第22話 ペトラ・フォン・ミューエ
イゾルダがテントから出ていった後に、グロリア曹長が今後の予定をテント内に伝えた。
今日はこの後、先日占領した丘下の市街地へ出動予定。
アズサたちも含めた6人の小隊で行くということで、各々装備を整える為に一旦解散となり、十五分後にこの司令部のテント前に集合だと告げられた。
ミストリとアズサはグロリアから希望の武器を聞かれた。やっぱり初任務には好みの相棒がいなきゃね、とグロリアはウインクして笑った。
ミストリは訓練でも使用していたという旧式のライフル、それに銃身が縦に折れて、弾を二発装填出来る仕様の拳銃を希望した。
アズサは試験のときに使用したライフルと同様の型のもの、それに自前で持ってきたというリボルバー型の拳銃を選んだ。
他のメンバーが準備をしている傍でミストリと2人横並びに座り、水を飲みながら予定時刻まで待つ。
「お前、女だったんだな。全然気づかなかった」
ミストリはぼんやりと、言葉を選ぶようにアズサの顔を見ずに話しかけた。
「―――――あっ、うん、、ごめんなさい」
あっ、とか、うん、とかそんな言葉は本当は不要なのだろうけど、どうしても出てしまう。
それがあるだけでこの土と硝煙が香る世界では雑音になる。
「なんで謝るんだよ。別に一緒に戦うことは悪いことでもないだろ。まあ戦場に女なんて普通じゃないけどな」
しかし、隣にいる彼には謝罪の言葉こそが雑音だったらしい。
ミストリは水を飲み干してしまったのか、コップの淵を口に咥えて持っていた手を離し、口の動きでコップを上下に揺らした。薄い金属で出来たコップが、キイキイ、と小さい声を上げる。
不思議と皆に女だと知られて、体格をカバーするような仕草をしなくても良くなったせいか、アズサは足を閉じて座り、合わせた腿の上にカップを両手で持っている。
性別とは意識しないでいると、ある程度自然と身体から発露するのだとそのとき実感した。今は何を言えば良いか分からず、そんなことに思考の矛先が向かう。
何を喋れば良いのだろうとアズサが逡巡していると、テントの入り口が軽く開き、誰かが入ってくるのが見えた。
アズサたちがこのテントに到着した時、まだ陽はほとんど昇っていなかったが、今はちょうど朝の7時くらいだろうか、横殴りに日差しが差し込み、誰かが入り口の布を上げ下げする度にその光がテント内に差し込む。
それもあり、この時間テントに入ってくる人物は内部から見ると皆逆光になり、自然とシルエット姿だけになる。
皆この場にいる人間は基本的に軍人しかいない。それもあってシルエットは皆似たような軍服姿であり、顔をみないことには誰かは判別が難しい。
だが入ってきた人物を見て、ミストリと二人して、――――時間が止まった。
入ってきた人物は、フリルの付いたドレスを着ていて、ツバの広い帽子をかぶっている。
靴は踵の高くないパンプスで、指には左手の小指以外全ての指に指輪を嵌めている。
そしてどれも色違いの宝石が嵌っていて、陽の光が当たりにキラキラとところどころに光を反射している。
そのドレスの人物はシルエットのまま、入り口に垂れ下がっている布から手を離すと、数秒の後テント内の明るさに全体が慣れてきて、アズサたちの位置からでも顔が判別出来るようになった。
アズサは、思わずその人物の顔をまじまじと見た。
――――おそらく、というか女性のはずだ。
髪は肩ぐらいの長さで切り揃えられていて、赤毛で肌は白い。そして靴も含め着ている洋服全てが真っ黒で統一されている。
被っている帽子はツバが広く、少し傾けると顔全体を隠してしまいそうだ。
軍から支給されているだろう軍服の要素は微塵もないが、襟章や帽章などはそれぞれ軍服に付いている箇所と同様の部分に縫い付けられてはいる。
アズサは淑女が着るドレスとでも呼べば良いのか、その女性の洋服のバランスを間近に見て、純粋に美しいと思った。
大きい帽子に細い腰首、その極端な中央部分からまるで羽毛が生えてきているかのような柔らかいスカート。
一つ一つのパーツが曲線で作られていて、女性の骨格らしい丸みを帯びている。
「あれぇ、皆んな何やら忙しそうやわ。出発の時刻間違えたかね」
そう言ってドレスの女性はテント内を見渡す、それから眉毛の上に右手を横一文字にして差し、テント内をぐるりと見渡すと、アズサたちを見て声をかけた。
「あんたたちは、Kの部隊の人なん?テントってここであってるん」
「あ、―――――はい。その通りです」
ミストリの言葉に、アズサは、ハッと我にかえる。
「それにしては、あんた達、あんまり―――っぽくないわね。でも軍服からするとエースの部隊っぽいしなぁ、でも帽章はエースの部隊ではないし―――、なんかチグハグやねぇ」
「自分たちは今回の作戦のために召集された兵士です。なんでも坑道の道を聞きたいってことで」
女性は2人を見ると、ほーーん、と訝しんだように声を出すと目を細め、手で口元を隠した。
「……一般人ってことかいな。まあ、勇気があるわなぁ」
周囲に聞こえないように気を配っているのか、女性は小さい声でそう言った。
だが二人にはしっかりと聞こえている。
するとドレスの女性がいることに気づいたのか、ルースが小走りになって彼女に近寄り、十分近くに来てから大きな声で挨拶した。
「ペトラっち、お元気〜!? ご機嫌麗しゅう〜」
ペトラっちと呼ばれた女性も表情を柔かに変え、ドレス姿の女性がパーティで儀礼的な挨拶をするように、優雅な仕草でスカートの一部をつまみ上げて頭を下げた。
ミストリとアズサは2人共呆気に取られてしまった。姿だけなのかと思えば仕草もまさに淑女なのだ。
―――戦場に淑女、隣にいるミストリは、先程ペトラっちと呼ばれた女性から視線を外すことが出来ないでいる。
「それでいつも通り戦場にお出かけかい?――――というか、今回のWからの派遣ってペトラっち?」
ルースが女性に問いかける。女性は当たり前のように頷いて見せた。
「Wのペトラ・フォン・ミューエ伍長、ただいま着任いたしんした。お久しぶりです、ルースはん」
喋る言葉にはどこか方言が含まれていて、アズサはペトラの喋る言葉を上手く訳せないでいたが、印象だけでいうとどこか『はんなり』としている。
語尾の音程が気持ち上がるとでも言えば良いのだろうか、少なくともアズサが今まで聞いたことがある言葉とは少し違っていた。
――――人工的、それが最も印象に近しいとアズサは思った。
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