第5話 スキルの情報

 俺が借りている宿屋の一階は酒場になっている。宿屋が運営していて、宿泊客用の受付の脇の扉を開けると、そこがすぐに酒場に通じている。

 宿屋の受付には、宿屋の娘と主人が交代で立っていて、酒場の方は奥さんが従業員と切り盛りしているらしい。

 飯が美味いことで評判のこの宿の料理も、この酒場の厨房で作られていて、朝と夜の食事の時間になったら、ここに降りてきて、カウンターで食べることになっている。

 もちろん別に金を払えば、昼食も取ることが出来る。夜のメニューは3種類の中から選べるところも素晴らしい。

 俺はまずは腹ごしらえを済まそうと、カウンターに1人で座った。よく分からないのでイチオシをオーダーする。

 奥さんの得意料理である、ホロホロ鳥の甘辛煮がすっかり気に入ってべた褒めし、酒を飲んでいる奴らのところに聞き込みに行く前に、うっかり満足して帰りそうになった。

 宿屋の娘が言うことには、この国は15歳から酒が飲めるとのことで、俺のような子どもがいても、特に咎められるようなことはなかった。


 俺が想像していたように、この世界での識字率はやはり高くないようで、宿屋の娘いわく、そもそも学校がないらしい。

 貴族であったり、そうでなくとも金持ち商人などであれば、自宅に家庭教師を呼ぶだとか、または小金持ちが数人集まって、自分たちの子どもをまとめて教えてくれる、短期的な私塾のようなものを開かせたりして、文字や算術を覚えていく。

 彼女もそうして、この近辺の子どもたち何人かと、まとめて勉強を教えて貰い、この世界では学のある方らしかった。

 だから貧乏人は、まったくといっていい程学がない。社会に出てから自然と必要な文字や知識だけ覚えるものらしい。

 冒険者たちは、冒険者ギルドに提出する書類や、買い取りの際に提出する文字だけは書くことが出来る。

 毎回ほぼ同じ文字を書くわけだし、分からなければ冒険者ギルドの職員や、商人ギルドの職員が教えてくれる。

 職人などの技術職の場合は、文字や算術を必要としないものも多く、特にそれで問題がないらしい。


 つまり冒険者ギルド、商人ギルドの、双方のギルド職員は、大半がそこそこの家の出だということになる。

 確かにいかにも荒くれ者、といった感じの冒険者たちと違って、全員なんとなく上品な感じがする。

 人に文字や知識を教える立場なのだから、それを知らない人間がつくのは、さすがに難しいんだろうな。

 冒険者ギルドの場合だと、冒険者のランクが高い人であれば、たまに引退した時に引き抜かれることもあるらしい。

 各支部のギルド長や、その補佐官あたりの人間が、ランクの高い元冒険者だったりすることも多いのだとか。

 荒くれ者が冒険者ギルドで暴れた時に、知識よりも力と実力がものを言うからで、勉強が出来るだけの人間がトップにいると舐められやすく、揉め事が起きた時に、おさめるのが難しいからだそうな。


 ちなみに教会に勤められるスキルを持っていれば、教会の中に専門の教育機関があり、そこで読み書きや算術、この国の歴史などを学べるのだそうで、教会の祭司が教育に熱心な人であれば、勉強教室を開いてくれることもあるそうだ。

 それでも祭司の仕事は忙しいらしく、あっても週に1回から月に1回程度。それではとても大したことは覚えられないだろう。ないよりはマシだけど。

 貧乏な家であれば、12歳くらいから冒険者を始めることも多いらしく、俺と同じくらいの年齢の冒険者もちらほら見かける。

 だがそれでも多くはない。話が合わないのか、同年代で固まって飲んでいる事も多い。俺はそこに混ぜて貰うことにした。


「こんばんは、ここ、いいかな。」

 テーブルにいたのは、男が2人と女1人。新人パーティーだろうか。まだ防具も革で出来た初心者向けの、一番安く手に入る物を身に着けている。

 それでも今の俺の手持ちでは、買うと明日の生活が不安になる値段がする。

 つまり俺は今、街に融け込む為に買った、村人用の服しか身に着けていない。制服はさすがに目立ち過ぎる為に着替えたのだ。制服はアイテムボックスに入れてある。

 宿屋から降りてくる人や、街の人が飲みにくる場合は、当然装備など身に着けていないので、実は装備を持っていない、などと知られることはない。


 革の防具というとゲームなんかじゃ、最初に通り抜けて殆ど使うことがないが、実際どうして舐めたものじゃない。

 2枚重ねにするか3枚重ねにするかで、重さも耐久力も機動力も異なるので、女性や遠距離職は2枚重ねを着ることが多いが、ベルトが簡単に千切れないように、加工を加えた革の耐久力は相当なものだ。

