第7話 初めての対人戦

 俺は王宮暮らしの中で、外は魔物や盗賊や強盗だらけで、危険なのだと説明を受けていた。

 だから元クラスメートたちも、騎士団や魔法師団の同行なしには、外に訓練には行かない。

 外に出て最初に驚いたのが、それがまったくの嘘だと知ったことだった。

 むしろ昼間に出る魔物は、冒険者たちが自分から狩りにいった時に反撃する程度で、角のあるウサギの魔物なんて、俺たちの姿を見てすぐに逃げたくらいだ。


 だから冒険者たちは日中は、魔物が必ずいる、時間わきのダンジョンにこもる。

 わく時間が一定で、ダンジョンクリア後に数時間でわくもの、一日かかるもの、ランダムにわくものと様々だ。

 わくまでの時間が長い方が強い魔物が出て、滅多にわかないランダムダンジョンともなると、このあたりの冒険者では倒せない魔物がわくこともあり、入るまでボスが何か分からない、まさにランダムなのだ。


 何の為にそんな嘘をつくのか。

 ──それは俺たちを騙す為。

 ダンジョンで他の冒険者たちにまざってではなく、王宮近くの森で経験値を上げているのも、おそらくはその為だろう。

 外に出て、他の冒険者たちと知り合い、話す機会が増えれば、自ずと俺のように、この世界での常識を知ることになる。

 そうすれば、遅かれ早かれ、自分たちの異質さに気付いてしまう。


 だって、魔物をちょっと狩りに行ってそれを売れば、俺を含む元クラスメートたちは、働く必要なんてなかった。

 毎日訓練と称して魔物を狩って経験値を上げているのに、どうしてそれで事足りなかったのか。

 魔族が攻めてきている=戦争なんだと、何となく俺たちはイメージしてたけど。

 戦時中はろくな食べ物も水もないから、その中に子ども1人とはいえ、食い扶持を増やすのがどれだけのことであるのか。

 そう思っていた。

 きっとこの国の人たちは、みんな俺と同じような食生活で我慢してるのだと。


 けど、発展こそしていなかったけれど、街の人たちは普通に暮らしてた。

 宿屋にはタップリのお湯があって、普通にお金を出せばご飯が食べられて。

 当たり前の営みがそこにはあった。

 俺を、あんな座敷牢みたいなとこに閉じ込めて、毎日薄いパン粥を食わせて、体を拭くお湯もろくに渡せないくらい、この世界の人たちが貧困にあえいでいる、ってわけじゃなかったのだ。

