第2話 ユニークスキル
明るくなるとほほ同時に目が覚めた。目の前に男の死体と赤毛のオオカミの魔物の死骸が倒れているのを目にし、昨夜のことが夢でなかったことを実感する。
──これ、売れないだろうか。
赤毛のオオカミの魔物の死骸を前にして俺は思った。異世界であれば魔物の素材は売り物になる筈だ。なんとかして金を手にしなくてはならない。
元の世界に戻れないのであれば、俺はこの先ここで暮らす手段を見つけるしかないのだ。どの世界や国であろうと、金さえあれば大抵のことは何とかなる。
手を合わせて冥福を祈ってから、死んだ男の持ち物を探った。
使えそうなものは、バッグ、ナイフ、縄、コンパス、携帯食料、水の入った革袋、タオル、ランプ、スコップ、そしてこの辺りのものと思われる地図。近くには木で出来たソリのような物もある。
王城の位置が記されており、コンパスで方角を見ると、昨日の街は北東の方角にあるようだ。どこまで連れて来られたか分からないが、次の街に近いとは思えない。
昨日の男たちに見つかるとマズいが、そいつらを避ける為に、魔物や盗賊を避けながら、情報のない隣町に向かうのは、正直不可能に近いと思えたし、あまり得策ではないと思う。城下町に戻るのが一番確実で安全だと言えた。
まずは水と携帯食料の簡易な食事で有り難く腹を膨らまし、俺は縄でソリに赤毛のオオカミをくくると、引きずって街を目指した。
「──お前も来るか?」
ふと振り返り、銀色の犬の魔物に声をかけたが、聞くまでもなかったようだ。後ろにおらず、俺の横の足元の真下にいた。
俺にスリスリと身を寄せると、銀色の犬の魔物は、俺の歩幅に合わせるように、チョコチョコと小走りについてきた。
街についてすぐ、昨日の男たちがいないか見回すも、誰もそれらしい人物は見当たらない。
俺は出来るだけ不自然にならないように振る舞っていたつもりではいたが、やはりビクついていたのだろう。
俺に気を止める人間がいないことが分かると、思わず露骨にホッとため息をついてしまった。
街についてすぐまた追い出されては、たまったもんじゃない。ここに来るまでに革袋の中の水は全部飲み干してしまった。
水も食料もなく、暑い日差しの中、またあの長い道のりを、街まで歩くことを考えるだけでもウンザリだった。
近くの人を捕まえて、魔物を売りたいと言うと、冒険者ギルドと商人ギルドのどちらがいいか聞かれた。
なんでも品物によって、冒険者ギルドの方が高い場合と、商人ギルドの方が高い場合があるらしい。
そういうことであれば、両方の値段を聞いて、より高い方に売ったほうがいいだろう。
双方の場所を教えて貰うと、まずは距離の近い冒険者ギルドに向かった。
「冒険者登録のない方は、まずは登録をお願いします。
──職業はテイマーさんですか?」
受付嬢が俺の足元でおとなしく座っている銀色の犬の魔物を見て言う。冒険者ギルドの受付嬢ともなると、魔物かどうかがすぐに分かるのだろうか?
まあ、魔物が大人しく付き従ってるのを見れば、普通はそう思うだろうな。それとも魔物でなく、犬をテイムしているとでも思っているのだろうか。
元の世界に、動物をテイム出来る職業が出て来るゲームなんてのもあったし、ひょっとしたらそっちに思われたのかも知れない。
「テイマーさんであれば、従魔の名前も登録が必要です。こちらの書類に記載をお願い致します。」
書類?書類だって?
言葉は通じるけれど、この世界の文字を見るのは初めてだ。文字なんて書けるわけがない。受付嬢にお願いして、代わりに書いて貰うしかない。
この世界の識字率がどの程度のものなのかは知らないが、城下町の発展具合を見る限り、あまり進んでいるとは思えない。
きっと字を書けない人たちだって、一定数存在する筈だ。そういう人のふりをするしかない。だって分からないのだから。
冒険者なんていう、学のある人がつくとは思えない仕事で、普通に書くよう求められるということは、実際はそんなこともないのかも知れないけれど。
だが見せられた書類は、何故かすべてが日本語で書かれていた。構えていた俺は思わず拍子抜けしてしまった。
こちらの世界でだって、この国──ニナンガ王国と言うらしい──以外にもたくさんの国が存在する。
元の世界でも、国ごとに色んな言語があり、文字があり、文化がある上で、英語が主な共通言語として使われているのだ。
こちらの世界でだって、国ごとに言葉や文字の違いがあっても、少しも不思議じゃないのだ。
仮にそのすべてが同じ言葉で話しているのだとしても、日本語がこの世界の共通言語であるとは、正直思いにくい。
──これも言葉と同じく、召喚されてきた勇者の仕様なのだろうか?
