第21話 ボーイミーツガール
グロリアは一瞬、グレンの方に視線をやると、すぐに目を離してシンラとアズサの方に近寄った。それから、その判断をシンラ少佐と相談したかったのです、我々の見解では、嘘をついていたことには咎があれ、性別を偽ることに関しては特に任務に支障をきたさないのはないかと考えております、と言ってシンラの目を見つめた。
「そう、さっき揉めていたのはそう言うことなんだ。てっきり新人を派遣する話が通っていないのだと思っていたけど。ごめんなさい、私とイゾルダの2人が勘違いしていたわ」
それでいかがでしょう、この者の処分は?、とグロリアが先を促す。
後ろではイゾルダがアズサの方を穴が開くほどにジッと見ている。
それからボソボソと、なぜだ―――――、どうして――――、としきりにつぶやいている。
シンラはイゾルダをチラリと見ると、しっかり者のルダちゃんもこういうことにはまだまだだね、まあ~こればっかりは仕方ないよ、あんまり気にしないでね~、と慰めるように言った。それからグロリアの方を見る。
「私もみんなと一緒だよ。確かに軍を偽証したのは良くないことだけど、志願したことには何の問題もない。それに私の部隊にはむしろ歓迎かな。ルダちゃんが見込んだ程の能力の人材なら何の問題もないでしょ。それに能力が高い者は多くとも困ることは無いからね」
シンラはサーベルを床に勢い良く打ちつけると、椅子から立ち上がり、合格です、とアズサに向かって一言告げた。
そしてイゾルダに向かって、後はよろしくねぇあんまりオイタしちゃダメだよ、と両の掌を合わせて祈るような仕草で伝えると、首をグレンの方に向けて、この後ちょっと話があるから、と声をかけた。
その途端部屋の時間が止まってしまったかのように部屋が静かになると、ルースがシンラの前にまるで威嚇するかのように立ちはだかった。
その後ろにはルースを援護するようにグロリアが一歩後ろで同じように待機した。
部屋の皆の意識がそちらに集中していたが、イゾルダはそんな状況をわざと無視するかのようにアズサに話しかけた。
「ブラウン、ブラウン、、貴様の本名を教えろ。あと経歴もだ」
アズサの背筋に自ずと力が入る。
「あ、アズサ・エンリケスです。その、経歴は先程シンラ少佐に伝えた通りであります」
部屋のもう一方ではシンラとルースたちの睨み合いと何らかの会話が繰り広げられていたが、目の前のイゾルダへの対応に集中していて、何を喋っているかまでは判別出来ない。
ただ少なくとも、友好的とは言い難いことだけは伝わってくる。
「貴様、今後は虚偽の報告はするな。まあ、私から性別を問い出した訳では無いが、しかし、正確な情報がないと今後の任務に支障を来たす恐れがある。いいか!、今後何があっても!虚偽の!!報告は!!するな!!!。いいな!、何があっても虚偽の報告はするなよ」
「は、はい!!」
イゾルダは手に持っていた教鞭を勢い良く振り、自身の真横の空間にヒュン、と小さな音を立てた。
それから、私は三度告げた、それがどういった意味かよく考えろ、とアズサに言った。
それに対して、アズサは首を縦に何度も上下させる。
「分かったならば良い。ではこれからのことを説明する。おい、ミストリ・グラーデン、こっちに来い」
イゾルダは手招きをすると、先程までこの部屋で蚊帳の外だった男を近くに呼んだ。
少し後ろでは何やらルースたちとシンラが言い争いをしていたが、どうやらシンラとグレンがテントから出ていったようだった。
そしてルースたちは不貞腐れた様子で、各々アズサたちがテントに入ってくる前の位置に戻っていった。
「それではこれから、貴様たちの今後の予定を発表する。貴様らは今後このテントにいるKの部隊と共に行動してもらう。現在この戦場ではKとWの混成部隊で対処に当たっている。指揮権はWが持つが、作戦の都合上行動はKとしてもらう。Kと行動している間はKの部隊の指示に従ってもらって構わない」
はーい、と間の抜けた声と共にルースが手を挙げる。ルースはテントの端に丸い椅子に腰掛け、眠そうに目を細めながらこちらを見ている。
イゾルダはルースの方を見て、教鞭をルースに向けると、なんだ、と声を掛ける。
「イっちゃん、それって、彼、彼女らボーイミーツガールの世話をしろってことですか?Wの方々が呼んでおいて面倒臭いところは押し付けるなんて、ワガママだと思いまーす」
ルースは喋り終えるとあくびをした。アズサはこんなことが軍隊で許されるのだろうかと、若干、目を疑った。
「それは違うな、彼らを呼び寄せたのはグレン中尉も同意されてのことだ。それに今回の作戦上2人には市街地を見てきて欲しい。そのためには街の構造を良く知っている貴方たちKの部隊と共に行動して欲しいのだ。そしてボーイミーツガールの意味はそういうことではない。訂正しておく」
「街の構造を知っているのはお互いさまでしょう。それにうちの部隊は正攻法じゃないから、普通の兵隊じゃ麺喰らうんじゃないんですか〜?」
ルースは間髪を入れずに答える。
「我々が把握しているのは街の大雑把な見取り図のみだ。実際にあそこを攻め落とした貴方たちには敵わない。それに我々Wは別の作戦がある。そのため数日ここを離れる予定だ。だから自ずと面倒を見るのは貴方たちしかいないのだ」
イゾルダにそう言われるとルースは、イっちゃんは真面目だな〜、分かりんしたよ、と言っていじけるように手元にあったボトルに口をつけた。
そして視線をこちらから外すように顔を背けて、喉を鳴らして飲み始めた。
「ミストリとアズサ、質問はあるか?」
イゾルダがこちらを向いて聞いてくる。アズサは一瞬迷ったが聞くことにした。
「あの、ミストリが呼ばれた理由は何となく分かっています。しかし、もう1人志願者を募った理由、―――――つまり私が居る理由は、その、何でしょうか?」
イゾルダはその質問を聞くと、表情を変えないままに答えた。
「ミストリの護衛だ。この戦場ではミストリの情報は貴重だからな。四六時中付いて回れる奴が必要なんだよ。今回の街への見回りは例外だがな。ただ基本的にエースの部隊から人員を割くことは現状出来ない。それゆえ1人護衛を付けることとなったのだ」
それが貴様だ、と教鞭をアズサに向ける。イゾルダは続ける。
「貴様のスキルには正直驚嘆している。デアランを持たずにあの射撃の精度は素晴らしいと言えるだろう。軍にもそう何人もいない。まあ、私が知っている範囲でだがな。素直に貴様には期待している。貴様の腕なら安心して任せられる」
自身より若いであろう少女に褒められるのは今までにない不思議な感覚だったが、悪い気分ではなかった。
村では狩で獲物を獲って村人に分ける度に感謝の意を伝えられたが、それとはまた種類の違う高揚感をもたらす。
おそらく、その道で生きている者に多少なりとも認められるということがそれを生んでいると思った。
はい、と敬礼まで行かずとも大きな声で返事をする。
イゾルダは満足そうに頷くと、他に質問はあるか?―――なければ、Kの諸君後をよろしく頼む、予定通りならシンラ少佐と我々Wの部隊は4日後には戻ってくるだろう、――――それでは、と言ってテントを出て行った。
テントに残されると、グロリアが近寄ってきて、お疲れ様、と言って水の入ったコップをミストリとアズサに手渡してくれた。
「それじゃ、飲んだら早速いきましょうか」
ルースは親指を立てた右手で自身の後ろを、数回指示した。
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