 特定の仕事につけなくても、魔物の素材を売れば生活できるし、つきたい仕事のスキルがなくちゃ、その仕事が出来ないわけでもない。


 特定の職業スキルがあると、神の与えた祝福に反するとして、逆に他の仕事につけなくなるっていう、宗教上の決まりがあるくらいで、職業選択の自由だってある程度ある。

 学のある人とそうでない人で差や、選べる幅がちょっと違うってくらいだ。

 魔法スキルがある人でも、必ず魔法使いを選ぶわけでもない。

 育てるのが大変な魔法スキルだったり、かつ、本人に冒険者や王宮勤めをするつもりがなければ、魔法使いにすらならないのだという。

 攻撃魔法スキル持ちで、魔法使いにはならない。

 これはかなり俺にとっては衝撃だった。


 攻撃魔法スキル持ちは、重要な戦力だ。戦時中なら、本来国をあげて、まずそいつらを育てようとするだろう。

 それでもかなわなくて、強い異世界人を召喚する。それが普通の流れだと思う。

 けど、この世界の人たちは、戦いたくなければ、戦わなくてもいいのだ。

 商人になろうが、料理人を選ぼうが、何をしたっていいし、みんな自由なのだ。

 火魔法使いや水魔法使いで、料理人として名をはせる人なんてのもいるらしい。

 勇者を異世界から召喚してまで、国民一丸となって、今すぐ魔王と戦わなくてはいけない、なんて空気は、街の人たちの誰にも存在しないものだった。

 俺は緊迫感のなさが、不思議で仕方がなかった。


 だからそんな暮らしの中でわざわざ強盗や泥棒を選ぶ人は限られている。

 よほどスキルがろくでもなくて、苦労してまで仕事に付きたくないか。

 人を襲う方が魔物を襲うよりも、楽で怖くないと思っているか。

 強盗や泥棒の職業スキルを付与されてしまったかのいずれかだ。

 目の前の3人も、きっとそのいずれかなんだろう。


 はっきり言って新人のテイマーなど、他の冒険者から見てたかが知れている。

 本人が魔法を使えないことが殆どで、テイム出来る魔物も弱い。魔物ではなく動物をテイムしている事も多い。

 だから新人のテイマーが旅をする時は基本馬をテイムしている。荷物持ちだったり自分が乗る為だ。

 舐めてかかって当然だと思うが、まさか犬をテイムするような新人が、レベル4の風魔法を使ってくるとは思っていなかっただろう。


 回復魔法と違い、攻撃魔法はレベル1でも連続で当てれば、街周辺の魔物くらいならソロでも倒せる。

 レベル2で数発、レベル3なら一発で倒せる火力だ。

 ちなみにレベル3の魔法が使える冒険者は、当然本人のレベルが20台で、そのレベルになると、殆どがもっと強い魔物を求めて街を出て行く。

 つまりここいらの冒険者が使える魔法はレベル1ないし2。ごくまれに3だ。

 レベル3があれば、新人冒険者との対人戦など、赤子の手をひねるが如くだ。


 レベル3でここいらの魔物を一撃なら、ではレベル4は?

 ちなみに本人のレベルは30を超えると急に上がりにくくなる。まるでレベル30が転職基準であるかのようにだ。

 魔法レベルが1からのスタートの場合、レベル30台がレベル4の魔法持ちとなるわけだが、本人のレベルが上がりにくくなることが指し示す通り、レベル4から上位魔法になるのだ。


 魔王討伐の為の勇者として、召喚された元クラスメートたちも、レベル5の魔法が使えるようになることを、目指して訓練させられている。

 だが異世界転生特権なのか、スタートが魔法レベル1というのは誰もいなかった。

 ほぼ全員がレベル3からのスタート。唯一ダブルスキル持ちの野見山だけが、レベル2の土魔法と、レベル3の風魔法持ちというだけだ。


 本人レベルが1からのスタートで、レベル3の魔法を持っていれば、新人冒険者が街を出る程度の経験値を積めば、レベル5持ちが大量に出来上がる。

 通常新人は、高レベルパーティーに入れた者で半年、同レベルパーティーであれば一年は街にとどまるところを、王宮は短期間で仕上げようとしていた。

 奴らの魔法がレベル5になるのに、恐らくはあと2ヶ月もあれば充分だ。──それを根こそぎ奪う。


 人専門にこの近辺で、強盗を働いている奴らが魔法を使えた場合、少なくともレベル1はあり得ない。少なくともレベル2。3の可能性だってある。

 隠密は探知にも索敵にも引っかからないので、こいつらが隠密を持っている可能性はないが、近接職以外がいた場合、奪える魔法のレベルが高い可能性を考えて俺はワクワクしていた。

 どいつだ?どいつが持ってる?さすがに全員近接職はやめてくれよ?


 だが全員が杖ではなく、刃物を構えているところを見ると、全員近接職なのかも知れない。俺は落胆を隠し切れずに強盗たちを一人ずつ見る。

 強盗たちはお互いの目を見合って、何かサインを送り合っているようだった。

 右端の男が、背中に回していた手に掴んでいた木の枝を、ユニフェイに向かって投げつける。ユニフェイが風魔法でそれを切り裂いた。


 コイツら意外に頭使うじゃないか、と俺は思った。

 犬は目の前に見えているものを、1つの体として見なして警戒する。犬相手に武器で攻撃する場合、初めは武器を見せないのがセオリーなのだ。

 俺に対して刃物で牽制しながら、しっかりユニフェイ対策も用意していたのだ。

 そして──魔物は連続で魔法を放つことが出来ない。

「ファイアーボール!」

「キャン!」

 風魔法を放った直後のユニフェイに、左端の男が火魔法を放つ。攻撃直後の隙を付かれてユニフェイはまともに火魔法をくらった。


 だが、男が呪文を唱えた瞬間、俺が回復魔法レベル2をユニフェイにかけていた。

 いいねえ、異世界らしくなってきたじゃないか。

 ほぼ被弾直後に回復したので、ユニフェイは一瞬強い痛みを感じたものの、それが勘違いだったかのようにキョトンとしている。

 その隙に真ん中の男が俺に襲いかかってくる。俺は真っすぐ突き出されたナイフをカバンで受けた。

 おいおい、穴があいちまったじゃねーか。


 そのままカバンをグイッとひねると、男の腕が一緒にねじれ、いててて!と悲鳴をあげる。

 その腕を掴み、奪う、と念じた。俺の手が小さく光る。立て続けに奪う、奪う、と繰り返し念じた。光は合計3回で止まった。もう、こいつに用はない。

「ユニフェイ!」

 俺の声に、ユニフェイが俺の前の男に風魔法を放った。男の腕がキレイに切断される。

 カバンに刺さっていたナイフが、腕の重みで抜ける。うっわ、気持ち悪りぃ……。

 俺は思わずそれを見ながら後退った。

「──再生。」

 カバンに再生を使い、穴を塞ぐ。

 足元で腕を掴んだ男が転げ回っている。

「こいつ、よくも──!」

 右端の男が俺に襲いかかってくる。

 俺のお目当てはお前じゃねえんだけどなあ。

 やれやれ。

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