第8話 呪いの大森林
封印を解き、開いた大きな扉をくぐって外に出ると、やわらかな日差しが体に降り注ぎ、心地よい風が吹いている。
こっちに来てから6~7時間程度しか経っていない筈だが、何日かぶりに日を浴びた気分だ。
太陽光の角度からすると、おそらく朝だろう。
深呼吸をすると濃密な酸素が肺を満たす。
(マスター!マスター!凄いです!日の光を浴びてます……温かいです!ああ……風を体に感じます!)
「ミリスは、外に出たことが無いんだったな。確かにいい朝だな」
(はい!今までも光や温度、風を認識する事は出来ましたが、感覚共有で体験するのは初めてです。素晴らしい朝です!)
ミリスは興奮冷めやらぬ様子で、心地よい朝を堪能している。
周囲を見渡すと背後には山がそびえ立っている、ごつごつとした岩の山が壁のように続いている。
朝日は右手から差しているので、正面の北に森が色がっていて、背後の山は東西に連なっているようだ。
森に向かって歩き始めると、正面のやや右の木の間で何かが動いた気がする。
まだ、初めて触れる自然に感動しているミリスに、頭の中で声をかける。
(ミリス、正面の森、少し右の木陰で何か動いたぞ?)
(はい!……あ、すみません。正面の森……森?そうです!森です!おかしいです!)
(なんだ?危険な動物とかモンスターか?)
何か、慌てているような雰囲気だ。敵が現れるのかと身構える。
(違います、敵を感知したのではありません。前方でこちらの様子を窺っているのは人です。そうではなくて、こんな所まで森が広がっているなんて……すみません、一度離脱して確認します!)
そう言って、ミリスは憑依を解除して小さいサイズのまま、かなりの速さで真上に飛び出していった。
数十メートル上昇して停止する。
ミリスは強烈な初めての感覚に感動していた。だが、なぜ外に出てすぐに気づかなかったのか……
そこで、ミリスが見たのは端が見えない程の、一面の森林地帯。
施設から投影板でいつも見ていた荘厳な浮遊城も、いくつもの塔も、あれだけ栄えたマグナスの街も、何もかも緑で塗り潰されたように痕跡すら見えなかった。
『まさか、ここまで森が広がっているなんて……そんな……』
すぐにでも森の中へ行き、調べたい衝動を抑えると主の元へと戻った。
「……ミリス、急にどうした?」
『マグナスが……お城も街も、森に飲み込まれて、何も……何も確認できませんでした』
「……そうか、大丈夫か?……戻って一度休むか?」
『いえ、大丈夫です。何があったのか、森の結晶の台座まで行って調べなければ……』
ショックを受けているようだが、問いかけにミリスは力強い目をして言った。
(目覚めて外に出たら自分の国が、跡形も無くなっていた時の気持ちが、分かるなんて軽々しく言えないが、まずは森の結晶のありかを調べるか……その後は?……俺にできる事は何だろうか)
「わかった、だけどその前に……あっちだな」
木々の間から、こちらを窺っている人達に視線を向けると、4人若い男性が確認できる。
急いで人を呼びに行ったのか、さっきより人数が増えている。
『武器を持っている様子はありません。念のため扉を閉めておきますね』
ミリスが手を向けると、重い音を立てて扉がスライドして閉じる。
その様子を見ていた者達が、何かを話しあって1人が右手の森の奥に走り出し、3人が恐る恐るといった感じで森を出てこちらに歩いてきた。
皆、青みがかった緑の髪色で、袖のない軽装の服を着ている。
腕から首元に向かって複雑に伸びる、青い刺青のような模様が見える。
3人の中で少し背の高い銀の腕輪をした青年が、だいぶ距離を取って大きめの声で話しかけてくる。
警戒しているようだ、話しかけてきたのがリーダーだろうか。
「あなた方は、山の反対側からその扉を抜けて来たのか?」
扉は施設にしか繋がっていないのだが、どう答えたものかとミリスを見る。
『いいえ、違います。この扉の先は山の反対側には通じていません。魔法王国マグナスの施設に通じる扉です。私は施設の管理精霊ミリスティクロスト。こちらが私の主人のキャレス様です。あなた方は……その青い模様はロスタスの民ですか?』
言っても良かったのかと思いながら、男達を見るが。
おい、どうする?と仲間内で話し始めて返答がない。
「用件がそれだけなら、もう行っていいか?俺達は行くところがあるんで」
返答も無いので埒が明かないと思い、そう言って行こうとすると慌てて止められる。
「い、いや、もう少しだけ待ってくれ。今、族長代理が来るから」
族長代理が来たら、もう少し話を聞かせて欲しいと言うので、仕方なく数分待つと、銀の腕輪をした少女と30台半ばくらいの体格の良い男が森の中から姿を現した。
3人がそちらに合流し、銀の腕輪をした青年が男と二言三言、小声で話すと一歩下がって少女の隣に並ぶ。
(腕輪の二人は雰囲気が似ているな、兄弟か?)
