マグナス
狐坂
第1話 理不尽な転生
残業で疲れた体で電車に揺られ、ガラスに映る少しやつれた顔に小さくため息が出る。手持ち無沙汰に携帯でニュースアプリを見ると、3月中旬には桜が開花するらしい。新人の頃に休日に場所取りさせられた記憶が蘇り、嫌な気分になって携帯をスーツ上着に戻した。
元々、酒の席は苦手だ。場所取りが無くても、気疲れする飲み会なんか出来れば参加したくない。
最寄り駅で降り、改札前の発車標の時計に目をやると23時過ぎ。
(今週もハードだったな……やっと休みか)
携帯を改札にかざして通り過ぎる。
駅前のコンビニで夕飯を買い、家路につこうと歩き出して、ふと入口のガラスに貼られたポスターに目が止まる。
以前に熱中していたオンラインゲームの新作の事前登録と、コンビニとタイアップしたキャンペーンをやってるらしい。
(へぇ……今度3が始まるのか……あの頃は睡眠時間を削るほどハマって楽しかったよな……)
ポスターには色々な職業の男女のキャラクターが描かれている。
(今回の剣士はこんな感じか……魔法使いもかっこいいな)
学生の頃から数年間ハマっていたゲームも、仕事が忙しくなりプレイ時間が取れなくなって引退してからは、まったくやらなくなってしまった。
元々、剣と魔法のファンタジーが好きで、小説やアニメ、マンガやゲームなど。同じ趣味の友達と情報交換しながら楽しんでいた。
(デスクトップも仕事以外では動画配信サイトを見るぐらいだし、ゲーム機なんて最後に電源入れたの……いつだったかな、ゲーム機も新しいのが出てるけど買っていないし……あの新作も今のPCじゃ、ちょっとスペック足りないかもな……)
◇
ワンルームマンションの部屋の鍵を開けて、暗い部屋に手探りで明かりをつける。
テーブルにコンビニの袋を置いて、スーツをハンガーにかけ、シャワーを浴び終えると、どっと疲れがきてベッドに横になる。
(……っと、このまま目を閉じたら寝てしまう。メシ食わないと……)
だるい体を起こして、コンビニ弁当をレンジで温め、飲み物と調味料しか入ってない冷蔵庫からコップに烏龍茶をいれる。
なんとなく付けたテレビのニュース番組を見ながら夕飯を食べ終え。
ベッドに入り、コンビニで見たオンラインゲームのサイトを携帯で見ていると、いつの間にか眠りに落ちていた。
◇
ピーッ ピーッ ピーッ
霧のような白いモヤの中。
時計のアラームのような音だけが響いている。
(夢か……にしては霧の中?体の感覚もないし……
せめて夢の中くらいファンタジーにしてくれてもいいのにな……こう、疲れた30手前の体の感じじゃなくて)
夢は、そう頻繁に見る方ではない。単に普段みていて覚えていないだけかもしれないが。
目が覚めても、覚えてる夢の頻度は月に1、2回くらいだろうか、何れにしても夢の中で "夢だ" と認識すると、ほぼ100%目が覚めてしまうのだが、今までに感じたことの無い不思議な感じの夢だ。
(時間があれば新作やりたいんだけどな……残業疲れや不調なんか無縁のファンタジー世界で、剣と魔法でモンスターを倒したり、仲間とダンジョン探索して宝物ゲットしたり、広大な世界を冒険したり……はぁ……それにしても、さっきからピーピーうるさいな。)
『あー!もう、どこじゃ!ピーピー、ピーピー、五月蝿いのぅ!』
突然、怒った少女の声が聞こえたと思ったらガラガラと何かが崩れる音がする。
『なんじゃ?こんな古い物が、急に壊れたのか?
