第9話   ロスタスの民①


 族長代理のクロードに先導されて、5分程森を歩くと集落が見えてきた、案外近かったようだ。


「へイル、レインは家に戻って客人の支度を。お前達は作業に戻りなさい」


 クロードが集落の入り口で指示を出すと、腕輪の二人は集落の奥へ、残りの二人は森に戻っていった。


 集落の奥へ進みながら観察すると、思ったより規模が大きい。

 かなりの数のツリーハウスの集落だ、家の中心を木が貫通する形で作られている。

 木で組まれた土台の上に建物が乗っているが、地上からそう高くなく3mくらいだろうか。


 そこそこの規模なのに、ずいぶんと静かだ、気配は感じるので様子を窺っているのだろうか。


(ん?スキルがあるワケでも訓練したワケでもないのに、こうも大体の気配を感じられるのは何故なんだろう……案外普通なのか?)


 元々どちらかと言えば、気配とかには鈍い方だったので違和感を覚えたが、後でミリスにでも聞いてみるかと考えながら、一行の後に続いて歩いていると、ひときわ大きな木の前で止まった。


 巨木に、頑丈そうな土台で支えられた大きな家から、木製の螺旋階段が伸びている。


 階段の一段目は箱を紐で簡易的に接続してある。

 階段の下の部分は20cm程地面から浮いている。何か意味があるのだろうか。


「どうぞ、こちらです」


 階段を上り、両開きの扉を開けて中へ入ると、大きな部屋の中央に床から屋根まで木の幹があり、幹に沿って階段状に板が床から丸太に支えられて2階へ続いている。


 板の内側は幹に固定されて、外側は穴があけられて天井の金具とロープで繋がっている。

 いくつもの縦に伸びたロープの中程に、手すり用のロープが一本、螺旋状に伸びていた。


 扉の左右に直径1m強の丸いテーブルが一つずつ、それぞれ切り株を加工した椅子が6つずつ等間隔で置いてある。


「ヘイル、準備は出来ているか?」


 クロードが二階に向かって声を上げると、天井で足音が聞こえ、中央の階段を数段降りて青年が顔を覗かせる。


「はい……具合は、あまり良くありませんが……」


 そう答えると、二階へ戻っていった。


「狭い階段ですので、お気を付けください」


 体の向きを変えて、すれ違うのがやっとの狭い螺旋階段を上ると、左右にドアが2つずつ、正面に開かれたドアが1つ、風を感じて振り返ると、幹の向こう側に大きな窓が開いている。