言葉と文字が分かるのは正直有り難かった。とりあえず安心して書類を記入し、冒険者ギルドの受付嬢に手渡した。
冒険者ギルドの受付嬢の言葉によると、テイマーが従えている魔物のことを、この世界では従魔と呼ぶらしい。
勝手についてきたってだけで、別にただの旅の連れのようなものなんだが、従魔にしてるって言った方が、冒険者の仕事が受けやすいだろうか。
だって俺には何のスキルもないのだ。
普通にしてたら、パーティーに加えてなんて貰えない。細々と薬草なんかを集めるクエストしか受けられないだろう。
加えて貰ったところで、何の役に立てないかも知れないが……。
そもそも何のスキルも、1つもない人間というのは、この世界に存在しないものだと王宮で言われているのだ。
普通は生まれた瞬間に神からスキルを付与され、異世界から連れて来られた俺たちのような人間は、この世界に来た瞬間にそれが与えられる。
スキルのない人間が、そもそも冒険者として登録出来るものであるのか、それ自体分からないし、そこが正直不安だった。
しかしコイツの名前……。名前か……。
「まずはこちらに手を触れて、ステータスの確認をお願いします。」
水晶のようなものを差し出し、手をかざすよう言われる。
「スキル、テイマー、お間違いないですね。
従魔の名前をこの部分に記載願います。
従魔の名前までは、こちらで見れませんので。」
そういうものなのか。
俺が首を傾げていると、冒険者ギルドの受付嬢が、鑑定師と水晶で見れる、ステータスの違いを教えてくれた。
鑑定師ならステータス異常や、細かいところまで見ることが可能なのだが、水晶はそこまで万能ではないらしい。
「名前……まだないんです。」
「ない?」
「あ、はい、ついこないだ、従魔にしたばっかりなので……。」
「テイムの際に名前をつけるのが基本だと思ってましたが、そうじゃないこともあるんですね。
基本ステータスも高いようですし、お強いんですね!」
強い?俺が?というか、テイマーのスキルって?
俺には何もスキルがない筈だった。
俺はステータスを確認した。
────────────────────
16歳
男
人間族
レベル 3
HP 3300
MP 18200
攻撃力 594
防御力 475
俊敏性 316
知力 1095
称号 異世界転生者 すべてを奪う者
魔法
スキル テイマー() ────────────────────
昨日まで確かになかったスキルと、新たな称号が加わり、ついでにレベルまでもが上がっていた。
俺はこの銀色の犬をテイムして、魔物を倒したことになっているのか?経験値を貰えたということはそういうことだ。
テイマーのスキルの後ろの()が空欄なのは、従魔の名前がないからだろうか。俺はしばらく、コイツの名前を考えた。
「名前は……。
岳飛、お前はユニフェイだ。」
特に思いつくものがなかったので、好きな武将の名前をつけた。嬉しそうにユニフェイが吠える。
特に何かをいじった訳でもないのに、名前を変更しようと思い、ステータス画面を開くと、空白だった筈のスキル部分が、テイマー(岳飛:フェンリルの幼体)となっていた。
フェンリルなのか。そう考えていると、
「その子フェンリルみたいですけど、そんなわけないですよねー。」
「えっ。」
朗らかに言う受付嬢に、俺は一瞬ドキッとする。銀色という変わった毛並みではあるのだが、ユニフェイは一見ただの犬だ。
昨日の魔物のように、何か特別牙や角が飛び出ていたり、犬としては体が異常に大きかったりする訳ではないので、俺も最初は魔物だとすら思わなかった。
せいぜい普通の中型犬サイズ。幼体と書かれていたのだから、この先またまだ大きくなって、いずれは俺の身長も越して巨大化するのかも知れないけど。
冒険者ギルドの受付嬢は、ユニフェイのどこを見てフェンリルだと感じたのだろうか。──やはりこの銀色という変わった毛並みか?こんな犬普通はいないのか?
