スキルロバリー〜スキルなし判定されて異世界で放り出された俺が、ユニークスキル「スキル強奪」で闇社会の覇王となるまで〜

陰陽

プロローグ すべての始まり編

第1話 俺だけ無能判定

「なんだよ……ここ。」

 誰かの声がする。

 俺たち小美玉学園の修学旅行のバスは、急な崖崩れを避ける為、ハンドルを取られて崖下に転落した筈だった。

「おーい、全員いるか?」

 クラス委員の影森龍樹の声がする。

「点呼取るよー、集まってー。」

 副委員長の野見山栞里の声もする。


 あたりを見渡すと、見知った顔が何人も、同じくあたりを見回しながら、ゆっくりと立ち上がり、影森のところへ集まって行く。

 俺も立ち上がり皆に習う。バスからいきなり柔らかい草の上に全員倒れていた理由は分からないが、こんな時にいつも通りの行動を取ってくれる人間がいると、何も考えずに済んで有難い。


「綿貫〜。」

「はーい。」

 最後の一人が呼ばれる。体調不良で欠席していた一人を除いて、クラス全員が揃っていることが分かったが、みんな不安そうだ。

「ねえ……三田村先生は?」

「原田先生も……。」

 バスにはクラス担任の三田村江梨子と、副担任の原田康介、バスの運転手、バスガイドが同乗していた筈で、ここにはその誰も、大人が誰一人いなかった。


 そもそも崖下に一緒に落ちた筈のバスすらなく、旅行の荷物を詰めたリュックもバッグも全員分なかった。

 見たことのない場所で、車も走っておらず、家一つ立っていない。かじろうて道と思われる一本道があったが、舗装もされておらず、かなりの田舎のようだった。

 ここがどこかもわからず、どちらに行けば帰れるのかも分からない状況では、不安になるのも仕方がなかった。


「何だよあれ!」

 突然野球部の西野が空を指差して騒ぎ出す。みんなが指をさされた方角を見ると、黒い幾つもの影が段々と近付いてくる。

 そしてそれは、プテラノドンに似た怪物であることが分かると、誰かの悲鳴をきっかけに皆がパニックになりだした。

「みんな静かに!」

「落ち着いて!」


 影森と野見山がみんなを抑えようとするが、一向に静かにならない。こういう時は先にパニックになったものの勝ちだ。

 俺は騒ぎ立てもせず、近付いてくるプテラノドンに似た怪物の群れを、ただじっと見つめていた。

 プテラノドンに似た怪物の群れがゆっくりと地上に降り立ち、その背中から、甲冑を着た大人たちが一人ずつ降りてくる。


 一番豪華な甲冑を身に着けた、リーダー格の男が俺たちの前にひざまずく。少し灰色のがかった金髪の、アッシュブロンドって言うのかな、明らかに顔立ちが日本人じゃない。

「お迎えに上がりました。勇者たちよ。」

 なのにはっきりとした日本語で俺たちに声をかけてくる。とても流暢で、まるで吹き替え映画を見ているかのようだ。

 俺たちは意味が分からず互いに顔を見合わせた。


 プテラノドンに乗せられ、連れて来られた先は王宮だった。とにもかくにも移動手段も通信手段も持たない俺たちには、少なくとも人のいる場所に連れて行ってくれるという、見知らぬ大人たちに縋るしかなかった。

 俺がプテラノドンだと思っていたのは飛竜の一種で、俺たちを連れてきたのは竜騎士団の第2部隊とのことだった。


 でっぷりと太った、こずるそうなハゲでスケベ髭の王様にも驚いたが、何より驚いたのは、そこに体調不良で修学旅行を欠席していた筈の篠原英祐がいたことで、みんなが次々に篠原に駆け寄って声をかけた。

 篠原はみんなに囲まれて嬉しそうだった。みんなも見知らぬ土地で知り合いの顔を見たことで安心したのだろう。


 ただ、普段なら絶対お目にかかれない光景なことに、俺は虫唾が走った。

 篠原はいじめられっ子だ。修学旅行を休んだ理由も、体調不良となっていたが、単に班行動の班決めの際にどこにも入れて貰えず、先生が無理やり組ませたグループの奴らから、当日休めと脅されていたのを目の当たりにしていたからだ。

