第11話  森の結晶

 

 森の中を一行は進んでいく。

 木々で出来た、まっすぐなトンネルを一直線に進んでいる。

 所々に木漏れ日が差し、細い光の帯が点々と奥に続いている。


 俺とミリスが前、双子が真ん中、殿にクロードの順で10分ほど進んでいるが、ずっと同じ景色だ。

 微風と、2~3種類の鳥の鳴き声、実に穏やかな森の散歩といった感じだ。


「実に穏やかなものだな」


『はい、もう少しすると森の結晶の結界範囲に入り、少し様子が変わりますが危険はありません』


「キャレス殿、ミリス殿、お二人は我らが同行する間に見定める。と言っていましたが。族長はもう共に歩むと決めていると思います。無論、我らも疑っている。というわけではありません」


 クロードが最後尾から声をかけてくる、森に入った時から話すタイミングを見ていた感じではあったが。


「それは、なんとなく俺も感じていたけど、一族の今後に係る決定だから慎重を期した……とか、信頼している者にともに旅をした感想を、最後の一押しに欲しかった……という感じかな?……後は」


 そう言って肩の高さで浮遊するミリスに視線を向けると、その場でくるりと後ろを向き、同じ速度で浮遊しながら後ろの3人に向かって話し始める。


『聞きたい事はわかります。ですよね?』


「はい、族長に施術して頂いたのに見返りはいらないという。それどころか、出会って間もない我々の得になる提案ばかり頂いた……」


『理由は個人的な事です。私が施設でお役目に従事していた時、チルウインド様には本当に良くして頂きました。その同族が森へ隠れ住み、かつて砂漠の民の侵攻を何度も退けた、強大な魔法の一族が今は中級の魔法すら使えない。それが我慢ならなかったのです』


「200年の時を経ても周辺国ではロスタスは大逆の民。現状には皆、情けなさを感じています」


『幸い私には魔法に知識があり、もし適性がある者がいれば……マグナスの王城にある大書庫に封じられた古の18の極大魔法のいずれかを使える人物もいるかもしれない。そうなればチルウインド様へのご恩返しが出来るかもしれない。……もちろん現在の知識に乏しい我々の、味方になってくれる勢力がいれば心強いという打算もあります。』


「……なるほど、一族の過去の英雄であるチルウインドの伝説は僅かですが伝わっています。強大な氷の魔力で見渡す限りを凍てつく世界に変えたとか、ドラゴンの炎を凍らせたとか……正直、実在していたかは疑問でしたが」


『どちらもクラウ山で魔物が大量に発生した時に実際にあった話です。氷の極大魔法フロストノヴァで押し寄せる魔物を一瞬で凍らせ、それを兵士が砕いて回ったと。また、山の中腹で急襲してきた火竜のブレスを凍らせて隊を守ったとの話も聞きました。おそらく作戦に参加していた周辺国の人々から話が伝わったのでしょう』


「事実であったと……そのような強大な魔術師が、先祖に……」


『伝わっている話は恐ろしい氷の大魔術師のものが、ほとんどでしょうが……おしゃれが好きで、お酒と噂話が好きな美しく、仲間思いの優しい女性でした。帰国する度に会いに来てくださり、こんな私に年の離れた妹の様だとおっしゃって頂きました。お別れの言葉も……恩返しも出来ずに……、ですからロスタスの民に助力する事で、せめてチルウインド様にご恩返しした気になりたいのです』


 ミリスは少し寂しそうな表情を見せると、前を向いた。


『あの辺りから結界範囲です。1時間ほど行けば目的地付近でしょう』


 目の前の空間が薄い膜で包まれるように、明るさが一段階下がっている。

 とはいえ、元々晴れの日の昼前の明るさの木漏れ日があったので、この明るさなら問題なく進めるだろう。全員が管理者登録しているので危険はない筈だが、後ろの3人は結界に入った辺りから緊張しているのが伝わってくる。

 俺は、元々の怖さも知らないし、ミリスが言っているのだから大丈夫なのだろうと、散策気分で気楽に進んでいたが、前も後もまっすぐの木のトンネルなので、すぐに飽きてミリスに話しかけた。


「台座からマナの流れを施設に切り替える、と言っていたが900年の間に断絶してたりはしないのか?」


『マグナスの重要な地下の設備は、地表から4~5m下に作られていますし。強固な魔法レンガで覆われていますのでほとんどの部分は使用可能だと思います』


「そうか……地脈を施設に接続して、森の結晶は一時的にそのまま置いておくんだろ?そうなると森はどうなるんだ?」


『結晶を外した場合は、特に代替措置をしなければ、森は時間とともにマナに還元されていきます。かなりの範囲なので、完全にマナに還元されるまで数年かかるでしょう。森の結晶をそのままにしておけば、結界は維持されますし、森の規模も地脈からの供給が無いので、拡大せずにそのまま維持されるでしょう』


「なるほど、しばらくは結晶はそのままにして、いろいろと準備が整うまで外界からの壁になってもらおうって考えか」


『はい、結界を維持するだけならば、森の結晶でなくても結界の核になる術式を、代わりに置けばいいのですが、それを作るのに施設の設備を復旧しなければなりません。地脈からのマナが戻り施設の台座に結晶を3つも収めれば施設内で作成できるでしょう』


「森の結晶とドワーフの国にある結晶、水の巫女が持っている結晶だったな」


『はい、ドワーフの国には、内部の魔力が探査されない文様の刻まれた石の箱が、預けられているはずです。その中には地の結晶が、水の国には水の結晶がある筈です』


「探査されないようにした箱って事は、預けられているドワーフ達は中身を知らないのか?」


『預けるような事態になった場合、ドワーフの性格では結晶を使って研究開発したくなるだろうと、いったん有用な物として定着してしまったら、返還されない可能性があるとして、エルドラン様が石の箱に強化と探査妨害の文様を巧妙に隠した、マグナス王家の詩が古代文字で刻まれた1m四方の箱と、内部が空洞のマグナス建国王の石像を作っていましたので、そのどちらかに入っているはずです』


「水の巫女の方は問題ないのか?」


『水の巫女は、10年毎に選ばれた人間の巫女に憑依することで、千数百年の記憶を有しています。私も何度かお会いしたことがありますし、友好的に対応してもらえると思います』


「そうか……じゃあ水の巫女に会って話を聞けば……」


『900年前に何があったのか、そこから現在までの歴史も教えてもらえるでしょう』


 森のトンネルをしばらく進んでいると、幅15mくらいの川に遮られる。


『マスター、皆を連れて川を渡りますので、憑依してもよろしいですか?』


「わかった、たのむ」


『これからレビテーションの浮遊対象を、強引に範囲化して渡りますので、皆さん出来るだけ近づいてください。四方を向いて肩が触れ合う位でお願いします』


ミリスが憑依すると、4人がいる空間を包むようにマナを操作しレビテーションを使った。

3~40cm程浮かんだ時点では、皆が驚きの声を上げたが……遅い。

この魔法は移動速度が致命的に遅い、15m移動するのに4~50秒かかった。

これでは、敵がいたら狙われ放題だろう。いや、術の使用者以外は防御に専念すれば行けなくも無いか?あまり現実的ではなさそうだが……


 対岸の木のトンネルまで渡り終えると、ミリスが憑依を解除して浮かびながら、ふたたび先導する。

 そのまましばらく進み、特にトラブルもなく開けた場所に出た。


 大体、校庭の200mトラックが2つ並ぶくらいの広場に、ひときわ大きな木があった。

 大きな木の根元には、2~3人ほど入れる石造りの祠があり、祠を半分飲み込む様に巨木が立っている。

 ミリスが迷いなく祠に向かうので後に続く、祠の手前でミリスが手をかざすと苔に覆われた扉が開いた。

 祠の中には円柱形の台座があり、手前側の側面に1つ水晶級が埋め込まれている。

 台座の上には鮮やかな緑色の結晶がゆっくり回転しながら浮かんでいる。


『地脈の接続の切り替えをしますので、少々お待ちください』


 ミリスが手を触れると水晶級が青白い光を帯びてくる、大きな地震が来る直前の地鳴りのような振動が数秒続いた。

 それからミリスが30秒ほど何やら操作しているのを眺めていた。

 作業が終わったようだが、最後の方で何かに驚いていたな。


『……無事に、地脈の施設への再接続は終わりました』


「他に、何かあったか?」


『周辺の状況を調べてみたのですが、マグナスの王城である浮遊城はこの地にはありませんでした』


「水の巫女に聞くことが一つ増えたな」


 ミリスはそうですねと答えると、祠の扉を閉じ、今来た道に向かって真っすぐ左腕を突き出し、右腕を右側に水平に伸ばすと、目を閉じて魔力操作を行った。


 南側の来た道が元通りに閉じていき、西側の木が移動して道を作っていく。


『ここで出来る作業は終わりましたので、ドワーフの国に移動しましょう。昼過ぎには着くでしょう』


 再び一行は木漏れ日の降る木々のトンネルを、ドワーフの国へと西へ歩き出した。


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