番外編_第7話

 幸せ過ぎるクリスマスデートから数日。大晦日の前日に、私は菜月とお茶をしていた。

「良かったわね」

 私が延々とクリスマスデートの感想を語り聞かせた後、菜月が返したのはやや棒読みのこの言葉だけだった。でもまあ、最後まで聞いてくれたから良しとしよう。満足して紅茶を傾けると「それで?」と菜月が言った。

「何が?」

「私にはいつ悠子さんを紹介してくれるわけ」

「え、絶対やだ」

「やだじゃねえよ。どれだけ話聞いてやったと思ってんの。可愛く言ったら許されると思うな」

 別にそんなつもりじゃない。だって可愛くしたって菜月には一切通用しないことをもう知ってるから。そう言ったら、本題はそこじゃないって言われた。うーん。

 菜月と、悠子ちゃんかぁ。どう考えても、あんまり会わせたくないなぁ。

 当然、改めて正直にそれを伝えても怒られた。

 確かに、私が悠子ちゃんと付き合えるに至ったのは菜月のお陰だと思う。それは間違いない。だから言われることは分かるつもりだけど、でも、嫌なものは嫌だった。

「写真じゃダメ?」

「駄目に決まってんでしょ」

 その後、私がどんなに渋っても「早く会わせろ」の一点張りで、菜月は引く様子が無くて。結局は私が折れて、「悠子ちゃんに聞いてみる」と言ったところで、ようやくこの話は終わった。

 いざ自分が紹介する側の立場になると、私にあっさりと谷川さんを紹介してくれた悠子ちゃんってすごいなぁと思う。

 翌日。大晦日は悠子ちゃんと一緒だった。例年通りならお父さんと過ごすんだけど、今年はコミュニティで開催する年越しパーティーがあったから、そっちに顔を出す為に地方に行っている。きっと谷川さんも一緒なんだろうな。運営だし。あんまり追及せず、「楽しんできてね」と伝えておいた。私も悠子ちゃんが居るから、そこまで寂しくはない。悠子ちゃんに断られたら寂しかったかもしれないけど、一緒に過ごしたいと願えば悠子ちゃんは快諾してくれた。

「本当に、ご実家に帰らなくて良かったの?」

「うん。代わりに昨日と一昨日に帰ったから大丈夫」

 私の会社も悠子ちゃんの会社も、二十九日から年末休みだった。その初日である二十九日と三十日、悠子ちゃんはご実家に帰っていて、大晦日とお正月に帰れない埋め合わせの親孝行をしていたのだとか。私と過ごす為に無理させたかなって心配したけど、大学生の時からこういうのはよくあるって言った。大晦日とお正月、過ごす相手が居ない友達とかは意外と多いんだって。それに付き合ってあげる悠子ちゃんを優しいなという思い半分、言わなかっただけで当時の彼女と過ごしたこともあったんでしょとも思った。こういう思考がダメなんだろうな……もう忘れよう。軽く頭を振っていると、悠子ちゃんは私の奇行にちょっと不思議そうにしつつも、にっこりと笑って私の顔を覗き込んだ。

「親と過ごすより、今年の最後と来年の最初にお姫様のご尊顔が拝める方が良いことがある気がする」

「ちょっと。拝まないで」

 徐に私の顔に向かって手を合わせて拝みだすから、腕を引っ張って体勢を崩させる。顔が可愛いって言ってくれるのは嬉しいけど。拝むのはおかしいでしょ。でも悠子ちゃんが楽しそうにけらけら笑っているのを見れば、すぐに溜飲は下がってしまった。

「ところで、昨日、友達と会ってたんだけどね」

「あー。詩織ちゃんの唯一無二のお友達」

「そうだけどわざわざ言わなくてもいいでしょ」

 否定できないから、なおのこと悔しい。でもいつまでもそうしてじゃれていると話が進まないので。「もう」と言うだけで飲み込んだ。

「悠子ちゃんに会いたいって、うるさいの。断ってるんだけど、全然諦めてくれなくて」

 ついつい溜息が混ざる。本当に私は断りたいの、という気持ちを露わにしたんだけど、悠子ちゃんは嫌そうな顔を少しもしなかった。何となく悠子ちゃんなら受け入れそうって予想は付いていたものの、内心、重ねて溜息を落とす。

「へー、私は別に良いけど。あ、殺されたりする?」

「そんなわけないでしょ。どうしてそうなるの」

 私の『唯一無二の友達』がそんな人だったら怖すぎるでしょ。呆れた顔を向けたのに、悠子ちゃんは神妙な顔をしていた。え、本気でそう思ってる? 菜月をどう思ってくれても別にいいけど、延いては私の評価なのではないかと思うとぞっとした。

「詩織ちゃんのパートナーに相応しくない、みたいな……?」

 過保護な方の評価だった。ちょっとほっとする。だけど菜月は全くそういうタイプじゃないし、そんなこと絶対に言わない。私が悪い女に騙されていてもむしろ菜月は助けようとなんか一切しないでげらげら笑うと思う。勿論、悠子ちゃんは悪い女ではないし、特にあり得ないことだ。

