第1話 ウィルとセイル

 ……数年後。

 一台の馬車が、山中を進んでいた。

 馬車の両脇には、甲冑を着込んだ騎兵が一騎ずつ付いている。

 御者は、二人の機嫌を伺いながら、慎重に手綱を操った。

 目的地まで『積み荷』が痛まないようにと……。

「……こりゃ、市場で売られるって訳じゃなさそうだな」

 荷台に乗せられた檻の中から外の景色を覗き見た若者――ウィル――は、忌々しそうに呟いた。

 檻の中には、若者の他に4人の人間が詰め込まれていた。

 皆一様に表情は暗く、その身を包んでいるのは、辛うじて服と呼べそうなボロ布だけ。

 皆頭髪と身長に違いがあるから、辛うじて各々見分けがつけられる……という無個性でみすぼらしい五人組。

 彼らは皆奴隷であった。

「どいつもそれなりに使い道の有りそうな連中だったから、タダの口減らしってことは無いと踏んでたんだが……」

 馬車が王都を出発してから、足掛け二日になる。

 脱水で死ぬことだけは無いようにと考えているのか、人数分の水筒だけは定期的に配られているが、食料の方はまだパン一つ支給されていない。

 進路が一度街道を外れてからは、まともに整備された道に戻ることも無く、ひたすら獣道を突き進んでいる。

 どこかの荘園にでもに向かうのだろうという予想が外れたウィルは、その不安からか、悪路で揺れる馬車の中だと言うのに、一人饒舌になっていた。

「くそっ、やっぱりお前みたいなのと乗り合わせた時点で、逃げる算段をしとくんだった……」

「どうも……」

 茶髪の若者が隣で揺れる金髪を睨みつけると、少年はすまなそうに会釈を返した。

「ふん、俺みたいな奴にも頭を下げて頂けるとは、流石に育ちが違うと見えるね……」

「……」

 悪態をつかれた金髪の少年――セイル――は、こうなっては何を言っても愉快なことにはなるまいと、静かにウィルから目を逸らした。

 この国で奴隷となるものの大半は、法によって市民権を奪われた犯罪者である。

 馬車の中で一人毒づいているウィルも、その座っているセイルも、その例外ではない。

 しかし、このいかにも攻撃的で多弁な黒髪の若者とは対称的に、大人しく座っている少年の振る舞いは、見るものに罪人らしい粗暴さを感じさせなかった。

「俺はただの盗人……それも食うためにやったことだ。誰も傷つけちゃいねぇんだ。それが、なんてこんな大逆人と……あつっ!」

 荷台が大きな木の根を踏むと同時に、大きく跳ねる。

 納まりがつかず不平をこぼしていたウィルは、衝撃で舌を嚙んで、ようやくその口を閉じた。

「――あっ!」

 と同時に、今度はセイルが口を開いた。

 向かいに座る壮年の男が、馬車が揺れるのと同時に、荷台の床に倒れ伏したのだ。

「大丈夫ですか!?」

「あぁ、あのオッサンか……ほっとけよ」

 舌をかまないよう用心しながら、ウィルがセイルに声をかける。

「体つきこそ立派だが、出発前から具合悪そうだったんだ。多分何かの病気だろ。近付いたらうつるぞ」

「……どうぞ」

 セイルは忠告を無視して、腰につけていた水筒を手渡した。

「唇が渇いています。少しでも水分を取って下さい」

「ちっ! この偽善者が……」

「……よし、降りろ!」

 ウィルの舌打ちと共に、馬車の揺れが収まり、随伴していた騎士の一人によって檻のカギが開けられた。

 馬車が止まったのは、山中でも少し開けた場所だったが、近くに建物らしきものは見当たらない。

 代わりにあったのは、彼らに向けて大口を開ける洞窟だけである。

 外に出された奴隷一人一人にランタンを配ると、騎士は剣を抜いて、洞窟の入り口に切っ先を向けた。

「貴様らには、これからこの洞窟を進んでもらう。道中、何か変わったものがあれば、拾ってここに持って帰れ」

「あの、ちょっと……」

 奴隷の一人がおずおずと手を上げる。

「その前に、パンを恵んで頂けませんか? 出発してから何も……」

「ならん!」

 言い終わらない内に、騎士が剣を翻して切っ先を奴隷に突きつける。

「ひっ!」

 驚いた奴隷が、腰を抜かしてその場にへたり込む。

「食い物が欲しければ、さっさと中に入って宝を持ち帰れ。いいか、手ぶらで帰ることは決して許さん。もしそのような者が居たら……」

「わ、分かりました!」

 鼻先に迫る刃から逃れるように、奴隷は腰を抜かしたまま這うようにして洞窟の中へと逃げていった。

「他のものも急いで行け!」

 振り回される騎士の剣に追い立てられるように、他の奴隷達も洞窟の中に入っていく。

 息が上がり、足取りの重そうな壮年の奴隷の傍らには、セイルが付き添った。

(ぶった切られない内に俺も行くか。それにしてもあの連中、まさか……)

 甲冑の騎士をちらりと横目で見てから、ウィルも他の四人に従って洞窟へと入った。

「ふん……」

「やれやれ、働きもしない内から食い物の催促とは……」

 四人の背を見送る騎士二人に、御者が媚びるような声色で話しかける。

「これだから奴隷は困ったものです。……さて、契約は確か行きの片道だけでしたな。それでは、私はそろそろ戻りますのでお代の方を……」

「あぁ、そうだったな……」

 御者に答えながら、騎士は兜の裏で残酷な笑みを浮かべた。

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