第10話 ロスタスの民②
『ロスタスの民の皆さんに、提案があります』
ミリスが元のサイズに戻り、背筋を伸ばして族長スナウの方を向き、交渉を開始した。
「提案、ですか?森に隠れ住む身で、治療を受けるのも難儀しておりました所を救って下さり、お二方には感謝してもしきれないほどの恩があります。お伺いしましょう」
『まず、病気の治療ですが、現段階では完治していません。木属性の治癒魔法は本来持っている自然治癒力を一時的に強力に高めるもの。ちゃんとした食事と休養、時間が必要です。水魔法の治癒の場合、瞬間的に体力や損傷は回復はしますが、病気の元には作用していません。経過を見て必要であれば、再度施術します』
「かさねがさね、ありがとうございます。どの様にお礼をしたら良いものか……」
『特にお礼の必要はありません。ロスタスの民には今後、キャレス様の配下としてお役に立っていただく。こちらからは土地を整備し住居建設の支援、生活支援、魔法技術の供与、そして適切な時期にロスタスの民の名誉の回復に力を貸します』
「条件は、この上ない事ですが……住居を移すという事でしょうか?それに……配下、ですか」
『順を追って説明しますが、まずは私達の事からですね』
ミリスは、この森が出来る前はマグナスという魔法王国があり、非常事態で民が退避した事、そこから900年の年月が経ち、新たにキャレスがマスターになった事、現状を調べるべく森の結晶を調べ、回収しマグナスの施設機能を回復する為に動こうとしている事などを説明した。
『森の結晶を回収すれば、森は数年でマナに還元されて消えます。森のマナ結晶を中心として湧き出る様に森は拡大を続けた、この森の木々は地脈からの膨大なマナで結晶付近で急激に育ち、外側に向かって少しづつ移動し続けている。だから木に住居を作っているのですね?』
「はい、200年程前にこの地に移住した祖先は、今よりも内側に集落を作ったと聞いています。その年によって木の移動する距離は変わりますが毎月1mから多い時は数十m外側に向かって拡大しています。外から見つかりにくく、森の拡大にも対応できる住居になったと」
『地脈からのマナの流れを施設に戻せば、ある程度木々の制御は可能になるでしょう、それで今よりも生活のしやすい土地を確保します』
「しかし、森の中心へ近づけば、恐ろしい魔物に襲われます。だから周辺国はこの森に手を出さず、この集落の様に隠れ住んでいる集団がいくつかあるのです」
『管理者が結晶の防衛機能で困ることはありません。配下に加われ、と言ったのは必要人数をマスターの下位管理者として登録すれば、同様に防衛機能の対象から外れます。それに素質のある者に魔法の技術を教える時に私が憑依して教えれば、数年必要な修業がかなり短縮されます。しかしマスターに忠誠を誓えない者を管理者登録など出来ません』
「わかりました……私は良いお話だと思います。集落の者に説明する時間をいただけますか?」
『集団の長として、説明し同意を得る時間も必要でしょう。私は森の結晶を調査した後、西の山のドワーフの集落で物資の調達をして水の巫女を訪ねようと思っています。その後戻ってきますので、それまでに決めておいてください』
「お待ち下さい。クロード、ヘイル、レイン、こちらへ」
室内で少し離れて、話を聞いていた3人が族長に呼ばれベッド脇に並ぶ。
「クロードは私の息子で、魔法剣が使えます。こちらの双子は私の孫です。ヘイルはクロードに魔法剣を習っています。レインは私が水の魔法を教えました。荷物持ち以上には役に立つと思います。この3人をその旅にお連れ下さい。ドワーフ王国までの案内も出来るでしょう」
『……なるほど、ドワーフの集落は今は王国になっているのですか……わかりました、ではこちらの3人を一時的に下位管理者に登録し、旅に同行して見定める、という事ですね。マスターよろしいですか?』
「お互いを知る時間も必要だろう、俺はそれで構わないぞ」
「キャレス殿、我ら3人に出来る事があればお申し付けください」
代表してクロードが一歩前へ進み軽く頭を下げると、双子もそれに倣う。
ついでに、旅の間に魔法剣を教えてもらおう。その前に剣術からか……たしかに付いて来てもらえば色々聞けるな。
『この森に他にも集落があるのなら、戻った後に調査が必要ですね。それが済むまでは森の結晶は外さない方がいいかもしれませんね。森と結晶の防衛機能が無くなると、周辺国の侵攻を受ける可能性があるなら準備も必要でしょう』
「そうだな、となると3人を登録しに一度戻る事になるが、準備も必要だろう。族長にもそろそろ休んでもらわないといけないし、俺達は下で待たせてもらおう」
下の階におりて椅子に座ると、ミリスが省エネモードで机の端に腰掛ける。
すぐにレインがおりてきて、お茶を2杯運ぶと一礼して上の階へ戻っていった。
「気をきかせて2杯用意してくれたんだろうけど……」
ミリスを見ると期待した顔をしているので、憑依の許可をする。
ちょっと変わっているが、懐かしいほっとした気分になるお茶だ。
香りは玄米茶に似ているけど、後味がメンソール感というのかスーっとする感じだ、悪くない。
(マスター何のお茶でしょうか?おいしいです!)
