第6話 強盗(カモ)との遭遇

 俺は翌日、さっそくアテアたちから聞いた養護施設を尋ねることにした。隣町にあるので、行く途中で冒険者に出会わなければ、狩りもするつもりだ。

 なにせ手持ちが心許ない。本当は道すがら出来そうなクエストを受注して、隣街に行く途中でそれをクリアするつもりでいた。

 だが、俺のレベルで単体で受けられるクエストは現時点で薬草採取のみだし、クエストは受けた冒険者ギルドに行かないと、成功報酬が貰えないのだと言われてしまった。


 こうなると、先を急ぐ俺からすると、街から離れて他の冒険者がいないところで狩りをし、素材を買い取って貰うしか、現金を手に入れる方法がないのである。

 街で携帯食料を6日分と、消毒液と包帯、野営の為の寝袋と水を入れる革袋を追加で5つ、ユニフェイは新鮮な肉しか食わないのでそれを1キロ買い、アイテムボックスに入れた。

 本当はもっと買いたかったが、身軽になる為、制服の他に元々バッグに入っていたアイテムを入れると、アイテムボックスレベル1で入る容量がその程度なのだ。


 何度も試してみたが、アイテムボックスの中に入れた物は腐らない。これは相当有り難かった。今使わなくてもとっておける。

 基本ユニフェイに小動物や食べられる魔物を狩って貰って、それを食べて貰うつもりではいるが、何も得られなかった時の為の保証は必要だ。

 なにせユニフェイは1食につき500グラムの生肉を食べる。ユニフェイが腹をすかせて倒れてしまえば、狩りも出来なければ、俺の身を守る存在もなくなってしまうのだから。

 元々手に入れていた水を入れる革袋と、一日分の携帯食料はバッグにしまった。

 隣町までは徒歩で2日の道のりだったが、何があるか分からない。俺にスキルとバッグを奪われたあの男のように、怪我を負うかも知れないのだ。


 俺は朝食を食べて宿を出た。本当は日の出と共に出発の予定だったが、食べても食べなくても値段が変わらないと言われたからだ。

 ここは少しでも節約したかった。決して俺の好きなホロホロ鳥の甘辛煮だったからではない。

 馬車で捨てられたあと、街に戻った道を、今度はまた馬車で捨てられた場所がある方向に向かおうとしている。

 あの男の死体はどうなったのだろう。人通りの少ない道で片付けられているとも思えない。

 早く出発しようと思ったのは、日が暮れて死体のある場所で寝泊まりしない為に、日のある内にあの場所を通り抜けようと思ったからだった。


 地図で見ると、あの日の場所まで歩いておよそ3時間の距離だと分かった。帰って来た時はレッドグリーフを引きずっていたこともあり、相当時間がかかったらしい。

 これならば何事もなければ明るい内に抜けられそうだ。俺はホッと一安心した。万が一にも、腐りかけた死体と一緒に寝泊まりだなんて、冗談じゃない。

 本当は馬車に乗りたかったが、この世界には乗り合い馬車のようなものがない。当然車もない。公共の交通手段というものが、そもそも存在しないのだ。

 馬車を使う人は、貴族か、商人か、町長や城から使者をつかわす時か。

 そのいずれかしかない。


 何故かというと、まず魔物が出る。それに加えて新人冒険者や、商人目当ての強盗が出る。

 道自体が危険なのに対して、街の人たちは街の外に用事があることが少ない。

 大抵のことは街の中で事足りるし、どうしても必要ならば、クエストを依頼して、冒険者に頼む。

 親戚や友人の結婚式でもない限り、街の外に出ることがない。そもそも自分たちだけで馬車を手配するお金がない。

 馬車を手配するお金があっても、魔法スキルや攻撃に特化したスキルを持たないただの一般人が、護衛なしで街から遠く離れるのは自殺行為に等しい。


 護衛は素材集めのクエストと比べると、命の危険がある分、クエスト受注料が格段に高い。

 だから貴族のような金持ちか、商人のような商売上必要な人か、町長や城から使者をつかわす時のような、特別な時にしか馬車を使うことがないのだ。

 俺を道端に放り出した奴らは、多分話し方からして貴族や、俺の顔を知っている城の人間ではない。

 おそらくは御者が商人だったのだろう。そして俺を担いで馬車に乗せた奴が、何らかのスキルを持つ冒険者で、護衛として同乗したに違いない。

 冒険者は基本日中狩りかクエストで街にいないし、商人も基本店の中か馬車に乗って移動している。よく考えたら、昼間奴らに遭遇する筈などないのだった。

 まあ、大分暗かったから、俺も奴らの声とシルエットしか覚えていないし、向こうも覚えてないかも知れないが。


 俺も何とか商人の馬車に乗せて貰おうと、馬車を持っている商人を、商人ギルドにあたって貰ったが、俺の目的の街ガザンに行く予定のある商人は、最短でも2週間後とのことだった。

