第24話 花売りの少女
「任務はこれから2班に分かれて行う。私とミストリそれにデヴラで一班、あとはルースとアズサにペトラで一班だ。今日はAー5の地点から作戦を行う。時間は2時間だ、2時間後この地点に集結すること。負傷の場合信号弾を撃って合図しろ。ルース班は東から、私たちは北からあたる。今日はゲストが2人いる。デヴラにルース、ペトラよろしく頼む」
一通り喋り終えると、グロリアは持っていた地図をルースに手渡して、今日の探索場所に赤い印をつけておいた、そこを当たってくれ、と伝えた。
ルースは、了解〜、と言って地図を受け取ると、胸元から懐中時計を取り出し、合図をおねしゃす、とグロリアに言うと2人して時刻を合わせた。
グロリアが時間をカウントして、2人息を合わせて12時の時刻の上についているスイッチを押す。
「それではこれより作戦開始、皆今日も無事に帰るぞ」
そう言ってグロリアたちは中央広場から離れて行った。
「そんじゃ、我々も行きますかね。アズサっち〜、期待してるよ〜」
そう言ってルースは揶揄うように笑った。だが不思議とルースが言うと嫌な気分にならない。ルース自身もそれを分かっているのだろう。
ルースを先頭にその後ろにアズサが続き最後尾をペトラが歩く。
アズサは未だにこれが何なのかよくわからなかった。
なぜ自分はここにいて、町の見回りなどしているのだろうか。いや、本当にこれは見回りなのだろうか。任務とだけ聞いているから、他に何かをするのだろうか。しかし街自体は先日占領出来ていると言う話だ。
「任務とは何ぞや?って顔してるわね」
ペトラが横に並んで声をかけてくる。
「あ、はい。任務とは聞いているものの、詳しくは聞いていないので。これから何をするんでしょうか」
「北側はおそらく通路の調査でしょうね。東のこっちは掃討よ」
「そうとう?あの一体何のことでしょうか」
「こういった国境の町っていうのは、住民の立場がコロコロ変わるから、敵国に情報を流す輩が自然と出てきちゃうのよね。それを探し出すのが必要なのよ」
まあ、挨拶周りっていうのが正しいかも、そう言ってペトラは笑った。姿形だけを見ればまるで舞踏会なのに、バックは石造りの無骨な住居だ。
「特にこの町は昔城下町だったの。ほら、司令部のある丘があるでしょ。あそこは昔お城だったのよ。今は上物はもうないけど、地盤はそのまま残っている。そう言った場合、大抵は丘と町を結ぶ抜け道か、何らかのトンネルがあるはず。城の城主様が何かあった時に逃げ出せるようにね。おそらくそれはどこかの住居に繋がっていたり、多方面に展開されているわ。それを発見するのも任務の一つね。最悪スパイがそのトンネルを使用して丘の上に攻撃を敢行してきたら、まあ危ないでしょうから」
「トンネルを発見したらどうするんですか?」
「それは、まあ、爆薬で吹き飛ばすんじゃない」
「スパイを発見したらどうするんですか」
「殺すんじゃなあい」
アズサは肩に担いでいたライフルの紐を強く握った。どこからか、カーン、と金属をハンマーで叩くような鐘の音のような甲高い音が聞こえる。
住居か何らかの修理なり工事をしているのだろうか。
ペトラから視線を外して前を見る。地面は綺麗な石畳になっていて、グレーと赤色が交互に敷き詰められていてそれが通りの先まで続いている。町は碁盤の目になっているので通りの先までがよく視界の中に納まる。
前を向くと多少自身の息が上がっているのを感じる。
「んー、アッちゃんどうしたん? 息が上がってるみたいだけど」
ルースが後ろのこちらを振り向かないまま応える。
「いや、そのこの任務ってスパイの捜索なんでしょうか?」
「ペトラっちが今そう言ったじゃん」
「その、人を殺すんでしょうか?」
「んー、そうなるかもね〜。そうならないかもね〜」
ルースとアズサの距離はおそらく2m程だ。だがとてつもなくルースがいる場所が遠くに感じる。
ペトラはこちらを心配そうに見ている。息が上がっているけど大丈夫、喉乾いているならお水あるんよ、と言って優しく問いかけてくれる。
アズサは自然と唇が乾いていることに気づいて、舌で湿らすように舐めた。
「あの、私は―――――」
と言いかけたところで、ルースが地図を見ながら、こっちだよ、と言って通りから路地に入っていった。
路地は通りと違い、幅が3m程しかないため三人程が横一列に並ぶとそれだけで一杯一杯だった。
ルースに着いて歩き、二、三個の路地を曲がると、小さな花屋が目に入った。
花屋の両隣はそれぞれ紳士服の仕立て屋と靴屋が並んでいる。二つの店舗は外装は似たようなものであり、小さなショーウィンドウに品物が飾られていて、入り口のドアのところには木の看板がぶら下がっている。それが通りの風が吹くたびに軽く揺れる。
