番外編_第9話

 菜月との出会いを話し終えた私は、別にこんなことを話す必要は無かったかもしれないと、少し遅れてから気恥ずかしくなる。誤魔化すみたいにコーヒーを飲んだら、話が終わったのを汲み取って悠子ちゃんがニコニコと笑った。

「そうして長谷さんが詩織ちゃんのハジメテのオトモダチになったんだねぇ」

 可笑しそうに目尻を下げながら、彼女が言い放った感想。それもちょっと心外だった。

「別に初めてじゃない。小さい時には普通に友達くらい居た」

「えっ?」

「菜月が一番驚いた顔するの止めて」

 本気で驚いた時に見せる表情じゃなかったから、これは揶揄からかっているだけ。案の定、菜月は私が眉を寄せると満足そうにニカッと笑った。

「だって中学から知ってるけど、詩織に友達とか居た気配なかったじゃん」

 そういう真っ当な指摘も控えてほしい。本当にお互い中学生の時から存在だけは知っていたんだから、誤魔化しようもまるで無い。小さく唸る。

「……小学生までは居た」

「中学からもう居ないのウケる」

「やめて」

 私達の会話に、悠子ちゃんが弾けるようにして笑い声を上げた。思わず軽く睨んだら、やっぱり笑いで声を震わせながら「ごめん」って言う。はあ。もう、三人で喋り始めてからずっとこれ。居心地が最悪。

「まあそんな感じで、詩織とは付き合いが長いんですけど。それでも恋愛相談してきたのは今回が初めてで楽しかったですよー」

 多少の覚悟はしていたものの、やっぱりそういうこと話すよね。軽く項垂れる。恥ずかしいこと、全部知ってるんだもん。今日は一体何処まで暴露されるのかと、憂鬱で仕方がない。ただ、これだけは先に伝えようと思った。

「悔しいけど。菜月のお陰で最終的に悠子ちゃんと付き合えたようなものだから、それは感謝してる。一人で悩んでたら、とっくに諦めてたと思うし」

 菜月には若干、遊ばれていたのも否めないんだけど、もう駄目かもって気持ちになる度に「もうちょっと続けてみたら」って言ってくれていた。あれが無かったら本当に、今が無かった。私のそんな言葉を聞いた菜月は、ふっと優しい目で笑う。普段は突き放すように冷たい対応ばっかりの癖に、時々そういう顔をするから、調子が狂うの。

「諦め……?」

 その時、何故か悠子ちゃんは何の話か分からないくらいとぼけた反応をした。私は再び項垂れた。悠子ちゃんって、そう、こういう人だった。

「あれ? 詩織、まだ伝えてないの?」

「伝えたはずなんだけど。谷川さんとの会話中に」

 此処まで言っても、悠子ちゃんは更に首を傾けて、直角まで曲がるんじゃないかってくらいの角度を付けている。私は不満を込めて大袈裟な溜息を零した。

「私は初めて会った時から悠子ちゃんのこと気になってたって言ったでしょ」

「……ああ!」

 悠子ちゃんの首が元の位置に戻った。思い至った! って顔をしている。私の目が半分になった。

「忘れてたの?」

「いや、忘れてたわけじゃなくて、うーんと、もっと緩い感じで受け止めてたって言うか」

 瞬間、菜月がにやっと笑った。もう悠子ちゃんが言おうとしてることに気付いたみたいだったけど、私はまだちょっと把握できていなくて、今度は私が首を傾けた。続きは、菜月が答えてくれた。

「つまり、ちゃんとした強い恋心じゃなくって、『この人とだったら良いかも』くらいの熱量の話だと思っていたんですよね」

「ああ、そういう感じです」

 私は項垂れすぎてテーブルに突っ伏した。菜月は楽しそうにけらけらと笑い飛ばしてくれているけれど。全然、笑い事じゃない。悠子ちゃんがおろおろしながら私の様子を窺っている。でも心配するくらいなら、そういうこともっとちゃんと気付いてほしいの。