 それがこんなところで出会ったからと急に仲良しごっこか。どうせすぐ手のひらをかえされるのに、篠原もつくづくお人好しだなと思った。


「皆さんは我々が呼んだ勇者です。

 我々は魔族に苦しめられています。

 ぜひ皆さんのお力を貸してください。」

 要するにドッキリでなければ、ここは異世界らしかった。言葉がいきなり通じたりするのも、勇者召喚のオマケのようなものなのだろうか。

 テンプレな説明に皆が沸き立つ。


 騎士団に魔法師団に竜騎士団が俺たちを取り囲むように、俺たちが思い思いに立っている赤い絨毯の脇に並んで立っている。

 その殆どが外国人の見た目だったが、でも兵士たちの何人かは、アジア系と思わしき見た目の人もいて、ここはどういう世界線なのだろうと思わせる。


「こちらに転送されるにあたり、少なくとも1つないし、多い方で3つのスキルが付与されている筈です。

 これから鑑定職の人間により、それを鑑定させていただきます。」

 皆が楽しそうにわあっと湧いた。

 順番に、雷魔法だ弓スキルだと、ワイワイ騒ぐ中、俺の番になり、手をかざした鑑定師が首をひねる。


「大変残念ながら……何も見えません。

 現時点で何のスキルもお持ちではないようです。」

 クラスメートを含めた全員がざわつく。

「──スキルなし……?」

「前例がないぞこんなの……。」

 兵士たちが顔を見合わせてヒソヒソとやりだす。俺はその様子に少し焦りだす。こんなところに連れて来られて、1人だけ役立たずだなんて冗談じゃない。


「すみません、その……、ご自身でもステータスを確認いただけますか?」

 申し訳なさそうに言う鑑定師の男にやり方を教わり、俺は自分のステータスを確認する。

 ───────────────────

 国峰匡宏くにみねただひろ

 16歳

 男

 人間族

 レベル 1

 HP 3200

 MP 18000

 攻撃力 583

 防御力 469

 俊敏性 311

 知力 1089

 称号 異世界転生者

 魔法

 スキル       

 ───────────────────

 確かにゲームのステータスらしき数値が見えた。この数値が高いか低いか分からないが、魔法とスキルの欄がまったくの空欄だった。

 鑑定師にそれを告げると、鑑定師がパンパンと手を叩き、

「とりあえず、次の方を見ましょう!」

 と皆を静めた。

 次は篠原だった。


「休んでたのにわざわざ呼び出されるくらいだし、アイツすげんじゃね……?」

「しっ。」

 確かにありうる話だった。篠原自身も期待に満ちた顔をしている。異世界で大逆転なんて、アイツがこの場の誰より望んでる事だもんな。

「あなたのスキルは……。」

 皆が息を呑む。


「──自爆……です。」

「は?」

 スキルの名前を告げられた篠原がキョトンとする。他のみんなが言われた、魔法スキルや職業スキルと違い、明らかに戦う為のものだとは思えない。

「こんなことは……ありえません。

 自爆は本来魔物にのみ与えられるスキルです。人の身になど……。」


「ププッ、あいつ、魔物なんじゃね?」

「ありうる。」

 篠原に修学旅行に来るなと言った張本人の益田と岡崎の二人が笑っている。

「あ、あの!さっき、一人に最大3つって言いましたよね!?

 他に、他にないんですか!?」

 篠原が鑑定師に食い下がった。


「は、はい、他にもございます。

 再生と、転送です。」

 再生は自爆とセットだとして、転送は使えるんじゃないか?

 篠原も同じことを思ったようだ。

「て、転送でみんなを一気に魔王軍の前に送り込むとか、逆に逃がすとか、そんなことが出来るってことですか?」

 篠原に手首を捕まれた鑑定師は申し訳無さそうに、


「……転送は、生き物には使えません。

 何故か、転送で飛ばされた生き物は、転送先で死にます。

 転送のスキル持ちの方がついている職業は、主に、引っ越し……ですとか。」

「ひ、引っ越し……!」

「笑っちゃ悪いって〜!」

 益田と岡崎の声に、篠原は首まで真っ赤になって泣きそうだった。


「けどスキルなしよりマシだろ?」

「そうだな、自爆より使えないとか、あいつなんの為にここに来たんだ?」

 確かにその通りだった。皆の視線が俺に集まる。

「自爆と再生なら特攻に使えるんじゃないか?」

「いや、魔物や魔族ならともかく、自爆した人間が再生出来る訳がないだろ。

 大体再生って、壊れた武器を元に戻すとか、そんなスキルじゃないか。」


「一回だけのスキルなら……、魔王軍が集合しているところに、直接放り込んで生きた爆弾にすれば相手が油断するのでは……?」

 兵士たちの手が篠原に迫る。俺はこの時点でこいつらに違和感を感じた。特攻?生きた爆弾?何言ってんだ?