「どちらかと言えば、私よりも悠子ちゃんの味方だと思うよ。私には手厳しいから」

「えー、お姫様に厳しい人って存在するんだね」

 言われてみれば、菜月だけかもね。あとは叔母だけど、叔母は立ち居振る舞いに気を付けるように言うくらいで、それ以外のことを厳しくされた覚えが無い。結局私の周りは、私にいつも甘かった。だから菜月みたいに厳しく言ってくれる人が居るのはありがたいことだって分かってる。分かってるけど、厳し過ぎると思う時もある。

 何にせよ、悠子ちゃんに断るつもりが一切無いとなると、これ以上は逃げられそうにない。私が勝手に嘘を吐いて断ろうとしても、菜月には絶対にバレる。すごく嫌だけど諦めて、紹介する日程を調整した。はぁ。嫌だな。

 そうして菜月に悠子ちゃんを紹介することになったのは、年が明けて、成人の日を前にした日曜日だった。

 場所は私のアパート傍にある落ち着いた雰囲気のカフェ。ちょっと分かりにくい場所にあるけれど、菜月とは以前にも来たことがあるから、私は悠子ちゃんだけを連れて行けばいい。待ち合わせ時間より必ず早くに到着する菜月だから、今回は私も早めに来たつもりだった。でも菜月は既に到着していた。

「菜月もう来てたの?」

「あら、詩織も早かったじゃない。流石、お連れが居る時は抜かりない」

「私がいつも遅刻してるみたいな言い方しないで」

 どうしてわざわざ悠子ちゃんの前でそういう言い方を選ぶかな。わざとだって分かるから余計に腹立たしい。

「……ハァ。これが私の友達、長谷はせ菜月。同級生だから私達と同い年だよ」

って酷くない? まあいいけど」

 渋々と紹介したら、菜月はそう言って笑い飛ばしてから、軽く悠子ちゃんに頭を下げる。悠子ちゃんもニコッと笑って会釈していた。嫌だなぁ、菜月なんかにも優しく笑い掛けちゃう悠子ちゃん。モヤっとしたのは一瞬だったのに、ちらりと私を見た菜月が明らかに呆れた目をしていた。一瞬くらいは見逃してほしい。

「何度も話したけど改めて、佐田悠子ちゃん」

「初めましてー」

 呑気に笑いながら挨拶している悠子ちゃんに緊張の様子は無い。店に到着するまでは、「緊張するー。格好、変じゃないかなぁ?」とかずっと言ってたのに。菜月相手に格好とか何も考えなくていいとだけ、私は言い含めていた。

 とりあえずランチの時間も近いので、三人とも適当に食事を注文する。店員が離れて行くと同時に口を開いたのは菜月だった。

「聞いてはいたけど本当に肌が綺麗~! どんな化粧品、使ってます?」

「え? えーと……」

 菜月と付き合いの長い私すらびっくりして一瞬呆けるような話題の始め方はやめてほしい。当然のように悠子ちゃんがきょとんとしていた。

「最初の質問がそれ?」

「別に何が最初でも良いじゃない。ご趣味は? とか聞いてほしかったわけ?」

「そんなわけ無いでしょ。私の悠子ちゃんと勝手にお見合いしないで」

「何でこんな短い会話の中にまで独占欲をねじ込んでくんだよ」

 私と菜月がかなり早口でこのやり取りをしたら、悠子ちゃんが噴き出すようにして笑った。ハッとして口を噤む。しまった、いつものノリで喋っちゃった。口を一文字に引き締める私に、菜月はしたり顔で笑っていた。だから、わざとやったんだと思うけど。この時は気付かなかった。

「ごめんなさい。つい笑っちゃった。詩織ちゃんのお友達って言うから、もっとお姫様属性を想像してたんですけど、全然違いますね。あ、いい意味で」

 まだ笑いの残る悠子ちゃんがそう言った。彼女の口から紡がれる感想が、菜月の方で良かったと思うべき、なんだろう。今、いつになく喧嘩腰の自分が笑われたのかもしれないと思ったから。いや、私のことも笑ったのかもしれないけど、とりあえず話題に上がらなかったから良しとする。

「まあ、お姫様だと詩織とは長続きしませんね~、負けて撤退します」

「負けて……?」

「変なこと言わないで」

 油断したらすぐに菜月が余計なことを言い始める。思わずまた低い声で応じてしまって、菜月の思い通りに動かされていることにも気付けない。

「えー、詩織、もしかしてまだ彼女の前では猫被ってるの?」

「変なこと言わないでってば! 別に、猫被ってない」

「ふふ」

 再び悠子ちゃんの笑い声が入り込んだ時の、菜月の目を見て、そうかこれ、全部がわざとなんだってようやく気付いた。

「詩織ちゃんって友達にはそんな風に怒ったりするんだね」

 極めつけに、悠子ちゃんにまで言われてしまう。菜月はこの私を悠子ちゃんに見せたかったんだ。もう嫌い。最低。長い溜息を吐いてから、椅子に座り直した。

「もう、だから菜月には会わせたくなかった」

「ははは、拗ねちゃった」

 柔らかく「ごめんね」と言った悠子ちゃんが、結い上げている私の髪型を崩さない程度に優しく頭を撫でてくれた。それだけでいつものように溜飲が下がりそうになって――それじゃダメだ、菜月の前だからって表情を引き締めたつもりなのに。また呆れた視線が注がれている。

 この席を設けるの、やっぱり私に損害があるだけじゃない?

 ああ、もう。

 二人を会わせるんじゃなかった。

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