番外編_第11話

 自分の大学時代とか聞かれてまた『友達の居ない私』を笑われても敵わないので、早めに、違う話をしようと思う。どの道、今日しようと思っていた話。

「ところで悠子ちゃん、ちょっと相談なんだけど」

「うん?」

「受付のもう一人って、もう選んだ?」

 私と悠子ちゃんは、式場での受付係として、それぞれ新婦側、新郎側で頼まれている。勿論『二人から』ではなく、別々で、谷川さんが悠子ちゃんに頼み、お父さんは私に頼んだ形。そして谷川さん側はゲストが多いから二名で受付をする予定と聞いていて、その人選を悠子ちゃんは「丸投げされた」と先日嘆いていた。

「いや、まだ。ゲストの誰でも良いって言われてるんだけど、ゲストの一覧がまだ来てないからね」

 悠子ちゃんはそう答えつつも、首を傾ける。「何で?」と伝えるつもりのその仕草がちょっと可愛い。

「それなら、受付、私と二人じゃダメかな?」

 新郎側は私と叔母の二人だけで、先に到着してお父さんを手伝っているだろうから、受付はそもそも必要ない。あくまでもバランスを取る為の『飾り』だ。つまり私は受付場所にただずっと立っているだけになる。あまりにも暇すぎる。私が顔を知る仕事関係者も二名だけ。ご挨拶にお応えするとしても一瞬で終わってしまうはず。

「なるほど」

 その説明に、悠子ちゃんは私が置かれるだろう状況を察してそう言うと、「それはつらい」と苦笑した。

「ご挨拶するのは悠子ちゃんに任せて、一覧をチェックするのが私、とかでいいんだけど」

 谷川さん側のゲストとは全く面識が無い為、私がご挨拶をしても全員が「誰?」となる。だから裏方として何かしていたい。ただただ暇だから。

 でもこれは悠子ちゃんに『もう一人』が決まっていたら必要ない、むしろ邪魔になってしまう為、悠子ちゃんがそれを決めてしまう前にお願いしたかった。私のお願いを、悠子ちゃんは全く憂いなく頷いてくれた。

「いいね。琴美にそれ伝えてみるよ」

 ホッとしたのは一瞬だけ。この対応をする場合、私にはもう一つの懸念があり、併せてそれも伝えなくてはいけない。

「あのね、それで、悠子ちゃん」

 ニコニコ笑顔で頷いてくれた彼女に対して私の表情は未だ真面目なまま。というか、むしろ険しくなってしまっていたと思う。また悠子ちゃんが不思議そうに首を傾ける。

「その受付のことを二人に話す為にも、やっぱり、お父さんに悠子ちゃんを恋人だって、伝えておこうと思うんだけど」

「あー」

 有耶無耶になって以来、お父さんには恋人が出来たことをまだ報告できていない。

 私達が二人で受付をするという件、谷川さんは納得してくれると思う。でも『新郎の長女』という立場の私が何故『新婦側の受付の手伝い』をするのか、お父さんに説明する際、私達の関係を伏せるのはちょっと難しいことだと思っていた。

 つまり恋人であることを伝えた上で、今回の提案を私からしたって、そのまま伝えるべきなんじゃないかと。

 でもそうなるとまた新しい問題があって、結婚式当日におそらくお父さんが「君が詩織の恋人なんだね!」と悠子ちゃんに詰め寄ると思う。自分の式に集中してほしいけど、悠子ちゃんを見付けたら我慢しないに違いない。当然、悠子ちゃんを隠すこともできない。そんな懸念も全て伝えてから、私は短く緊張の溜息を零した。

「だからね、事前に軽く会ってもらった方が良いかなとも、思ってて……」

 言いながら、恐る恐る、悠子ちゃんを窺う。すると彼女は何だかいつも通りの飄々とした顔だった。

「うん? でも今は向こうのスケジュールが大変そうだね。タスク増やしちゃって平気かなぁ」

「……ど」

「ど?」

 思わず心の声が飛び出しそうになったが一音目で止めた。しっかり聞こえてしまって悠子ちゃんが復唱しているけれど、私はそれに弱く首を振る。

「……ううん、そうだね、お父さんの予定も聞いてみる、ね」

「うん」

 話が終わってしまったんだけど。

 私の中の、不安と言うか、疑問みたいな諸々が消えて行かなくて。飲み込むべきかとしばらく黙っていたものの、やっぱりちゃんと解消しておこうと改めて顔を上げる。悠子ちゃんは私の様子がおかしいことには気付いていたみたいで、まだじっと私を見下ろしながら待ってくれていた。

「悠子ちゃん、お父さんに会うの……その、嫌?」

「え?」

 拍子抜けするほど、悠子ちゃんは明らかに『その発想は無かった』という顔をした。そしてそう読み取れた表情通りに、はっきりと首を横に振る。

「いや、全然。普通のご家庭の娘さんのところへ挨拶に行く方が一億倍こわいよ。同性だからね」

「あぁ……」

 確かに、それはそう。私のお父さんは同性愛者である私の為に、同性愛者を支援する団体の代表までしてくれている。そんな規模で私を応援しているお父さんが、性別を理由に交際を反対する可能性はゼロどころかマイナスとまで言えた。

「まあ、私が相手じゃ、がっかりさせるかも~って不安はあるけど、そっちはいつものことだから、あんまり気にしてないし」

「そんなの絶対にあり得ない」

 相変わらず、悠子ちゃんは自己評価が低いけど。絶対に無い。お父さんは悠子ちゃんを一目見たら間違いなく『格好いい』って大喜びする。むしろ喜び過ぎてそのテンションに悠子ちゃんが引くだろうという確信まであった。

「もしかして詩織ちゃん、それでご紹介を延ばしてくれてたの?」

「……私の方が、不安だったみたい」

 お父さんが変わり者なのは自覚しているし、言葉ではそう伝えてきたつもり。だけど実際に会ってお父さんと話した時、もし悠子ちゃんがお父さんのことを「苦手だ」と感じてしまったら。そう考えるほど、会わせることに不安があった。

 私はこれから先も一生、お父さんの『娘』だ。その私と過ごしていく未来を悠子ちゃんが憂えてしまうんじゃないかって、ずっと怖かったのだ。

 そう話したら、悠子ちゃんは何だかすごく可笑しそうに目尻を下げる。

「じゃあお父さんにお会いしたら、その不安がようやく詩織ちゃんの中から無くなるんだね。それなら出来るだけ早い方が良いね」

 会った瞬間に私の憂いが無くなるみたいな、何の心配も要らないみたいな言い方だ。

「自信ありげ」

「だって詩織ちゃんのお父さんで、琴美の旦那さんでしょ?」

 少しも不安そうにしていない、確信めいた顔で悠子ちゃんが笑う。悠子ちゃんからすれば、恋人である私と、親友である谷川さんの両方と仲が良いんだから、自分がダメに感じるわけが無いって思っているらしい。

「後悔しても、知らないからね」

「あはは」

 そんな彼女を見てもまだ私の中に微かに残ってしまう不安を、素直じゃない形で口にしたら。やっぱり悠子ちゃんはそれを軽く笑い飛ばして、私の頭を優しく撫でてくれた。

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