 とても異世界からわざわざ召喚してきた大事な勇者に対する扱いじゃない。いくら魔王は必ず倒さなくちゃならなくて、かつ篠原が使えないスキルだとしても。


「い、嫌だ!来るな!!!」

 篠原が自分をかばうように両手を顔の前で交差させた瞬間、まばゆい光と共に爆発音がした。

 目をあけるとそこに篠原の姿はなく、焼け焦げた石の床と、爆発に巻き込まれて腕が吹っ飛んだ兵士と足が吹っ飛んだ兵士。そして血溜まりがあった。悲鳴があがる。


「早く!救護班を!」

「あいつ、利用されるくらいならって自殺しちまうとはな。」

「いんじゃね?元々いなくても別に困らないし。」

 益田と岡崎が笑いながらそう言い合っている。

 仮にもクラスメートが目の前で死んだかも知れないのに、よくもそんなことが言えたものだ。


 さして親しくない俺や、他のクラスメートですら、動揺してるというのに。

 怪我をした兵士たちが救護の為に連れられて行き、床には血溜まりをとりあえず隠す為の茶色の絨毯が、赤くて長い絨毯の上に敷かれたが、下から染みて段々と血が広がってくるのが恐ろしかった。


「それではスキルが判明した皆様は、それぞれスキルに応じて使い方の訓練をしていただきます。

 魔法を使える方は魔法師団、弓や剣のスキルの方は剣騎士団、テイマーの方は竜騎士団の担当です。」

 皆がバラバラに兵士たちについて別れる。声をかけられなかった俺だけが残った。


 兵士たちが先導して立ち去ろうとするのを見て俺は慌てた。

「あ、あの、俺はどうしたら……?」

 スキルが本当にないのか、再鑑定して貰いたかったが、鑑定職の男は既にどこかに行ってしまっている。

「あなたは……スキルがないのでしたね。」

 王の側近と思わしき男が、後ろ手に腕を組みながら、高いところから冷たく俺を見下ろす。


「──他の皆さんは国の役に立って下さいますので、衣食住を保証しますが、あなたを養うのであれば、他の皆さんに対価を払っていただかなくてはなりません。

 つまり勇者として魔王軍に立ち向かう為の鍛錬の他に、皆さんに働いていただくことになりますが、いかがですか?」

 俺は不安になって皆の顔を見回す。

「お、追い出すのは……ねえ?」

「うん、知らない場所で子ども一人は無理があるよ。」

「僕たち、働きます!」

 委員長の影森がそう言ってくれてほっとした。


 自分の部屋に案内され、さっそく仕事を言い渡される。俺の仕事は薪割りだった。朝から晩まで一日中、ひたすら薪を割る。手に豆ができては潰れ、それでもまた割った。

 時折、日中みんなが訓練に駆り出されて行くのが見える。魔法を使える者は連日森へ、それ以外は城の中庭で鍛錬し、その内の何日かは森へ出かけているようだった。

「──よう、手伝いに来たぜ。

 今日は俺も薪割りなんだ。」

 弓のスキル持ちだった西野が声をかけてくる。知り合いと話せるのは嬉しかった。


 スキル持ちと俺は部屋が離れていて、こういう時しか誰かと会話も出来ない。

 寝るのも1人。食事する時も1人。騎士団の連中すらも誰1人声をかけてこない。

 ──何もかもが1人だった。

 だから久々のクラスメートとの会話が楽しかった。西野と一緒に、先生の悪口や、最近胸が大きくなった隣のクラスの女子の話で盛り上がった。

 それから一週間一緒に薪を割ったが、担当が変わったのか、気が付けば西野は来なくなっていた。


 それから俺の仕事は増した。馬の世話、畑仕事、薪割りも継続していた。朝から晩まで働いても仕事が終わらない。ただクタクタになって寝るだけの日々。

 それでも俺に与えられる食事と言えば、薄いパン粥のような、粗末な物と水が朝夕の1日2回。新しい着替えも貰えない。

 風呂にもろくに入れない。あっても濡らした布で体を拭く。ただそれだけ。水はお湯ですらなかった。

 だが文句を言ったところで、ここから放り出されても、俺に行くあてなんてなかった。


 毎日ぐったりしながら眠りについた。俺は何の為にここにいるのだろう。早く家に帰りたいと、それだけを思って過ごした。

 一ヶ月もたたない頃、俺は再び謁見の間に呼び出され、赤い絨毯の上に立ち、王の前にいた。絨毯は新しい物へと変わり、皆が遠巻きに気まずそうに俺を見ている。

 戸惑う俺に王の傍らにいた宰相が告げる。

「……ここにいる皆さんから、これ以上、あなたを養う為に仕事をしたくないとのお話がありました。」


「え?え?」

 青天の霹靂だった。みんなが仕事をしないと、俺はこの城で生きられない。スキルもない。家もない。知り合いだっていない。

 放り出されたところで、生きる術を持たない子どもが、こんな異世界でどうしろというのか。

 みんなにもそれが分かっていたから、俺の為に訓練以外にも働くことを申し出てくれた筈だった。


 俺をこの城から追い出すことは、遠回しに俺の死を意味する。死ねと直接言われなくとも、そう言っているのと同じことだ。

「皆さんが仕事をしないのであれば、あなたを養うことは出来ません。」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!

 何でだよ、みんな!」

 俺は全員の顔を順繰りに見渡す。


「──あなたは知らないだろうけど、訓練て、ほんとにきついの!」

「俺たちは一刻も早く寝たいのに、お前一人の為に遅くまで仕事しなくちゃいけないんだぞ?」

「全員の為ならしょうがないけど、何にも出来ない奴一人の為に、何で俺たちがこんな辛い思いしなくちゃならないんだよ!」

 みんなが口々にそう言ってくる。


 俺はクラス委員の影森を見た。影森は俺と目を合わせようともしなかった。

「……ごめん。クラスの総意なんだ。」

影森がぽつりとそう言った。

「使えない者に用はありません。

 ──早々にこの城を立ち去りなさい。」

 兵士たちが俺の両腕をそれぞれ掴む。

「そ、そんな!勝手に連れて来たんだろ!

 元のところに戻してくれよ!

