番外編_第6話

「あ、そういえばさぁ」

「何?」

 ラグで並んで寝転がって、身体を寄せ合って。ちょっといい雰囲気かもって思っていたら不意に悠子ちゃんが真剣な表情を浮かべた。

「琴美達が結婚する話になるとして、『プロポーズされた』って琴美から報告が来たら、……それを詩織ちゃんに伝えて良いの?」

 悠子ちゃんの珍しい真面目な顔から出てくる懸念に、申し訳ないけど笑ってしまう。しかも本人は至って真剣なんだもの。タイミングの問題で、悠子ちゃんの方が『先に』二人の結婚を知ってしまった場合、私がショックを受けるんじゃないかって心配してくれたみたい。そんなの別に良いのにね。

「早い方から伝えようよ。お父さんとは予定が合わなくて擦れ違うこともあるから、気にしないよ」

「うーん、分かった。詩織ちゃんがそう言うなら……」

 神妙な顔、どうしても可笑しく感じてしまう。だけどとりあえず納得してくれたみたいなのでいいや。気が早い話かもしれないけれど、やっぱり今日の話を聞いている限り、時間の問題だと思うんだよね。お父さんと谷川さんの結婚。

 さておき、二人でごろごろしながら話していたら、いい雰囲気というか、何だか緩い雰囲気に変わってきた。この後はもう出掛ける予定も無いし、気兼ねなく寛ぐべく、部屋着に着替えてしまうことにした。最近は悠子ちゃんの部屋に泊まらせてもらうことが増えたので、着替えなどを結構置かせてもらっている。下着は流石に持って帰るんだけど、部屋着は次に来る日までにまとめて悠子ちゃんが洗ってくれていた。ちょっと甘え過ぎだよね。菜月に話したら呆れられそう。

 そんなことを考えて小さく溜息を零している間にも、悠子ちゃんは手早く二人分のコーヒーを淹れて持ってきてくれた。こういうところだよね。分かってるんだけど。悠子ちゃんが普通の人より動くのが早くて、私が普通より遅いからどうしてもこうなる。受け取りながら「ありがとう」とは言うけれど。代わり映えのしない伝え方に、深い感謝が伝わっているかは定かじゃない。案の定、悠子ちゃんは「うん」と答えながら私の方を全然見ないで、リモコンを取ってテレビを点けていた。時々この横顔、抓りたくなる。違う違う、私はお礼を伝えなきゃいけないんだった。

「あー」

 隣で悶々としていたら、何にも気付いていない悠子ちゃんはソファに座ってテレビ画面を見た瞬間、急に声を上げる。私は悠子ちゃんを見て、それからテレビ画面を見た。でも彼女が何に反応したのか分からない。テレビには女性芸人さん達が映っていて、街中で食べ歩きしながらワイワイしていた。

「悠子ちゃん?」

「聞こうと思ってたんだった」

「うん?」

 何かを切っ掛けに、思い出したらしい。テレビからキャーッと何か盛り上がる声が聞こえたのに、私を見下ろしている悠子ちゃんはそちらを向かなかった。少しも聞こえていないみたいに、私のことしか考えていないみたいに、見つめてくれる。こういう瞬間が、好き。

「今年のクリスマスどうしよっか」

 些細な幸せに浸ろうとした私の思考は押し戻された。すぐに返事が出来なかった。沈黙してしまったら、悠子ちゃんが首を傾ける。そこには何の含みも企みも無さそうで、内心、溜息を吐いていた。

「……どう、って」

 私は少し緊張しながら、問い返す。悠子ちゃんの顔はどうみてもキョトンとしていて、私が何故そんな問いを返すのか見当も付かないみたい。

「え、どっか行きたいところあるかなって。まだ一か月以上あるけどさ、直前だと人気な店とかは埋まっちゃうでしょ?」

 そのまま、イブは平日だから翌土曜日か日曜日に会うとして――と、悠子ちゃんが何の含みも気負いも無く告げてくる。その表情は何処からどう見ても、いつも通りのもの。私は長い溜息を零しながら項垂れた。

「あれ、どうしたの?」

 心配そうに問い掛けてくるけれど、すぐに反応は返せそうにない。私は悠子ちゃんが「どうやって過ごすか」を聞いたんじゃなくて、「一緒に過ごすかどうか」を聞いてきたんだと思って、ちょっと傷付いていたのだ。去年のことでクリスマスという行事が軽くトラウマになっている。構え過ぎていた。

