第23話 下り坂
丘を降り町が見えてくるといくつもの大きなドーム状の穴が町を囲むように空いていた。
今回は丘を登った時とは違い、血管を通らずに下ると言うことだった。
血管から出たものは真っ先に死んでいく。そう聞いていたアズサとミストリは内心ビクビクしていたが、ルースの流石にもう射程外だから大丈夫だよ、という一言に勇気づけられて進むことにした。
血管の外は地面が禿げ上がっていることを除けばそこら辺にある普通の丘だった。
通り過ぎる時にそれとなく穴の中を見ると、それぞれの穴に数人の人間の死骸が横たわっていて、どの体も半身が熊の爪で抉り取られたかのようになくなっていた。
死骸の周りには巨大な銃の破片なのか、鉄の切れ端のようなものがそこら中に散らばっていて、中には死骸の内蔵に食い込んでいるものもあった。
他には鉄の破片が腹に突き刺さり、それを必死で抜こうとしたのか手で押さえたまま絶命している兵士の死体も見てとれる。
それらの穴の中に兵士たちが何らかの油を巻いて、その上から火を放っていた。
それらは鉄と油と肉の焼ける匂いを漂わせながら、上空に長い煙の渦を巻きながら登っていく。
匂いはバターのような濃厚さで、アズサの体に張り付いては、水でも数日間は洗い流せない不快感を残す。
町から丘の上の司令部を目指して登った時は気にならなかった部分が降るたびに徐々に見えてくる。
見た瞬間はあまりの衝撃に頭がくらくらしたが、内蔵というものは意外と採れたての猪と大差ないのだな、と冷静に観察している自分もどこかにいた。
それは戦場の光景に慣れているのか、それら死体に何の反応も示さないエースの部隊の人間が横にいたからかもしれない。
ミストリはと言うと、口元を抑えそれらの遺体を目にしようとしないように真っ直ぐに前だけを見て歩いている。
あれらはトーチカってやつだったんだ、と言ったのはルースだった。
潰したのは急造のもだったけどね、本当に要塞みたいに強固なやつはもっと大変なんだ。
巨大なそれが数個あるだけで歩兵だけじゃまず攻略は不可能さ、まあ今はグレンっちとかがサラっとやっちゃうけどね~。
そして、それらを潰した後の穴に、色んな遺体を入れて焼くのさ。
戦場では油があるなら死体は燃やす。そうした方がネズミも数日は来ないし、伝染病も抑えられるからね。
ルースはガムを噛みながら悠然と答える。その姿だけならば町外れに散歩に来たかのようだった。
遠くで雷鳴のような砲撃音が地面の振動と共に響く。
町の反対側ではE中隊のみんなが塹壕を掘っているのだろうかとアズサはふと思い出した。
そうだとすると、ここは随分と安全地帯なのだと実感してしまう。
町は歴史のある場所だったに違いない。
まるで中世の城下町のような出立ちで、町の外周を高さ数メートルの石造りの塀が囲っている。
だが、丘と向き合った方面は進撃の為だろうか、爆薬か何かで大きく破壊されていた。
町に入ると幾人かのボルビアの兵士が2人1組でパトロールしており、自分たちエースの部隊とすれ違うたびに立ち止まっては、キチンとした身振りの敬礼をしてくる。
それは前を歩いているルース達だけでなく、アズサとミストリにも同様だった。
「それじゃあ、とりあえず町の中央の給水塔まで行きゃなきゃね。そこに簡易的な司令部があるから。到着の報告をしたら任務開始だよ」
ルースが言う。
アズサは戦場になった町を内心繁々と眺めてしまった。
町全体が石造の建造物で埋め尽くされていて、3階建ての建物が幅10m程の石畳の通路を挟むように立っている。
グロリアの話では町は碁盤の目のようになっていてブロックごとに分けられているのだという。
夜間での強襲作戦を決行したにしては、建物の被害があまりにも少ないと感じた。
―――――どうだろう、本当の戦争というものはこういうものなのだろうか。
門から通りをまっすぐに進むと、大きな井戸を中心とした巨大な広場に出た。
井戸の周囲を深緑色の簡易的なテントがぐるりと展開されていて、丘の上で見たように地図を机いっぱいに広げているテントから、数人の怪我人を救護している応急処置用のテントまでが見える。
グロリアが、皆ここで待ってろ、手続きをしてくる、と言って1人テントの方に歩いて行った。
あの―――、とミストリが隣のペトラに話しかけた。
「ここの住人は皆避難したのでしょうか?」
「んー、半々ってとこかしらねぇ。全員が全員避難っていうのは出来るもんじゃないからねぇ。それにだからこそうちらが必要ってことだしね」
ミストリはペトラの言葉の意図を掴み兼ねているようだった。
するとグロリアが戻ってきて、それじゃこれからいつも通り任務だ、と言ってパンパンと2回手を叩いた。
アズサとミストリ以外の4人がそれぞれの装備を確認する。
デヴラは肩にかけていた自身の身長より長いライフルを手に持ち、弾薬の数を数え、弾が装填されているか確認する。
ペトラは腰の部分から2本の鞭を取り出した。
ふわふわとしたスカートと一体になっていたのだろうか、手に持つと持ち手の部分を数回撫でている。
ルースは金属製の手甲のようなものを両手に嵌めて、指を数回握っては開いてを繰り返している。
グロリアは先程のテントから貰ってきたのだろうか、手には地図を持っていて、今日はここからにしましょう―――、と呟きながら赤い鉛筆で丸をつけて行っている。
「あの、これからの任務っていうのは、一体何なんでしょうか?」
ミストリが堪らず聞いた。
グロリアは地図から目を離さずに、一言、―――――戦争だよ、と答えた。
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