番外編_第12話

 結論から言うと。悠子ちゃんはお父さんに全然引かなかった。

 そして悠子ちゃんをお父さんに紹介する会は、谷川さんも含めた四人のお食事会とした。谷川さんを席から除いたとしても彼女の話が挙がるのは間違いなかったし、それなら最初から一緒の方が良いでしょうという流れだった。

 お食事会は収拾が付かないくらいわちゃわちゃしてしまったので詳細を割愛する。

 まず想像通りお父さんが悠子ちゃんを「格好いい」と言って喜び、「モデルに興味はないか」「僕が口を利こう」と前のめりになるのを私と谷川さんで懸命に止めた。悠子ちゃんを守ろうとした行動だったのに、慌てる私達を見て悠子ちゃんがお腹を抱えて笑い出すから、二人でそれに怒った。そうしたら次は「二人のそんな顔を見たのは初めてだ」とまたお父さんが喜んで――。

 まあ、よく分からない会ではあった。だけど楽しかったと思う。悠子ちゃんとお父さんが一番楽しそうだったけどね。私と谷川さんは終わった頃にはヘトヘトになっていた。お父さんと悠子ちゃんは存外、相性が良さそうで。……若干、未来を憂えたのは私の方。二人揃うと、流石にちょっと疲れる。

「いや~面白い人だったな~。計算の無い詩織ちゃんだった」

 後日。改めてあの日を振り返ってそう言った悠子ちゃん。その表情が朗らかなのは嬉しい。だけど後半が聞き捨てならない。

「え? 私と似てた?」

「めちゃくちゃ似てたよ」

 お父さんのことは大好きだけどそれはちょっとショックだ。私の表情にそれが表れていたのか、悠子ちゃんがくすくすと笑う。

「詩織ちゃんは人を振り回す時のタイミングや程度とかをちゃんと考えてる。その調整ボタンが付いてない感じかな。あぁ、もしかして振り回す行動の『参考』がお父さんで、それで似てるのかな?」

「……それは、あるかも」

 生まれてからずっとお父さんを見てきたし、友達が少ない分、私は家族の影響を強く受けているんだろう。お父さんに振り回されている人達のことも沢山見てきたから、『あの反応が欲しい』と思ったら、お父さんの言動を真似ることはあるかもしれない。ただしその全部が無意識なので、それを『遺伝』と呼ばれたら、それも、そうなのかも。やっぱりちょっとショック。

「っていうか、詩織ちゃんと琴美が面白かったなぁ。私を心配して気を遣い過ぎてた感じがする」

「そうみたいだね……」

 今更、お父さんの言動に私自身が慌てふためくことはあまり無い。もう慣れているし、谷川さんだって恋人として身近に過ごす以上はそうだろう。ただ、お父さんが困った人であることは理解している為、『自分以外の誰か』が巻き込まれないようにと、つい慌ててしまう。私と谷川さんがヘトヘトになったのはそのせい。多分、悠子ちゃんが居ない三人でなら、もっと穏やかだった。悠子ちゃんを紹介する為の会だったから、除けるわけもないんだけど。

 あと、結婚式の受付の件は、その席で改めて相談した。結果、私がお願いした通り、悠子ちゃんと二人でやらせてもらえることになった。お父さんと谷川さんの仕事仲間の方々は私の顔を覚えているかもしれないから、その場合は私もご挨拶する。それ以外は裏方として悠子ちゃんのサポートに徹する予定。これで受付時間を暇に過ごすことは無さそうかな。良かった。

「そういえば、詩織ちゃんは和装?」

「ううん。私は洋装。でも叔母さんが和装にするって。谷川さん側のご両親が和装にする予定だから、揃えるみたい」

「そっかー、詩織ちゃんの和装も見てみたかったなー」

 悠子ちゃんにそう言われると和装にしたくなっちゃうから止めてほしい。でも、私の好みの問題で洋装となったわけでもないから、そんなことで変更は出来ないんだけど。

 立場的に私は『連れ子』なので、新郎と一番近い親族とは言え、新婦の『両親』と格を揃えるわけにはいかない。叔母もお父さんの妹だから、本来は同格となるべきではないだろう。しかし新郎側に『両親』の席が無い為、それを埋めるなら叔母しかないという消去法だった。

