第12話  ドワーフの国①

 

森の中へ移動してから2時間半くらい経っただろうか、南から中心に1時間と少し、中心から西に1時間は歩いている。

 ミリスが作った森の道は歩きやすく、進行速度的には街道を歩いているのと遜色ないだろう。

 途中、また先程と同じくらいの幅の川があり、同じように皆でゆっくり浮遊して越えた。

 10km近く歩いているはずだが、この体は丈夫なようで大した疲れを感じていない。

 ロスタスの民も、疲労しているという事はなさそうだ。

 もうすぐ着くだろうと思っていると、唐突に木々のトンネルの終わりが見えた。行き止まりだ。


『反対側から誰かに歩いてこられても困りますので、少し手前までしか道は作っていません。さて、ここからは一旦、マスターと私のみで行ってきますので、3人はここで待っていてください。周囲に溶け込みやすい衣服などを調達して戻ってきます』


 ……なるほど、麻っぽい粗めな素材のノースリーブの上着に腰帯、同じ様な素材のズボン。

 ずいぶんラフな格好だ……教科書で見た縄文人に少し似てるかもしれない。体の模様も全く隠れてないしな。防御力的にも、ほぼ意味ないか……まぁ俺のもただの服だし防御性能は無いが。

 となると、俺の防具的な物と、3人の服と防具が必要か……シャドウスピリットから回収した大きめで純度が高いらしいマナ結晶が2個、これを売って……足りるのだろうか。

 とりあえず、値段だけ見てきて防具は後で、一緒に中の店で探せばいいか。


「わかりました。ここでお待ちしています」


『その前に。3人とも、まっすぐ立って少しだけじっとしていてもらえますか?』


 ミリスの手の平から、くるくると同心円状に回る二つの小さな光の玉が放たれる。

 回転する二つの光が、ひとりずつ頭の上から足元まで体の周りを、20cmくらいの距離を保ってゆっくり下がっていく。


「スキャンしているみたいだな。サイズでも図っているのか?」


『はい、少し魔法操作にコツがいりますが、使えると便利ですよ。サイズを測るだけでなく。ダミーや幻影の魔法を使う時に、予め図っておけば魔法行使の時間短縮にもなりますし、より見破られにくくなります』


 光の玉を手の平から吸収し、終わりました、行きましょうかと言うので、お気を付けてと言う3人をその場に残し、一時的に西側に出る木々を開くと森から出た。出るとすぐに背後で木が元に戻っていく。


 森から出ると……と言ってもまだ森の途中みたいだ、森の中に左右に道がのびている。

 石畳で整備された道で道幅も広いが、人通りは全くない。


『方角的に、この道を左の方に進めば、入り口に着くでしょう。マスター、私の姿が人目に付くと色々と面倒なので、ここからは憑依させてもらいます』


「わかった、その方がいいだろう」


『それから、腰の剣を収納空間に入れて、パンの入っている革袋から中身を出して空間収納に、空いた革袋にマナ結晶を入れて、革袋を腰のベルトで固定してください』


「空間から出し入れするのを見られるとマズイのか?」


『空間収納は中級の応用魔法にありますが、よほど空間系の魔法に適性がない限り、大量のマナを消費しますので、実質的には上級者の魔法です。マスターのはマナ消費の無いインベントリというスキルなので特殊ですが、見た者には空間収納の魔法に見えるでしょう』


「なるほ……ど?」


『私達はこの時代の身分証となる物を持っていません。物盗りに遭ったがマナ結晶だけは免れたので換金したい、というように話を進めるのが自然でしょう。しかし、空間収納を扱えるレベルの魔術師は物取りに負ける、と言うのは考えにくいです』


「なるほど、それに同情を買えた方が怪しまれずに入国できるか……」


『一人用の馬車で旅をして、水の国に行こうとしていたら物盗りに遭い、その時に馬車は壊され荷物も馬も奪われたが、馬車に隠していたマナ結晶だけは無事だったとでも言えば、一応筋は通ると思います』


「わかった、それで行こう」


 ミリスが憑依し、準備をした後、一人で道なりに進むと開けた場所に出た。

 目の前に巨大な扉、道は左の方にものびているようだ。

 岩山に鋼鉄で出来た巨大な扉があり、4~5mの高さの巨大な鉄板が2枚付いている。

 扉の脇には鎧を纏ったドワーフが1人、暇で退屈そうな顔で立っている。


(目の前の扉の先がドワーフの国でしょう。左にのびる道は以前は採石場へ続いていました)


「どうした、お前さん道にでも迷ったか?」


 打ち合わせた説明をしようと門番らしきドワーフに近づくと、門番はまたかという顔をして続けた。


「荷物をロクに持っていないのを見ると、追い剥ぎにでも遭ったか、ここの所被害が増えてるんだよなぁ、一昨日も1人被害に遭った奴が来たよ。こっちは石切り場と資材の搬入搬出にしか使われない裏門なんだが、森に逃げ込んで命からがらってヤツだろ?お前さんも大変だったな……今開けてやるからな」


「……はい、ありがとうございます」


 人の良さそうな門番のドワーフが勝手に解釈してくれたおかげで、打ち合わせた設定を説明する手間が省けた。

 門番が短い金属の棒を取り出し、扉に向かって大きく振ると重々しい音を立てて巨大な扉がこちら側に開く。


「おーい、ザール。また追い剥ぎに遭った被害者だ。詰め所に案内してやってくれ」


 人の良さそうなドワーフが、内側の武骨な雰囲気のドワーフに声をかける。


「なんだ、またか……まっすぐこっちだ、左側は国の施設だ近づくな」


 外のドワーフに手を挙げて合図を送ると、鋼鉄の扉が閉まっていく。

 武骨な雰囲気のドワーフはそれだけ言うと、黙って奥に向かって歩き出した。

 上を見上げると、巨大なドーム状の上部にファンが4つ回っている。

 天井部までかなり距離があるのに、回っているファンが確認できるという事はかなりの大きさなのだろう。


(以前あったドワーフの集落から、ずいぶん発展して拡張されているようですね……)


 所々に、魔法の明かりやランプ、たいまつなどがあるので移動するのに不便はないが、ずっとここにいると時間の感覚が狂ってしまいそうだ。まぁ定期的に鐘か何かを鳴らして知らせてるとは思うが。

 辺りを物珍しそうに見まわしながら、ドワーフについて歩くいていると石レンガ造りの建物に着く。

 武骨なドワーフは無言で木の扉を開くと、中の兵士に要件を告げた。


「モルドがまた門の外で追い剥ぎの被害者を見つけたので、引き継いで連れてきた」


「そうかい、ご苦労さん。最近多いねえ、まだ捕まらないんだろ?」


 武骨なドワーフは兵士に後は頼んだ、とだけ言うとそのまま無言で出て行った。


「大変だったなぁ、具合が悪くなければ、このまま調書をとってもいいかい?」


「はい、荷物は駄目になりましたが、体の方は大丈夫です」


 兵士のドワーフと木製の小さい机を挟んで対面で座り、追い剥ぎの設定を説明する。


「水の国に行く途中に襲われ……相手は4人、馬に乗っていて一人用の馬車を壊されたと、お供が3人、馬を置いて逃げたが途中ではぐれた……近くの森に逃げ込み潜んでやり過ごしたが、馬も荷物も奪われたと。馬車に隠していたマナ結晶を換金して、仲間を探して知り合いのいる水の国に行きたい……か、至難だったな。とりあえず3日間有効な仮の身分証を渡すから、それを過ぎて滞在するようなら、またここに来てくれ」


 仮の身分証を受け取る。焼き印の押された手のひらサイズの板に、紐が付いている。


「マナ結晶の換金か、ヤムスの店がいいだろう。道は分かるか?」


「いいえ、ここに寄るのは初めてなので……」


「そうか、ちょうど昼飯時だ、少し待ってくれたら案内しよう」


 今作った書類を持って、扉の奥に行った兵士を椅子に座って待つ。


(入り口の兵士も詰所の兵士もいい人だな)


(街道に追い剥ぎが出るけれど、街中はいたって平和のようですね。少なくとも不運な旅人を気遣う余裕はあるみたいですね、ここ最近同じような境遇の人が多く来て警戒感が薄れているって言うのもあるでしょうが……)


(この世界に来てから、悪意をもって接する人に出会っていないだけでも、とても幸運だと思う)


 それから10分弱待っていると奥の扉から、若いドワーフの兵士と一緒に、調書を取っていたドワーフが出てきた。


「待たせたな、じゃあ行こうか。お前さん腹減ってるだろ?」


(マスター、ロスタスの3人を待たせているので、ここはお断りを……)


「申し出は大変ありがたいのですが、旅の供の者が3人、いまだ行方が分かっていないので、換金して準備を整えたら、探しに行こうかと……」


「そうだったな、では早速案内しよう」


 詰所を出て5分もかからない場所に酒場がある、食事も出していて二階が宿になっている様だ。

 肉が軟らかく煮こまれたシチューが美味いらしい、機会があったら寄ってみよう。

 酒場と通りを挟んで反対側に町の中心に向かって、服、雑貨、魔法具と店が並んでいると教えられた。

 酒場の前でドワーフの兵士に礼を言って別れ、魔法具店へ向かう。店主はヤムスというらしい。


 扉を開けて店内へ入るとカウンターと店の奥にドワーフが2人、店主と客だろうか接客中という訳では無いようなのでカウンターの店主らしきドワーフに声をかける。


「すみません、詰所で魔法具店を教えてもらって来たのですが、マナ結晶の買取りをお願いします」


「そうかい……マナ結晶の買取りなら歓迎だよ、物を見せてもらえるかね?」


 そう言うと店主は一度こちらを足元から頭まで見た後、首から下げたモノクルをかける。

 客としても値踏みされているのだろう、腰の袋をベルトから外し拳大のマナ結晶を2つ、袋から出してカウンターに並べる。


「これは……こんなに大きなマナ結晶は久しぶりだ……純度は……かなり高い、これほどの品を何処で手に入れたんだ?」


(あー……出所を聞かれるとは思ってなかったな、ミリスどうする?)


(道中、川で拾った物で詳細は分からないと)


「ほう、こりゃ凄い、一級品のマナ結晶じゃねぇか、しかもデカイ」


 答えようとすると、奥にいた客が興味を惹かれてやってきたようだ。


「実は道中、川で偶然見つけた物で詳細は分からないんです。そのあと水の国に向かおうとした所を賊に襲われまして、馬も荷物もすべて奪われ、馬車は壊されたのですが……森へ逃げて様子を窺っていたところ隠し場所までは探っていなかったので、連中が引き揚げた後になんとかマナ結晶だけは回収できた、という感じで……供の者が3人いたのですが馬を捨てて森へ逃げ込んだところではぐれてしまい……」


 という、設定もついでに説明して、顔に手を当てて辛そうな芝居をする。


「そうか、最近多発している追い剥ぎにやられたのか、それは不幸中の幸いと言っていいのか……」


 店主も客のドワーフも渋い顔をしている。芝居だとは気づかれて無さそうだ。


「大変だったな、これだけの魔法石なら金貨60枚で買おう。だが金額が金額なだけに一週間ほど猶予を貰いたいのだが……」


「おいおい、そりゃあねえだろヤムス、これだけの品なら魔法付与の剣が5~6本か全身鎧が一揃いは作れる。俺なら金貨80枚出すぞ、工房に来てくれれば即金だ」


「リバール……こういう時に余計な奴が……わかった!金貨85枚、今15枚で残りは3日以内に払う。それで手を打たんか?」


(どう思う?ミリス)


(マスター申し訳ありません。私の見立てでは金貨十数枚くらいかと思っていましたので……)


(そうか、じゃあ決めるぞ?)


(はい……しかしここまで金額が違うという事は、もしかしてマナ結晶を凝縮する技術が失われているのかもしれません、それに関しては後で調べてみましょう)


「……わかりました。金貨で今、15枚と3日以内に70枚ですね。残りの分を引き換える書類は作ってもらえますか?」


「わかった、今用意するから待っていてくれ」


 店主が書類を作っている間、リバールと呼ばれたドワーフを見ると、少し離れたところで商品を見ながら、こちらに少しだけ顔を向けて片目をつぶった。

 やはり助け舟を出してくれたらしい。どこの工房か聞いて、後で酒でも奢ろう。


(ところで、金貨1枚というのはどのくらいの価値なんだ?)


(現在はどうか分かりませんが、兵士の月給が金貨1~2枚だったと記憶してます)


(そんなにか……物価についても調べないとダメだな……)


 金貨15枚を数えて革袋に入れ、引き換えの書類を受け取って店を出る。

 ちょうど一緒に客のドワーフも出てきたので、どこの工房か聞くと……


「国で一番デカイ工房を訪ねてくれば、それがウチだ」


 といって、背中を向けて手を振りながらガハハと笑いながら行ってしまった。


 そうして、ロスタスの3人の服を買わなければならないので、そのまま2軒隣の店に足を向けた。


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