 何故ならガザンからこちらに来る予定の馬車があるから。その馬車に乗った商人と売り買いを済ませれば、こちらの商人があちらに行く必要が当分ない。

 その馬車に乗ることが出来ないか尋ねたが、出発時に乗るのは構わないが、商人ギルドの決まりとして、戻る際に新たに人を乗せることが出来ないのだと言う。


 出発時に、出発元の商人ギルドが、同乗者の身分や安全性を保証する。商人は到着先で3日は滞在するので、その間に同乗者は用事を済ませ、再び同じ馬車に乗ってもと来た街へと帰る。

 その時に見ず知らずの人間を新たに乗せると、犯罪に巻き込まれる率が高いからだ。

 護衛をつけているとはいえ、内部の人間に襲われたらひとたまりもない。その責任を商人ギルドは負うことが出来ない。

 言いたいことはわかるが、正直釈然としない。

 ただ言えることは、タイミングが悪かった。

 かくして2週間も待てない俺は、ユニフェイを伴い街道をひたすら徒歩で進んでいるのだった。


 実際とにかく真っすぐな道で、もう大分前から目印となる木が見えるのに、歩けど歩けど到着しない。

 あの木の根元で寝て、そこに死体があったのだと思うと、近付くにつれ、その場所を象徴する木自体を気持ち悪く感じてくる。

 ネクロマンサーを目指そうという男が何を言っているのかと思われそうだが、俺の中でアンデッドは元からそうした存在という認識で、人間が死体になるのとはワケが違うのだ。

 ましてや確実にこの日差しで腐敗が進んでいる筈だ。人の原型すらとどめていない可能性がある。

 例えていうなら、ゾンビみたいな、あんな見た目が崩れてる感じ。映画なら怖くもないが、実際あれが目の前にいたらビビるどころの騒ぎじゃないと思う。


 ようやくあの木の根元まで5メートルというところで、ふと、索敵に何か反応する。使えるスキルだと思っていたのが、正直案外そうでもないことが、この道すがらで段々と分かってきた。

 索敵とは、いわば野生のカンのようなものだ。こちらに敵意や警戒心を持っている生き物が存在した場合、その数や対象が何であるかを無視してこちらに知らせるアラートレベルの代物。

 半径5メートル以内ならば隠れていても分かるので、その方向に向けて準備や先制攻撃を仕掛ける事が出来る。


 対して食材探知はこちらから探す働きを持つ。試しに使ってみたところ、ウサギに一角獣の角がついたような魔物を発見し、ユニフェイに狩らせた。

 解体で肉と骨と角と毛皮にバラし、骨は捨ててあとは今は俺のバッグの中だ。

 新鮮な肉は後でユニフェイがおいしくいただくとして、こんな小さな魔物の毛皮が、果たして売り物になるのかは分からない。

 前世では小動物を使った毛皮のコートなんかもたくさん売られていたけれど、レッドグリーフは一体で人を覆える大きさがある。

 それぐらいじゃないと駄目かも知れないが、せめて角くらいは売れて欲しかった。


 索敵に引っかかった対象を食材探知で探して反応があれば、それは食べられる魔物という事になる。

 俺は索敵に引っかかった方向に食材探知を使った。……反応がなかった。

 だが索敵に引っかかったということは、こちらの命を奪おうとする敵意か、こちらに対する警戒心があるのは間違いない。怯える魔物にも反応するのが索敵なのだ。

 レッドグリーフのような、食べられない魔物か、それとも、──人か。

「ユニフェイ。あの木だ。」

 俺の言葉にユニフェイが目印の木めがけて風魔法レベル4を放った。


 さほど太くないが、それでも2リットルのペットボトルくらいの幅のある木が、ユニフェイの放った攻撃で切り倒される。

 街道とは反対方向に倒れゆく木に、根元に隠れていたらしい3人の男たちが、慌てた声を上げて散り散りに逃げる。

 そして街道に姿を現すと、手に手に刃物を持って、俺に迫った。道の幅いっぱいに広がって、完全に行く手を塞がれたかっこうだ。

 ──強盗か?

「こんな人気のないところを歩くなんてな。」

「殺されても誰がやったか分かんねえんだぜえ?」

「お前の持ちもん全部よこしな。」

 ああ、何ということだろう。

 コイツら、俺のセリフを全部取りやがった。

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