 だけど、ついさっき去年のクリスマスに連絡が来なくて凹んだ話を伝えたはずなのに、どうして何にも気負わずにこんなことが言えるんだろう。悠子ちゃんっていっつもそう。ハァ~~~と改めて溜息を吐くと、おろおろした声で「何、どうして?」と聞いてくる。言っても多分伝わらないから、もういいや。私は顔を上げた。

「何でもない」

「え、そう?」

 不思議そうに首を傾けるのに、結局、それ以上は踏み込んでこない。こういうところ好きだけど、こういうところが嫌いでもある。ちょっと憎らしい。

「クリスマスだっけ。うーん、出来る限り、ベタなのが良いな」

 二人の、恋人としての初めてのクリスマスだから。

 そう思って言ったんだけど。きっと悠子ちゃんにはそんな気持ちは伝わらないと思う。にこっと笑って「オッケー、そういうのも良いね」って言う。そしてすぐスマホに落ちる視線。

 こういう瞬間、すっかり私から興味を失くしたみたいに見えるんだよね。今の私の要望を受けてリサーチする為にスマホを見てくれているのは分かっているんだけど。普段からの、執着の無い言動のせいかなぁ。

「さっき詩織ちゃんが去年の話をしたから、今日の内に話そうと思ってたんだよねー」

「ちょっと待って。『何でもない』って言ったの取り消す」

「え?」

 聞き捨てならない。私が凹んだ話を聞いて今年のクリスマスどうしようって思ってくれたんだったら今のあっさりした話題の出し方はどういうことなの。飲み込んだはずの不満が溢れてきた。

「去年の私がどんな気持ちだったか話したよね?」

「え、はい、聞きました……」

「それなら誘い方、もうちょっと何とかならなかったの?」

「えぇ……?」

 何が悪かったのか分からない顔してる。やっぱりどうしても憎らしくって頬を抓ってやった。あーもう肌がすべすべのつやつや! 余計に腹が立つ!

「ちなみに去年のクリスマス、悠子ちゃんは私のことをどんな風に考えてたの」

「あー。どうせデートしてるよ、触らぬ神に祟り――痛ったァ!?」

 谷川さんを倣って太腿を思いっきり平手で叩いた。当時まだ自分から少しもアプローチをせずにただ待っていた私も悪いって分かってるけど、憎らしいからしょうがないの。でも谷川さんの方が良い音させてたな……今度あの音の出し方、教えてもらおう。

 理不尽な怒りを向けられた悠子ちゃんはぐすぐす言いながらも怒ること無く私の機嫌を取ってくれて、それから、すごく丁寧にクリスマスの予定を立ててくれた。

 元々、そういうお出掛けの予定を立てて準備するのが好きだって前にも聞いたことがある。けど、今回ばかりはそれだけじゃないと良いなって思った。どうせそれだけなんだろうけど。

 ディナーには素敵な店を予約してくれて、それまでの時間をどう過ごすかって、クリスマスが近付くほどいっぱい話をしてくれた。

 こういうことが去年したかったんだなって改めて自分の願望をなぞっているみたいでくすぐったい。

 勿論、当日だって何一つ文句を言うところが無いくらいベタベタのクリスマスデートをしてくれて、「ベタ過ぎるかな」「それくらいでいいよ」って笑い合うのも楽しくて、絵に描いたみたいに幸せで。

 ディナーの後に用意されていたホテルも、夜景が綺麗なロマンチックな部屋で、本当に嬉しかったんだけど。多分、嬉し過ぎたんだと思う。それに他の誰の目も無い二人きりだから、気持ちが緩んでいたのかも。

「他の子にも、こういうデートしてきたの?」

 あんまりにも幸せな一日だったから、完璧なクリスマスだったから。今までもこんな風にしてきたのかなって、嫌な気持ちが湧き上がった。間違いなく、今言うべきじゃない余計な言葉だったとは思う。けど悠子ちゃんは嫌な顔一つしなくて、ふふって笑った。

「そんなわけないでしょ。私のお姫様はやきもち焼きですね」

 どうしてこんな言葉から、こんな気持ちになってしまった私の状態から。一層幸せになる言葉が出てくるんだろう。甘やかすみたいに落としてくれるキスを受け止めながら、じわじわと胸が熱い。

 だけど、これもどうせ無意識なんでしょう?

お姫様』って、今、初めて言ってくれたことなんて。

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