 衝撃を和らげるような防御力はないが、魔物の爪や牙を通しにくく、剣や弓の刃先も防いでくれる。そして鎧よりも当然軽い。

 実際城の兵士でもなければ、大抵の冒険者が革の防具を使っていた。

 俺も金が足りれば欲しかったが、何よりユニフェイをテイムしていることを示す、首輪の購入が最優先だった為、諦めたのだった。

 次の獲物が手に入って金が出来るまで、防具なしでクエストを受けるのは、正直不安ではあったが、狩りをするのはユニフェイなので、なくても問題ないと言えば言えた。


「どうぞ?新人さん?」

金髪の少年が椅子を引いてくれる。

「俺らもだよ。ここはオッサンばっかで、俺らみたいのは肩身が狭いよな。」

剣をさげた栗色の髪の少年が、頭の後ろで腕を組みながら苦笑した。

 オッサン──と言っても、この世界じゃ25歳以上からそう呼ばれるみたいだが、俺らの年齢からすると、ぶっちゃけ10歳近く離れていれば、それは大分大人だ。

 大人に混ざれず避難してきたと思ってくれた3人が、快く俺を受け入れてくれる。

「私たちはパーティーなのよ?

 あなたは一人?」

 銀髪のまあまあ可愛い女の子が俺に話しかける。


 可愛いと言っても、俺らのクラスにいる学年ナンバーワン美少女の皆川紗代子には当然劣る。

 保健委員の新井明音より少し可愛いくらいか、と俺は思う。

 まあ、胸は新井よりもない、というか、大分ないけど。

 身に付けた防具のせいで、胸がきっちり圧迫されて、平たいのがハッキリと分かる。

 女性用は多少胸の大きさに合わせて、苦しくないよう、胸元部分が盛り上がるように作られているのだが、そこをあえて平たいものを選ぶあたり、見栄を張らない、いさぎのよい性格なのだろうと思えた。


「うん、こないだ冒険者になったばかりでね。まだ一人なんだ。」

「職業は何?」

金髪の少年が尋ねてくる。

「俺はアテア。剣士で、こいつはグスタフ、火魔法使い。こっちは、」

「ノエル、弓使いよ。」

 栗色の髪の仲間の言葉を食い気味に遮り、銀髪の女の子が答える。

「匡宏。……テイマー、なんだ。」

 その言葉に、仲間に加わらないか?と喉元まで出かかった表情をしていた3人の顔色が曇る。お荷物を背負い込んではたまらないのだろう。こいつらもあいつらと同じだ。


 大抵の人が、自分に何かしらの利益があるかどうかで、他人と関わるかどうかを選ぶ。

 それは精神的な満足であったり、金銭的なことであったり、利用出来るかどうかであったり、人によって様々だと思う。

 それはとても自然なことだし、計算で人と関わるかどうかを、決めること自体を悪いとは思わないが、こうもはっきりと、役立たずと表情に出されては、気持ちのいいものではなかった。

 ユニフェイが一見ただの犬なので、まさかレベル4の風魔法が使えるとは、夢にも思っていないのだろう。


 俺は冒険者ギルドで冒険者登録をするにあたり、果たしてどのくらい自身のレベルや魔法スキルがあれば、パーティーに入れて貰えるものであるのか気になった。

 だから大体のレベルや、他の冒険者たちが使える、魔法スキルのレベルについて、事前に確認してあったのだ。

 そこでこのあたりの魔法使いは、その殆どがレベル1からレベル2。最高でもレベル3までの魔法スキルしか、使えないのだと教えて貰っていた。

 お前らの誰よりも強い魔法スキルを持つ魔物を、テイムしているテイマーの俺を、みすみす逃したんだぜ?と内心失笑していた。

 まあ情報収集が目的なのであって、現時点では、勉強にならない新人パーティーに加わるつもりは端からなかったのと、こんな奴らと一緒にやりたくなどないので、別に見下されようがいっこうに構わない。


