第7話   外の世界へ


 目を覚ますと、ベッドの上だった。

 気を失う前の気持ち悪さは、さっぱり無くなっていた。


『マスター!よかった。目覚められたのですね。体調はどうですか?』


 顔を少し横に向けると、小さい状態のミリスが、心配そうな顔で枕元に浮かんでいる。


「ミリスが運んでくれたのか?ありがとう。体は凄く調子がいいが……腹減ったな。あれから何時間くらい寝ていた?」


 上半身を起こして、体を確認するが。空腹と喉の渇き以外は絶好調だ。


『急に気を失われたので心配しました。異常が無い様でよかったです。5時間ほど眠っていました……食料ですか、この部屋にはお酒しかありません……倉庫区画に食料があったとしても……900年以上経っていますので……すみません』


「5時間か……ミリス、マナは大丈夫なのか?」


 ベッドから出て部屋のソファに座って、インベントリから水差しと湯飲み、パンを革袋から3つ取り出す。


(メロンパンとクロワッサンが2つ……これも記憶から再現して入れてあるのだろうか、この世界の物じゃないよな……というより、どう見てもコンビニパンだ……)


『はい。本来、シャドウスピリットが倒されてマナが拡散して消える筈だったのですが。どういう訳か、マスターの体に吸収されました。その際に私のマナも最大値まで回復しています。この状態なら3~4日、元の姿でも丸1日以上活動できます……それは、パン……でしょうか?』


 浮遊してローテーブルの端に座ると、興味深そうにパンを見ている。


「そうか、でもそのままだとマナを消費し続けるんだろ?いつでも憑依していいから……パンか……ミリスは精霊だから食べないよな……憑依で感覚共有したら味覚も共有できるのかな?」


 ふと感じた疑問を口にしながらクロワッサンを一つ掴んで口に運ぼうとすると、ミリスが高速で目の前に飛んできて真剣な顔をして言った。


『!食べ物を口にしたことは無いですが……パン!味覚共有してみたいです!』


 ミリスが今まで見せたことのない勢いで、目を輝かせてそう迫るので、少し気圧されながら了承すると、瞬時に元の大きさに戻って飛び込むように憑依した。

 ミリスの緊張と喜びのような感情が伝わる。

 催促されているような気配も感じたので、クロワッサンを口に運ぶ。


(!―――ッ!マスター!マスター!パン!美味しいです!)


「お……おお……そうか、よかったな」


 空腹なので確かにうまいが、味は、高級店の物とかではなく、馴染み深いコンビニパンレベルなのだが……

 水差しに魔力を通し、湯飲みに水を注ぎ一口飲む。

 微妙に催促されているようなので、食べ進める。


(マスター!なんというパンなのですか?形が違うのもあります!あぁ……美味しいです)


「今食べているのがクロワッサンで、丸いのはメロンパンだな」


(情報で見た事のある、どの地方のパンとも違います。マスターの世界のパンなのでしょうか?)


「あ~。詳しくは知らないけど確か、クロワッサンはパン生地とバターを何層か重ねたのを丸めて焼いたヤツで、メロンパンはクッキー生地を乗せたヤツだったかな?」


 一つ食べ終え、もう一つのクロワッサンに手を伸ばそうとすると、ミリスの感情の動きが感じられる……どうやらこっちでは無いようだ。メロンパンを取り口に運ぶ。


(マスター!メロンパン!甘くて美味しいです!甘いパンなんてあるんですね!感動です!)


「そうか?普通のメロンパンなんだが喜んでもらえて良かったよ……しかし食料か、パンはインベントリに残り7個しかないから、どこかで調達しないとな。近くに町とかあるかな」


(マグナス周辺には5つの国家がありましたが、現在の状況は分かりません。まず施設を出て北上して、森の結晶を確認した後、西側の山沿いで集落などを探しながら西方の友好国であった水の国を目指すのがいいかと思います)


「!そうだった。通貨を持っていないんだ……その前にどうにかして稼がないとダメか……換金可能な物を持たせてくれても良さそうなもんだが……ゲームでも旅立つ時には王様が金くれるのに……」


 もう一つのクロワッサンを食べながら、この世界に飛ばした奴に文句を言いたくなる。

 いや、古い転生機から急に音がしたとか言ってたから、あの少女のでもないのかもしれないが……能力値もスキルも持ち物もテキトーに決めた気がしてならない。


(マスター、シャドウスピリットから純度の高い魔結晶を二つ回収していますので、集落や村では厳しいかもしれませんが、町で売れば通貨を手に入れることができると思います。机の上に置いておきましたので)