「……フェンリルだと、……何かまずいんですか?」
「まずいというか、テイム出来たとか聞いたことがないです。伝説の魔物ですから、そもそも見たこともないですし。」
これは暫く隠しておいたほうがいいのかも知れない。名前が見れないのであれば、()の中の種族も見れないだろう。
「レッドグリーフはこちらでお売りになりますか?」
昨日のオオカミの魔物は、レッドグリーフというらしかった。レッドは色だと思うが、グリーフは意味が分からない。
単純に、この種族につけられた名前ということであれば、考えるだけ無駄かも知れなかった。
「ちなみに幾らですか?」
「こちらでは傷の程度にもよりますが、銀貨20枚から買取をしています。高くても30枚ですね。」
「少し考えてもいいですか?」
「はい、問題ありません。」
俺は冒険者登録だけ済ませると、冒険者証明書を発行して貰い、その足で商人ギルドへと向かった。
商人ギルドでも改めて登録を求められたので、登録をすることになった。
証明書を渡される時に、商人登録ではなく、買い取り希望の方用の、持ち込み限定の証明書になります、と受付の人に言われた。
この世界にくる以前、昔ゲームショップにいらないゲームを売りに行った時に、身分証明書を提示させられて、会員証を作らされたのを思い出す。
盗品なんかを持ち込んでいないか、勝手に人の物を売り払ってるわけじゃないのかってのを、確認する為らしいぜ、とショップに付き添ってくれた親友に言われた。
昔家の物を親に黙って勝手に持ち込んだ挙げ句、大量に売り払う子どもがいたらしく、子どもにも厳しくしているらしい。
もし捕まる人が出た時や、盗難申請があった際に、警察が犯行を証明したり、犯人を捕まえる為に、ゲームショップに提示された身分証明書をたどったり、盗品を確認しに行ったりするのに使うのだそうだ。
この世界の買い取りも、身分証明書を求めるってことは、きっとおんなじ理屈なんだろうな、と俺は思った。
強盗や盗賊が頻繁に出ると城で聞かされていたし、知らずに盗品を買い取ったりしないように、商人ギルド側でも警戒と対策をしてるんだろう。
普通身分証明書を作るのに、戸籍謄本とかの別の身分証明書が必要とされるけど、それを求められないのは有り難かった。
けど、一度でも盗品を持ち込んだのがバレたなら、その証明書は使えなくなるだろうけど、また別に新しく作ればそれまでじゃないのか?という気もした。
しっかりしているようで、抜け道のある、どこかザルなシステムだと思った。
冒険者ギルドの証明書を持っているかい?と聞かれたのでそれを見せると、テイムした魔物の名前やステータス開示は求められなかった。おそらく売り買いには必要ないということだろう。
「──レッドグリーフだね。状態もとてもいい。
毛皮の需要があるんだ。これなら銀貨50枚で買い取るよ。」
「じゃあお願いします。」
俺は商人ギルドに赤毛のオオカミを売って金を受け取った。商人ギルドの買取担当のオジサンからお金を受け取る際に手が触れて、俺の手が一瞬小さく光った気がした。
俺はギルドに紹介して貰った宿に向かった。冒険者ギルドの紹介してくれた宿のほうが安かったが、商人ギルドの紹介してくれた宿は、飯が評判で風呂があるというのが魅力だった。
宿は一泊2食付きで銀貨5枚。ちなみに冒険者ギルドの紹介してくれた宿は素泊まりで銀貨2枚と銅貨5枚。食事の出る宿は一泊5千円の民宿といった感じだ。つまり5万稼いだことになる。
テイムしていれば魔物も宿に入ることが出来るのだが、テイムしていると分かるよう、首輪をしろと宿屋の主人に注意を受けた。
首輪は後で買うことにして、腹は減っていたが食事も後回しに、まずは風呂に入って、それからステータスを開いてみる。
さっきの違和感がどうしても気になったのだ。
────────────────────
国峰匡宏
16歳
男
人間族
レベル 3
HP 3300
MP 18200
攻撃力 594
防御力 475
俊敏性 316
知力 1095
称号 異世界転生者 すべてを奪う者
魔法 生活魔法レベル5
スキル テイマー(
明らかに先程までなかった魔法の項目が加わっていた。
試してみたいことがある。俺は右手をじっと見ると、不思議そうにこちらを見ているユニフェイの体に触れた。
何も反応はない。──違いは何だ。
ユニフェイは魔物だ。魔法かスキルを必ず持っている筈。昨日レッドグリーフを倒した力は紛れもなく魔法かスキルの筈だ。
俺のスキル項目欄は、昨日まで確かに何もなかった。
ポイントは、手で触れたということ。
昨日は命の危機があったが、今日はなかった。
昨日は武器が欲しいと思った。今日は金が欲しいと思った。
欲しい。──力が欲しい。
