第2話 盗人の勘
洞窟に入ったウィルは、くんくんと鼻を鳴らしながら、周囲をランタンで照らし、見渡していた。
「分かってる……訳じゃないのか。運の良い奴だな」
ウィルは少し驚いたような面持ちで、手に持っていたランタンを掲げる。
ランタンが二股に分かれた道を照らすと、右の道を進む少年の金髪が、その光を投げ返した。
洞窟の中は迷路のように入り組だ構造になっているようで、しばしば道が分かれていた。
誰が言い出すともなく、手分けをして早く目当ての宝を見つけようということになった奴隷たち5人は、道が分岐するたび、一人また一人と別れていった。
できるだけ具合の悪そうな仲間と行動を共にしようとしていたセイルだったが、3つ目の分岐点でとうとう足の止まってしまったその仲間に促される形で、彼を置いて先へと進むことになった。
三つ目の分岐路、左右に分かれたその道を、特に悩むでもなく右に進んだセイルの後ろを、気乗りしなそうにウィルが追いかけた。
「あれ、あなたもこちらに進むんですか?」
後ろから聞こえたウィルの足音に気付いて、セイルは不思議そうな顔をして振り返った。
分岐路に置いてきた男を除けば、残るのはセイルとウィルの二人だけ。
手分けをするならば、一人ずつ左右に分かれるだろう……と思っていたからだ。
「別にお前と一緒に居たいわけじゃねぇよ」
「それなら、僕は違う道を……」
「やめとけ」
引き返そうとするセイルの肩を、ウィルが掴んで止める。
「あっちの道は、地面が脆くなってる。呑気に歩いてたら足元が崩れるぞ」
「知ってるんですか?」
セイルが目を丸くしてウィルを見上げる。
「分かるんだよ。音の響き方だとか、空気の流れだとかで……そういうことに鼻が利かないと、盗みでは食っていけねぇからな」
お前と違って……と言いたげにウィルが吐き捨てた。
本人が盗人の勘と呼んでいるこの鋭敏な感覚は、貧家に生まれ、幼少の頃より盗賊を生業にしてきたウィルの武器の一つである。
「あの、それじゃ、もしかして他の道も……?」
セイルの表情が、驚きから不安へと変わっていく。
それはあくまで罠にかかったかもしれない同胞に向けた危惧であって、最初からそのことを話さなかったウィルに対する抗議の色は含まれていなかった。
恨み言の一つも言われるかと内心身構えていたウィルは、拍子抜けしながら頭を振った。
「さぁな。それに、安全な道が当たりとも限らねぇだろ。進んだ先で宝が見つからなきゃ、どのみちここでくたばることになる」
「宝ですか……」
セイルの目に浮かぶ、不安の色が濃くなった。
「でも、こんな洞窟の中に、本当にそんなものがあるんでしょうか……」
「ある」
真剣な表情をして、ウィルが断言する。
ただの運試しに奴隷を五人も、しかも馬車ごと雇う奴など、まずいない。
盗人もトレジャーハンターも、行動に移すときは、具体的な収穫が見込めるときだけだ。
「もっとも宝と言っても、宝石だとか黄金の類じゃないだろうけどな。連中も妙なこと言ってただろ? 変わったものがあれば持ち帰れって。ここにあるのは多分……神器だ」
「神器!?」
神話の時代、魔術の時代とも呼ばれる太古の昔に、超常の力を持った人間たちが作った道具。
魔力を有し、手に入れた者にその力を貸し与えるというそれは、魔法が失われた現在では信仰の対象にすらなるという、正真正銘のオーパーツである。
「そんなものがここに……」
幼少期のおとぎ話でしか聞かなかった単語に、セイルの目は再び見開かれた。
「雇い主の恰好もおかしかったろ。脅しの道具としての剣はともかく、丸腰の俺達相手に、ワザワザ甲冑まで着込む必要はない……」
所有者を持たない神器は周囲に魔力を発散し続け、耐性の無い動物がそれに触れると正気を失って狂暴化することがある。
雇い主の重武装が、それら『魔獣』と呼ばれる野生動物の襲撃を想定してのものであることも、ウィルは見抜いていた。
「まぁ、連中がそれを何に使うつもりかは知らねぇが、値打ち物なのは確かだ。手に入れば俺が連中と交渉してやる……ん?」
不意にウィルが足を止める。
「どうかしましたか?」
振り返るセイルに、ウィルは首を振って答えた。
「……あ~、いや、やっぱり念のため、さっきのオッサンにだけは忠告してやろうかと思ってよ。動けるようになったとしても、俺達と同じ道を進むようにってな」
「あぁ、なるほど……」
もっともだとセイルが頷く。
それならなぜ最初から言ってやらないのだろう、などという疑念とは無縁の少年である。
「今から戻れば、そこまで時間もかからないはずだ。すぐにまた追いつくから、お前は先に進んどいてくれ」
「分かりました。よろしくお願いします」
セイルがぺこりと頭を下げる。
(どうなってる、まさかこの道も外れだったのか……?)
先を進むセイルの後ろ姿に、ウィルが険しい顔を向ける。
くんっと小さく鳴らしたウィルの鼻は、ほのかな血の匂いを感じ取っていた。
(念のため、少し遅れて付いて行くか。安全確認は、頼まなくてもあのガキがやってくれるからな……)
打算を働かせた元盗賊は、何も知らずに奥へ進んでいく金髪の少年の背を、意地の悪いまなざしで見つめていた。
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