第2話 GENKING

人生ってのは、意外にもテンションが上がることが多い。


どっかの有名なやつが、幸福には同等の不幸が必要だ。なんて言っていた気もするが。

要するに、不幸であればあるほど些細なことが幸福に感じるってことだろう。


つまり、いつも退屈だなんだと不満を垂れ流してる俺だって結局は人並みの幸せを感じちまってるってわけだ

なんとも胸糞悪い話だ。


しかし。だったら、どの学年にも1人はいる、馬鹿みたいに元気なやつってのは、一体どんなことを不幸だと感じているんだろうか。










「おはよう!」と、とびきり元気な声が校庭に響き渡る。


ただいま、学校に行きたくない理由No. 1を冠するであろう朝練の時間である。

自主的にやらせるわりに出席を取ったりする、意地の悪い授業ってのが稀にあるが。

この学校では、これがそれである。


大半の生徒が人生で最も低いテンションでいる中、イカれたテンションで俺に話しかけてきたのは、リィリーという女である。

キリッとした目つきと整った眉。それに、長い黒髪。どっかのお偉いさんの娘。かどうかは知らんが、シュッとした体型と佇まいも合わさって、そんな雰囲気を感じさせている。


「よぉ」

「なんだ!元気がないな!だが、それも良し!」

挨拶を返すと、リィリーはにっこり満足げな笑顔を浮かべる。


「そりゃ、どうも」


良薬口に苦し。とも言うが、まともな神経をしてるやつなら、こんな元気の劇薬を相手するのは嫌だろう。

しかし意外にも、俺はこいつのことがあまり嫌いではない。


直観的に見ると、こんな奴は俺が真っ先に嫌う相手だろうと思う。

しかし、こいつの相手をしていると強制的にテンションが上がってしまう。俺はそんな感覚がちょっとだけ気に入っている。

きっと、薬中もこんな感じにハマっていくのだろう。


リィリーは元気よくこちらを見ると

元気よく話しかけてきた

「さぁ、ランニングをしよう!」

「おう」


こいつは、随分ランニングが好きらしい。

朝練の時間に会うと毎回ランニングに誘われる。

たしかに体力は、戦闘において最も重要なことのひとつではあるが、おそらくこいつはそんな事を考えて走っているわけではないだろう。

そんな利口な奴だったら、俺とつるんだりしない。要するにこいつも、俺と同じようなただのバカなのである。


「しかし、朝というのは気持ちがいいな!」

リィリーはかなりの速度で走っているが、問答無用で話しかけてくる。

お陰で、努力が嫌いな俺も体力だけは学年トップクラスについてしまった。

まぁ、体力だけではなんの役にも立たないのだが。東京の街中を早めに走り抜けて表彰されることくらいしかできない。


「朝。に、練。がつくだけで気分は最悪だぜ?」

こう言う言葉が他にも色々ある気がするがパッと思い出せない。もしかしたら、なかったかもしれない。


「では、朝練。に、なし。をつければ良いではないか!!」

リィリーは、合ってるんだか合ってないんだか頭がおかしくなる事を言ってきた。

こいつは、こういうポジティブを空回りさせる癖がある。こういう、歪なところがこいつのチャームポイントなんだ。

って、お見合いかなんかがあったなら紹介してやりたいくらいである。

そして、さっきのセリフはおそらく合っていない


「お前はもう少し考えてから喋れ」

たぶん、脳みその構造が他のやつに比べて相当単純にできてるんだろう。

しかし、単純にすることは複雑にすることより何倍も難しいとどっかの社長かなんかが言っていた気がする。

もし、こいつがロボットだったとしたら相当な高級品に違いない。


そして、あまりのポジティブさに頭がおかしくなった客からの返品が殺到し、会社は即刻倒産しちまうだろう。


「何を言う!私はしっかりと考えて喋っているぞ!いいか!?人というのは脳みそを使わなければ手を動かすこともーー」

「わかってるよ。お前の脳みそは動いてる。ただ、だいぶ動きが悪いからもう少し動かせって言ってんだ」

俺は遠慮のない罵倒をこいつに浴びせた。

友達というのは思った事をなんでも言い合える間柄。そんなふうに小学何年生だったかの先生に教わったからだ。

どちらかと言えば嫌われている感じの先生だった。

それでいうと、極端に嫌われている先生ってのは意外に仲のいい生徒がいたりする。

しかし、中途半端な先生ってのはそういう振れ幅がない。

要するにそういう先生だった。

まぁ、先生の交友関係なんて詳しく知らんが。


「ほう?それは新しい訓練か何かか?」

リィリーはバカ真面目に答える

こいつは人の悪意というものがわからないんだろうか。

殴られても笑っていそうで恐ろしくなっちまう。


「かもな。詳しくは言わねぇぞ?企業秘密だからな」

俺は適当な事を言った。テンションが落ち着いてきた。薬物の効果が切れてきたようだ。


「じゃあ、俺はもうやめるわ。またな!」

「あぁ!また会おう!」

リィリーはとびっきりの笑顔を俺に向けてきた。

笑顔ってのは体にいいらしいから、こいつは相当に長生きしそうだ。

こいつみたいなやつが長生きするってのは、人類からすればかなり価値のあることではないだろうか。


そんな事をフワッと考えながら足早にその場を去った

元気の禁断症状が出ちまう。




まぁ、そんなものはないが。

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