そう思ってユニフェイに触れると、俺の手が小さく光る。ステータスを開くと、ステータスに風魔法レベル3があった。
俺はどこまでも俺について来たがるユニフェイを、宿の自分の部屋に残し、街に出てユニフェイの首輪を買いに行った。
テイムしていると分かれば、どんな店にでも入れるが、今はそうとは分からないから、普通はどこの店にも入れねえぜ、と宿のオッサンに言われたからだ。
それを部屋に通してくれたのだから、この宿の主人は大分気のいい人か、新人冒険者慣れしているのだろう。
店に入って首輪を見繕い、いざ会計しようとしたタイミングで、用途を店員に尋ねられて、テイムしている魔物用だと答えると、これじゃ駄目だよ、とアッサリ言われてしまった。
テイムしている魔物用と、犬猫用の首輪は違うのだと、そこで初めて知った。俺は見慣れた犬猫用の、小さくて細い首輪ばかりを見ていたのだった。
わざわざ確認してくるということは、知らずに買い求める人が多いんだろう。ならペット用、従魔用、って、売り場にプレートでも提示しときゃいいのにな。
……親切なんだか、不親切なんだか。
従魔用は、すべてが金属で出来たものばかりだった。オマケに一番安いものでも銀貨20枚と、ちょっといいお値段がする。
漫画に出てくるブルドッグが付けているような、首輪の金属部分から、棘の飛び出した物が一番人気らしい。
確かに凶暴な見た目の魔物にこんなものついてたら、怖さが増すし、従えてる感あるだろうけど。
ユニフェイは可愛らしい、普通の犬の見た目だから、ちょっとこういうのは似合わないな。出来るだけシンプルで、目立たないのがいい。
俺は銀貨25枚の、金属部分にちょっと飾り彫りがされたやつを選んだ。一番安いやつは、ただの金属の輪っかって感じで、流石に味気がなさ過ぎて気に入らなかった。
手持ちが半分を切ってしまうことを考えるとそこは痛いが、ユニフェイがいないと狩りもクエストも受けられない。
背に腹は代えられなかった。
店に行く途中と帰り道の途中。その道々で俺は、人々の体にこっそりと触れていた。小さく俺の手が光る。
宿に戻り、ステータスを開く。
────────────────────
国峰匡宏
16歳
男
人間族
レベル 7
HP 3500
MP 18600
攻撃力 606
防御力 487
俊敏性 328
知力 1107
称号 異世界転生者 すべてを奪う者
魔法 生活魔法レベル5 風魔法レベル3 回復魔法レベル1
スキル テイマー(岳飛:フェンリルの幼体) 鍛冶職人 アイテムボックスレベル1 調理 解体 再生 食材探知 ────────────────────
スキルを奪うだけでレベルが上がっていた。魔法はレアなのか、一般人は持っていないのか、あまり数が集まらなかった。
アイテムボックスはスキルの中ではレアなんじゃないか?なかなかにアツい。
俺はユニフェイに首輪をつけてやると頭を撫でた。すまんユニフェイ、もう一つ試してみたいことがあるんだ。
俺は風魔法を渡すと念じてユニフェイに触れた。
ステータスを見ると、魔法の一覧から風魔法が消えていた。
試しに一番いらないと思った鍛冶職人を渡すと念じる。
……やはりステータスから消えた。俺はツバを飲み込む。
俺はテイマー以外のすべてのスキルと魔法をすべてユニフェイに移し、回復魔法レベル1を奪うと念じた。
ステータスを見ると、鍛冶職人のスキルが移動していた。
──何度か試して分かったこと。
スキルや魔法を奪うのも与えるのも、直接相手に触れる必要があること。
奪うのはランダム。
与えるスキルや魔法は選択可能。
スキルを奪ったり与えるだけで自身のレベルが上がるということ。
レベルが10上がるごとに、レベル表示のあるものは、一緒に上がるということ。
レベルの上がったスキルや魔法を相手に渡しても、レベルが下がらないこと。
スキルや魔法の移動に魔力や体力を消耗しないこと。
──だった。
ただし上がり方に差があるのか、アイテムボックスはレベル1のままだった。
一度奪えば戦わずともレベルを上げることが出来る。
人に渡せるから、欲しい奴にスキルを売ってもいい。
努力をしないでたくさんのスキルや魔法が手に入るなんて、まさにチートだ。
気になるのは、テイマーの前の空白部分だった。
「何なんだろうな、これ……。」
眺めていただけのステータスに直接触れてなぞる。すると、空白だと思っていた箇所が反転し、文字が浮かび上がる。
スキル強奪。
それが空白の正体だった。
指を離すとまた空白に戻る。鑑定師に見えなかった理由が恐らくこれだ。
俺は笑いに歪む顔をおさえることが出来なかった。
──奪ってやる。この世のすべてを。
とりあえず、俺を追い出したあいつらから。
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