「だから詩織がもっと表現しなって言ったのに~」

「したけど! 悠子ちゃんには伝わらないの!」

「ごめんなさい」

 流れるように謝ってくれているものの、絶対、伝わってない。はあ。もう。溜息が今日だけで何度目になるのか全く数えられない。

「詩織、今まで味わったことが無いような執着心に戸惑いながら、可愛らしく恋愛してましたよ」

 私の代わりに伝えてくれるのはありがたいけど、その言い方は恥ずかしい。しかしそれでも悠子ちゃんは「へえー、ええー」と驚いているのか戸惑っているのか照れているのか信じられないのかよく分からない反応をしている。ただ、私の方も、記憶を少し辿って口を尖らせた。

「菜月は私が困ってるのを楽しんでたよね?」

「うん」

 爽やかな笑顔で肯定された。反射的に私が眉を寄せたら、悠子ちゃんがまた楽しそうに笑う。その反応にむっとして顔を上げると同時に悠子ちゃんは目を瞬いて、慌てた様子で背筋を伸ばした。

「ごめん。仲良しだなって思って、つい」

 そういう感想はもういいから。もう少し、私の気持ちを受け取ってよ。何度、目の前で項垂れてみせたって、悠子ちゃんには全然伝わらないんだって分かってる。それでも毎回、落胆してしまう私が居た。

「あ、ちなみにさっきの高校の時の話の、出会いの記念にベンチで撮った写真がこれです」

「ちょっと、嘘でしょ?」

 何でそんなものをしっかり残していて、今日わざわざ持ってきたの? ぎょっとしてすぐに言葉を挟んだのに、菜月は華麗に私を無視してスマートフォンを悠子ちゃんに渡していた。最悪。これ、本当だ。

「うっわー、珠玉の美少女。なにこれ、やば。下さい」

「でしょう! 勿論あげます、連絡先下さい」

「絶対やめて」

 思わず強めに声を上げたら、菜月はニヤニヤ顔で私を振り返った。

「今の『やめて』って、私と佐田さんが連絡先を交換する方を嫌がったでしょ」

「……悪い?」

 写真くらい別にあげてもいい。菜月が私に送ってくれたら、そのまま悠子ちゃんに渡せばいいだけでしょ。菜月と悠子ちゃんが連絡先を交換する必要は無いと思うの。むすりと不機嫌を露わにしたら、菜月は堪らない様子で肩を震わせて笑っているし、悠子ちゃんもちょっと眉を下げて笑っていた。

 結局のその後、写真の受け渡しは私を経由してくれることになった。菜月はこうして必ず揶揄うくせに、私が本気で嫌がることはしない。そうして引き下がってくれるのを見たら、……連絡先くらい良かったかもしれないとちょっと思ったけど。

「この超級の美少女がきついこと言うのが、どうしても楽しくて仕方が無くて」

「それはちょっと分かります」

 何その意気投合。大体、悠子ちゃんの前では、菜月の前で言うほどきついことを言った覚えは無いのに。悠子ちゃんを狙う女の子達や、下らない中傷をした女の子達を追い払った件は、睨んだだけで何も言ってないしなぁ……。ちょっとだけ不安な気持ちで記憶を辿ってしまった私は、菜月が楽しそうに此方を眺めているのも気付かなかった。

 この後は、小一時間ほど雑談をして、菜月とはそのまま店で別れた。本当に最後まで菜月はずっと楽しそうでご機嫌だった。悠子ちゃんも何だか妙に機嫌が良くて、さぞかし私が揶揄われているのを見るのは楽しかったのだろうとやや不満に思う。一方、私は。機嫌が悪いわけじゃないけど、疲れてしまったので静かにしていた。

「怒ってる?」

 大人しい私を気にしてそう声を掛けてくれるけど、声はまるで歌い出すかのようで、機嫌の良さを隠し切れていない。

「そういうわけじゃないけど」

「あはは。拗ねてるか」

 子供にするみたいに頭を撫でてくれるのも、嬉しくないわけじゃないけど。今はそういうのが欲しいわけじゃない。また口を尖らせてしまう。そうしたら不意に悠子ちゃんが少し屈んで、私の耳元に小さく囁く。

「詩織ちゃんってそんなに私のこと好きだったの?」

 いつになく静かな悠子ちゃんの声が、慣れなくって、一瞬、声が詰まった。

「……何度も、そう言った」

 不満を訴えるみたいな声しか返せなかったのに。顔を上げたら悠子ちゃんは照れ臭そうに、でも嬉しそうに笑っていた。菜月に散々遊ばれたのは腹立たしいけど、前よりはちょっと伝わったみたいだから、もう、いいや。

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