……いや、作動しておるのぅ……これか?』
カチッと音がすると、霧が晴れて10メートル四方くらいの部屋が現れる。部屋の壁も床も天井もガラスのような透明の板でできているようで、それ自体が光を放っている。そのさらに外側は闇のようだ。
真っ暗な空間にガラスの立方体が浮かんでいて、中は明るい。その中で特に異質なのが正面の壁にかかっている豪華な金の装飾の額縁だ。
額縁だけで絵は無く。背面の透明な壁が見えている。
カチッ……カチッ……カチカチカチカチッ
またなにかの音がする……ボタンを連打してるような音が。
『あー!もう!古すぎて、分かりにくいのじゃ!』
少女のキレた様な声が聞こえると、突如目の前の50インチテレビくらいの額縁に横を向いて何かを操作している白い服の少女の姿が映る。
『ふむ……ここで選択して、ここで設定か?……ここは……これで多分大丈夫じゃろ。あとは……ん?』
と、そこで何かを操作していた白い服の少女がこちらに視線を向ける。薄紫色の長い髪からのぞく耳が、少しだけ人間より長い気がする。15歳前後くらいか、美少女なのに口調も表情も残念な感じがする。
体の感覚は無いのだが、金色の瞳と目が合ったと感じた。
(神様か?……いや、そういう神々しいオーラとか雰囲気は全く感じないな……)
『……お?あー、コホン。しばし待っておれ。今……この辺はログを見れば良いか……剣と魔法?……健康な体……冒険……ふむふむ。このあたりはサービスしておいてやろう……そうじゃ!丁度いいから以前作ったアレを……あとはこの辺は……まぁ、テキトーでいいじゃろ』
(多分大丈夫とか、テキトーでいいじゃろとか、あまり聞きたくないセリフが聞こえてくるが……これはなんの夢だ?)
そんな俺の心の声は聞こえていないのか、30秒ほど何かを操作していた少女の小声の。まあ、こんなもんじゃろという呟きが聞こえると、一瞬視界が眩い光に包まれた。
『どうじゃ?器は出来たので、もう喋れるじゃろ?』
眩い光から目が慣れてくると、肉体を感じ、掌を見つめ確認する。体の感覚がリアルだ。明晰夢は見たことが無いのだが、こんな感じなのかもしれない。
「あー。話せるけど、随分変な夢だな……俺、そんなに疲れてたのか……」
『夢?……なるほど、そういう認識か。説明が面倒じゃの……転生した。と言う事で理解できるかの?』
「……え?転生……と言うと、自分の部屋のベッドで寝たと思ったら……俺、死んだんですか?……いや、そんな……え?」
『あー、違う違う、何から説明したら良いかの……妾の部屋の隅に、先々代からのアーティファクトが色々積んであるのじゃが、その中からピーピー五月蝿い音がしたから……こう、山と積まれたアーティファクトを蹴り飛ばして見ると、古い転生機が作動しておっての……』
「蹴り……という事は、俺は死んだ訳じゃなくて、まだ元に戻れるんですか?」
『いや、転生機でそこの空間に呼ばれた時点で、元の肉体は消滅しておる。そこで、お主の記憶から肉体を構成し直して魂の器としたのじゃ』
「……もう、元には戻れない……?それじゃあ、これから俺はどうなるんだ……?」
『これからお主は……あー、剣と魔法?冒険?のー……世界に行って過ごすことになるのう』
カチカチと手早く操作しながら、だんだん説明する口調が早口になっていく。口調に疑問形が多いのも実に不安だ。
『大丈夫じゃ!古い転生機であったが、希望通り設定しておいた。転送先もサービスで栄えた都市にしておいた。初期装備もサービスしておいたから、困らんじゃろ。と、言う訳でそろそろ転送する……』
「ちょっと待った!待ってくれ!そんないきなり知らない世界に放り込まれても……それに、言葉!会話とか文字とか分からないと!それに、こういう時はスキル!何か特殊なスキルとか装備とか、貰えるんじゃないのか?!」
なんだか、話を切り上げて早々に転送する気みたいだったので、慌てて声を上げると、白い服の少女はものすごく面倒そうな表情を浮かべ、ふたたび何やら操作しだす。
『あーもう……妾も暇では無いのじゃぞ?言語に……文字……と、スキル?は……コレと……剣を……これにして……これでよし!……詳細はステータスと装備を見るのじゃ!転送っと」
白い服の少女が、これ以上質問されない様にか、忙しく操作しながらも、そう言うと、俺の意識は闇に飲まれていった。
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