などと観察していると、腰に剣を差した体格の良い男が一歩前に出て話し出した。
「その開かずの大扉から出てきた、というのはあなた方ですか?」
「そうだが、あなたが族長代理か?話があるとの事だが……」
「族長が病に臥せっているので、代理を務めているクロードだ。この呪いの大森林には何の目的で立ち入られた?」
一歩後ろに引いていたミリスが明らかにミリスがムッとして前に出る。
『立ち入るも何も、そもそもこの土地はマグナスの国土です。呪いの大森林と呼ばれているのも不愉快です!』
『それに、マナの扱いに長けたロスタスの民が病に?ヒーラーは?よほど特殊な難病ですか?大体、ロスタスの民はマグノール山脈の遥か南東に住んでいたと記憶していますが、そちらこそ何故こんなに北の森にいるのですか?』
(ミリスが捲し立てるので、族長代理の男が絶句しているな……と言うより別の事に驚いてる感じだな精霊が珍しいとかかな?)
「ミリス、
まだ、この世界の現在の一般常識が殆ど無い状態で、色々と喋るのはリスクが高いと思って慌ててミリスを止めるが、もうだいぶ手遅れ感が強いと思い。
怒っているのだけでも鎮めようと話の矛先を少し変えてみる。
『申し訳ありません、マスター』
ミリスは主人を差し置いて出しゃばったのを窘められて、若干しょんぼりした感じで頭を下げて後ろに下がる。
『ロスタスの民に詳しいのは当然です。氷帝チルウインド様がロスタスの民でしたから』
「チルウインドと言えば、大昔の一族の英雄。あなた方は何者なのですか……」
ほら見ろ、思いっきり怪しまれた……半分は俺のせいか。氷帝の話になるとは……
ミリスには後でよく言っておかないとダメだな。優秀なんだがマグナス関係の話だと冷静さを欠くのは仕方ないか。
「ヒーラーは、技が途絶えてしまって一族の中では、初級を使えるものが3人いるが……あまり効いていない様で……」
そう言うと、ロスタスの民は皆、辛そうな顔をする。
(回復魔法はあまり使える人がいないのか、難易度が高いのだろうか。そうなると今後なかなか大変そうだな)
などと考えていると、ミリスが遠慮がちに口を開く。
『マスター、私はグレーターヒールを使えますし。マスターに憑依して使えばそれ以上の効果も望めますが……』
「本当ですか!族長に施術しては頂けないでしょうか?!……あまりお支払いは出来ませんが……」
(まぁ、見るからに裕福そうではないし、ご近所さんを助けるのに対価はいらないだろう。
コストがかかるわけでもないし、恩を売っておけば一般常識を教えてくれそうだしな)
「ええ、いいですよ。ミリスもいいよな?」
内心では、かなり打算的だが。二つ返事で了承する。
『私も構いませんが、条件があります。この地を
マグナスに関する事を話す時に、嬉しそうな表情をする程、マグナスが好きなミリスには、呪われたと言われるのは耐えられないのだろう。
「はい、分かりました。では、村までお連れしますので、よろしくお願いします」
話の流れで、ロスタスの民の住む集落へ行く事になったが、ご近所付き合いも大事である。
いきなり現れた素性の知れない者と、敵対するでも、よそ者と拒否し遠ざけるでもなく、対話を選ぶ理性のある集団と、友好的な関係を築く姿勢を見せて様子を見る。
(とりあえずの方針は、こんな感じでいいだろう。今は互いに信頼できる相手か、値踏みしている段階か……)
互いに少し警戒しながら、ロスタスの民に先導されて、森の中へ進んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます