平手打ち一発でやられるから逃げて来たと言っていた。

 レベル7の攻撃魔法は広域魔法が多く、単体攻撃でも射程距離が長い。

 空が飛べてレベル7の魔法が使えるのであれば、近距離で戦う必要などない。空から魔法を撃ちまくれば済む話しだ。


「じゃあ今すぐあの姿になれよ!」

「やだよ!俺あん時一回死んでんだぜ?

 死ぬってめちゃめちゃ痛てえんだかんな!?」

「か〜〜!?マジか!」

 完全に恭司を当てにしていた俺は当てが外れて頭を掻きむしった。

 あまりに恭司がドヤ顔で、早速俺が必要になったな、などと言うから、当然変身してレベル7魔法を使う気でいるのだとばかり思っていた。


 セイレーン討伐は忍耐のいる作業だ。

 ──なぜ雷魔法と土魔法の同時攻撃が必要なのか?

 それはセイレーンが耐性を都度切り替えるという、厄介な特殊スキルを持ち合わせている魔物だからに他ならない。


 厳密には、魔法攻撃の際、雷魔法完全耐性、または土魔法完全耐性を、交互に使ってくるのだ。

 雷魔法だけ、土魔法だけ、で攻撃した場合、完全耐性で防がれてしまう。無効ではないから多少は削れるものの、ほぼないも同然のダメージだ。ついでに弱点属性以外は魔法無効のオマケ付き。


 ことセイレーン討伐において、雷魔法と土魔法以外の魔法使いは、弓兵よりも役に立たないことになる。

 だから同時に攻撃することで、どちらかの魔法を通し、徐々にHPを削らなくてはならない、ひたすらの忍耐作業。


 自身の攻撃力の低い、一見脆弱な魔物ながら、いざ討伐するとなると骨が折れる。更に混乱を使ってくるので、回復の手間もかかる。

 火力が低いのでこちらもやられにくいが、倒すのにあきれる程時間のかかる魔物。それがセイレーンだ。


 本来魔法レベル5の魔物一体を相手に、魔物の弱点属性持ちのレベル5以上の魔法使いが5人もいたら、瞬殺もありうるオーバーキル状態だ。

 なのにこちら側の人数をある程度揃える必要があるのは、セイレーンが常に複数体で行動する為、全員の魔法連発よるMP枯渇が起こるから。

 だから火力となる雷魔法使いと土魔法使いの数は、多ければ多い程いい。


 弱点属性とはいえ、レベル5の雷魔法と土魔法では、混乱を解除しながらでは、時間がかかるのが予想出来る。

 恭司の雷魔法レベル7を必要としたのは、いなくても時間をかければ勝てる相手だが、土魔法完全耐性を発動している時に雷魔法レベル7が決まれば、防御とHPの低いセイレーン相手なら、ワンターンキルも有り得るからだ。


 本来5発の魔法攻撃で倒れるHPだとしても、パーティー全体の最小魔法攻撃回数は10発。それを混乱を解除しながら、出てきた個体数分。

 仮に土魔法全員が混乱にかかってしまった場合、その時の雷魔法の攻撃はすべて防がれ無駄撃ちとなり、その分攻撃回数も増える。


 魔法攻撃や弓が当たれば詠唱を中断するが、複数体いるので、特に最初の一体を倒すまでは、結構混乱に苦しめられるだろう。

 聖魔法使いが混乱を解除しながら、雷魔法使いと土魔法使いが延々魔法を放ちHPを削る。それはそれは地味な作業と言えた。


 何より問題なのは、状態異常を回復出来るのが俺だけだと言う事。

 通常状態異常を使う魔物と対峙する場合、複数の回復担当が必要となる。

 毒を使うのであれば毒消しでも事足りるが、混乱や誘惑などの特殊なスキルには回復の為の薬がない。

 当然魔法による回復のみとなるので、回復担当がやられたらアウトなのだ。


 状態異常はデバフに属する魔法とスキルだ。バフもそうだが、魔法がかかっている時間が限定された魔法の為、放っておいてもいずれは解ける。

 かけられた相手が低レベルの魔法しか使えなかったり、戦闘時の場所が安全な平地であれば、回復担当がいなくとも、そこまで問題はない。


 その為酒場やギルドで見かけた冒険者たちは、混乱を使う魔物を割と舐めてかかっているところがあった。

 だがこの海のように、飛び込んだだけで心臓が止まって即死の海だったり、かけられた相手がレベル5以上の魔法使い集団ともなると、一瞬で全滅する場合もありうる。


 人を惑わすだけの単純な魔法だが、戦闘時の状況次第では、効果が2倍にも3倍にも跳ね上がる。それが混乱という魔法とスキル。

 だから本来であればこの討伐部隊は、弓兵2人か雷魔法使いと弓兵1人かの、何れかを抜けさせてでも、回復担当の聖魔法使いを2人以上いれるべきだったのだ。


 回復さえまともに出来れば、多少火力が下がることで時間がかかっても、確実に討伐が可能だ。

 取り敢えずやかましいので、俺は裸で氷の海に飛び込もうとしていたバロスの混乱を解いた。混乱解除の魔法は広域が存在しないのも、回復担当が複数必要な理由だ。


「私は……一体何を?」

 バロスは自分が全裸なことにも、すぐに気付けず呆然としていた。

「見りゃあ分かるでしょ、アンタ混乱にかけられてたんだよ。」

 人の命を預かるリーダーが、こんな調子で大丈夫なんだろうか。


 バロスは慌てて服を掴むと急いで身につけながら、

「何故だ!?耳栓をしていた筈だ!」

 と喚いている。

「……いや、そもそも、俺の声が聞こえてる時点で、耳栓意味なくね?」

 俺は思わず突っ込んだ。


 歌声を聞こえなくする為の耳栓だってのに。大体耳栓って、以外と聞こえるのだ。全部の音をカット出来る程の遮音性の高い耳栓が、この世界にあるなら別だけど。

 あんだけドヤっていたのだから、認めたくないのは分かるけど、早く状況を理解して立て直さないと、今も次から次に攻撃は飛んで来ているのだ。


 襟足の長い土魔法使いの方は状況を把握したようで、

「……君は、聖魔法使いだったのか?

 すまない、助かった。」

 と急に殊勝な面持ちで言った。リーダーがドヤ顔で瞬殺と意気込んでおいて、客人の筈の俺の手をわずらわせたのだ。

 代わりに責任を感じてるみたいだし、状況判断も出来てるし、……もうこの人がリーダーでよくね?と俺は思った。


「うわははははは、俺の華麗な泳ぎを見ろ!」

「ちょっ、バロスさん、あんたまた!」

 言ってる側からまた全裸で海に飛び込もうとしている。かかりすぎだろ。……もうコイツ助けるのやめようかな。


 でも一番火力があるから、混乱にかかった状態で、急にこっちに魔法攻撃してこられても困るんだよなあ。

 仕方なく俺は再度バロスの混乱を解いた。後ろでは別の土魔法使いと弓兵が混乱にかかり、味方を攻撃していた。


「ハッ、私は一体何を?」

「……いい加減にしてくれませんかねえ。

 さっきから全裸にばっかりなって。

 そんなにそのズルムケで凶悪なまでに極太なヤツを、皆に自慢でもしたいんです?」

 俺はあきれて、からかうようにバロスに言った。


 混乱の魔法は行動の指定までが出来る訳ではない。味方を攻撃するのも、全裸で海に飛び込もうとするのも、魔法にかかった奴らが勝手にやっていることだ。

 人並み外れたイチモツを備えた奴が、全裸にばかりなるなんて、正直露出趣味がコイツにある気がしてならない。


「──セイレーンの混乱は状態異常魔法だ。セイレーンは歌ってるように見えて、呪文を唱えてるだけなんだよ。

 耳栓なんて効果あるか。」

「そ、そんな、どうしたら。」

 バロスはオロオロしだした。


「あんたリーダーだろ?

 さっきまでの強気な態度はどこいったんだよ。」

 こんな状況でリーダーがどうしたら、なんて言ってたら、パーティーは全滅だ。俺はやれやれ、と肩をすくめた。


「──匡宏さん、今回のあなたは客人で、この討伐には形だけの参加と伺っています。

 だがこんな状況だ。お願いです。手を貸していただけませんでしょうか。」

 襟足の長い土魔法使いが頭を下げる。


 俺はにっこりと微笑むと、

「いいですよ、ただし条件があります。」

「──条件?」

「実は俺、土魔法に一番憧れてるんです。

 この戦いが終わったら、土魔法使いの戦い方、教えて貰えませんか?」


 襟足の長い土魔法使いはニヤリと笑った。

「もちろんです、ニナンガに到着したら、一杯奢りましょう。

 俺は土魔法使いのアンドレです。」

 アンドレは右手を差し出す。

「よろしく、アンドレさん。」

 俺はアンドレの右手を固く握った。


 俺はもう一人の土魔法使いと弓兵の混乱を順番に解いた。アンドレをリーダーにしようという俺の提案に皆は頷いた。

 バロスは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、一番パーティーを混乱させた自覚はあるのか、何も言っては来なかった。


「──皆に改めて作戦を伝えたい。

 セイレーンは雷魔法と土魔法で同時に攻撃する必要がある。

 俺が指定した一体に雷魔法と土魔法で同時攻撃、その間に弓は他のセイレーンの注意を最低限引いてくれ。魔法程削れないが、当たれば確実にダメージは蓄積する。」

 皆は大声で了解し、配置についた。


 俺は皆の後ろで混乱がかかった際の解除魔法の準備をする。

 雷魔法使いと土魔法使いが魔法を放つ。中央の岩礁に腰掛けた1体にぶち当たり、セイレーンが気味の悪い悲鳴を上げる。有効だ。


 アンドレの指示に合わせて次々と攻撃していく。その間に何度も混乱にかかり、そのたびにバロスは全裸になったりしたが、ともかく1体目を倒す事が出来た。

 続いて2体目にかかったが、混乱の回数が減った分、1体目の時より、討伐にかかった時間は短くなった。討伐は順調だった。


 太陽が沈み、皆のMPも限界に近いという頃、最後の1体が悲鳴を上げて倒れた。全員が安堵する。その時だった。

 氷の海から、コポッ、コポッ、ゴボゴボゴボッ、と聞いたことのない異様な音がする。皆が水面に注目していると、水中からいつくもの半透明な玉が水面に浮上しては海に漂う。

 その数、ゆうに100以上。

「何だあれは……?」

 アンドレや、他の皆にも分からないらしい。


 やがて半透明な玉はすべてが水面に浮上しきったのか、新しい玉が浮上することなく、波に揺れていた。

 月明かりに照らされる半透明な玉は、青く光輝いて俺たちの船の周囲を照らす。何やら幻想的に美しくすらあった。


 ──ブチブチブチブチッ!!

 一気に玉が割れる。俺たちは血の気が引いた。玉の中からセイレーンの幼体が一気に誕生する瞬間。

 月明かりの中、美しい海の悪魔は、その首を持ち上げて一斉に俺たちを見る。

 逃げ場のない海の上で、俺たちの船は、完全にセイレーンの群れに取り囲まれてしまった。

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