第2話   洞窟での目覚め


 寒さで一瞬、体がビクッとなり目を覚ます。


 体を起こそうと手をつくと、地面は硬い岩肌のようだ。

 手の平や服に付いた砂を払いながら立ち上がり、辺りを見回すと、点々と青白い光があるおかげで洞窟のような場所である事が分かった。


(夢オチだったら良かったのに……どう考えても知らない場所だ。寒いな……洞窟内が、所々光っている?)


 洞窟は横幅が4mくらいで、高さが5~6mはあるだろうか。観音堀りのように上部に窄まっていて、人工的に掘られたような一本道が緩やかなカーブで少し傾斜している。


(滑るほどの傾斜じゃ無いな、高い方に行けば外に出れるのか?……光っているのは、半透明の石が埋まっているのか)



 展開が急で、心の準備も出来ていないが。

 ひとまず、今すぐ危険という事では無さそうだ。

 身なりを確認すると革のブーツ、布の服が長袖、長ズボン……以上。


(ん?確か装備は渡すって言ってなかったか?何も無いのはマズイな……地上に出れば、何とかなる……のか?言葉の問題も要求したが、確認していないし……当然、金も無い)


 なるべく足音がしないように傾斜の高い方に移動を開始する……が、岩場に砂粒もある足場では、どうしてもジャリジャリと音が出てしまう。

 幸い、自分以外の音も気配もしないが、装備無しは不安だ。


(もしかしたらモンスターの類いなどいない世界なのかもしれないが。だとしても、熊どころか狼や野犬に出くわして……)


元々低い洞窟ないの温度が少し下がった気がした。


(やられずに逃げられたとしても……傷を負ったら治療も出来ない。せいぜい上着を裂いて傷口に巻くか縛るか、その状態で人里まで遠かったら……)


応急処置の仕方でも覚えておけば良かったと後悔する。


(人の手が入った洞窟のようだが、外に出て人に出会っても友好的とは限らないし……そもそも人間かどうか……いかん、不安でネガティブな思考になってきた)


 もう、体感で5分は確実に移動したが、状況に変化は無い。これだけ一定の傾斜、一定のカーブが続いているという事は、そこそこの規模の螺旋か円形かの形状なのだろうか


 更に同じ距離くらい移動したところで、洞窟の先の方が暗くなっている。あの辺から光る石が無くなるとするとこの先、真っ暗な中進むことになるのか


(暗闇なら……最悪、片手を壁につけながら進むしかないか、しばらくしたら目が慣れるかもしれないし)


 しかし、1分もしないうちに暗くなっているのでは無いことに気付いて足を止めた。

 直径3mくらいの光沢のない真っ黒な円形が洞窟の中央に浮かんでいる。輪郭は少しぼやけて、ほんの少し全体が揺れているようだ。


(なんだ……?黒い円?球体か?……敵だろうか、それとも何かの現象か……)


 何にしても、進んで確かめるか、引き返して逆に進むかしかない。


(そうだ、一応あの少女は何て言っていた?剣と魔法の世界に行って過ごす事になるって言ってた……と言う事は魔法は使えるんじゃないのか?……魔法……とりあえずファイアーボールとでも唱えてみるか……小声にしとくか)


 向かって左、カーブの内側の壁に寄って、黒い玉に右の掌を突き出し、小声で唱えてみる。対象までは約20m。


「……ファイアーボール」


 すると掌から勢いよく火の玉が飛び出……さない。

 他なら出るのだろうか?黒い何かも反応が無く、その場で揺れ続けている。ダメ元で試してみるかと、下ろしそびれた腕をそのままに、ふたたび小声で唱えた。


「……ファイアーアロー……ファイア……アイス……サンダー……無理か……」


(あれか?詠唱がいるとか……発動媒体がいるとか……なんにせよ無理だな、人に見られなくてよかった。完全に黒歴史だ。)


 腕を下ろし、仕方ないから、もう少し近づいて様子を見てダメそうなら戻るかと考えていると。


 ヴゥゥオン


 低い振動のような音が洞窟に響くと黒い玉の真ん中あたり真横に紫色の見慣れない模様が土星の輪のように浮かぶ。



(なんだ?反応した?起動した?……危険か?)