 窓の手前にロープが2本あるのは、洗濯物でも干すのだろうか。


 クロードに促されて正面の部屋に入ると、ドアの前のスペースにある変わった柄の敷物が目に付く。部屋の右奥にはベッドがあり、初老の女性が体を起こして座っている。

 肩に細かな刺繍の施された青い短めのマントのようなものを羽織っている、彼女が族長か。


 ベットの奥側には少女が、ドアの横には少年が控えている。


「このような格好で失礼します、族長のスナウです。この度は誠にありがとうございます」


 ベッドの近くまで進むと、温和な印象の声がかけられるが、その視線は俺の方のあたりで浮遊するミリスに向けられていた。


 視線に気づいたミリスが光を放って元のサイズに戻る。


『こちらが我が主キャレス様です。私は管理精霊ミリスティクロスト、すぐに施術を始めますか?』


「よろしくお願いします」


 ミリスの問いに、族長が頭を下げて答える。


『では、男性は部屋の外へ、症状を見ますので貴女はこちらに背を向けて、上の衣服を脱いでください』


 男性はと言われたので、俺も出ていこうとするとミリスに呼び止められる。


『マスターは施術するのですから、ここにいて下さい。』


 少女に介助されて、背を向けて座る族長の女性にミリスが手をかざすと、青白い魔方陣が複数出現する。

 何かを調べている様だが、さっぱり分からないので余計なことはせずにその場で待つ。


『症状は分かりましたが、私の知っている病気では無いので、ひととおり回復の施術をします。それほど複雑な症状では無いので、それで快方に向かうと思います』


『マスター、いくつかの魔法を行使しますので、憑依と行動権限の許可を、お願いします』


「わかった、全て任せる」


 ミリスが憑依し、族長の背中の中心に手を向けると、魔法を連続で行使する。


『キュアー、ステアライズ、ハイリカバー』


 水色と緑の光が手の平から広がり、女性の全身を包むと体に吸収されるように消える。

 あっけなく施術が終わると、ミリスが再び、体から離れて小さいサイズになり浮遊する。


『終わりました、もう衣服を戻しても大丈夫です。水魔法の解毒、木魔法の殺菌、高度自然回復をかけましたので、安静にしていれば数日で良くなるでしょう』


 部屋に入って3分足らずで終わってしまい、部屋に戻ってきた2人も含め、驚きながらも涙を浮かべて口々に礼を述べる。


 そんな中ミリスが複雑な表情で話し出す。


『そもそも、私の知っているロスタスの民であれば、この程度の治癒魔法は大半が使えたはずなんです。それに、腕輪のお二人は近づいただけで高い魔法適性があるのが分かります。どの程度かは詳しく調べないと分かりませんが』


 衣服を整えたロスタスの民の族長スナウが、目を閉じ眉間にしわを寄せて口を開く。


「元々、ロスタスの民は、南にそびえるマグノール山脈の南東の国、マロス王国の南部に住んでいました。何百年もの間、高い魔法の力でマロス王家に力を貸し、国の英雄として数々の敵を退け、良好な関係を築いていました……」


『はい、私の知っている通りのロスタスの民です。高度な魔法で度々侵略してくる砂漠の民や、クラウ山の魔物を撃退したと聞きました』


「はい……ですが、200年ほど前に国王が崩御した時に、王位を継承するはずだった第一王子を謀殺し、第二王子を次期国王にしようと侯爵と大臣が手を組み、陰謀に気づいた当時のロスタスの族長に罪を着せ、一族を根絶やしにしようとしたのです」


「第二王子の母は侯爵の妻の実家であるファルドンという大貴族の次女でした。第二王子を即位させ実権を握るには、国の英雄であり王家に対して発言権もあったロスタスの民が邪魔だったのでしょう」


「次期国王を弑した大罪の民として国の兵士の苛烈な追撃から北へ逃れ逃れて、この森へ辿り着いた時には数百人いたロスタスの民は20人程になっていたとの事です。その時に多くの魔法が一族から失われました。以来、この森に身を潜めています」


『なんと愚かなことを……』


 過酷なロスタスの民の歴史を聞き、ミリスが悔しげにつぶやく。


『このまま、結晶を探す旅に向かおうと考えていましたが、考えが変わりました』


 そう言うとミリスが真剣な顔でこちらを向き、思念通話で話しかけてくる。


(マスター、ロスタスの民を配下に加える代わりに土地を与え、マグナスの魔法の知識を教える。その後に一族の名誉の回復に力を貸す。という交渉を行いたいのですが……許可していただけませんか?)


(ミリスがそうしたいのか?)


(はい、ロスタスの民は高い魔法適性がありますが、今のままでは宝の持ち腐れです。もし味方になれば必ずマスターのお役に立つでしょう。それにいずれ森の結晶を施設に移せば数年で森は消えていきます。そうすると彼らには新しい住居が必要になります)


(役に立つとかは置いておいて、ミリスがそうしたくて、その必要もあるんだったら、当然許可するよ。任せるから、好きにやってみたらいい。もし、何か意見が聞きたくなったら、いつでも言ってくれ)


(マスター、ありがとうございます!)


 念話が終わると、ミリスが元のサイズに戻り、やる気に満ち溢れた顔をして族長スナウの方を向き、少し背筋を伸ばして話し始める。


『ロスタスの民の皆さんに、提案があります』


 交渉がうまくいかなくても、責める気なんて全く無いが、ミリスなら上手く話をまとめそうな予感がする。


 俺はただ、ミリスと同じ様に背筋を伸ばして見守ればいい、そんな気持ちになっていた。


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