それら三つの商店の通りだけ狭い路地ではなく、2m程幅が広くとられている。
花屋の店頭には複数のブリキのバケツの中に水が貼ってあり、数は少ないがいくつかの種類の花が活けられている。
建物の一階は観音開きになっていて、店舗の中は様々な花があり、奥にはガラスケースで並べられている高価そうな百合の華などが鎮座している。
店舗は路地より階段でいうところの二、三段上がっていて、先ほどから10歳ほどの少女が忙しそうに店舗と外に生けられている花のところ行ったり来たりしている。
店の中に主人は見当たらず、今は少女1人のようだった。
少女はルースたちの姿を見ると、わざと物おじしない様に振る舞っているのか、こちらに気遣ないそぶりで自身の仕事を続けている。
ルースが服の仕立て屋のショーウィンドウを除いて、中々良いお値段するじゃん、と言って茶化すように笑った。
ペトラがルースに、今日はこれ全部どすか?、と尋ねると、いや今日は真ん中の花屋だけだよ、とルースが応える。
「アズサはん、周囲の警戒を頼んます。発砲に許可なんていらんからね、おかしな素振りを見せる者がいたらよろしゅうお願いします」
そう言って花屋の少女に近づいていった。ルースは仕立て屋のショーウィンドウに肩を持たれて、花屋の方を見ている。
少女が店内から屋外に出てきたところでペトラが声を掛ける。少女は手にコスモスだろうか、花を持っている。
「お嬢ちゃん、こんにちは。ご主人はいらっしゃるかしら」
ペトラは膝を追って少女の目線と同じくして問いかけた。少女の身長は120cm程だ、ペトラが屈むとスカートが地面に触れ、末端地面によって汚れていく。
「お姉さん、兵士さん?」
「んー、そうよ、ボルビア国の兵士。お嬢ちゃんはお店番?」
少女はペトラの服装を繁々と眺めて、それから、はいっ、と答えた。
「うちのお父さんは今、お花を仕入れに行ってます。その間私がお店を切り盛りしてるんです。そうだ、兵士さんお花買ってって下さい」
そう言って少女は手に持っていたコスモスをペトラに差し出す。
ペトラは、あらありがとう、でも私薔薇の方が好きなの、と言ってそれを押し返した。
アズサは少し心持ちがひんやりとするのを感じた。
「あっ、薔薇もあります!先日入荷したのがあるので是非見ていって下さい」
そういうと、店内に走って入っていき、よいしょ、と言いながら数本の薔薇を手に抱えると、ペトラの前まで戻ってきて、いかがでしょう兵士様と言って差し出した。
ペトラは膝を曲げた状態で佇んで動かず、外に出してある薔薇の方か何かを観察するように見ている。
太陽がゆっくりと天に登っていき、次第に日差しが強くなっていく。
「あら、わざわざありがとうねぇ。でもどうして店内に取りに行ったの?外にも何本か薔薇があるようだけれど」
「それは特別なお客様だからです。外に置いてあるのは町のみんながいつも買って行ってくれるお花なんです」
そう言って、少し顔を硬らせて下を向く。
「そう、それは嬉しいわね。ありがとう。それじゃ一本頂こうかしら。おいくらですか」
少女は顔を上げ、300ギリスです、と答えた。少女の目は自然と自身に満ちていた。だがふと足元を見ると膝は見ても分からない程度に細かく震えている。
ペトラは胸元から小さい巾着袋を取り出すと、三つの銀貨を取り出し、はい、と差し出した。
少女が毎度ありがとうございます、と言いそれを受け取る。
「ところでお嬢ちゃん、ひとつ聞きたいことがあるんだけど、ここらに貴族様がよく来るお店ってあったかどうか知らない?」
少女は、多少考える素振りを見せたが、すみません、私の知る範囲ではここら辺のお店にはあまり来られていなかったと聞いてます、もっと丘に近いお店ならそうかもしれません。
そう言って申し訳なさそうに首を横に振った。
「そう、ありがとう。それにしても、良い薔薇ね。花が開ききってないし、きちんとしたところで育てられてるって感じがする。それで、―――――――お父さんはどこにいるの?」
アズサと少女がペトラの顔を見る。
「えっ、あの、お花の仕入れに、、」
ペトラが少女を見つめる。その表情は全くの無表情で、感情を感じられる部位がなかった。
あっ、と少女がペトラをもう一度見る。ペトラは先程から一切動かずに少女を見つめ続けている。
えっ―――――、と少女が助けを求めるように周囲を見渡す。右に左に。
そこでアズサと目が合う。
少女が助けを求めるようにアズサを見つめる。
それから隣の店にもたれかかっているルースを見る。
ルースは少女を見ながらニコニコと笑っている。だが少女と目が合うと、先程までの笑みを無くし、真顔で目の中を覗き込むようにジッと見つめた。
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