 壁に張り付くように様子を伺うと、黒い玉からゆっくり黒い蔦のようなものが2本伸びてくる。

 2~3m伸びたところで、今までのゆっくりとした動きとはかけ離れた物凄い早さで、俺がいる方の壁を向かって左の黒い蔦で激しく叩いた。


 ダァァァン


 静かだった世界に突然の大きな音で体がビクッとなる。

 音だけで威力が分かる。

 あれが当たったら即死だ。

 しかも、徒歩くらいの速度でこちらに移動して来ている。


 俺は恐怖を感じ、すぐに来た道を走り出した。

 背後では何度も壁を打ち付けている音がする、振動も伝わってくる。

 しかし、移動速度は遅いようで音は遠ざかっている。


 進行方向にぼんやりと壁と扉の無い入口が見えた。

 明らかに人工的な構造物のようだ、明るさは洞窟とそう変わらない。さらに速度を落とし、早歩きで様子を伺うと円柱形の部屋のような空間だ。向かって右側に扉らしき継ぎ目が見えるが取っ手は見当たらない。


 背後で壁を叩く音が止んだ。


 しかし、5分も走っていない。あの物体がそのままの速度で移動してくると、非常にまずい。

 扉は押すこともスライドさせることも出来ない。


(クッ、開かないか……アレが今も近付いているなら時間が無いな、戻って確認する気にはなれないし、ここじゃ遮蔽物も無いし、他に何かないか……他に……)


 必死に考えていると、白い服の少女の言葉を思い出す。


『詳細はステータスと装備を見るのじゃ!』


(……そうだ!ステータス。どう確認する?唱えるのか?)


「……ステータス」


 ダメ元でそう唱えると、目の前に項目や数字の書かれた半透明のウィンドウが浮かび上がる。向こう側が微かに見えるが、文字が読みにくい事は無い。



 名前:未設定

 職業:未設定

 

 LV:1


 HP:100/100

 MP:200/200


 筋力:30

 体力:30

 速力:30

 器用:30

 知力:30

 精神:30

 魔力:30



(……高いのか、低いのか、さっぱりわからん……バラつきがなくて、良いんだが……やっつけで設定した感が……でも、魔力あるんだな……)


 ステータスの数値を確認していると、右上に薄く光る白いピンポン玉のようなものが浮かんでいるのに気づく。視線を向けると真下にメニューのような表示が伸びる。それぞれの項目の先頭には100円硬貨大の光がある。


(なるほど。こうやって各項目確認できるのか……でも、ゆっくり確認してる暇はないな。今すぐ使える何かを見つけないと…)


 1番上は装備、光に視線を向けて開くと……布の服上下、下着、革のブーツ。

 広がった装備の表示の光に視線を向けると、閉じて項目表示に切り替わる。


(そのまんまだな……次はスキル)


 スキル項目を広げると、いくつものスキルが表示される。


 剣の才能

 魔法の才能

 状態異常即時回復

 混合因子      !

   L ????  !

 言語理解

 オートマッピング

 インベントリ

 

 剣術Lv1

 魔法剣術Lv1

 魔法Lv1

 魔法自動制御Lv1 !


(おお!これは!剣……魔法……なんだ?このマーク……いやいや、今じゃない。インベントリ……に光はない、他の項目か)


 スキルを閉じ、魔法、地図の項目のを飛ばし、収納の項目を開く。


 魔鉄の剣 (ユニーク)

 初級魔法の書

 水差し (マジック)

 湯飲み

 干し肉 (5)

 パンの皮袋 (マジック)(10)


(剣に魔法の書!これも各項目の光で出せるのか?……とりあえずやってみるか。まずは剣と魔法の書だな)


 正面のステータスウィンドウの向こう側に、革のベルトが付いた鞘に入ったブロードソードとB4サイズの革表紙のノートのような本が空中に現れる。

 両手でそれぞれ掴み、一旦ステータスを全て閉じる。


 ベルトは腰に通すタイプだが、後でいいだろう。入り口の壁に剣を立てかける。

 来た道を伺うが音はしない。

 気配は分からない、時間はどのくらいあるだろうか。


(戻ってくれてたらいいのだが。……いや、どの道ここの扉が開かなければ同じか……アレは剣が効くのか?効いたところで高速で振り回される黒い蔦は避けられないからアウトか、とりあえず魔法の書しかないな)


 初級魔法の書と書かれた革の表紙を捲る。



 魔法の使い方。


 利き手を水平に上げます。

 体を巡るマナを感じ、上げた手に流れるイメージで手の少し先にマナを集めます。

 次に火をイメージします。

 マナと火のイメージを重ね、"ファイア"と唱えましょう。

 しっかりイメージ出来ていれば、手の先に一瞬、炎が出ます。まずはここから練習しましょう。


 魔法はイメージがとても大切です。

 風や水、雷や氷がイメージしやすい場合はそれで練習しましょう。

 次のページからは、各属性の初級魔法について説明します。



(ん?マナ?……全く感じないんだが、集中したら感じられるのだろうか……)


 目を閉じ、呼吸を整え、意識を集中してマナを感じようとする。


(……まったくわからん……実はマナを感じるのが一番難しいとか無いだろうな……)


「……ダメだ、詰んだかもしれん……」


 落胆し、立てかけた剣を手に取るとため息が出る。

 ズボンに剣の鞘から外したベルトを通していると、頭の中に直接響くような声が微かに聞こえた。




『……か、そ……にい……いますか』

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