 それに谷川さんの養父母は亡くなった彼女のお母様の妹夫婦で、新郎である私の父と同世代。つまり、私の叔母とも同世代だ。見た目は確かにそれで揃う。むしろ並べた時に「新郎は何処?」って感じかな。お父さんが泣きそうだから言わない。

「あー、ご両親……詩織ちゃんの祖父母さんは、いらっしゃらないの?」

 本来なら埋まるべき新郎の『両親』の席。最初から話題に挙がってこないことで、悠子ちゃんが少し気を遣った言い方をした。でも心配するような重たい理由は何も無い。二人共ぴんぴんしているし、仲が悪いわけでもない。ただ、「行かない」と即答だったそうだ。

「お祖父ちゃん、『何で二回目なんかに行かなきゃならんのだ恥ずかしい』『好きにしたらいいが、くれぐれも詩織には迷惑かけるなよ』だって」

「ふふ」

 本当は二回目であることより、新婦側の家族との年齢差を考えてのことだと思う。あと、二人は北海道に住んでいるから、移動の負担も心配な年齢だ。個人的にはこれで良かったんだと思っている。

「へ~、だから北海道かー」

「なに?」

「いや、新婚旅行。北海道に行くって琴美から聞いた」

「……初耳なんだけど」

「えっ、ごめん」

 謝られてしまった。言っちゃいけないことを言ったみたいな顔で焦る悠子ちゃんが可愛いから、もう少し傷付いた顔をしようと思ったのに、つい笑ってしまう。つまり新婚旅行のついでに、お父さんの両親にも挨拶に行くつもりなんだね。もしかしたら谷川さんがそれを望んだのかも。お父さんは、自分側の家族には雑だから……。

「私も一緒に来るかって誘われたくないし、私からは触れないようにするね」

「あはははは!!」

 思った以上に大きな声で笑った悠子ちゃんにちょっとびっくりしたけど。これ多分、あれだね。新婚旅行に混ざる私、もしくは混ざられる谷川さんを想像して笑ったね。無いから。腕を抓ったら、笑い過ぎたせいで滲む涙を拭いながら「ごめん」と言われた。その顔、ちっとも反省してないよ。もう。

「旅行かぁ。私らも落ち着いたらどっか行く?」

 拗ねていたら不意に、そんなことを言われる。私を見下ろす優しい瞳にいつも絆されて、怒っていた気持ちはすぐに何処かに行ってしまう。相変わらず、ずるい。

「そうだね、泊まりはプールしか行ってないし」

 しかもあれだって『ちょっと遠い』を理由に泊まっただけで、隣の県だった。旅行と言うほどでもない。

「温泉、テーマパーク。夏なら海とか山とか……、うーん、いっそ国外?」

「ふふ。選択肢が沢山あるね」

 唐突な話だったから、悠子ちゃんの部屋に旅行誌などが揃っているはずもない。でもノートパソコンが一台テーブルに置かれると、そんなことは関係なくなってしまう。お父さんと谷川さんの結婚式が終わったら、私達も何処かに遊びに行こう。そんな計画を立てることにした。

 ただ、「一緒に旅行に行きたい」というのが目的として立ってしまった為に選択肢が多すぎて。しかも仕事の繁忙期なども重なったせいで相談がずるずると長引いた。

 その結果、行き先が四国――私も悠子ちゃんもまだ行ったことが無いから――と決まったのは、六月の頭。お父さんと谷川さんの結婚式が間近に迫った頃にようやくで。詳細を詰めるのは結婚式後にしようかって、悠子ちゃんと苦笑いした。

 だからまずは、二人が幸せな結婚を迎えてくれるよう、精一杯、お祝いしよう。

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