「そ、そうなんだ……。」

「そ、そのワンちゃんが、テイムした動物なの?可愛いわね!」

 空気を変えようとノエルが、俺の足元にいるユニフェイに話しかける。

「うん、ユニフェイって言うんだ。」

「かっわいい〜!ほら、おいでおいで!」

 ユニフェイがちら、と俺を見る。俺はコクッと頷いた。ユニフェイがノエルに近寄って頭を撫でられている。

「大人しいなあ。」

「俺も将来犬飼おっかな〜。」

 ユニフェイのおかげで場の空気が再び変わる。魔物だと知ったらどんな反応をするのだろうという、意地の悪い考えが一瞬浮かんで消える。


「俺たち、同じ養護施設の出身なんだぜ。」

グスタフが言う。

「養護施設?」

 俺たちの世界で言うと、親のいない子どもたちを預かり育てる施設だ。区や市などの公的機関が出資していることもあれば、個人運営のところもある。

「あちこちで貴族が出資してる養護施設があってさ。俺たちはそのうちの1つで育った幼なじみなんだ。

 15歳になると独り立ちしないといけないから、それでそこを出て、冒険者やってるってわけさ。」

アテアが言う。

「まともなスキルがあって良かったけどね。

 追い出されること確定なのに、使えるスキルがなかったら、いきなり路頭に迷うこと確定じゃない?ニグナみたいにさ?」

ノエルが容赦ない一言を放つ。

「そうそう。俺らは養護施設を出る直前まで、自分に何が出来るか分かんないしな。」

アテアが肘を曲げて、両手のひらを天井に向けながら言う。

「ニグナもな……。一緒に冒険しようって、子どもの頃から話してたのにな……。」

グスタフは目線を落として寂しげな表情になった。


 どうやら彼らの知り合いに、まともなスキルがなく、俺のように着のみ着のまま世に出ることになった子がいたらしい。

 今頃どうしてるかな、と寂しそうにつぶやくが、お前らが救ってやろうとは思わなかったわけだ。

 所詮は切り捨てられる程度の仲間だ。罪悪感を持ったところで、その子の腹は膨れないし、気にするくらいなら、何とかしようとは思わなかったのかと思いながら、それを笑顔に隠す。

 悪いやつらではないと思うが、どうやらあまり、仲良くなりたいとも思えない連中のようだった。


 彼らいわく、貴族は3歳から、遅くても5歳までに城に足を運び、鑑定師に見て貰うことで。

 街の人でも10歳の洗礼式で、教会の水晶に手を当てて、自分のスキルを知るのだそうだ。

 だが養護施設で育つ子どもは、教会の洗礼も受けることなく、知識を与えられることもなく、ただ生かされる。

 養護施設に金を払うと、その分が年間の収益から引かれて、下がった分の金額次第では税率が下がり、税金が免除されるらしい。

 いくつかそういう対象はあるが、自身のおさめる地域の人々の人気取りの為に、養護施設に金を払う貴族が多いのだそうだ。

 所詮は貴族の自己満足と、ただの税金対策だ。そこで育った子どもが教育もなしに、将来どうなるのか。そこまで気にするつもりがないのだろう。

 彼らの養護施設では、本が読めるよう字を教えてくれる先生がいたので、まだ知識がある方だが、養護施設出身というだけで、バカと見なされる地域もあるのだそうだ。


 使えるスキルを持つ者がいるかも知れないので、養護施設を出る直前、初めて教会で水晶に手を当てる。

 使えるスキルがあれば、そこで様々な職業についたり、スキル次第では、安定はしないが、最も稼げる冒険者になるのだ。

 つまりだ……。

 養護施設をめぐれば、まだ何のスキル持ちか認識してない子どもがわんさかいるということだ。

 その中に俺のお目当てのスキル持ちも、いるかも知れない。

 俺はクエストを受注して金を稼ぐよりも先に、まずは養護施設に行ってみることに決めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る