 パンをすべて食べ終えて、幸せそうな、残念そうな感情を出しながらミリスが答える。

 湯飲みの水を飲み、片付けて机に向かう、机に立てかけられたブロードソードを腰の金具に止め、拳大の紫がかった水晶をインベントリにしまう。


「魔結晶か助かる。相場とかも分からないんだよなぁ、とりあえずは森の結晶だったか?そこに向かおうか……と、そうだステータス」



 LV:22


 HP:1150/1150

 MP:2200/2200


 筋力:282

 体力:282

 速力:282

 器用:282

 知力:345

 精神:345

 魔力:345



 剣の才能

 魔法の才能

 魔力操作

 状態異常即時回復

 混合因子      活性化率23%

 L ????  !

 言語理解

 オートマッピング

 インベントリ


 剣術Lv1

 魔法剣術Lv1

 魔法Lv3

 魔法自動制御Lv1 !


「シャドウスピリット2体を倒してレベル22?能力値もかなり増えてるな、体調が良いのも能力値が関係してるかもな。活性化率23%?と言っても相変わらず何の事か分からないな……マークを見ても活性化が足りないとしか出ないし……お!魔法のレベルが上がってるな」


(その……能力値の事なのですが、マスター。レベルの上がり具合に対する能力の伸びが大き過ぎます。この世界での能力の判別方法は数字が詳細に分かるものではないのですが、感覚共有と使用した魔法のレベルが上がる前後の威力から推察すると、通常の2倍強の数値だと思います)


「そうなのか?凄いじゃないか」


(そう……なのですが、ここに来た時のマスターは人種族と感じたのですが、今は……的確な表現が出来ないのですが、何かが微量に混ざっている感じがします。私は混合因子というものが不安です……)


「そうか……でも、敵が出て倒さないワケにも、レベルアップしないワケにもいかないしな……とりあえずは強くなってるんだし、良しとしよう。そろそろ行こうか」


 ミリスは不安な感じを残しつつも、分かりましたとだけ言うだけに止めた。


                 ◇


 坑道部へ出て、戦闘のあった辺りを見てみるが、一か所小さな穴が開いて周囲が少し黒く焦げているだけで、特に変わりは無かった。思ったより頑丈なようだ。


「そこがフレイムスピアの刺さった辺りか……って事はもうそろそろか?」


(はい、森の結晶の設置してある台座で、地脈からのマナを施設に向ければ、昇降機が使用できますので。資材運搬用の坑道部で遠回りせずに施設に行けます)


 坑道部をそのまま数分進むと、施設と同じ扉があった。

 扉の前に立ち自動で扉が開くと、逆側と同じような円形の部屋があった。

 円形の部屋は左右に扉がある、左が昇降機で右が外へ通じているのだろう。

 部屋の中央付近でサッカーボールくらいの大きさの黒い球体が浮かんでいる。


「小さいシャドウスピリットだな……あ、元々こっちが普通サイズなのか」


 先に巨大で暴走しているシャドウスピリットを見てしまったから、可愛らしさすら感じる。

 近づいてみたが襲ってくる事もなく、指で突いてみると少しだけ移動する。


「こいつは……このままでいいか。外に向かおう」


 外に繋がる扉が開くと、4本の溝が入った低い階段が上に向かって続いている。

 階段を進みながら、溝について聞いてみると。運搬用の台車の車輪の幅に溝が彫ってあるという事だった。

 長い階段だが、施設で働いていた人達の殆どが中級以上の魔法を修めているので、登るのが面倒な人は浮遊の呪文で移動するので特に問題ないらしい。

 2分程階段を徒歩で登ると、大きな扉があった。前に立ってみても自動では開かないようだ。


(マスター、扉に封印が施されています。解除しますので変わってもよろしいですか)


「わかった、頼む」


 扉に触れて魔力を流し、複雑な魔力操作を行っている。

 感覚共有で、複雑な魔力操作を行っているのだけは分かるのだが、理論はさっぱり分からないので、次に同じようなことがあったらミリスに任せようと考えていると……


 扉が重々しく振動しながら、真ん中から真横に開いていき、眩しい外の光が差し込んでくる。

 ミリスが感覚を戻してきたので、眩しさに手をかざしながら、新鮮な空気を吸い込む。


 暖かな外気に期待感を感じながら、この世界の日の光と風を体に浴びて、外へ足を踏み出した。



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