第27話 美女たちの誘惑

「ヤツが出て来ないのは、君のせいなんじゃないのか?

 本当に男なら服を脱いで見せてみろ。」

「やっ……、やめ……て下さい……!

 変なとこ触らないで……!」

 何だろうな、男同士の筈なんだが、見てはいけないものを見ている気分になるのは。


「オイよせよ、チェンジェが何だってんだ?

 ──お前も男ならはっきりと拒絶しろよ、女の子じゃねえんだからさ。」

「はい……すみません。」

 呆れたようにバロスの手首を掴みながら言う俺に、涙を浮かべた顔を手で隠しながら、チェンジェが言う。

 強く言っても仕方ないか。俺はため息をついた。


 バロスは舌打ちしながら俺の手を振りほどいて去って行った。俺と恭司とユニフェイは、チェンジェを部屋まで送って行った。

「……僕、こんな見た目だから、すぐちょっかい出されて……。何度か襲われかけたこともあったから、こういう時、怖くて体が動かなくなって……。

 すみません。ほんとにすみません。」


 チェンジェは恐怖が収まらないのか、止まらなくなった涙を拭いながら、悔しそうに言う。

 俺はチェンジェの頭にポンと手を置いた。

「……まあ、男でも、こえーもんはこえーよな。

 あんま気にすんなよ。

 強くなって見返してやれ。」


 チェンジェは不思議そうに俺を見ていたが、

「はい!」

 と花が咲いたような笑顔を浮かべた。ほんと罪だなその見た目……。

「ところで、よく分かんねんだけど、あいつ何でお前に言いがかりつけてたんだ?

 お前がいたら魔物が出て来ないって、どういう意味だよ。」


「──討伐予定の魔物が何だかご存知ないんですか?」

 チェンジェが不思議そうに言う。

 その時、魔物の出現を知らせる笛の音が響いた。

 俺とチェンジェと恭司は、チェンジェの部屋の小さな丸窓に、顔を寄せ合って外を覗く。


「──なんだ?あれ?」

 氷の海に浮かんだ幾つかの岩礁のような場所の上に、それぞれ1体ずつ。合計3体の、下半身は魚の、女の姿をした魔物の姿が見える。

 チェンジェが叫んだ。

「あれです!

 あれがこの国の船を苦しめている魔物、セイレーンです!」


 俺はステータス画面でセイレーンの情報を検索した。そうか、土魔法が弱点の海の魔物。コイツがいたのだ。

 滅多に現れることのない伝説か神話級の魔物ながらその攻撃力は弱く、魔法レベルは5。常に群れで行動し、極稀に1体のみ出現するケースもある。

 属性は水と風のダブル属性持ち。雷魔法と土魔法の同時攻撃でしか倒せない、と書かれている。


 リヴァイアサンやクラーケンなどの巨大生物と違い、船を直接攻撃して来ない。主に混乱などの状態異常でパーティーの自滅を狙う。

 だから倒そうと思うと近接職では相手にならず、必ず魔法職と弓が必要になる。

 それ故のこのパーティー編成だったのだ。


 俺と恭司とユニフェイは、急いで甲板へと向かった。初めて見るセイレーン。船上での戦い方を見ておきたい。

「──君か、来たのか。」

 さっきの今で面白くなさそうな顔をしたバロスが嫌そうに俺を見る。


「まあ……ちょっと後学がてら、見学を。」

「こちらは対策をして来ているから、すぐに終わる。見る暇もないと思うがな。」

 へえ、凄い自信。まあ、パーティー構成は完璧に近いけどな。こと、火力においては。

 俺はなぜ、必要な筈の職がパーティーに存在しないかの理由をすぐに知る事となる。


「戦闘準備!!」

 バロスの声で、討伐部隊が一斉に耳栓を取り出して耳にはめた。

 は?

 オイオイオイオイ。

 待て待て待て待て。

 まさか、いくら言い伝えでしか聞かないような魔物だからって、その眉唾もんの話を鵜呑みにしてんのか?


 セイレーンの歌声は有名な話だ。

 セイレーンの歌声に耳を貸すな、海に取り込まれる。

 俺たちの世界でも言われてる話だ。

 彼らはそれをそのまま信じて、耳栓を準備して来たのだろう。


 だけど、ここは剣と魔法の世界。ニナンガで会った新人パーティーの、アテアたちに色々とこの世界の常識を教えて貰った時に言われたことの1つ。

 魔物は魔法かスキル、またはその両方で攻撃してくる。防いだり解除するにも、魔法かスキルが必要で、これは教会で鑑定を受ける前の年齢の子どもでも、誰でも知ってることだぜ?と不思議がられてしまった。


 つまりセイレーンは歌っているように見える、聞こえるだけで、それは彼らの言語で呪文を詠唱しているに過ぎないのだ。

 普通に考えたら、歌声で人を感動させることは出来ても、混乱して裸で氷の海に飛び込んだり、お互いを攻撃し合ったりなんてするわけがないと、俺でも思う。


 ましてや、魔物は魔法かスキル攻撃しかして来ない、解除するにも防ぐにも、魔法かスキルしかないというのが、この世界の常識であるのならば、なぜ彼らは耳栓で防げるなどと思ってしまったのだろう?

 俺たちの世界の人間ならいざ知らず。


 これは勇者特権なのだが、ステータス画面で魔物を名前で検索して、持ってるスキルや弱点、攻撃方法、倒し方のヒントなどを見ることが出来る。

 ただし個体差あり、魔物のレベルや個体によっては、持ってるスキルの数が多いこともある、とあって、あくまで基本的な最低限のものが書かれている。


 俺の倒したネクロマンサーは、その点ではレベルが高かったのだろう、基本よりも持っているスキルの数が多かった。

 魔物の名前を知らなければ調べられないけれど、セイレーンの項目には、バッチリ混乱が独立した状態異常魔法として載っている。


 それは単純な魔法攻撃によるものだ。

 ファイヤーボールの呪文を唱える相手の前で、耳を塞いだら魔法攻撃が当たらなくなるわけじゃないのと同じだ。

 当然魔法は普通に発動するし、そのままファイヤーボールが当たって怪我をするだけだ。


 セイレーンは魔物なので、人間の女に似た姿ではあっても、表情の変化に乏しいが、もし顔に出すことがあれば、今頃、何あれ、ばっかじゃね?という表情をしていることだろう。

 共感性羞恥心から、俺が恥ずかしくなってくる。


 と言うことはあれか、バロスがチェンジェに絡んでいたのも、この船に女性の船員がいなかったのも、同じ理由か。

 セイレーンは男を誘惑する美しい海の魔物とされている。それは長い髪の美しい声の人間の女に似た見た目から、おそらく混乱にかかった仲間たちを見て、船乗りたちがそう言い伝えただけに過ぎない。


 だから俺たちの世界でも一部の地域では、女性を船に乗せればセイレーンは現れないとするところもある。

 だが昔から船乗りと言えば男の仕事で、男しか船に乗っていなかっただけの話だ。


 俺たちの世界でも少ないけど、こちらの世界の女性のつける仕事は少ないから、船乗りをしている女性はいないらしい。

女性が乗っていてセイレーンが現れた場合、混乱にかかれば当然女性も裸で氷の海に飛び込んだり、仲間を攻撃したことだろう。


 チェンジェの見た目が美少女だから、セイレーンが現れないと、バロスは絡んでいたのだ。

 マジか。

 仲間を集める際に、役人はこのメンバーに対して何も言わなかったのだろうか?

 それとも、ナルガラ王国全体で、セイレーンには耳栓が有効と信じているのだろうか。そうとしか考えられない。


 耳栓が有効だと勘違いしているから、当然必要な職がいなかったのだ。

 野良パーティーじゃないのだ。初めて会ったにしても、国が準備したメンバーなのだ。

 単純に数が少なくて見つからなかったのではなく、恐らく元々声をかけていないのだ。

 混乱や誘惑の状態異常魔法を解除する、聖魔法の使い手に。


 案の定、早速メンバーの何人かが混乱にかかり、お互い攻撃し合ったり、裸で海に飛び込もうとしている。

 オイオイ、船のへりに裸で立ってるの、バロスじゃねーか。襟足の長い土魔法使いに必死に止められてる。

 バロス、まじバロス。


「はー……。俺しかいねえじゃん。

 楽な船旅だと思ってたのにな。」

「やるのか?匡宏。」

「やるしかないっしょ、倒さないと、この船、ニナンガに向かわねえってんだし。」

「早速俺が必要になったな。」

「……雷魔法レベル7、期待してるぜ相棒。」

 俺と恭司は甲板で、3体のセイレーンを睨んだ。

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