 俺を家に帰してくれ!!」

 城の外に引きずられながら俺が叫ぶ。


「……そんなスキル、──ありません。」

宰相が、まるで愚か者を見るかのような、見下した目線で俺を見ながら言った。

「ふざけんなああぁ!」

 みんなが俺から目をそらす中、俺は城の外に、着の身着のまま、何も渡されないまま、一人放り出されてしまった。

 目の前で重たい門の横の、俺がくぐらされた小さな通用扉が、ガシャンと音を立てて無慈悲に閉められた。

 俺はしばし呆然としながら、未練がましく、2度と開くことのないその扉を見つめ、地べたに座り込んでいた。


 こうしていてもしかたがなかった。俺はヨロヨロと立ち上がり、王宮から続く道を進むと、そこは城下町に続いていた。

 金もない、連絡手段もない。城下の街には屋台が広がり、美味そうな肉の焼ける匂いがしたが、今の俺には手に入らない。

 俺1人養う為に、クラス全員の労働が必要だと言ってくるような奴らだ。暫く暮らせるだけの金なんて、当然くれる筈もなかった。


 腹の虫が空腹を告げてくる。そういえば腹が減った。朝食べたきりなのだ。今は何時なのだろう?周囲に時計は見当たらないが、どう見ても日が落ちかけている。

「あ、あの、交番は……。」

「どいたどいた!商売の邪魔だよ!」

 この世界にあるとも思えなかったが、せめて役所とか警察とかの、公共機関を頼りたかった。だが荷車を押した男に声をかけるも、素気なくあしらわれる。

 目の前で無邪気に子どもが串にさした肉を頬張っている。俺は──それを奪って走り出した。


 子どもの泣きじゃくる声と大勢の大人の男の声。痛い。痛い。俺は体を丸くして、内蔵を守るので精一杯だった。

 俺はすぐに近くの男たちに捕らえられ、ボコボコに蹴られて身動きが取れなくなってしまった。

 男たちの1人が俺を抱えあげると、どこかに連れて行こうとする。そして何事かを別の誰かと話した後、俺は突然何かの上に乱暴におろされた。


 何かに乗せられたのだという事までは分かったが、それが何かはすぐに分からなかった。鞭を叩くような音と蹄の音で、それが馬車であることを知った。

 ゴトンゴトンと体の下の木の板が振動で揺れ、それが直接体に当たって痛い。床に横たわったまま、薄く開けた目の端に、動いて遠ざかってゆく星空と景色が見える。


「──まったくふてえ野郎だ!」

「盗人は街に置いとけねえんだ、子どもだから直接命までは取らねえが、悪く思うなよ!」

 身動きが出来ないまま、俺を馬車に乗せた男と、御者らしき男2人がかりで、馬車の荷台から地面に放り出される。

 草の上なのがせめてもの救いだったが、痛いことに変わりはなかった。


 この世界の人間は、直接命を奪いさえしなければ、結果死んでも自分たちに何の責任もないと考えているのだろうか。

 万引きした子どもを店から放り出したとしても、その子には帰る家があるが、俺にはそんなものはない。

 ましてや王宮にいた時に、外には魔物がたくさんいて危険だと聞かされていた。


 だから元クラスメートたちも、外に行く際は必ず騎士団なり魔法師団が同行する。

 それなのに、いきなり外に放り出しておいて、命だけは取らない?──それが一体何になると言うのだ。