「知らないが、これはこれでうまいな。あとで聞いてみよう」
2杯のお茶がすっかり空になる頃、3人の準備が終わり、おりてきた。
3人とも背負いのカバンと、クロードとヘイルは腰に長剣、レインは短い杖を差している。
「キャレス殿、お待たせ致しました。ミリス殿は?」
「ミリスはずっと外に出ていると消耗してしまうので、定期的に憑依しています。」
『この状態でも、会話には参加できるので、特に気を使われなくて大丈夫ですよ』
常に思念伝達で会話しているから、姿が見えないと多少不自然な所はあるが、まぁ慣れたらこれが普通になるだろう。
族長は休んでいるというので、そのまま集落を後にし、数分森を進むと施設の入り口の扉が見えてくる。
ふたたび石の大扉を開いて薄暗い階段を下って部屋に入ると、シャドウスピリットが浮かんでいる。
3人は珍しそうに見ていたが、巨大な方に先に襲われて倒していると、このサイズが通常なのに残念な感じがしてくる。
坑道を歩いて入り口の部屋から施設に入ると、やはり珍しいのか3人とも辺りを見回している。
ミリスが中央の台座まで浮遊して水晶の中に入る。
『皆さん、こちらに来てください』
3人が中央の台座の前に並ぶと、水晶から光の筋が放たれ、それぞれの体が一瞬光に包まれる。
『下位管理者を限定登録します。マスター承認を』
「承認する……で、良かったのか?」
『はい、ありがとうございます。皆さんの一次的な登録が完了しました』
思ったよりあっさりと登録が終わり、皆もう終わったのかという表情をしている。
ミリスが水晶から出てきて浮かびながら説明する。
『周囲に台座があるのが見えますでしょうか、全部で8つあります。結晶を8つの台座へ納める毎に施設の機能が使えるようになります。私達の目標は集められるだけの結晶を台座に戻すことです。森の中心に一つ、そしてドワーフの国と水の国に一つずつ結晶があると予想しています。他にもいくつか心当たりはありますが、まずはその3か所が目的地となります』
「はい、わかりました」
クロードが答え、双子もうなずく。
『これから森を抜けて中心地で調査をし、日が暮れる前にドワーフの国に入り、準備を済ませたら宿を取り、翌日ドワーフの国の長と結晶について話したいと思いますので、早々にここを出ましょう』
それほど、のんびりできるスケジュールでも無さそうだ、施設を出て坑道を抜けて階段を上がり外へ出る、ミリスが扉を閉じて封印をし、まっすぐ森へ向かって進む。
森の手前まで進むと、ミリスが元のザイズに戻り、森に向かって両手を突き出して魔力操作をしていると、密集していた目の前の木々が動き出し、森に一本のまっすぐなトンネルが出来上がる。
『さあ、参りましょう』
ミリスに導かれ、一行は森の中心地へと足を踏み出した。
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