 俺は王宮の奴らと街の奴らが重なって、この世界の人間すべてに吐き気がした。


 ここは……どこだ。

 草と血の匂い。

 目を閉じたままの俺に分かるのはそれだけ。

 早く起き上がらなくてはならないのに、体が動かない。眠い。もうこのまま寝てしまいたい。目を閉じたまま、意識を手放そうとした時だった。


 突如響いた複数の唸り声に、俺ははっと目をあけた。何かいる。近付いてくる。俺は改めて、ここは魔物のいる外の世界であることを思い出す。

 既にあたりは暗く、何も見えない。無理やり体を起こすと、手探りで何か少しでも武器になるようなものを探す。

 何か。何か何か何か。


 すると、手に固く冷たいぬるっとした何かが触れた。手元が明るくなり、雲が切れて月明かりが射し込んだのに気付く。

 俺が触れていたものが何か見ることが出来た。

 ──人だ。

 死にかけている。というか、ほんの少しだけ体温が残り、口元に手をかざすと、うっすらと呼吸をしている気はするが、それはあまりに弱々しく、ほぼ死んでいるに近い。


 俺と一緒に連れて来られたのだろうか。馬車に乗せらていた際、横に誰かいたかを思い出そうとするも分からなかった。

 手についたものが血だとわかり、俺は地面にへたり込んだ。

 すると、雲の隙間から射し込む月明かりの中に、暗闇から1匹の犬のような、銀色の毛並みの生き物が現れて近付いてくる。

 さっきの唸り声の主だろうか?


「く、くるな……!」

 俺は後ずさりしたが、犬が近付いてくる速度に当然敵わない。俺はギュッと目をつぶった──顔が温かい何かに舐められている。

 恐る恐る目をあけると、さっきの犬が、俺の顔を舐めてきれいにしていた。

「お、お前……。」

 とても可愛らしい、ただの犬だった。


 俺は思わずホッとするも、先程まで聞こえていた唸り声が、突如咆哮になった。

 銀色の犬が庇うように俺の前に立つ。

 銀色の犬よりも更に大きな燃えるような赤い毛並みの犬──犬というより、オオカミ?頭に小さな角のようなコブのようなものが幾つも飛び出た化け物が、3体俺を取り囲むように近付いてくる。


「お前!危ないから前に出るな!」

 俺は銀色の犬を庇おうと体を掴んだが、銀色の犬はスルリと俺の腕を抜けると、口元から赤毛のオオカミに何かを放った。

 真ん中の赤毛のオオカミの首筋が、見えない何かに切り裂かれ、悲鳴をあげて赤毛のオオカミが倒れる。

 それを見た他の2体が尻込みをする。


 銀色の犬が唸り声をあげて前に進むと、赤毛のオオカミの残り2頭は、尻尾を丸めて去って行った。

「……助かったよ。お前、強いんだな。」

 多分こいつも魔物なのだろう。さっきの見えない何かはきっと魔法だ。けど、不思議と怖くはなかった。


 何故だかコイツが、俺を守ろうとしてくれていたのが分かったから。

 頭を撫でてやると、銀色の犬が体ごと擦り寄せるように甘えてくる。懐いてくれているのが、普通の犬のようでとても可愛い。

 この世界に来て、初めて優しさに触れた気がした。悔しくて、嬉しくて、自然と涙があふれた。

 その日俺は、銀色の犬を抱きかかえて眠った。

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